57 小さなお友達
「ここだよ」
「わああ! すごいですね」
ソフィアの案内でやってきた場所に感嘆の声を上げるアイリス。
一面に広がるのは花畑。奥の方に行けば違う品種の花が咲いている。風が吹けば花びらが舞い、花の香りが優しくあたりを包み込む。
「ここが私のいいところなんだ」
「素敵な場所ですね」
当初の目的なんて忘れて周りを見渡すアイリス。
しばらく見惚れていると後ろから歌声が聴こえてきたので後ろを振り返る。
「ごめんなさい。うるさかったよね」
怒られると思ったからか怯えて謝るソフィア。
「いいえ、全然。とてもきれいな声だったのでうるさくなんてなかったですよ。今の歌は?」
「今の歌はこの町の昔の歌なんだって」
少し嬉しそうに話すソフィア。
「私にも教えてくれますか?」
「うん」
それからアイリスはソフィアに歌を教えてもらい、一緒に声を重ねるのだった。
「楽しいな」
「そうですね」
ソフィアは本当に楽しそうであり嬉しそうだ。そしてソフィアは自分の手をぎゅっと握り、アイリスを見上げた。
「あのね……お姉ちゃん、私の友達になってくれる?」
「もちろんです! 私で良ければ」
返事なんて決まっている。即答したアイリスを見てソフィアは笑顔になった。
「嬉しい……! 最後の最後にこんなに嬉しいことがおこるなんて……」
「最後?」
アイリスがオウム返しに聞き直すとソフィアは一瞬顔色を悪くするが、すぐに笑顔に戻る。
「もうすぐお引越しするの。だからお姉ちゃんとお友達でいられるのは短いかもしれないけど……でも嬉しくて」
「……」
ソフィアの儚げな表情を見て何とも言えない気持ちになる。単純に相手が嬉しく思ってくれることは嬉しいが、少し悲しげな表情もしていて自分の中でソフィアの気持ちが分からない。しかしこれだけは伝えたいことがあった。
「私実は……最近になるまでお友達っていなくて……」
「え」
「だからあくまでも私の主観かもしれないのですが、会えなくなったとしても友達に変わりないと私は思いますよ」
「!」
ソフィアは目を見開く。そして大きな瞳から大粒の涙をこぼしたのだった。
「え! え!」
アイリスはいきなりソフィアが声も上げずに泣き出したことに驚いて慌ててしまう。
「ごめんなさい。でも嬉しくて」
ソフィアは涙を指で拭いながら笑う。
(悲しくないなら……痛くないならよかった)
アイリスはソフィアの様子を見て一安心するのだった。
それから他愛のない話をしているうちにすっかりあたりが暗くなってしまっていた。
「お姉ちゃん、もう帰るでしょう?」
「はい。あ、そういえばソフィアさん。無理に連れてきてもらってしまいましたが、何か予定があったのではないのですか?」
ふと思い返せばここに連れてきてもらってからずっとここに長時間いた。そもそもソフィアも予定があって外出していたことは容易に想像がつく。
「大丈夫。あとは帰るだけだから」
「そうなのですか?」
「うん。図書館に本、返してただけだから」
「そうなのですか。どんな本を読むのですか?」
「いろいろ。絵本とかも読むし図鑑とか古文とか兵法の本とか哲学書とか」
「古文……兵法……哲学……」
ソフィアの年齢的に絵本とか図鑑はまだわかる。しかし兵法や哲学なんて単語がソフィアほどの年齢ででてくるなんてアイリスは露ほども思っていなかった。
「変?」
固まってしまったアイリスへ不安気に聞くソフィア。アイリスははっとしてぶんぶんと首を横に振った。
「いいえ! 変じゃないです! ……本がお好きなのですね」
「うん。知識が増えるのって楽しいから」
(ソフィアさん気持ち、私も分かるな……)
知識に年齢は関係ないのだと改めて実感したアイリス。
「遅いとおうちの人心配しますよね。送っていきます。どちらにおうちがありますか?」
「あっち。お姉ちゃんはどこに泊まっているの?」
「えーっと……」
アイリスは考え込む。そもそも帰りを全く何も考えていなかったのだった。
(こういう時に限ってお世話になっている家の名前が出てこない……)
ついに黙り込んでしまったアイリスを見てソフィアは悟った。
「お姉ちゃん……迷子?」
現実にがっくりと項垂れてしまうアイリスなのだった。