73 あれが未来だと言うのなら
「こっちだ!」
「はい!」
アイリスたちがいる地下道は相当長く、道が入り組んでいる。
幾多の分かれ道があり、走りながらも敵に見つからなかったことはサイラスの働きのおかげだった。
(なんだろう……この感じ……既視感が……)
どこが出口なのか分からない。同じような造りの道をひたすらに走る。
「右だ!」
「はい!」
そしてしばらく走ってサイラスが足を止めた。
「サイラスさん……?」
「鼻が……急に利かなくなった」
「え?」
今までサイラスの鼻のおかげで人に見つかることもなく、出口へ向かう空気の流れの匂いの方向へ走っていた。それが急にできなくなったのだ。
「なんで……」
サイラスは慌てる。
「大丈夫です。想定の範囲内です」
「どういうことだ」
「私たちが探しているものは……未だ未知の物ということですよ。つまり……近づいている」
「どういうことだ」
「呪いの……根源に」
サイラスは息をのむ。出口へ向かっているはずが、どうやら呪いの根源に近づいているらいし。
そもそも『呪い』なんて得体のないものを調べているのだ。想定外の出来事は必ず起こる。それが未知のものなら尚更だ。むしろ何も起こらない方が不自然だ。
「ただ、ここにいてもやがて追手に見つかるだけです。勘でも構いません。サイラスさんを……………………」
「お嬢ちゃん?」
アイリスは不自然に言葉を切り、目を大きく開ける。そして周りの様子をキョロキョロと見る。
(私、これ知ってる。なんですぐ思い出さなかったんだろう)
「お、おい。大丈夫か」
(これ……いつか見た夢の中の出来事と同じだ……)
ついこの前包丁で自分の指を切りそうになってしまった日の朝に見た夢と酷似していた。
「お嬢ちゃん!」
サイラスが放心しているアイリスの肩をゆする。
「み……ぎ……右へ行きましょう!」
「ああ!」
右へアイリスたちは走り出す。
(あの時、私は夢の中でサイラスさんにどちらへ進むか判断を委ねた。そして左へ進んだらたくさんの兵士がいた。そして私とサイラスさんは……)
最悪な事態が夢の中で起こっていた。
(お願い……あれが仮に未来だというのなら、変わって!)
夢とは別の選択をしたということで夢の結果、つまり未来が変わったとアイリスは信じたい。
「お嬢ちゃん! 次は!」
新たな分岐路。ここは夢では見ていない。つまり未来が変わったということなのだろうか。
(ここからは未来が分からない。だからと言って私は鼻が利くわけではない。勘はかなり危ない)
アイリスは深呼吸する。そして手を前に掲げる。
アイリスの周りに魔力の光が浮かび上がる。
「まさか……」
「はっ!」
小さな風が左右に分かれ、吹き抜ける。
「はあ……はあ……」
「お嬢ちゃん!」
両膝に手をつき、乱れた息を整えるアイリス。
「さすがに魔法が封じられているだけあってこんな微風しか作れませんでしたが……左に行きましょう」
「お嬢ちゃん……なんていう無茶を」
ここは魔封石の壁で覆われている。そもそもその中で魔法を放つことなんて無理だ。そんな中アイリスは無理矢理魔法を行使した。
「ここの空気、地上より強い魔力の気配がするんです。つまり、魔力が空気に含まれています」
「魔力が……空気に含まれている?」
「はい。この魔力は恐らく『呪い』と関連する魔力。つまり、『呪い』の源に近づいていると思います」
四大属性を使う者。それは自然的なエネルギーを媒体にして強力な魔法を放つことができる。つまり、自然的なエネルギーがそばにある状態の時、強力な魔法を放てる。アイリスもCランクとはいえ例外ではなかった。
空気や風があればアイリスの魔法は成立する。
「呪いだと!?」
サイラスは慌てて自分自身とアイリスの口元を手で覆う。アイリスはサイラスの手をどかす。
「大丈夫です。この魔力の空気なら、人体への害はありません」
ユーリたちの魔力のような邪悪な気配は感じない。実際ここにいてしばらく経つが、アイリスの身にもサイラスの身にも変化は起こっていなかった。
サイラスは困惑しながらも頷いて手をどけた。
「さあ、行きましょう」
アイリスたちはまた走り出す。
