77 呪いと想い
アイリスたちだけではなく、カミラも驚く。
「ですから黒幕は……で……」
「!」
もう一度言い直すが、先ほどと同じように肝心な部分が聞こえず、姿が一瞬ブレる。口の動きすら見えない。
カミラは驚くが、すぐに悟ったように諦めた顔をする。
「なるほど。世の理に反するということか」
すぐに状況を理解するフリード。カミラは「そのようですね」と同意した。
「他に何か他に教えてもらえることがあるかもしれません! 旦那様が原初の樹に縛られているところを私は一瞬視ました。あれはどういうことなのでしょう」
空気を変えるように明るく振舞うアイリス。実際あの時目覚める前一瞬視たのだ。
「そうですね。きちんと伝えられるかはわかりませんが、お話ししましょう。私の病が治った頃、彼は帰ってきました。……もう、その時には……彼は……」
「………………………………」
「何が起こったのか分からなかったです。どうやら王都へ向かう最中毒蛇に噛まれてその毒が原因で……と聞きました」
毒蛇は危険だ。その場で適切な処置ができなければ命に関わる。毒性が強いものも多く即死する毒を持つ蛇だっている。
「目の前が真っ暗なまま、葬儀を済ませました。でもある時、突然彼の魔力の気配を感じたのです」
亡くなった場合魔力はゆっくりと枯渇していく。その為魔力を突然感じるということはほぼあり得ない。
「私はその気配に向かって走りました。そこで私は聞いてしまったのです。……が……している…………」
どうやら今の言葉は世の理に反しているらしい。カミラは切り替えて話を続ける。
「この部分は省略しますね。私は彼の魔力の気配を追って走りました。そしてたどり着いたのがここです」
カミラは原初の樹に触れる。
「ここで彼が……彼の姿をした魔力がこの樹に縛り付けられているところを見ました。私は樹に縛られている彼を必死に引っ張り出そうとしました。その時気が付いたのです。彼の魔力とは別の何か……邪悪な魔力が彼の魔力に融合していたことを」
カミラは目を閉じる。
「そして彼の融合された魔力ごとゆっくりこの樹に吸い込まれ、この樹そのものの魔力の質……つまり邪悪な魔力に変わってしまっていたのです。そしてこの樹や部屋だけでなく、邪悪な魔力の気配がゆっくりこの部屋から漏れ出ていました。ここの魔力が部屋の外……アルマに流れ込んだらよからぬことが起こると何となく嫌な予感がしたので、原初の樹があるこの部屋ごと封印しようとしたのです。私の得意魔法は封印魔法ですから」
「ここでそんなことが……」
ソフィアが周りを見渡す。この場は穏やかそのもので、想像がつかない。
「封印に集中していた為気が付かなかったのです。背後からやってくる者に。私はそこで命を奪われました。そして気が付いた時には魔力が源の存在となっていたのです。あ。そうそう。この樹、赤く見えますよね」
原初の樹は鉱石のようなものでできており、カミラが言う通り赤い。それでいて呪いに侵されていた人々に感じた魔力の色に似ていた。
「本当はこの樹、透明だったのです。彼の魔力で……吸収された魔力で赤くなってしまった。そして赤く進行してしまった樹からは人の意識を奪い狂人や廃人となってしまう有害な物質を放出する。私はその放出の一部をここで食い止めているのです」
「つまりあんたはここで町を守っている。そういうことだな」
フリードの言葉にカミラは頷く。
「はい。しかし私の魔力も残りわずか。あそこを見て下さい」
カミラは原初の樹を指さす。そこには一部そぎ落とされたような跡があった。
「今回の黒幕は原初の樹の一部を刈り取り、それを使ってこの騒ぎ……有害物質を放っているのです。そもそも有害物質を放出するにはいくつかの原因と手順があります」
カミラ曰く、一つ目は魔鉱石の大量採取による自然現象のもの。しかし効力は強いものではない。
「そしてもう一つは水です」
「水?」
「はい。この原初の樹は一定の水をかけることにより、大量の魔力の霧を放出するのです。これが今回の原因の一端です」
アイリスはしゃがんで地面に触れる。地面に水分があまり含まれておらず、よくよく考えてみればこの場の湿度も低い。
「ただ、原初の樹へまるまる水をかけて仕舞えば、他国や他領へ干渉して問題となるので、御し易い狭い範囲での効果が望ましかった。だから無理やり一部を刈り取ったのです」
「なるほどな。しかしいくら邪悪な魔力を取り込んだと言えど、魔力純度が高い原初の樹に邪悪な魔力が定着するのか?」
普通の樹ではなく、高純度の魔力を持つ原初の樹なので、フリードの言う通り多少邪悪な魔力が注入されても原初の樹自身の魔力で打ち消すことができるはずだ。
「その通り、普通はあり得ません。しかし今回はどこか別の場所にある夫の魔力に共鳴して、継続的に邪悪な魔力を注がれ続けているようなのです」
「つまりあんたの夫の魔力の核がどこか別にあると言うことか」
「その通りです」
