44 孤独ではない私
寮のチーム戦が終わった翌日、アイリスは学園の校舎の屋根の上で誰もいないことをいいことに仰向けで寝転がって目を閉じていた。
(外に出て……世界を見ることと借金返済が目的だったけど……もっと自分自身頑張らないとな……)
思い出すのは先日のチーム戦。明らかにゼンは手加減していた。
また、Cランクの現実もあり、まだまだ自分を鍛える必要があることを自覚したのだった。
(それにフリードのあの魔法……私知ってた……)
チーム戦でアイリスはアランに、フリードはゼンに魔法を放って不意を作ったあの時の連携。それはフリードと出会う前から見ていた夢の中で、フリードが暴君となり、民を粛清させる為に使っていた魔法によく似ていた。
(夢なのによく似ていて……もしカールが言うように夢見の力が私にもあるのならフリードは……)
アイリスはフリードが出てきた夢を思い出す。アイリスの命を奪い世界を不幸に突き落とした張本人。アイリスは顔を青くする。
(私……本当に殺されてしまうの? それにフリードが言っていた『罪』の意味。……それに)
アイリスはもう一度夢の内容を思い出す。思い出すのはフリードの表情。
(私は死にたくもないし、フリードにそんなことしてほしくない。あんな表情……してほしくない)
この気持ちはチーム戦が終わった後強く思ったことで、素直なアイリスの気持ちだった。
(やっぱりただの夢の可能性もあるし……そもそも自分にそんな夢見の力なんてあるとは思えないし、あまり深く考えないほうがいいのかな……)
思考が堂々巡りになっている中アイリスに近づいている気配を感じ、ゆっくり目を開ける。
「驚かせたか」
視界に入ったのは見知らぬ金髪の男子学生。
「いえ。えっと……」
アイリスは起き上がって男を見る。もしかしたら忘れているだけでこの学園で会ったことがあるのかと思い必死に思い出そうとする。
「俺の名はギルバート。三年だ」
「アイリス・セレスティアです……」
聞いたことのない名前だったのでおそらく初対面だろう。
ギルバートという男からはゼンと同じようなどこか寡黙な雰囲気があった。それに何よりこの場ではっきり分かることがある。
(すごい魔力……フリードと同等……それ以上あるかもしれない……)
魔力の気配が今まで出会った人間とは格が違っていた。
「先日のチーム戦見事だった」
「ありがとうございます……?」
「それだけだ。邪魔をした」
ギルバートは屋根から降りていく。
(何しに来たんだろう……もしかしてここはギルバート様がよくいる場所で私がこの場所を取ってしまったとか……?)
知らなかったとはいえ、カール曰く外の世界には『暗黙の了解』というものが存在すると話を聞いた覚えがあった。アイリスは頭を抱えて膝に頭を埋める。
(ああああ……どうしよう……)
頭を抱えていると見知った魔力の気配がアイリスの目の前から感じられた。
「フリード……」
「どうした?」
どうやらフリードも飛行魔法で飛んできたらしい。
「………………! アイリス、ここに誰かいたか?」
何かに気が付いたようにフリードが眉をひそめる。
「誰か……? さっきギルバート様がいましたけど……」
「………………何かされなかったか?」
「何か? いえ何も。アラン様臭はしなかったので問題ないかと」
「アラン様臭?」
アランやカールのように女性へ不誠実な態度ではなかった。それを説明するとフリードは目をパチパチと瞬かせ、小さく笑った。どうやらそういうことではないらしい。フリードはアイリスの隣に座る。
「何もないならそれでいい。それでこんなところで何していたんだ?」
「考え事です。やることがいっぱいあるなと」
「やること?」
アイリスはフリードに自分が学園に来た目的を話した。外の世界を知ること。そして師匠であるカールからの借金返済についても。ただ夢のことはさすがに言えなかった。
「それだけ考えてここへ来たはずなんですけど、先日のチーム戦で自分をもっと鍛えないといけないことを自覚して……それだけじゃなくて、出会った人とか……幸せなことに友達も出来て、もっと大切にしたいなとか考えていて……どんどん自分が欲張りになっていく気がして……」
アイリスは思い出す。昔カールが「町のお姉さんたちのハートをつかんでくる!」とか欲張って意味不明なことを言いだして山から飛び出した結果、手に入れたのは頬の腫れた赤みだった。これがもし、たった一人の特別な誰かに誠実だったら何かが変わっていたのかもしれない。
そもそも自分にできることが限られていることはアイリス自身分かっていた。クレアの人たちのように農作物を今作れと言われても決してできない。フリードやゼン、アランのような強さもすぐには身につかない。
また、時間は有限だ。だからこそ中途半端にあれもこれもと欲張ることはアイリスにとって『悪』という認識だった。
「それに、もしまた私が……何もかも……」
その先は言いたくなかった。アイリスは三年より前の記憶が無い。今ここで記憶のことを改めて言ってしまえばまた自分の記憶が無くなってしまうような気がしたからだ。
なんとなく空気が重くなったので手をパンと叩き、空気を変えることにする。
「すみません。意味不明なことを言ってしまって。ここに来たのは私に用があったのですか? それとも日向ぼっこですか? ここ日当たりいいですもんね」
