25 サンバのメイド
「………………う………………………………」
から揚げをつまみ食いし損ねた元気で残念な男、オーウェンは早朝、何かの音が聞こえて起き上がった。
「なんだなんだ? こんな朝っぱらから」
眠たい目をこすって部屋のドアを開ける。
そこにはチームの常識人、ユーリが新しくチームに加わるアイリスの部屋のドアの前に立っていた。
「何しているんですか? ユーリさん」
「いえ…………その…………アイリスさんの部屋から音が………………」
どうやら音の正体は新しいチームメイトの部屋かららしい。
ユーリもオーウェンと同じくアイリスの部屋の物音で起きたのだった。
そしてもう一人も起きてくる。
「何の騒ぎですか……」
昨日修羅場から離れていた実はから揚げつまみ食い元凶の男、ルイは睡眠妨害をされたため機嫌が悪そうにしている。
「それが…………アイリスさんの部屋から…………」
常識人の男、ユーリは困ったようにドアを見つめる。
その時、シャンシャンシャンと音がはっきり聞こえ、アイリスの部屋の前にいたオーウェン、ユーリ、ルイが目を合わせる。
「………………………………」
不信感が強まり、全員が口を閉ざして耳を澄ませる。さっきの音以外にも女性の声と太鼓みたいな音まで聞こえてくる。
「どうやらすごく迷惑な人らしいですね。新しく入ってきた人」
ルイはすごく嫌そうにドアを見る。
「うーん……あれ?」
ユーリはふと疑問に思う。
「アイリスさんって、こんな声だったでしょうか」
「え! つまり違う人が部屋にいるってことですか!」
オーウェンとルイは驚いてドアを見つめる。
「どちらにしてもこのままではあれですし、仮に彼女以外の人が部屋にいるのも問題です。女性の部屋に勝手に入るのことは問題ですが緊急事態です。不本意ですが、様子を見てみましょう」
ユーリの言葉にオーウェンとルイが頷き、少しドアを開け、全員が隙間から部屋の中をのぞく。
そして全員が目を大きく開け、勢いよくドアを閉めた。
「………………私は一体何を見たのでしょうか」
ユーリは眉間に皺を寄せる。今も変わらずドアの向こうは音が絶え間なく鳴り響いている。
「面倒くさそうなので、俺は部屋に帰ります」
「いやいや、待てって!」
ルイは回れ右して自分の部屋に帰ろうとする。それを止めるオーウェン。しかしこのルイの予感は的中することになる。
「離してください、オーウェンさん。だって…………………………知らない女性がサンバ服着て歌って踊っているなんて、絶対面倒くさいじゃないですか」
「うーん……まあそうかもだけれど……ほら、サンバ楽しそうじゃん?」
「あんた何言っているんですか」
呆れたようにオーウェンを見るルイ。一方オーウェン自身も自分が苦しいことを言っていることを自覚していた。
「落ち着いてください二人とも。とりあえず緊急事態ですのでもう一度部屋を見ましょう。知らない人でしたし、戦闘態勢で行きましょう」
ユーリの言葉で全員が、戦闘態勢に入る。いつ何が起こっても魔法で対応できるように。
そして部屋を大きく開けた。
「お嬢様~!!! 起きてくださいませ~!!!!!」
サンバ服の女がアイリスの寝ているベッドの近くでマラカス片手に歌って踊っていたのだった。
「あの……どちらさまですか…………」
全員があっけにとられている中、ユーリが言う。
「あなた方がお嬢様のチームメイトの方々ですか。おはようございます」
挨拶をした後パチンと指を鳴らすとメイド服に瞬時に着替えた女性。
「め…………メイドさんだ!!」
オーウェンは目をキラキラと光らせながら目の前の女性を見る。
「わたくしの名前はバレット。お嬢様の使い魔です。以後よろしくお願いします」
メイドのような恰好をしたアイリスの使い魔バレットは頭を下げる。
「あ…………どうも……………………」
バレットの態度に全員の気が抜ける。敵意のかけらもない雰囲気の為、魔法は必要なさそうだ。
使い魔とは人間ではない存在で、契約した主人の魔力を媒介に主人のために動く存在だ。この人間界には妖精や精霊といった類が存在している。そういったものと契約し、使役することができるのだ。
