68 私の選ぶ最善
目の前にいるフリードは楽しそうにアイリスを見ている。
「どうやらとても面白いことをしていたようだな」
「………………っ!」
まるで全てを見ていたような口ぶり。それでいて怪しい笑みを浮かべている。
「さあ……何のことでしょう」
アイリスは平然を装う。
「ははっ! 嘘が下手だな。……あの人狼の男と何をしていた?」
「!」
やはりここに誰かいたのか把握しているフリード。素直に全てを伝えてもいいが、フリードの纒う雰囲気にどこか冷や汗がでる。
「話を……聞いていました。呪いについて」
「なるほどな。で、アイリスが俺たちに隠れてコソコソと何か動くことも確定したと」
「…………はい」
隠したところでおそらくバレてしまうと判断したアイリスはゆっくり頷く。
フリードの言う通りアイリスは呪いの影響を受けているユーリたちに気づかれないように動くつもりだったのだ。ただ、フリードにも気づかれないように動く予定だった。なぜならフリードはアイリスの命を奪う夢のこともあり、少々距離を置いているつもりだからだ。
「いいよ。アイリス」
「?」
「君はそんな手間をかけなくていい。……俺が全部処理をする」
「え?」
あくまでも穏やかな声音だが、フリードの瞳が鈍く光る。
「人狼も呪いも、俺が処理する」
「処理……」
「ああ」
アイリスはフリードの様子を見て背筋に冷たいものが走る。処理と言葉を濁しているが、おそらく無実だろうと人狼であるサイラスの命にフリードは手をかけるとアイリスは直感した。
「なんで」
「俺の目的の為に」
「目的って?」
「俺はとある奴を……殺したい」
「!!」
アイリスは手をぎゅっと握る。空気がとても冷たくも感じる。目の前の男はアイリスをいつも揶揄っているような軽薄な様子はなく、真剣そのものだ。
(やっぱり……私……?)
夢の通りならフリードはアイリスを殺す。アイリスは表情を取り繕い、耳を傾ける。
「その為には駒となり得る奴らをここでなくすことは回避したい」
「駒……って誰のことですか?」
「………………」
「ユーリさんたち……ですか?」
「……………………ああ」
「私も……?」
「ああ。……君は俺の大切な唯一の駒。君がいなければ始まらない」
「!」
アイリスは驚き固まる。アイリスを見下ろすフリードの瞳はどこか夢の中と同じような憎しみに満ちた瞳でアイリスを見下ろしていた。
「だからここで俺が処理する。邪魔なもの全て」
「!」
「いくら君でも、俺の邪魔はさせない」
フリードはアイリスのおとがいに手をかけ、視線を合わせる。アイリスは目を見開く。
「つまりフリードは手段を選ばず早期解決したいっていうことですね?」
フリードの胸に手をあてて少し押し、一歩下がり、真っ直ぐ見上げる。
「まあ、端的に言うならそうだな。俺の魔法は目的を果たす為にある。その為の障害は俺が排除する」
「嫌」
アイリスは小さくつぶやく。
「……」
「私はその方法、納得できません。だから……そばにいてください」
「アイリス?」
「フリードのやり方に私は納得できません。でも私もこの案件を早く解決させたい。だから証明して見せます」
「……………………」
「フリードのやり方じゃなく、私のやり方が最短で最善だということを」
「アイリス……」
「そもそもフリードはまだ誰に手をかけるか決めかねていますよね。サイラスさんを手にかけたとて、その後呪いが解決できる確証はないから。証拠が、ない」
「……………………」
「だからそばにいてください。そして見ていてください。私を。この状況、私が全部ひっくり返して見せます」
「……………………」
アイリスの言葉にフリードは大きく目を見開く。そしてフリードは困ったように笑い、目を伏せて再度アイリスを見た。
「…………分かった。いいよ」
「フリード……」
「君が選ぶ最善。それに興味がある。証明できるものなら証明して見せて」
「はい」
「でも……君が途中で諦めざるを得ない状況になったら、俺は手段を選ばない」
アイリスは静かに頷く。
「それにアイリスが鬱陶しく思うくらいそばにいていいのなら、それはそれで楽しそうだ」
「……………………それはちょっと……」
「ははっ。冗談だよ」
フリードは怪しげな雰囲気を消していつも通りの雰囲気に戻っている。
(さて……何から始めようか)
フリードに証明するためにもアイリスは思考を巡らせる。
「でも、見ているだけでいいのか?」
「…………? はい」
アイリスがフリードに求めたのはアイリスが成すことを見ていてほしいということだけ。それ以上でもそれ以下でもない。
「欲しくないか? 協力者として、俺を」
「え?」
「ただ待っているだけというのも退屈だからな。二人で……いや、あの子どもも一緒か。三人で協力すれば早く解決できるんじゃないか?」
「でも……」
アイリスはフリードに自分の最善を証明すると言った。しかしフリードが手を貸せば意味を持たないのではないかと考え躊躇する。
「俺は使えると思うぞ。何より俺は戦力になる」
「う…………」
確かに人は多いに越したことはない。それでいてSランクの高位魔法を得意としている魔法師であるフリード。協力者として引き入れるだけでもアイリスの選ぶ選択肢が増えることになる。戦力だけではない。フリードは頭の回転もはやい。知識だってアイリスが知らないことも多く知っていることだろう。
アイリスはどうするべきか戸惑う。
「まあでも、俺が協力する代わりに二つの条件がある」
