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62 お嬢様は天然記念物

 アイリスは寝台から起き上がる。一方ユーリは屋敷の主へかけた魔法を急いで解除し、深く謝罪した。そしてバレットの話に耳を傾けるのだった。


「お嬢様は……天然記念物なのです!」

「…………」


 バレットの言葉に全員が動きを止める。アイリスは先ほど今の今まで死にかけていたことを説明されたただけで、詳しいことを知っていそうなバレットに話を聞くことになった。


「主が主なら使い魔も使い魔なんだね」

「それは一体どういう意味でしょうか……そもそも私もバレットの言っていること理解できていないです……」

「あらあら、お嬢様。そうですね……簡単に申し上げますと」


 ルイとアイリスの言い合いを横目にバレットは続ける。


「お嬢様は今まで霊山で今まで生きておられました。つまり霊山の魔力を全身に浴びて生きてきたも同然。そしてその霊山の魔力はお嬢様に浸透してしまったのです」


 バレット曰く長年霊山で生きてきたせいで霊山の魔力がアイリスに浸透してしまったらしい。そもそも霊山の魔力は普通の魔力とは違う異質な物であり、清らかな魔力。この清らかな魔力に体内が汚染され、清らかな霊山の魔力なしには生きていけなくなったとのことだ。


「なるほど……」

「自分のことなのに当事者意識がないのですね……」


 ユーリは呆れながらアイリスを見るのだった。


「霊山と違い、私たちが暮らすこの世界は清らかではありません。お嬢様が召し上がるもの、そして呼吸する為の空気すらもお嬢様を蝕む毒となるのです」

「! つまり私は霊山でしか生きていけないということ?」

「そうですね。おそらく最近突然眠ってしまった原因もこれにあります。清らかな魔力不足で突発的な発作のようなものが起こっているようでした。しかしこのペンダントがあればお嬢様は問題なく外界で過ごすことができるかと」


 アイリスは首から下がっているペンダントを手に掬う。チェーンで繋がれた小さな試験管の容器の中には水が入っており、それでいてキラキラした粒子のようなものが容器の中で舞っている。


「そちらのペンダントにはお嬢様が過ごされていた霊山の『水』が入っております」

「水……」


 透明な容器の為、確かに水が入っていることはわかる。しかし水だけでこのような輝きは発さない。


「そちらの水には霊山の木……簡単にご説明しますと霊山の木の葉と枝を溶かした水です」

「溶かす……」

「はい。溶かしたところで効果は変わりません。葉は変化。清浄な魔力へ。枝で繋ぎ、水で循環。こうしてお嬢様に継続的に霊山の魔力が供給できることが可能となります」

「なるほど……」


 ぎゅっと器を握る。確かにどこか懐かしい気配がする。


「ひとついいか」


 フリードがバレットを見る。バレットは勿論頷く。


「疑問点は二つ。一つ目はなぜ……そんなことが分かるんだ?」


 それは当然の疑問だ。何せアイリス本人も知らなかったことだったからだ。

 

「それは勿論、私はお嬢様の使い魔だからです! 使い魔はお嬢様の身に起こっていることを共有することができますから容易に想像できます」


 確かに使い魔というのは主人の感覚や身に起こっていることを共有できる。力の強い使い魔ならそれに比例して強く正しく共有される。


「なんだろう……この使い魔は当たり前のことを言っているけど他意を感じる」


 オーウェンがバレットを見る。バレットはアイリスを見てニコニコしており、心底嬉しそうだ。


「使い魔が変態だと大変だね」


 嫌味をいうのはルイ。アイリスは遠い目をするのだった。


「なるほどな。では最後の質問。……………………なぜ今の今までこの状態を放置していた? 彼女と出会ったのは霊山の外だったらしいな。それでも身に起こっていることが共有され、対処法も分かっているのならなぜすぐに行動を起こさなかった? 少なくとも彼女が霊山から出てからかなりの時間が経過したと思うが」


 確かにフリードの言う通りだ。突然眠くなる症状が出てから時間は経っているし、ペンダントの中身も作る工程は容易く思える。


「さすがフリード様ですね。……………………試していたのです。お嬢様が霊山の魔力なしにどこまで生きていけるのかを」

「……………………」

「そのペンダントが無くても生きていけるのならそれが一番です。だから願っておりました。ですが現実はそう優しいものではなかったですね。…………対処法が分かっていながらお嬢様には不自由な思いをさせてしまいました」


 悲しそうな顔をするバレット。このペンダントを持つことでアイリスの体調は保たれる一方、このペンダントがなくなると体調を崩してしまう。つまりアイリスの弱みになってしまうのだ。


「バレット」


 アイリスはゆっくり立ち上がり、バレットの手を両手で包み込む。


「不自由だなんて思わないよ。そもそも自分のことなのに私は全然分かっていなかったし。…………ごめんね。それと、私の代わりに動いてくれてありがとう」

「お嬢様……」


 うるうると目を潤ませるバレット。


「あ、嫌な予感」


 ルイはとなりにいたアイリスから距離をとる。


「お嬢様!」

「うわっ!」


 バレットがアイリスに飛びつく。アイリスは眉を下げ、ぽんぽんとバレットの背をあやすように叩く。


「うふふふ。…………この隙に乗じて採寸を……」

「へ?」


 気がついたらアイリスの背にバレットの腕が回されている。あげくにバレットはどこからか採寸道具を出現させる。


(採寸!? また変な服を作られたら大変だ!)


 バレットが作る服は少々個性的だ。服を作ってもらうことはありがたいが、変にフリルがついていたりリボンがついていたりしている。少々着るに恥ずかしいのだ。


「いやいやいや、直近でお洋服が必要というわけではないし、大丈夫だよ!」

「いえいえいえ、せっかくのこの好機、見逃せるわけありません!」

「え、えええ……待って待って、バレット」


 周りは呆れる一方アイリスとバレットは戯れる。


「そ、そうだ! 屋敷のご主人様にもご迷惑をかけましたし謝ってきますね!」

「あっ!」


 バレットから抜け出し、部屋を飛び出すアイリス。誰もいない廊下をゆっくりと歩いて足を止め、しゃがみこむ。


「私は……自分のことなのに……自分が一番、分からない」


 誰もいない廊下で今にも消えてしまいそうな言葉が儚く響き渡るのだった。

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