「お嬢様って……アイリスさんのことですか?」
ユーリが未だ寝ているアイリスを見る。当の本人はこんな喧騒の中でも夢の中だ。ルイがぼそっと「どんな神経してるの」とぼやいている。
一方オーウェンはアイリスを見て固まってしまっていた。なぜ固まってしまったかユーリは想像がつく為、放置することにした。
「はい。今お嬢様を起こしている最中なのでございます。お嬢様は低血圧ですので、わたくしめが僭越ながらお手伝いをと。お嬢様の初授業日にお手伝いができるなんて至福の次第でございます」
酔いしれるように言うバレッドの言葉に唖然とする3人。
「お嬢様~!!!! 朝でございますう!!!」
メイド服の姿のまま片手にマラカスを出現させ、シャラシャラ鳴らしながら起こすバレット。
「………………むう……………………」
そんな声も状況も全く届いていないアイリスは布団に潜り込んでいく。寝起きはかなり悪いようだ。
「お嬢様~!!!!!!」
裏声を使いながらしゃんしゃんとマラカスを鳴らすと、もそりと布団が動く。
「あと…………五時間…………」
「承知いたしました」
「駄目!! 駄目だから!!!!!!」
硬直状況から脱したオーウェンがツッコミをいれる。それでも壁に顔を向けて眠ってしまう。
ユーリたちもいくら朝早くに起きたといっても貴重な朝の時間は刻々と過ぎていく。
そろそろ学園に行かないといけない時間だ。
ユーリは少し慌てた様子でアイリスの寝ているベッドに近づく。
「アイリスさん、起きてください」
「………………………………」
無言のアイリスに手を伸ばして意識を覚醒させるため、頭に触れて撫でる。
「…………ん……………………」
未だ寝ぼけているアイリス。
「ううううううう……かわいさの暴力……」
オーウェンは口に出して悶えているが、ユーリとルイも視線を逸らしている。
ユーリは深呼吸をしてから未だ眠りの中にいるアイリスに声をかける。
「初日から遅刻することになりますよ」
「…………ち…………こく……………………」
『遅刻』という単語に反応するが、それでも起きようとしないアイリスにしびれをきらすユーリ。
「はい。ほら、引っ張りますから、手を伸ばしてください」
「むう……………………」
ユーリが手を伸ばしてアイリスの手を掴むとゆっくり彼女を引っ張って起こすが、引っ張られて起きても右に左にぐらぐらするアイリス。
バランスが保てないアイリスは手を引っ張ってくれたユーリの方向に倒れ、ユーリは慌てて支える。
「アイリスさん!?」
「…………ん…………」
そしてまた寝始めるアイリス。起きようとする気配が全くない。
「ちょっ、ユーリさん! しゅ、しゅ、淑女に触れるなんて破廉恥ですよ!」
「どう見ても事故でしょう」
ユーリが呆れたように言うが、オーウェンがガッとユーリの腕の中からアイリスを奪う。
「例え事故だとしても俺は男として彼女を守る義務が「あー、オーウェンさん、ご高説痛み入いますけどそろそろ彼女を離してあげないと取り返しがつかなくなりますよ」は? 何言っているんだ、ルイ」
ユーリから守るように抱きしめているオーウェンだが、腕の中からミシミシと音が聞こえる。
「なにしているんですか! このままでは全身骨折しますよ! 早く離してください!」
ユーリが慌てて言うとオーウェンも驚き、ぱっと手を離す。支えがなくなれば自然とアイリスの身体は倒れる。
「朝から何やってるんだ」
後ろへ倒れるアイリスを間一髪支えたのはフリードだった。
「もうすぐ彼女の全身の骨が粉砕するところだったんですよ」
ルイが淡々と説明する。
「はあああ? そもそも俺はチームの秩序を」
「んんん………………」
「はっ!?」
オーウェンが反論しようとするが、漸くアイリスの瞼が開く。澄んだ紫色の瞳を覗かせるが、未だ焦点があっていない。
「あれ? うん? えっと…………ここどこ…………」
「漸くお目覚めですか? お嬢さん」
「え?」
自分が誰かに支えられていたことと上から聞き慣れた声が聞こえてゆっくりと見上げる。
「つきまとい!!」