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20 弱いからこその強かさ

「やはり尚更くだらないな、人間は。そんないるかも分からない神ごときのために一喜一憂し、争うなんて。あ、もちろんアイリスは別で」

「………………………………」


 先ほどまでは不安や混乱、怒りの表情をしていた人々だが、今は笑顔になっている。

 フリードは盛り上がっている町を見下ろす。それは人々をを蔑むような視線だった。


(私……この瞳……知ってる……なんで今まで思い出せなかったんだろう。この人……ずっと私の夢に出てくる人とそっくり。)


 アイリスはもう一度瞳を見る。

 

(私を殺す人……)


 フリードのこの瞳。夢で世界を滅ぼそうとしている時と似たような負の感情が籠った瞳だ。しかしそのことについて今は置いておく。アイリスは小さく息を吸う。


「本当にそうでしょうか」

「…………」

「モニカさんの話を聞いて私なり考えてみたんです。祭り自体神様に繁栄や未来を願うものですが、神様に祈るだけで叶うなんてこと、私はありえないと思います」


 アイリスは山を出て道に迷いながらもたくさんの人たちを見てきた。食べ物で苦しむ人。武力で苦しむ人。人間関係で苦しむ人。

 きっとそれ以外にもたくさんの苦しみがある。それでも今もどこかで苦しみながらも懸命に生きている人たちがいる。そういう人たちも一度は神様へ救いを求めて祈ったことがあったのではないか。しかし祈ったところで誰が助けてくれるわけではない。行動しなければ何も変わらないのだから。それでも。


「きっと祈ることで力に変えているんですよ。少しのことで混乱したり傷ついたり……そんなちっぽけな私たち人間だからこそ」

「…………」


 フリードはアイリスを見る。

 

「だからその……つまり……そう! 人間は神様をきっと自分たちのいいように使っているんですよ。……(したた)かに」


 神を信じる人間はいても誰も会ったことはないだろう。そんな空想の産物を信じて前向きに捉えることができる人間はどれだけ滑稽で、それでいて強いのだろうか。


「そう考えると人間すごいな……」


 うんうんと自分で言って納得していると、隣から吹き出す音が聞こえた。


「ははははっ!」

「!?」


 いきなりフリードが笑い始める。しかし何をもっていきなり笑い始めたのか見当がつかないアイリス。


「私、何かおかしいことを言いましたか?」

「いいや? 本当に…………」

「はい?」


 意味がわからず聞き返してもフリード答えてはくれない。

 

「君から見えるこの世界は一体どれだけ綺麗なものなんだろうな」


 フリードは自嘲めいた表情をする。


(綺麗……か……)


 アイリスはこの世界が綺麗なだけではないことを知っている。それは唯一の外界の戦争の記憶があるからだ。それにここへ来るまでに犯罪だって見てきた。

 しかし今それを言う必要は無い。


「フリードにはどう見えているのですか?」

「そうだな……俺には君ほど綺麗には見えないな。それでも……」

「?」

「面白いものはどうやらまだあるみたいだ」


 ニコニコしながらアイリスを見る。

 

「それ、私のこと言っています?」


 揶揄うような様子にむっとする。


「それで? これからどうするんだ?」

「これからですか? それはもちろん当初の予定通りむむむむ!」


 スマートに会話を誘導されうっかり言ってしまいそうになり慌てて口元を押さえる。


「危ないところだった……!」

「おや。残念」

「あれ? 私……」

「ん?」

(どどどどどうしよう……! すっかり王立魔法学園のこと忘れてた!)


 アイリスにとって様々なことが昨日今日と起きて当初の予定をすっかり忘れていたのだった。


(あまりに遅かったらブラックリスト入りとかないよね……? あああああ!)


「ブラックリストが……!ブラックリストが……!!」

「ブラックリスト?」

「いえ! なんでもありません!」

(とにかく早く王立魔法学園に行かないと! でも既にブラックリスト入りしているのならむしろ行ったら宣告を受けるだけなのでは……? そもそも捕まったりとかもするのかな…………でも……)


 アイリスはひどく慌てる。ひとまず行かないでブラックリスト入りを確実にするより、ブラックリスト入りの現実を正しく認識した上で対策を考えた方がいいと考えたアイリスは明日にもここを出ようと心に決める。


(そうと決めればこの人ともここでお別れだな……夢の中に出てきた人にすごく似ていたけど所詮はただの夢だし、殺されるなんて縁起のいいものじゃない。関わらないことが一番だよね)


 アイリスはフリードを見上げる。フリードは相変わらず何を考えているのかよくわからない。


「フリード。私は明日この町を出ます。だからあなたとはここでお別れです」

「随分と急だな」

「所用を思い出しまして…………あ。一応山賊の件も結果的に協力しました。これで私を助けてくれたお礼はできたのではないのでしょうか」

「……………………」


 そもそも恋人ごっこから始まった奇妙な繋がりはひったくり犯を捕まえた際に転倒しそうなアイリスを助けたことから始まったのだ。つまりそのことがなければ二人が知り合うことはきっとなかっただろう。

 お礼から始まった恋人ごっこの件について上手くいったかわからなかったが、結果的にフリードの役目の協力ができただろうから大丈夫だろう。

 

「アイリスとはまた会える気がする。……必ず」

「あはははは……そうだといいですね」


 アイリスは棒読みしつつフリードから視線をずらして遠い目をする。


「そもそも一体どんな根拠で…………」

「さあ。でも一度繋がれた縁は簡単には切れない」

「……まさか山から出ていきなりつきまといの縁を結ぶことになるだなんて思ってもみなかったな……」

「つきまとい?」


 はっとして口を覆い、首を大きく横に振る。つい心の声が漏れてしまったのだった。


「なんでもありません。……………………あの」


 アイリスは言いづらそうに視線を下に向ける。


「ん?」


 優しく促されるような声につられてフリードを見る。


「…………少しお耳を貸していただいてもよろしいですか?」


 フリードは何も聞かず姿勢を低くするために少しかがんだ。アイリスと視線が近くなる。

 

 アイリスはフリードの右耳に顔を寄せる。

 フリードの肩に少し触れ、内緒話をするように耳元に手を寄せる。


「楽しかった……です……またどこかで」


 フリードの目が大きく見開かれると同時にサッと離れるアイリス。

 アイリスにとっては変な人だったが、基本は一緒にいて楽しいと感じていた。それこそカールが山からいなくなってしまった時に感じた『寂しさ』のようなものをわずかに感じている。しかしアイリスには王立魔法学園へ入学し、魔法を学びながらお金を稼ぐ目的がある。だからこそここで別れなければならない。


 すぐにフリードから離れたアイリスは既にランタンの打ち上げが終わった暗い町へ走り出す。しかしすぐ振り返るとフリードに向かって手を振り、駆けていくのだった。






「……………………勘弁してくれ」


 フリードは顔を片手で覆い、息を吐く。


「また……か」


 ふと小さな笑みを浮かべ、闇の中へ溶けていった。

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