39 脳筋二号?
先ほどは上空から足で防御魔法を壊そうとしたが、体勢を変えて今度は手から防御魔法の壁に落ちる。そして掌で防御魔法に触れ、目を閉じる。
≪結界は壊すものじゃない。解除するものだよ≫
アイリスに魔法や戦い方を教えたのはカールだ。どんなにふざけていたとしても、どうしようもない人であったとしても魔法や戦い方を教えてくれる時だけは真面目だった。
カールから教えられた魔法の一つは結界魔法の解除だった。
(防御魔法と結界魔法は似ている。だったら)
防御魔法は魔力を継続して使用する反面、結界魔法は発動のみ魔力を使うという特性がある。つまり防御魔法は自分次第で継続的に発動させることができ、結界魔法は一定以上の負荷がかかった場合は破壊されてしまう。大きく異なっていることは魔力の使い方だ。
集中して防御魔法そのものの魔力の流れを感じる。
(大丈夫)
集中を切らさずにいると、布から糸がほつれるように防御魔法から魔力の糸のようなものがほつれ、少しずつほつれた場所から防御魔法が薄く、ゆっくりと小さな穴ができる。
<アイリス>
「!!」
アイリスの脳内に流れてくる声。それと同時に蔦がアイリスの身体に絡み、後ろへ吸い込まれるように引っ張られる。
「わわわわわ」
地に足を着くこともできず引っ張られる。そしてすぐに目の前に大きな雷撃が落とされる。
ヴィンセントとクラークの弱まった防御魔法に雷が落とされたのだった。それでもギリギリ防御魔法は保っている。
それに気が付いたアイリスは蔦が巻き付いている中、右手を前に出そうと力を入れると、アイリスの意図を汲むように蔦の力は弱まり、簡単に動かすことができた。
「あの雷撃の魔法を……強化!」
雷撃はすぐに大きいものとなる。そして二人分の防御魔法を破った音が聞こえた瞬間、クラークが不気味に笑うと同時に嫌な感じがした。
「…………っ!」
アイリスはすぐに鼻先まで迫った雷撃を寸前で避ける。その時アイリスに絡んでいた蔦もすぐに反応してアイリスを雷撃の軌道から逸らさせる。
(跳ね返してきた……!)
魔法を跳ね返す魔法も存在する。しかしすべて跳ね返されたわけではなく、威力や規模を見てもごく僅かだった。
(ただではやられない……か)
避けたと思っていたが、若干掠ったようでジュエルに少しひびが入る。その直後、ヴィンセントとクラークのいるであろう場所が雷撃により爆発し、あたりが煙に包まれたのだった。
蔦から解放され、地面に足を着くことができた時には、目の前には心配そうな顔をしているルイとユーリがいたのだった。
「大丈夫ですか? ちょっと掠りましたよね」
「あ、はい。でも大丈夫です」
ユーリが心配するのも分かる。実際掠った分のダメージによってジュエルに少しひびが入っていたからだ。
体力ジュエルを眺めていると軽く頭に衝撃が走った。
「いたっ! ルイくん……?」
「アンタってバカなのか何なのか分かんない」
「え?」
軽くアイリスの頭を叩いたのはルイだった。しかしアイリスはルイの言いたいことが分からない。
「二人とも助かりました……あ! ヴィンセント様たちは……」
「あれだけの電撃浴びせたんだから割れたでしょ」
ルイの言葉通り二人のジュエルは粉々になり、大けが防止用結界魔法が張られていた。
「それにしてもあの二人相手に無謀なことを……薄々思っていましたけど、貴女はけっこう無茶する子のようですね」
眉を寄せるユーリ。
「いや、そんな無茶は……」
アイリス自身無茶をしたという実感はなかった。ただ出来ることをやっただけ。ただそれだけだった。
「してるでしょ。俺が止める前に走って行っちゃうんだから。アンタってオーウェンさんニ号?」
その言葉から少し怒っているような声音を感じる。
「オーウェンさんニ号? 私褒められてます?」
「何言ってるの。貶してるんだけど」
「ご、ごめんなさい……」
まだここにきて日が浅いアイリス。オーウェンがどんな人物かはまだ正確にはわかっていない。ただSランクの元気が良い先輩。その程度だったため、貶されている自覚がなかったのだった。
「それにしてもさっきの戦闘は驚きました。幻覚魔法が効かないのは想定通りでしたが、まさかあんな戦法をとるなんて」
ユーリがアイリスの戦法を思い出す。どうやら途中から見ていたようだ。
