34 受け入れて前を見るだけ
夕飯や入浴を済ませ、全員が部屋に帰り寝静まった時夜。
アイリスは眠い目をこすりながらゆっくりと自分の部屋のドアをあける。
(真っ暗……)
既に消灯して暗くて静かな共有部分をなるべく音をたてないようにゆっくりドアを開けて寮から出てる。
やっとのおもいで辿り着いたのは学園のトレーニングルーム。この学園では魔法は攻撃性がある魔法も多いため、どこでも練習することはできない。だからこそ魔法を練習できる部屋があるのだ。存在を知ったのは昼間迷っていた時。右へ左へウロウロしていた時に偶然辿り着いたのだった。
そして勿論こんな真夜中にトレーニングルームに人はいなく、真っ暗な中、アイリスは灯りををつけたのだった。
(広々使えてラッキーってことだよね。まずは今日の復習から……)
実践訓練でのこと。正直体と思考はついていけていた。足りなかったものは火力。つまり決定打。
そのためには攻撃力を上げるために魔力の底上げが必要だとアイリスは考えた。ゆっくり深呼吸をしながら精神を統一し、魔力を集める。
「心を落ち着けて……魔力を…………「お嬢様」うわああああ! え! バレット!?」
出てきたのはアイリスの使い魔バレット。彼女にいきなり声をかけられ驚いたアイリスはあっという間に集中力が途切れたのだった。
「こんばんは。お嬢様」
「こ……こんばんは……って、また勝手に出てきて……」
呼んでもないのに出てくる使い魔。出てくること自体はいいのだが、突然出てくるので毎回とても驚く羽目になるのだ。
「お嬢様が真夜中の修行をしていると察知いたしましたのでぜひお供したく思いまして」
「それは嬉しいけど……でもこんな時間だし、寝た方が……」
使い魔も生きている。だからこそ睡眠も当然にとる。
「それはお嬢様も同じでございます。普段は就寝している時刻かと。しかし頑固なお嬢様のことです。修行をなさるおつもりでしょう」
「が……頑固って……」
「お嬢様のお力になれることこそが私の喜び。ぜひ私にお手伝いをさせてください」
「………………………………」
バレットが出てきて使い魔である彼女の体調心配したが、同時に少し嬉しくもあったアイリス。今までずっとひとりだったこともあり、たとえ最近知り合ったとしても、誰かと一緒にいられることは嬉しいことだった。
「じゃあ…………ちょっとだけ手伝って」
「かしこまりました」
「それでね……明日のチーム戦のために特訓しているんだけど、誰かと一緒に戦うってしたことがないからどうすればいいのかなって。このままじゃ足手まとい確定だし」
「………………………………」
ずっと山にいたアイリスにとって第三者と一緒に戦うことは初めてだ。
「今日を振り返ると私にはどうしても火力が足りないのかなって…………だから魔力の底上げをするべきかなって…………」
「恐れながら申し上げます。お嬢様」
バレットが改まる。その真剣な様子に何を言い出すのだろうか不安になる。
「一晩で魔力の底上げは難しいかと」
「バレット……いきなり落とさないで…………」
はっきり言われた言葉に項垂れるアイリス。でもバレットの言うことも理解できた。自分自身でも一晩で大幅に魔力が上昇させることができるとは思っていない。しかしそれでも何かせずにはいられなかったのだった。バレットは話を続ける。
「しかし、お嬢様の能力は味方がいてこそ真価を発揮するかと」
魔法強化や回復魔法はチームにおいての要となるだろう。
「うーん。それが周りにいる人たちがすごすぎて、発揮するどころじゃないというか……はっきり助けるなんて言われちゃったし…………今日一日で私のメンタルがボロボロに…………」
何せチームにはAランクとSランクの魔法師しかいない。きっとサポートの必要もないだろう。だからこそ単体である『個』の力を伸ばそうと考えたのだ。
すると、ふとバレッドはアイリスではなく、違う方向を見ていた。
「バレット、どうかした?」
「いえ。なんでもございません、お嬢様」
「そう? はあ」
口に出すとどんどん落ち込んでくるアイリス。
「ところでメンタルがボロボロというのはお嬢様の魔法が通用しなかった……つまり実戦での敗戦が原因でしょうか」
アイリスは首を横に振る。
「違うよ。別に勝敗はどうでもいいかな。負けても得られることはたくさんあるし。大切なことは勝敗じゃなくて何を得るか。そして何を得たかを復習すること。きっとそれが今後につながると思っているんだ」
「お嬢様…………さすがお嬢様でございます!」
どこからかハンカチを取り出し、目元に当てるバレット。今の言葉は昔カールが言ってくれた言葉で今も心に残っている。
「なんでバレットが泣いてるの……」
「ではどういったことでメンタルがボロボロに?」
「CランクCランク連呼されるのも恥ずかしかったけど、何より助けるって言われる自分の実力のなさに情けなく思うんだよね……だからこそ…………」
すっと立ち上がるアイリス。
「うじうじしていても仕方ないよね! できることを頑張らないと!!」
「その意気でございます! お嬢様!」
「で。そのカメラは何?」
気合を入れて立ち上がったところをパシャリ。バレットの手元にはカメラが。
「お嬢様の気合の入れ顔、いただきました。ああ、なんて凛々しいのでしょう! これもわたくしのコレクションに入れませんと。今日は特にたくさんの写真を撮ることができました! とても幸せでございます!!!」
バレットの手元には今日一日で撮った写真がたくさんある。
寝顔からパンをかじっている写真。クラスでおどおどしながら自己紹介をしているところからなぜか先ほどの入浴まで。
プルプルしながらバレットを睨むアイリス。
「な…………なんでこんなに私の写真が…………バレット!」
写真を取り上げようとするがギリギリでかわすバレット。
「これはわたくしの家宝でございます!ご飯を食べるお嬢様。迷子になるお嬢様。凛々しいお嬢様。お風呂のお嬢様!! ああ……!!!」
うっとりとするバレットだが、アイリスはたまったものではない。この使い魔、変態である。
「いつの間に……バレット!! ………………あれ?」
バレットにつかみかかろうとしたアイリスの動きが止まる。
「お嬢様。いかがなさいましたか??」
「これだ」
「お嬢様?」
「今やるべき修行、思いついたよ!」
「左様でございますか。お手伝いいたします」
胸に手を当ててかしこまるバレット。
「…………ありがとう。でも。その写真は他の人に見せないようにね。それと、普段から撮られているって思うと集中できないからやめてね。それ」
「……か……かしこまりました…………グスン」
やけに悲しそうな声がその場に響くことになった。