21 無から寂しさは生まれない
「随分と急だね。もっとゆっくりしていけばいいのに」
収穫祭の翌日。アイリスは外套を羽織り、朝日に輝く髪を隠すようにしっかりとフードを被った。
「これ以上御厄介になるのもあれですし、ブラックリストが……」
「え?」
ごにょごにょと最後の方を濁して言った為、聞き取れなかったのだろう。アイリスは笑って誤魔化した。
「本当にあんたには感謝しているんだよ。まさかもう一度息子に会えるなんて」
二人とも泣いていた昨日の夜。メイソンに何があったのか聞いたモニカは泣きながら頬を叩き、思いっきり抱きしめたのだった。ちなみに叩いた威力はチャーリーの一発の比ではない。それこそ叩いた音が町中に響き渡り、周りの人々は驚き固まっていたくらいだ。
どうやらメイソンはクレアの町の人々と母親にとても大切にされているようだった。
「いくらあの子がそうしなければいけなかったとしても、人様にご迷惑をかけたんだ。私もあの子と一緒に償っていくつもりだよ」
「そうですか」
モニカはしっかりと決意した声と表情だった。
(これが母親の顔……なのかな……?)
「もう行くの?」
部屋からメイソンがでてきた。寝癖がぴょんとでていて声も昨日とは少し違いどこか舌足らずで、寝起きだということがわかる。
メイソンについては逃亡しないという契約のもと、母親であるモニカに一先ず預けられることになったのだった。
「はい。お世話になりました」
「別に俺は何もお世話なんて……むしろ……だから……その……」
「?」
何か言い辛そうに口籠るメイソン。モニカはそんなメイソンの背中をバシッと叩いたのだった。
「ほら、さっさと言いな!」
「分かってるよ母さん…………その…………ありがとう。色々……」
気恥ずかしいのか真っ直ぐアイリスから視線を逸らすが、気持ちはしっかりと伝わったのだった。
「私からも、本当にありがとうね」
モニカも笑顔を浮かべる。
「いえ、私一人では上手く出来なかったと思うので……」
頭に浮かぶのは一緒にいたフリード。彼がアイリスを守り、手を貸してくれたことが今回の結果に繋がったということをアイリスはきちんと自覚していた。
「それよりも……よかったですね」
モニカとメイソンは二人で目を合わせ、あたたかい表情を浮かべるのだった。
「それで、お姉さんはどこに行くの」
「王都にある王立魔法学園へ。私はルーナ村の近くの山に暮らしていて、王都まですぐって聞いていたんですけど案外遠いですね……もう二週間くらい歩いているのに全然着かなくて……」
「は? お姉さん……まさか」
メイソンはアイリスに何が起こっているのかはっきり理解したようだ。モニカは苦笑いする。
ルーナ村と王都は確かに近い。徒歩で三十分程度であるのは事実だ。それでも既に二週間経っているということはそういうことだ。
「迷子?」
「迷子じゃありません! ちゃんと地図通りに歩いています! 多分」
「………………」
メイソンは乾いた笑みを浮かべてからアイリスの横を通り過ぎて家のドアをあける。
「じゃあさ、あそこの門から出たらどっちに行くの?」
指さしたのは村の門。この村から出る際に通る門だ。
アイリスは再度もらった地図に目を落とす。
「…………左?」
「……………………」
モニカとメイソンは黙り込む。
「ま、間違いました! 右です! 右右!」
二人の反応に間違えたのだと思い、焦って修正する。しかしもう既に遅かった。
「母さん、無理だよ。このお姉さん」
「……そのようだね。これじゃあ王都へ着くのに一年くらいかかりそうだね」
「一年で済むといいね」
アイリスは二人の様子に少しむっとしながらもドアに手をかける。
「大丈夫です! 今度こそ王都へ行って見せます!」
「いや、俺たち行かないから結果的に見せられないんじゃ……」
「ちょっと待ちな!」
モニカが今にも出発しそうなアイリスを止める。
「今日これから王都へ行く牛車があるんだ。丁度いいし乗っていきな!」
「え?」
さすがに泊まらせてもらっただけでも迷惑になっていると思い、遠慮しようとしたがモニカとメイソンは強かった。あれよあれよとあっという間に牛車のところまで連れて行かれてしまった。
そこにはチャーリーが立っていた。
「チャーリーさん!」
「よう!」
牛に乗っているチャーリーは手をあげた。
どうやらチャーリーの牛車が王都へ向かうそうだ。
実はチャーリーへお世話になったこともあり、お別れの挨拶をしたいと考えていたアイリス。しかし居場所が分からず諦めていたのだが、思いがけず再開できてアイリスは嬉しかった。
「それじゃあ。この子を頼むからね」
「分かってます。何があっても必ず王都へ連れて行きますよ」
モニカに深く頷く。
「チャーリーさん。すみません。お世話になります」
ぺこりとアイリスはにお辞儀をする。男は「いいって! むしろ人が多い方が賑やかだしな!」と爽やかな笑顔で言った。
「娘さん」
掠れた声の方向を向くと、杖をつきながら見覚えのある人が歩いてきた。
「領主様!」
「道中気をつけるのじゃぞ」
「はい! では皆さんありがとうございました! お元気で」
ぺこりと見送りに来た人たちに頭をさげる。
「アイリス!」
「わ! モニカさん!?」
突然モニカにぎゅっと抱きしめられる。
「またいつでもおいで。あんたはあたしにとって娘……ではないけれど、それと似たような特別な子だからね」
モニカのあたたかな言葉になんだかよくわからないようが、胸がむず痒くなる。しかしなぜかとても嬉しくなるのだった。
(なんだろう……私に家族なんて……いないのに……両親の顔も名前も知らないのに……)
アイリスはモニカを見る。そこにはメイソンに向ける表情と同じような顔をしているモニカがいた。
(こういうのが…………家族って…………いうのかな?)
「アイリス?」
黙り込んでしまったアイリスへモニカは心配そうに声をかける。
「いえ! またいつか会いに行きます! モニカさん、メイソンさん、お元気で」
牛車に乗るとゆっくり進み出す。そして見送ってくれている人たちが徐々に小さくなる。
(寂しい……のかな……なんか山から出てから『寂しい』が多い気がするな……)
モニカたちが見えなくなってからアイリスは前を見る。
寂しいと感じるのはそれと同じくらいの出会いをしているからだ。それをアイリスは気がつかない。
そして寂しさ以上にもらったもの、したこと、得た経験を抱えてゆっくり進む道のりを見つめていく。
(そういえばフリードが夢の中の人とそっくりだったな……昔一度カールに相談してみた時は、魔力所持者が複数回見る夢は夢見の力である可能性が高いって言ってた……)
夢見の力。それは別名未来視とも呼ばれている。
しかし自分にそんな力があるとは信じ難かった。それでも夢に出てくる人物ととてもよく似ている為気になってしまう。その夢は昔から何度も何度も繰り返し見ていた夢だったからだ。
(あの人が本当に私を殺すのかな……もしそうなら私の『罪』は……)
自分の掌を見つめる。
(夢は夢……だよね。もし夢見の力なら関わらないほうがいい。絶対に)
アイリスは思いなおして前を向くのだった。