複雑な話にアイリスは頭を回転させる。そんなアイリスの様子を見ながらフリードが少しふざけたように声をかける。
「さて、可愛いアイリス。呪いの解呪手段は?」
アイリスは息をするように称賛するフリードを冷めた眼差しで見つめながらも話が進まないので切り替えることにする。
「それは二つ」
アイリスは指を二本立てる。
「一つは光属性の魔力。もう一つは媒体の破壊です」
光属性の魔力を持つ者はここにはいない。となると選択肢は一つのみとなる。
「つまり今回はその媒体……どこかにある魔力の核を破壊すれば」
フリードは頷く。
「ああ。呪いは解ける。……魔力は繋がっているから呪いさえ解呪できれば原初の樹も刈り取られた一部も呪いの効力はなくなる」
フリードの言葉にカミラも頷く。
「でもその媒体を壊してしまったら……」
(例え魔力だけの存在だとしてもカミラさんが……)
カミラが実体化していることは原初の樹の呪いが原因の一つ。呪いを解呪してしまえばおそらく彼女は消えてしまう。アイリスに迷いが生まれる。
「壊すべきです。これ以上の被害を出すわけにはいかないのです。そもそも今の状況も今後の悪化も私と彼は望まないから」
アイリスの考えを何となく悟ったカミラは強い言葉で話す。
「分かりました。それでカミラさん……媒体の位置は」
「それが分からないのです」
「え……?」
媒体がどこにあるのか分からなければ破壊することすらできない。
「その対抗策があなたです。アイリスさん」
「私?」
となりでカミラを睨む気配がしてつい声をかける。
「フリード?」
「いや?」
何事もなかったように笑みを浮かべるフリード。
(絶対なんでもないって顔じゃないと思うんだけど……)
しかし今は聞いてもきっと答えてくれない確信があった。
「すみません、カミラさん。それでなぜ私が?」
話の腰を折ってしまったので謝りながらも先を促す。
「貴女の魔力。おそらく呪いを解呪できる魔力をお持ちかと」
「え? いえ、私の魔力では……」
呪詛系の魔法は光魔法しか解除はできない。勿論アイリスに光属性の魔力はない。
「霊山の魔力」
短く、それでいて確証を持ったようなフリードの言葉にカミラは頷く。
「その霊山の魔力があれば解呪できます。それに貴女は感知のスペシャリスト……でしょう?」
「……………………」
アイリスは黙り込む。そしてカールの言葉を思い出す。
(確かにカールから言われてた。私は人より感知能力が高い。だから疲れやすいって。でも私より高ランクの魔法師がいるのだからもっと感知に長けた人はいるんじゃ……)
現にアイリスの隣にはSランクのフリード。それにこのチームはSとAランクの優秀な人たちしかいない。アイリスはここで自分の感知能力が指名される理由がわからなかった。
「そんな高い能力ではないですけど……」
「いいえ。私にはわかります。こういった存在になったからこそ分かるのかもしれませんが」
こういった存在。そもそも今のカミラは魔力そのものだ。だからこそ分かることなのかもしれない。
「そして貴方」
カミラはフリードを見る。
「呪いに関して相当な耐性があるようで」
「まあ俺の魔力は闇属性だからな」
サイラスはフリードの言葉を聞き、顔を青くする。
闇属性。呪いを生み出すことができる属性。そして相当な耐性を持つと言われている。
「だがアイリスは別だ。今は安定しているとはいえ町に入った瞬間一番に影響を受けたのは彼女。そんな彼女を近づけさせるわけにはいかない」
「フリード……」
アイリスは町へ一歩入った瞬間に倒れたことを思い出す。てっきり霊山の魔力不足なだけとアイリスは考えていたが、少なからずこの呪いを受けていたとフリードは考えているようだった。
「確かにこの町に来た時、彼女の魔力が安定しなかったからか呪いの影響を受けていました。しかしある時急に呪いを跳ね除けている力を見たのです。今だってそう。だから問題ないと思います」
アイリスは首を傾げる。そんな覚えは微塵もないからだ。
「彼女自身に何かあったか……そうですね……何か衝撃を受けたとか……」
「適当かよ」
サイラスが突っ込む。
「衝撃? 衝撃………………あ」
「まさか本当にそうなのか!?」
アイリスの覚えがある様子にサイラスが驚く。
「ボールが……顔面に……」
「ぷっ」
この町へ初めて来た時子どもたち囲まれて遊んだことを思い出す。その時顔面にボールが激突したのだ。アイリスはそのことを思い出すと恥ずかしくなってしまう。一方隣でフリードはアイリスに背を向けプルプルと震えている。
「フリード……」
「いやすまない。確かに衝撃……事実だな」
アイリスは堪えるように笑っている男を無視することを心に決め、話を戻す。
「まず盗まれた世界樹の一部を取り戻すこと。そして呪いの源を探して破壊することがやる事……え?」
アイリスは突然壁を見る。正しくは壁の向こうの気配を。フリードも感じたらしく、二人とも同じ方向を見つめる。
「……ユーリさん、オーウェンさん、ルイ君?」