76 彼女の願い
「おばっ……おばっ……おばけえええ!」
「父さんうるさい落ち着いて」
ガヤガヤと人狼親子が騒ぐ。フリードは先ほどからアイリスの半歩前に出て目の前の女性を見つめている。
「あら、そんなに警戒しなくていいわよ」
「想定の範囲内……ではあるが、幽霊からのお願いなんて面倒そうだからな」
「…………」
「えっ、フリードこの事態想定の範囲内なのですか?」
「薄々といったところだがな」
お化けとご対面なんて誰が想像できるかとアイリスはフリードを見た。
「何より君に関わることならこの程度は想像するべきだからな」
「私に関わるって……一体フリードに私はどう映っているんだろう……」
「おや。知りたいのか?」
(あ。これまともに言ってくれないやつだ)
「君は可愛い上に心優しい。困った人には手を差し伸べ、無意識ながらに周りを魅了する。あげくに幽霊からも好かれる始末」
「フリード。心にもないことを言わなくて大丈夫ですよ」
スラスラと賛辞を口にするフリードの言葉は胡散臭い。
「本心なのに。……それでいて大切なものを見抜く隻眼を持ち……」
「まだ続くのですか!?」
思ってもいないことだとしても、人前で褒められるのは落ち着かない。
「当然だ。何より俺ほど君を見ている人間はいないからな」
「なんだろう…………結局はいつもの付き纏い発言……」
アイリスは真顔になる。
「あらあら。仲がいいのね」
「幽霊からもそう思われるなんて俺たちの相性はよほどいいらしい」
「そうですか」
応対することが面倒になり、アイリスは適当に返事をするのだった。
「さて、原初の樹も拝めたことだし帰ろうか。いい観光をしたな」
「え!」
流れるようにアイリスの腰に手を添え、回れ右をする。
「いやいや! 待ってくださいフリード! そもそもこの幽霊さん私に何かご用があるみたいですけど?」
「たとえそうだとしても間に受けることはない。何より君に……あの夜、君の夢に干渉したものなんかに」
「え……私の……夢?」
幽霊は静かにアイリスとフリードを見る。まるで何かを見定めるように。
「あの夜、君が突然走って屋敷を出た時に若干感じた気配がこの幽霊と酷似している」
(そういえば……この女性……夢でちらりと映った鏡の中にいた姿と似ている気がする)
夢でこの幽霊は登場人物として出ていなかった気がした。しかしアイリスを映したであろう鏡の中にいる人物はアイリスではなく、目の前の幽霊の姿の方がよっぽどが似ていたのだった。
(それにしても……)
「さて、そういうことだから帰ろうかアイリス。…………おや」
(幽霊……初めて見た!)
気がつけば件の呪い問題を差し置いて目の前の幽霊に関心を持って行かれているアイリス。
そんなキラキラした視線を向けられた幽霊も苦笑いをする。
「期待させているところ申し訳ないのだけれど、私は完全な幽霊ではないの。正確に伝えるのなら……そうね……事切れる前に何らかの要因で身体から取り出された私の魔力の一部が呪いによって具現化されたものなの」
「俺何言っているか全然わからない」
「父さん黙って!」
人狼親子はこの状況に混乱している。
(なるほど……つまり幽霊といっても正体は魔力ってことなんだ)
「さすがに幽霊ってだけでここにいて貴女たちと話すことなんてできないわ。死んでしまったら人や世界に干渉することなんてできないもの」
「つまり、ここで問題なのが何らかの要因で魔力を取り出された事実と具現化の要因が呪いということだな」
フリードは問題事項を冷静に並べるが、その目つきは鋭いままだ。
「はい。その通りです。そして貴女たちが抱えている問題の関係者です」
「……………………フリード、大丈夫です」
警戒を解いていないフリードの腕に手を当てる。
「警戒は大切ですけど、どうやら向き合わないといけないみたいですし」
「……………………みたいだな」
フリードが肩の力を抜く。
警戒は大切だが、きちんと向き合って正しい情報を得る為には警戒のしすぎはよくない。先入観や警戒心に頭のリソースを持っていかれるからだ。
「話はまとまったようね」
アイリスは頷く。
「たしか……お願いがあるのですよね」
「はい。………………はじめまして。私はカミラ。皆様には夫の呪いを解呪していただきたいのです」
「……………………」
アイリスが静かに聴きながらサイラスは眉を寄せる。
「今その呪いとやらが街中に蔓延していて、あんたの夫だけじゃなくみんなの呪いを解く為に俺たちはここにいるのだが……」
「その蔓延している呪いの根源が私の夫なのです。……………………私よりも前にもう亡くなっていますが」
目の前の幽霊・カミラは悲しそうに目を伏せる。そして一度小さく息を吸う。まるで気持ちを切り替えるかのように。
「…………カミラさん。私の夢に干渉したということは、夢の中で患っていたあなたを心配そうに残して仕事へ行った男性が旦那様ですか?」
寝台に横たわって体調を悪そうにしていたのはアイリスではない。目の前のカミラだとアイリスは確信していた。
「…………はい」
アイリスはカミラの返事を聞き、夢の出来事を正確に把握する。
「そうですか。……それでは選んでください。その話、情報共有としてこの人たちに共有していいか、否か」
「え……?」
カミラは当惑する。
「あの思い出はあなただけのものです。おいそれと他人に話していいものではないと思うから」
「あなた……優しい……を通り越してお人好しね」
「え?」
カミラは眉を寄せて笑う。
「だってもう死んでいる私に選択させてくれるなんて」
「だって、今貴女ここにいるでしょう?」
「……………………」
「今きちんと話していますし、そもそも私は既に選択しています」
「どういうことかしら」
「私は貴女に選択を委ねた。これが私の選択です」
「貴女……いえ、アイリスね」
カミラは嬉しそうに笑みを浮かべる。しかしすぐ真面目な顔になった。
「構いません。呪いを解くために必要なことですから」
アイリスは頷いてフリードたちに夢の中のことを話した。カミラが病気を患っている間に王都へ仕事に赴いた旦那のこと。そして帰ってこなかったこと。
「私にはもう……時間がないから」
カミラはアイリスが話している間に宙を見上げて呟いたのだった。
「つまり目の前の女の旦那が王都へ行ったきり帰ってこなかったと。ただ、その死が呪いの原因っていうことが疑問だな。そう思う根拠はあるのか」
「私もそこは疑問に思いました。でも最後に視えたんです。何かの木に縛られている人とその前に立つあなたを」
アイリスはカミラを見る。カミラは悲しそうだ。
「その通りです。お話ししましょう。彼が家から出た後のことを」
「その前に……ソフィア」
サイラスがソフィアを見る。
「恐らくここからは辛い話になる。お前はまだ幼い。聞かない方がいい」
確かにこれから話す内容はとても重いものだろう。カミラの顔を見ればわかる。
「大丈夫。私は逃げたくない。お姉ちゃんと真実を見つけるって約束しているから」
「ソフィア……」
ソフィアの願いはサイラスの潔白を証明すること。きっとカミラの話は自分たちを真実に近づける。ソフィアは確信していた。
「では簡潔にお話ししましょう。そもそも呪いと呼ばれる霧は魔鉱石を発掘する際発生する粒子のことだったのです。その証拠にずっと昔から『霧』というのは存在しています。この街の人は皆知っていることでしょう」
ソフィアとサイラスは頷く。
「自然現象で発生する霧は効果も微弱で害があるものではありません。しかし、意図的に霧を作る黒幕が現れたのです」
「!!」
「その黒幕は……です」
カミラの声が一瞬聞こえなくなり、姿もブレる。
「え?」
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