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4 木の上もいいんですよ

「昼間はありがとう。私はモニカよ」

「私はアイリスです。ところでモニカさん、その荷物は一体……」


 モニカは大きな荷物を片手に持っていた。それはひったくりにあった際も持っていた。


「これは今晩の食材だよ。そうだ、もしよければ夕飯食べていかないかい?」

「いえいえ! そこまでしていただくわけには……」

「おや、遠慮しなくていいんだよ! 子どもは家から出てしまって夫も仕事で帰ってこないから暇だったんだ。話し相手になってくれないかい?」


 明るいハキハキした言葉。どこか安心感がある。

 

「じゃあ……お言葉に甘えさせてもらいます。でもせめて……」


 モニカの持っていた大きな荷物を持ちあげるとモニカは嬉しそうに微笑んだ。








「どうだい? 口に合うかい?」

「はい! おいひいでふ」


 アイリスは野菜のスープに舌鼓を打っていた。新鮮でみずみずしい野菜にスープの味がよくしみ込んでいる。


「こんなにおいしいスープ初めてです!」

「おや、大げさだね。でもそれはきっとこの野菜たちのおかげだろうね」


 モニカはスープに入っている野菜を見る。


「アイリスはここの子じゃないだろう?」

「はい」


 アイリスが唐突な質問に正直に答える。それにモニカが笑みをこぼした。


「この都市クレアが栄えている理由の一つはこの野菜たちのおかげなんだ」


 どうやら現在地の名称は『クレア』というらしい。それすらもアイリスは初めて知る情報だ。そしてこの町はとても栄えていることは見ただけで分かる。

 

「野菜……?」

「ああ。でもまだ私が若い頃はこんなに元気に野菜が育っていなかったんだ。それでもクレアのみんなが試行錯誤してやっとって感じなのさ。それに努力だけではどうにもならない時もある。自然の恵みだからね」

「この野菜たちが……」


 アイリスは野菜を見る。この野菜一つ一つにクレアの町の人たちが試行錯誤の工夫と努力と野菜作りに向き合うひたむきさ。様々な想いを感じた。


「そんな野菜たちの収穫祭が明日なんだよ!」

「!」

「このクレアの農作物は春野菜が多いからね。だからこの時期にやるんだよ」


 クレアでは玉ねぎやジャガイモ、きゅうり、菜の花等様々な農作物が存在する。そんな農作物の収穫のお祝いと今後の発展を祈ってお祭りという名の収穫祭をするらしい。さらにこの収穫祭は有名で、観光客も多く来る。


「そして天へランタンを飛ばすんだ。来年の恵みを祈る為に。明るい未来になるように。神様に私たちの願いが届くように」

「ランタン……」

(明かりのことかな……?)


 今まで山にいたアイリスはもちろんランタンなんて見たことがない。知識として本で知っている程度だったため、具体的な想像ができなかった。


「まさかそのランタン飛ばしが有名になって観光地になるとは思わなかったけれどね。目的はそこではなかったから。……まあそれで人がここにくることによって経済が循環しているところもあってありがたいんだけどね」

「……………………」

「もとは天候が悪くて不作が続いて町の雰囲気が悪くてね。景気づけのために始めたんだ」

「そうなのですか……」

「しかしみんな少しずつだけど本来の本質を……目的を忘れ始めている」

 

 少し悲しそうに天を見上げるモニカ。どうやら収穫祭ではなく、ランタンのきれいさに目を奪われ収穫祭の目的を少しずつ忘れていっている現実がそこにあるようだった。

 

「………………じゃあモニカさんの今のお話、私がきっと誰かに話します!」

「!」

「そうしたら正しく理解する人、増えるでしょう?」

 

 アイリスの言葉にキョトンとした後、悲しい雰囲気を吹き飛ばすように大笑いをするモニカ。

 

「違いないね! そういえばあんたは観光客って感じじゃないけど、どうしてこの町に来たんだい?」

「あ、それはおう」

 

 急に部屋の時計の鐘が鳴る。

 

