56 生贄
翌日、アイリスは外出していた。結局昨日は一通り案内された後も霧は出なかったのだ。
他のメンバーも町中を調べに行ったり、部屋に閉じこもって寝ているメンバーや買い物に出かけるメンバーもいた。
「こう見ると本当に平和な町だな」
アルマの町は一見『呪い』なんてない明るく平和な町のように見える。しかしこれは外部の人間に情報が漏れないよう箝口令が働いているからでもある。また、主に霧は夜出現するらしい。つまり夜外に出なければ問題はないのだ。
「ん?」
突然小さくだが物音が聞こえて周囲を見渡す。そしてその音の正体に気が付くとアイリスは走るのだった。
「大丈夫ですか?」
「!!」
アイリスは倒れている女の子の前にしゃがむ。女の子は突然話しかけられたからか驚いている。
(あれ……? この子……)
アイリスは思い出す。この女の子は友達の輪からいつも外れたところにいた子なのだった。
そして数人の子どもがこちらに背を向けて逃げるように去っていくことを視界にとらえる。
「女の子を突き飛ばすなんて最低ですね。立てますか?」
この女の子は他の女の子たちに突き飛ばされて倒れてしまったのだった。
アイリスは手を差し伸べる。
「あ……りがとう……」
女の子はアイリスの手を取るが、すぐに顔を顰めてしまう。
「もしかして……けがをしていますか?」
「……」
「少し見せてくださいね」
立ち上がろうとした際に痛みを感じたのなら、足のケガの確率が高い。アイリスはケガの確認をする。
「擦りむいていますね……ちょっと待ってくださいね」
アイリスが患部に手をかざすと淡い光を放ち、傷はみるみる治っていくのだった。
「すごい……」
「これで大丈夫ですよ。他に痛いところはありますか?」
「うううん。大丈夫。……今のは……魔法?」
アイリスは頷いて手を差し伸べる。女の子は再度手を取り、立ち上がった。
「私はアイリスと申します。……あなたのお名前を聞いてもいいですか?」
「ソフィア」
ソフィアは控えめな声で短く答えた。
「どこから……見てた?」
「ソフィアさんが突き飛ばされたところだけです。……大きな声と音がしたので」
「そっか」
ソフィアは下を向いて静かになってしまう。
(ど、どうしよう……言っちゃいけないことを言ったかな……)
「叱らないの?」
「え?」
「大人はすぐ……私を叱るから」
ソフィアは暗い顔をする。
「ソフィアさんは何か悪いことをしたのですか?」
「してない。……でも何かしているのかもしれない。私が気付いていないだけで」
「そうですか……私は叱りませんよ。だってソフィアさんが突き飛ばされたところしか見ていませんし」
「そっか」
それからソフィアは静かになってしまう。
「お姉ちゃんはここの人じゃないでしょう?」
「はい。事情があって少しの間ここにお世話になる者です。そうだ! せっかくなので町を調べ……じゃなくて探検しようと思っているのですが、何か不思議なことが起こる場所とかご存知ですか?」
こういったことは地元民の方が詳しいと踏んだアイリスはソフィアに聞くことにした。
「不思議……じゃないけどいい場所知ってる」
「いい場所?」
「こっち」
ソフィアに手を引っ張られ、路地から飛び出したのだった。
***
「生贄……ですか?」
「はい」
買い物に出かけていたユーリは道端でヴィットーリオに出会い、話したいことがあると言われ、お茶をすることになったのだった。
「この霧は数年前から発生しておりました。1年に1回生贄をあの山へ捧げることで災いが起こらなかったのです」
ヴィットーリオの言葉に驚くユーリ。そもそも『生贄』ということ自体古い概念でしかなく、信じられなかったのだ。
「そんなことがあるのですか?」
「ええ。信じられないでしょうが……最近はもう一年という期限が迫っているのか生贄の効力が弱まっており、霧の頻度が高くなっているんです。だから新たな生贄を捧げるつもりです。この町はこうして今まで昔から成り立ってきましたから」
ヴィットーリオの話によると最近の霧の影響がひどくなっている原因のひとつは『生贄』の期限が近いからということでもあるらしい。
「生贄って……山に捧げるってどういうことですか?」
「山の麓に生贄を連れて行くのです。そうすると深い霧が現れ、生贄は消えます」
「消えるって……」
「その生贄がどうなったかは私にはわかりません。ただし、町に平和が訪れることは確かなのです」
言葉を失うユーリ。そもそも『生贄』なんて風習をやっている町と、そんなことをやったことも見たことも考えたこともなかったユーリとは感覚が違うことを認識した。
しかし、ユーリはひとつ疑問に思う。
「『山』へ生贄を捧げるのですよね? それでしたら人狼の方とは関係ないのではないでしょうか」
ヴィットーリオは暗い顔で首を横に振った。
「確かに『呪い』という霧は昔からあり、人狼とは関係ないと私も考えておりました。ただ、彼があの山に移り住み始めてからいきなり『呪い』の影響が深く出始めました。彼が呪いを強化させた可能性もありますし、呪いに乗じて人を攫うことは目撃者も多く、まぎれもない事実です。昨日も申しましたが、私は霧も彼が作っている可能性が高いと考えています。早急に対処する必要があるかと」
どうやらヴィットーリオ曰く昔から『呪い』は存在していたが、秘密裏に山へ『生贄』の儀式が行われ、『呪い』の存在は認知すらされなかったらしい。しかし今はこの町の人にとって『呪い』は認知されており、恐れられている。それほど影響が強く出始めたのだ。
「……次の生贄の方はもう決まっているのですか?」
「はい。詳しくは申せませんが、『生贄』には資格があり、その資格を満たした者のみが『生贄』になることができるのです。……昨日はあなたたちの中にお嬢さんがいたから話すことができませんでしたが……」
「………………」
ユーリは眉を寄せる。おそらくそれは紅一点の彼女にもあてはまることだと悟る。
「資格がある者は若い……女性です」