「お嬢ちゃん!」
しばらく走ると、アイリスとサイラスは同時に足を止めた。
足音が聞こえたからだ。それも大人数の足音が。
周りを見るが隠れられる場所はない。
アイリスとサイラスは緊張しながらも前を見る。
「え?」
ゆっくり集団で歩いてきた人。それは兵士の格好をしていない人たち。
「ミハエル……さん?」
「サイラスさん……お知合いですか?」
「あいつはアルマの町で八百屋を営んでいるやつだ。俺もたまに変装して買いに行くんだが、いいやつだ」
「変装……買いに行く……」
前から迫ってくる軍勢は目に光が灯っていない。姿勢は前のめりになり、斧やら剣やらを持ってこちらへ歩いてくる。
「お外の世界って怖いんですね……カールが言っていた怪談話のゾンビみたいな人たちが出てきたのですが……」
「何かに操られているんじゃないか? だって」
軍勢がいきなり血走った様子でこちらに向かって走ってくる。
「明らかに普通じゃないだろう!」
「うわわわわわ!」
アイリスたちは回れ右をして軍勢から逃げ出す。
「外の世界ってこういう人たちがいるって本当だったのですね!」
「言ってる場合じゃないだろう! そもそもアルマの人間たちを傷つけるわけにはいかないし逃げるしかない!」
必死に逃げるアイリスたち。しかし後ろからは奇声をあげながら追いかけてくる人たち。
「ホラーです!」
「お嬢ちゃん!」
突き当りを曲がると同じような兵士じゃないが、目に光が無い人たちと対面する。
「うそ……あれ?」
(赤黒い色の……魔力?)
よくよく見れば目の前にいる人も後ろにいる人も濃い赤黒い色の魔力を纏っている。
「お嬢ちゃん!」
「わ!」
腕を後ろに引っ張られ、後ろへ倒れこむ。前を見ると自分がいた場所に斧が刺さっていた。
「…………」
「大丈夫か?」
「は、はい。おかげさまで……」
「とりあえずここを突破するしかない。動けるか?」
「はい」
比較的人数のいない前方の人たちを傷つけないよう細心の注意を払いながら気絶させて進んでいく。
「お姉ちゃん! 左!」
突如聞こえてきた声に反応し、左を向くと男が襲い掛かってくる。しかし何か泡のようなものが男の前で弾け、怯んだ隙にアイリスは足払いをかけ、背負い投げをした。どうやら最後の一人だったようだ。
「お…………お前…………」
サイラスは驚いた様子で声のした方向を見つめる。
「お姉ちゃん大丈夫……? 父さんも」
「ソフィアさん!?」
「ソフィア……」
軽い足音と全身茶色い布で身を包みながら現れたのはソフィアだった。
「なんでここにいるんだ! 危ないだろう! 気配と匂いを無くす布までかぶって!」
サイラスが怒る。
どうやらソフィアの纏っている布のせいでソフィアの気配が分からなかったようだ。アイリスも気配を感じることができなかった。
「それに……今のは魔法か!? お前、魔法は秘密にしろって言っただろう!」
先ほどは恐らくまだ大した威力はない未発達だが、無属性の泡魔法の一種だとアイリスは予想する。
「だって! 一人で捕まって放っておけないよ! 父さんが言うように頑張って町で生きているんだから……一人にしないで」
「ソフィア……悪かった」
ソフィアは苦しそうな顔をする。ソフィアはまだ子どもだ。寂しくないわけがない。サイラスはそんなソフィアを抱きしめる。
「行こう。ここからでるんでしょう?」
ソフィアは涙をぬぐいながら、アイリスとサイラスを見る。
「ソフィアさん、助けていただいてありがとうございました。……行きましょう」
アイリスが歩き出そうと片足を前に出そうとするが何かに止められ、バランスを崩す。
「うわっ…………え?」
足元に気絶していた人がアイリスの足首を掴んだのだった。
「わっ!」
思いっきり足を引かれ、尻もちを着いて倒れてしまう。男は立ち上がって剣を持ち直す。
「お嬢ちゃん!」
「お姉ちゃん!」
振り下ろされる剣におもわず目を瞑ってしまう。
しかし風を切る音と共に、足を掴まれている感覚が消え、鈍い音と悲鳴が聞こえた。
「今彼女に……何をしようとしていた?」
アイリスを背に庇うように立つフリードは暗い笑顔で自分が吹っ飛ばした男を見ていた。