「?」
フリードはアイリスに歩み寄ってアイリスの耳元へまるで内緒話をするかのように口を寄せる。
「いつになったら、敬語をやめるの?」
「わ!」
耳元で話されたことにくすぐったさを感じ、小さく悲鳴をあげながらアイリスはフリードから離れる。
「け、敬語って……」
アイリスは片耳を慌てて手で覆う。
「俺たちが最初に会ったクレアでひったくりから助けた時、礼として敬語をなくすよう言ったよな」
「あ……」
確かにクレアにいた際そういった話をした。アイリスがひったくりから突き飛ばされそうになったところをフリードに助けてもらった時のことだ。その時フリードは『様』付けをやめることと、敬語を無くしてほしいという話をしたのだった。しかしアイリスは敬語を外すことはできなかった為、それは追々という話になっていたのだった。
そしてその話をきれいさっぱり今の今までアイリスは忘れていたのだった。
「実際フリードは私より年上ですし、礼を欠いたら校舎裏に呼び出されて恐喝が……」
「校舎裏?」
フリードは世間で言う顔がいい人間らしい。闇魔法を使うことから、フリードを敬遠している生徒が多いが、一定の女子生徒からの人気はすさまじい。そんな他の女子生徒の前で慣れ慣れしく敬語を外してしまえば恐ろしいことになりかねない。
(そもそもフリードを既に呼び捨てにしているから関係ないかもしれないけど……でもカールが言ってた。一度目を付けられ恨まれると校舎裏に呼び出されて恐喝されるって! 借金を返済している身としても、恐喝は阻止しないと! でも……)
「で、どうする?」
アイリスは今この瞬間に選ばなければいけない。フリードはアイリスが何を選ぶのか楽しそうに見守っている。
「よ、よろしくお願いします。でも……敬語を外すのはこの件が片付いて、二人だけの時だけで……」
アイリスが選んだことは、選択肢に補足をつけた答えだ。
「なるほどな……いいよ。つまり君は俺と秘密を作りたいと」
「え?」
アイリスはフリードの言葉に素っ頓狂な声をあげる。
「だってそうだろう? 周りに内緒なんだから」
「う…………そ、そうですね……」
いつもだったら無言になるところだが、今回はアイリスの選んだことにフリードが譲歩して了承した形となる為、観念して適当に返事をすることにしたのだった。
「あともう一つ条件は何ですか?」
フリードが協力するための条件は全部で二つ。一つ目があの内容だった為、嫌な予感がしながらもアイリスは条件を聞かなければいけない。
「あの時言ったことを約束にしたい」
「?」
フリードは片膝を地面につけて跪いてアイリスの手を取る。
「何があったとしても、どこか遠くへ行かなければならなくなったとしても、必ず俺の……俺達のもとへ帰ってきて」
フリードのくちびるがアイリスの手の甲へ触れる。
「ふ、フリード!?!?」
反射的にアイリスは手を引っ込めようとするが、フリードが手に力を入れたせいで離れられない。
「守れる? 守れない?」
「守ります!」
答えなければフリードは手を離さないだろう。アイリスはコクコクと首を縦に振って返事をするとあっさりと手を離されたのだった。
ようやく離れて落ち着き、アイリスは考える。
(あの時って……チーム戦前にフリードが言っていた言葉のこと?)
チーム戦前にもフリードは似たようなことを言っていた。そしてなぜそれを改めて約束として取り交わすのかアイリスには意図が汲めず、思考を巡らせる。
(あの時はアル君がいなければ迷子になっていたから……フリードは私の迷子の心配をしている……?)
思い当たる事を考えたが、アイリスは自分の迷子のせいだと結論づけた。
そしてとりあえず夜も深いことから、屋敷に帰ろうとアイリスたちは歩き出す。
「そもそも今回の一件、そばにいてくださるんですよね? 最後の条件は当てはまらないのでは?」
「そうだな。君のそばにいる権利を君公認の上、手にしたわけだからな」
「…………そういうつもりで言ったわけでは……」
アイリスは後退りながらもフリードを見上げる。上機嫌な様子かと思ったが、フリードの表情は言葉とは裏腹にどこか悲しそうだ。
(なんか……違う)
アイリスは違和感を感じ足を止める。アイリスが足を止めたことにフリードが気づいて振り返る。
「どうかしたか?」
月明かりだけがあたりを照らす中、アイリスはフリードの目をまっすぐ見つめる。
「ちゃんと帰ってきます。約束です」
「ああ……そうだな。君は約束を守るタイプの人間だろうからな」
約束を守るということは容易いことではない。それでもフリードはアイリスが約束を守ることを確信しているようだ。
「アイリスが帰ってこないと世界破壊しちゃうかも」
「物騒なことは言わないでください。フリードが言うと実現できてしまう気がするから怖い」
フリードの魔法的実力と頭脳を用いれば難しいことではないとアイリスは察する。実際アイリスの夢でもフリードは似たようなことをしていた。
(夢は夢……だよね)
自分の夢が現実味をおびていることをどこか肯定したくないアイリスは一度思考を放棄することにする。
「アイリス」
「はい?」
フリードから声をかけられ、アイリスは反射的に目を向ける。
「君はもう少し上手に俺を使った方がいい」
「え?」
「俺は君の力にしかならないのだから」
フリードは再び歩き出すのだった。
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