「おやおや! もうこんな時間なんだね! あんた、今日泊まる場所は決まっているのかい?」

「泊まる? あ、さっきいい木があったのでそこでお世話になろうかと」

「木?」

「はい」

「…………………………………………………………………………」

「…………………………………………………………………………」

 

 二人とも無言になる。どうやら会話がかみ合っていないことにいち早く気が付いたのはモニカだった。

 

「私は今晩寝るところを聞いているんだけど」

「はい! 木の上で」

「木の上!?」

 

 さも当然のように言うアイリスに驚くモニカ。

 

「木の上でって野宿ってことかい! 今日はうちに泊まっていきな!」

「いえ、あの」

「ツベコベ言わない! 今お風呂を沸かしてくるから…………」


 返事は聞かないといった様子で椅子から立ち上がるモニカ。しかし少し顔を顰めたようにも見えるのだった。


「モニカさん……?」

「気にしないでおくれ。昼間ひったくりにあった際抵抗してね。少し足をひねったようだけど、大したことはないさ」


 苦笑するモニカ。アイリスはすっと立ち上がり、モニカに近づき、床に膝をつく。


「ちょっと失礼しますね」


 一言断りを入れてモニカのスカートを少し上にあげてから足を見る。


「…………腫れていますね……ここは痛いですか?」

「いいや」


 モニカの返事と様子を気に留めながら痛いところを確認しながら触診をする。


「うん。この程度なら……」


 モニカの足首に手をかざすと暖かい光がモニカの足へ降り注ぐのだった。




***



「よし。……もう痛くないですか?」

「ああ。これって…………あんたもしかして魔法を使えるのかい?」

「え? はい」


 モニカはひどく驚く。先ほどまでじんじんと痛みがあった足首から痛みが一切無くなっていたからだ。


「あんたの今の魔法は……」

「治癒魔法です。とは言っても万能というわけではないですけど……でも役に立ってよかったです」


(魔法……か……)


 モニカにとって魔法はいい思い出がない。この魔法という「力」で大切なものを奪われたからであった。


「アイリス。あんたは魔法という『力』をどう思っているんだい?」

「え?」


 アイリスはぽかんとしている。モニカは唐突な質問だと理解していた。それでも聞かずにはいられないのだった。


「普通とは違う魔法は奇跡の力だ。将来魔法でこういうことをしたいとかないのかい?」

「うーん……」


 魔法。それは全人類が使えるわけではない。限られた人のみが使える奇跡の力なのだ。

 アイリスは腕を組んで考え始める。でもきちんと考えて答える様子だったので、モニカは静かに待つことにしたのだった。


「…………ごめんなさい。まだわからないんです」

「わからない?」

「はい」


 アイリスは思考を放棄したわけでも何かをはぐらかそうとした様子もない。ただ事実を言ったような様子だった。


「魔法は確かに奇跡だと思います。通常はできないこともできますから。…………でもモニカさんは魔法そのものを『力』と言いますけど、私は違うと思うんです」

「違う?」

「はい。私にとってはその奇跡の『力』を使用してできた『結果』が『魔法』だと思っているんです」

「どういうことだい?」

「モニカさんは『力』そのものを魔法と思っていると思うんですけど、私は行使した後の『結果』を魔法だと考えています。大切なのはその『力』で何をしたのか。何をしたいのか。私に魔法を教えてくれた駄目師匠の教えですけどね。屁理屈のような考えですけど、私もそう思っています」


 はっきり言ったアイリスの顔は何かを懐かしむような、それでいて誇らしいような。そして嘘偽りのない表情をしていた。


「私は何をしたいのか探すことを含めて王都にある王立魔法学園に向かっているんです」

「王立魔法学園って……あの王都にあるところかい? ここからかなり遠いじゃないかい! 大変だね」

「あれ? 近いんじゃないんですか?」

「え?」

「え?」


「…………………………………………………………………………」

「…………………………………………………………………………」


 二人とも無言になる。


「……………………あの……実は……………………」


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