58 そばにいさせて
「ごめんなさい」
「いえいえ、アイリスの為なら例え火の中でも水の中でもお迎えに上がりますよ」
「とっても胡散臭いけどありがとうございます。とても助かりました」
あれからアイリスはなんとか身振り手振りしながらお世話になっている屋敷の特徴を伝えるとソフィアは候補を絞り込んで案内をしてくれているところで偶然フリードに出会ったのだった。
「さっきの子どもは誰だ?」
「ソフィアさんです。お友達になったのですよ」
「へえ」
フリードは振り返ってソフィアが歩いて行った方角を見つめる。
「ソフィアさんはまだお小さいのでお家へ送ってあげたかったのですが……」
ソフィアは「大丈夫」とだけ言って送らせてくれなかったのだ。
「まあこの町の子どもなのだから家くらい帰れるだろう」
フリードは前を見つめる。そんなフリードをアイリスは見上げた。
(フリードは……大丈夫なのかな?)
アイリスは不安になる。
昨日から皆が少々過激に見えているのだ。その為少し距離を置いていた。だが、フリードにはユーリたちのような過激な発想を口に出さない。
「おや、もしかして見惚れているのか?」
「……………………」
「無反応……」
(そもそもみんながおかしいかもしれないのは『呪い』の可能性が高い……私も無意識におかしくなっているのかな……? それとも私の勘違い……?)
自分の頬をぺちぺち触りながら下を向いて歩くアイリス。今自分たちがどういう状況にいるのかもわからない為、何をすることが最適解かわからない。
「気になるのか?」
「え?」
「ユーリたちのこと」
「!」
唐突に心を読まれたアイリスは驚いてフリードを見上げる。
フリードからしてもユーリたちがおかしいことは分かっていたらしい。
(じゃあ私もおかしいのかな?)
改めて下を向いてしまったアイリスを見ながらフリードは続ける。
「君が思っている通り今のあいつらはおかしい。けれどこれだけは断言できる。闇魔法が関わる『呪い』ということはないようだ」
断言するフリードに目を見開く。
「そもそも闇魔法の『呪い』の類なら俺が感知できる。俺の属性は闇属性だからな」
確かに闇属性は『呪い』を生成することも感知することもできる。また、一定の耐性があると言われている。そもそも『呪い』という力そのものは、魔法とはまた別次元のもので、未だ解明されていない部分も多い。しかしそういったものを闇属性、または光属性の魔力保持者のみ感知ができるのだ。
ちなみに光属性の魔力でしか闇属性の『呪い』を解除することはできない。
「つまりこれは闇魔法の『呪い』なんかじゃなくて、他の原因があるっていうこと……」
「そういうことだな」
正直なところ闇魔法の一種ではアイリスはまず太刀打ちできない。闇魔法や光魔法を使える魔力を所持していないからだ。その為最悪何もできない可能性もあった。
しかしどうやら違うようで、かなり漠然としていたものから少し現実味をおびるのだった。
「ただ……気配はかなり酷似している。いや……ある意味……」
「フリード?」
フリードは顔を顰めながら言葉を打ち切る。不安そうなアイリスを見ながらフリードは続ける。
「問題はそれが自然的なものか、それとも……人為的なものか」
「つまり問題は誰かが意図的に闇魔法の『呪い』ではなく、別の何かを発動させているってことですか?」
「可能性がないわけではない」
仮に人為的だとしたらかなり悪質だ。その黒幕の目的も考えなければならない。
(それと、私たちへの影響についても……)
今は少々様子がおかしい程度で収まっているが、今後どのように影響してくるのかわからない。悪化する可能性や個人差もあるのかもしれない。
「フリード」
「ん?」
「今は多分平気だけどもし……もし私がおかしくなって誰かを傷つけようとしていたら止めてください。…………どんな方法でも構わないので」
「………………………………」
アイリスに対して魔法や武力を使っても構わないと言外に伝える。
「代わりにもしフリードがおかしくなったら私が責任を持って止めるのでご安心を! あ、ただもしかしたら腕や足の一本や二本はさよならするかもしれないから、なるべくおかしくならないように頑張ってくださいね」
「はははっ」
フリードは笑い出す。
「俺を止めようなんて愉快だな」
「本気ですよ! ただ、ランク差とかありますし、手加減して上手に止められる自信が無いので、腕と足の心配はしておいてくださいね」
「はいはい。承知いたしました」
わざとらしく止まって胸に手を当てて畏まるフリードを横目で見る。正直今のしぐさで町の女性の視線がアイリスとフリードへ向けられている。その視線から逃げるように足を動かす。
「絶対ですからね」
念を押しながら歩くスピードを速くしてフリードより前を歩く。その時ぐいっと左手を引っ張られ、反射的に後ろを向く。
「これだけは覚えておいて。何があっても、どんな状況でも君の力になる。……………………俺の唯一の光」
「え?」
言葉の最後の方はフリードの声が小さく聞こえなかった。
「だから……そばにいさせて」
どこか甘く、低い声が真っすぐアイリスへ向けられる。しかし揶揄っているのではなく、どこか真剣で切実な様子だ。
(なんだろう……なぜか「行かないで」ってお願いされているみたいだ)
フリードの言葉にどこか胸がギュッと切なくなるアイリス。
ぶわっと風が吹き、髪が空を舞う。少し乱れた髪をフリードが優しく耳にかける。
「フリード……………………はっ!」
気がつけば町の女性からの視線が集まっていた。ほとんどの人間が今のフリードの仕草に見惚れ、一部は卒倒していた。
「わかりました! わかりましたので早く帰りましょう!」
早くその視線から逃れたくフリードの手を引いて少し早足で歩く。多少早足になってもフリードは優しい笑みを浮かべて歩きだす。
「本当、アイリスといると退屈しないな」
「あ! さては揶揄いましたね!」
「まさか。少なくとも今言ったことは全て本当のことさ」
「……………………」
「……そうだ。アイリスに聞いておくべきことがある」
「どうしたの? 改まって」
「あのソフィアとかいう子ども……何者だ?」