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64 絶対安静

「いいですか。今日は絶対に部屋から出てはいけませんからね。安静にしていてください」

「は……はい……」


 ユーリに寝台へ押し込められ、アイリスはコクコクと寝台の上で首を縦に振るしかなかった。ユーリはアイリスを一瞥して部屋を出る。


「なんで俺がアンタの見張りをする羽目に…………」


 アイリスがベッドに横たわっている横で椅子に座りパラパラと本を読みながらぼやくルイ。


「ようやく体調がまともになったと思えば今度は夢遊病なんて災難だね」


 皮肉を込めて言うルイにアイリスはがっくりと項垂れる。

 昨日皆が寝静まった夜、突然勢いよく音を立ててアイリスが窓を開け、二階から裸足で飛び降りたらしい。

 異変に気がついたフリードがすぐに追いかけたが、アイリスは全速力で走っていることもあり、追いつくのに苦労したそうだ。一方アイリスは部屋を出た記憶が無かった。どうやら昨日誰かを一生懸命追いかけたことすべてが夢だったらしい。その為ユーリから絶対安静を言い渡されたのだった。


「あの……見張りをしていなくてもいなくなりませんよ」


 いくらユーリの命令とはいえ、ここに拘束させてしまっているのは申し訳ないと感じたアイリスは、ルイの顔色を伺いながら弱弱しく提案する。


「アンタ……勝手に抜け出す前科があるでしょ」

「前科って」


 どうやらこの前ルイを起こさず書置きすら残すこともせずに屋敷から出たことを前科と認識されているらしい。


「アンタの魔力はほぼ感知できないんだから、いなくなってから探すなんて面倒はごめんだよ」

「はい…………」


 しゅんと落ち込みながらアイリスは寝台の上で目を閉じる。しかし身体は本当に元気で異常が無い為、退屈に感じてしまう。


(何もやることがないし暇だな……そういえば昨日の夜見た男の人を追いかけた夢……今でもはっきり覚えている)


 アイリスは夢で伸ばした右手を見つめる。


(あの時手を伸ばした人に見覚えはない……会ったこともないはず。もしかしたら信じたくないけれど、夢見の力かもしれない……でも何か違和感がある。まるで…………)


「誰かの記憶のような……」

「何か言った?」


 小さなひとり言はルイに届かなかったらしい。アイリスは「なにも」と笑って伝えるのだった。


「……………………ちょっと寝た方がいいんじゃないの」

「え?」


 ルイの目線はあくまで手元の本に。しかし言葉はアイリスへ。どうやら心配しているらしい。


「アンタが寝てくれれば俺はこの見張りからおさらばできるし早く寝なよ」

「え? ちょっ……ぐへ」


 上掛けを乱暴に顔までかけられてぎゅうぎゅう押される。


「ちょっと……待って……くだ……むむむむ」


 寝台の上でアイリスはバタバタと暴れる。

 

(このままじゃ圧死しちゃう……もしかして気絶させようとしてる?)


 どうやらルイの中でアイリスが寝ることは決定事項になったらしい。ただ、やり方はかなり乱暴だ。じたばたともがきながらなんとか上掛けから顔を出す。


「わか……りましたから! 寝ます!」

「はあ。……さっさとしなよ。俺は一秒でも早く見張りをやめたいんだから」

「はい……すみません」


 取り付く島もない様子に観念して上掛けをかけ直してとりあえず目を瞑るのだった。




 

 ゆっくり目をあけると、まだ明るく昼間だったがルイの姿はなかった。


「私……寝てたんだ……」


 どうやら本当に眠ってしまっていたようだった。

 アイリスは窓の外を見る。太陽の位置が寝る前より少し変わっているが、大した時間は経過していないらしい。


「さて……何しようかな」


 アイリスの中に外へ出かけるという選択肢は最初からない。しかし起きたばかりなこともあり、安静と言われても再度眠ることはできないアイリスは寝台から降りた。


「私……朝から何か忘れているような……」


 ぼんやりしながら朝から感じている違和感を考える。しかし何も分からない。


「とりあえずこれまで起こったことを紙にまとめてみよう。それから考えないと……あ!」


 紙を出し、ペンを持ったところでアイリスは朝から感じていた違和感の正体に漸く気が付いた。そして気が付いた瞬間にペンを放り投げ、持ってきたカバンをガサガサと漁り始める。


(試験勉強……すっかり忘れてた!)


 参考書を並べて勉強を始める。罰則やチームの財政状況からしても低い点数を取るわけにはいかない。そもそも朝ユーリが言ったのはこの部屋から出ないことと、安静にすることであって、この部屋で安静にしていれば行動は自由なのだ。

 アイリスは文章を読んで手を動かす。しばらくすると軽くノックする音が聞こえた。


「アイリス様、起きておりますでしょうか」

「はい」


 この屋敷の奥方であるセリーヌが静かに部屋へ入る。


「お加減はいかがですか?」

「はい。おかげさまでもう元気です」

「それはよかった。もうすぐ昼食を準備させますが、何か食べたいものはありますか?」

「あ! 私も手伝います」


 さすがにお世話になりっぱなしで申し訳なく感じたアイリスは椅子から勢いよく立つ。その時の振動からか机の上に置いてあった単語帳がコロコロとセリーヌの足元へ転がる。それをセリーヌは笑顔で拾う。


「すみません」

 

 アイリスは単語帳を受け取ろうとセリーヌへ駆け寄る。しかしセリーヌは単語帳を手に持ったまま動きを止めてしまったのだった。


「これは……」


 今まで笑顔だったセリーヌがひどく驚いた様子で手元の単語帳を見つめている。心なしか単語帳を持っている手は少し震えているようにも見える。


「えっと、単語帳です。もうすぐテストがありまして……この単語帳はクラスの友達から貸してもらった物なんです」

「そう……なのですか……」


 セリーヌは少し落胆した様子で手元の単語帳を見る。そしてセリーヌは慌ててアイリスに単語帳を渡した。その顔色は少し青く見える。


「あの……大丈夫ですか?」

「ええ。……それで本日の昼食ですが」


 セリーヌが話を戻そうとすると、それを遮るようにノックの音が聞こえる。


「少しよろしいですか」


 訪ねてきたのは屋敷の主人であるフレデリックだ。


「アイリス様に可愛らしいお客様がお越しでございますよ」

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