ユーリが驚く理由も分かる。魔法のぶつかり合いではなく、ほぼ魔法は関係なくアイリスの機転を利かせた戦法だったからだ。
「幻覚魔法はおそらく相当な魔力を消費すればかけられていました。どうやら油断しているみたいでしたから。だから……早く勝ちたかったんです。ヴィンセント様の音魔法の特性は初撃で理解しました。おそらくですけれど、魔法の特性上聴覚の知覚が鋭いのかなと。だから私以外にもう一人いるって分かったのではないかなって」
「……………………」
「それなら聴覚が鋭ければ音が逆に弱点になるかなって思ったんです。犬が鋭い匂いを嗅ぐと倒れる的な!」
「犬って……言いたいことは分かるけど」
「そもそもあの音魔法を連発されていれば私に勝ち目はなかったです」
アイリス自身あの音速の攻撃を何度も避けられる自信はない。そもそもあの音魔法を相殺できる何かを持っているわけでもない為回避するしかない。
「ヴィンセント様の聴覚は感知に長けています。一方本人が作り出した音が音魔法として拡張される。それは本人にどれだけの負荷がかかるのでしょうか」
「なるほど……」
ユーリはアイリスが何を言いたいのか分かったようだ。
「つまり魔法を繰り出す度に耳を魔力の結界で覆って音を遮断しているということです」
「確かにそれなら連発はできませんね。戦闘中の聴覚情報は重要です。耳への防御を持続することは感知ができない。つまり、リスクにも繋がる。耳への防御を持続させれば確かに魔法を連発できますが、リスク故連発はしない。ということですね、アイリス」
アイリスはユーリの言葉に頷く。ユーリは興味深そうに言葉を続ける。
「ヴィンセントだけでなくクラークの魔宝石攻撃も上手く捌いていましたね」
「あの魔法石は適性属性外の魔法を出せていましたけれど、威力は低かったです。ただ、高度な操作のような応用力はなかったので、私がヴィンセント様の近くにいれば巻き込むリスクを考えてきっと攻撃しないだろうと思いました」
「なるほど……」
うんうんと頷くユーリ。その一方でルイは少し驚いた様子でアイリスを見た。
「アンタって無鉄砲なくせに頭は回るんだね」
「あれ? 今度は褒められたのでしょうか……? でも二人とも助けてくれてありがとうございました」
「いえ、こちらこそフォローが遅くなってしまいすみません」
「いいえ! タイミングバッチリです!」
アイリスの弱点は魔法による火力の無さ。あの時相手の結界が弱まった直後の援護はとてもタイミングがよかったのだった。
アイリスの視界にふとユーリの体力ジュエルが視界に入る。そこにはアイリス同様少しヒビが入っていた。
「ユーリさん、攻撃を……?」
「大したことはないので大丈夫ですよ」
アイリスを心配させないように手をヒラヒラと振る。よく考えたらアイリスに雷撃が迫った際、直線状にいたユーリにもあたったのではないかと考える。
「少し失礼しますね」
手をかざすとユーリの体力ジュエルのヒビが治っていく。賭けだったが、回復魔法は体力ジュエルへ適用することができるみたいだ。
「これが……回復魔法……」
ユーリとルイは初めて見たらしく、驚いた様子だ。
「これで大丈夫ですよ。私の巻き添えでごめんなさい」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
ユーリはヒビ一つ入っていない自分の体力ジュエルを眺める。
「でも」
ユーリの声色が変わり、真剣な顔でアイリスを見るユーリ。
「?」
どうしたのだろうとアイリスは疑問に思う。
「無茶はしないでくださいね。私もルイも心配しましたから」
アイリスはちらりとルイを見るが、ルイはそっぽを向いてしまっていた。
「ご、ごめんなさい……?」
「では、アイリスはフリードに合流して頂けますか? ルイは私と来てください」
「ユーリさん。アイリスを一人で行かせていいんですか?…………迷子的な意味で」
「ルイくん!」
「私の蔦がフリードにもついています。私の蔦が案内します」
ユーリから借りた蔦が手の上でゆらゆら揺れる。ルイは「これで迷ったら本物の馬鹿だね」と嘲笑ったので絶対迷わないとアイリスは心に決めるのだった。
「あ。それと忘れないうちに貴女も回復魔法を使ってくださいね。チームの要のヒーラーなのですから」
「はい」
アイリスは返事をして体力ジュエルの腕輪をつけている左腕を背中に隠した。