アイリスは空を見上げて気持ちを切り替えることにする。
(ここでうだうだ考えている暇はないよね! まずは借金返済もあるし任務をしないと)
「いいんじゃないか?」
「え?」
アイリスはフリードへ視線を向ける。
風が吹き抜けてアイリスの淡い桜色の髪を揺らす。
「欲張りになったとしても。一つ一つこなしていけばいい。今すべてを一気にやらなくとも、これからに向かって少しずつやっていけばいい。アイリスのできることから」
「フリード…………」
「焦らなくてもいいんだよ」
「!」
フリードの真摯な言葉がアイリスの胸に響く。
(そっか……私焦っていたんだ……そういえばカールが言ってた。焦りは失敗のもとだって。まずは自分にできることを地道に一つずつやっていかないと)
「…………そうですね。…………ありがとうございます、フリード」
フリードは静かに笑みを浮かべる。
「で、俺はアイリスさんを探しに来たわけだが……」
ふざけた様子で目を細めるフリード。
「そうなのですか?」
「ああ。魔力探知に引っかからないんだからわかりにくいところにいないでくださいよ」
「え? ごめんなさ……うわっ!」
アイリスの視界がいきなり高くなる。
「え! なんで私フリードに抱えられているのですか!」
フリードはアイリスをどこか楽しそうに抱えている。
「まあまあ」
「まあまあじゃないです! 歩けます!」
「今日の主役をお連れすることが俺の役目ですので」
「主役? 何を言っているのですか?」
アイリスの疑問にフリードはただ笑みを浮かべるだけ。
結果強制的にフリードに連れられて屋根から降りたアイリス。向かった先は寮の共有スペースのドアの前でようやくアイリスは降ろしてもらえたのだった。
「さて、寮に戻ろうか」
「いえ……あの……皆さん今日忙しいみたいですし……」
実はアイリスが校舎の上にいたのには理由があった。朝から皆バタバタと忙しそうに走り回っていたのだった。理由は分からないが手伝おうと声をかけたところ、手伝いは不要とのことや、よそよそしく自室へ押し込められてしまったこともあり、邪魔にならないようにアイリスは学園の校舎の上に来たのだった。その為なんとなく寮へ入りにくい。
「まあ確かに忙しかったな。でも終わったから」
なんとなく寮へ戻ることに抵抗があるアイリスはその場を動かない。
フリードはドアを開けるが、中はなぜか真っ暗だ。
「やっぱりアイリスにこのやり方は駄目だな」
「え? 一体さっきから何のお話を……うわっ」
突然トンと背後からフリードに両肩を押されてバランスを崩し前のめりに部屋へ入ってしまう。そしてすぐに銃声のような音が鳴り響き、アイリスは慌てて警戒する。しかしすぐに上から紙吹雪みたいなものが降ってきて、目の前にはユーリたちが。
「ようこそ! 第三寮へ!」
オーウェンとユーリが声を合わせる。ルイはその場にいたが何も言わなかったようだ。
「こういうことだったんだよ」
フリードがアイリスの両肩に軽く手を乗せる。
「ちょっとフリードさん! なんで彼女を抱っこしてここまで来てるんですか!」
オーウェンが騒ぎ出すが、フリードはめんどくさそうにあしらっている。
「さっきはすみません。貴女の歓迎会の準備がしたかったので……」
ユーリが向けた視線を追うと、そこにはたくさんの料理が置いてあった。
「歓迎……会?」
「はい」
「これ……ユーリさんが?」
「はい。ルイにも少し頑張ってもらいましたよ」
(本当に少し……なのかな……?)
ルイを見ると疲れ切っており、げんなりしている。
「本当はアイリスが来た初日にやろうと思ったんですけれど、オーウェンがつまみ食いしたり」
「アンタがいきなりいなくなるから……」
ユーリがオーウェンに視線を向け、ルイは責めるようにアイリスに目を向ける。
「なんかすみません」
事情を知らなかったといえ、やはり最初いきなり部屋を飛び出したことはよくなかったのだろう。
「いえ、あの時の状況からして当然の反応だと思います。いきなりあんな乱闘を見れば誰だって逃げだしますよ」
ユーリの言葉にアイリスは苦笑いをしてテーブルに目を向けると、見たことのない料理と果物が置いてあった。
「わああ……!」
「まだ貴女の好物が分からなかったので、最近の食事の様子を見てなんとなくこれが好物かなと思ったものを作りましたが……食べられないものありますか?」
「いえ!」
アイリスは果物が特に好きだった。それがいつもより多くそろえられていた。
(きっと私のことを考えた料理なんだろうな……)
アイリスの心がふわっとあたたかくなる。
実際食事を始めてもどれも美味しかった。
味だけではなく、食卓も賑やかだった。オーウェンが休む間もなく料理を口に運び、その様子を見たルイが皮肉を言う。言われたオーウェンが怒りだし、ユーリが宥める。そんな賑やかな時間は今までのアイリスには無かったものだ。
「本当に美味しい……一人だったらきっとこんなに美味しく感じなかったんだろうな」
小さな声でつぶやくと隣に座るフリードの小さく笑う気配がした。
(これから私はこの学園で、この人たちと生きていくんだ)
アイリスは改めて自分にできることを頑張ろうと胸に決め、料理を楽しむ。
アイリスの学園生活は始まったばかりだった。