1 侵入者
鈍い音が響き渡った瞬間、三人の男たちが倒れる。
それを呆れたような顔で見る少女が一人。
「たまにいるんだよね。この霊山に侵入する人間が。この山の守護をするのも大変だ……」
彼女が今立っている山は霊山だ。
霊山とは一般の山とは違う。一見普通の山だが、気温、気候が変わらず一定。そして他と大きく違うことは強い魔力を持った稀少な動物が人間から隠れてひっそりと暮らしている点だ。
この特異性の為、いつからか分からないが、昔から外部への存在を隠す特殊な結界が張られている。しかし、たまにこうして人間が迷い込んでしまう。
そもそも人間に知られてしまうと面倒なことになる。山を守っている結界の研究でもされてしまえば簡単に人間が入ってきてしまう。入ってきてしまえば狩りを始めたり、研究と称して何らかの手段を使って人間が霊山に入り浸るかもしれない。
そうなるとここで静かに生きている動物たちの生活に支障が出る。
そんな中重大な問題をこの山は抱えている。それは年々霊山の結界が弱まっているということだ。
だからこそ年々増え続ける迷い込んだ人々を追い出し、山を守るのが彼女の役割だった。
「カールが言っていた十六歳になる年の四月に迎えに来るって言っていたけど、もう四月も終わりそうだよ……」
彼女は三年より前の記憶が無い。目が覚めた時にはこの霊山にいた。
しかし自分の名前すら分からず放心していた頃、ふらっとやってきたのがカールという名の男。彼は彼女に名前とこの山で生きる術や知識、そして魔法を教え、やることもなく放心していたアイリスに山の守護の役割を与えた。
ちなみにここが普通の自然の山ではないこともカールから教わった。
しかし数年前ある時を境にこの山から出て行ったのだった。その時最後に言った言葉。それが十六歳になる年の四月になったら迎えに来るということだった。
迎えに来る頃には山を守護する人が不要になるような、山の結界を強める魔法を開発すると約束して。
こうしてアイリスはカールが戻る時まで、この霊山を一人で守護することになったのだ。一歩も外に出ることはなく。
「さて、この人たちを山の外に……また侵入者?」
先ほど自分が倒し、気絶している男たちに記憶処理の魔法石を使用する。
魔法石とは魔力を注ぐと魔法が発動する石のことだ。魔法石には様々な種類がある。今使った魔法石は記憶処理の魔法石で、直前の記憶を魔法で書き換えることができる。そして書き換えた後、山の外へ移動させようとした際、また人間の気配がした。
「はあ。本当に山の結界を強くする魔法なんて開発できるのかな? これじゃ迎えに来る以前に心配でこの山から出られないよ……」
ため息をつきながら侵入者を追い出す為走り出した。
気配のある場所へ走った彼女の視界に入ったのは一人の眼鏡をかけた大人の男だった。
一見優しそうな男だが、迷ったという雰囲気ではなく、汗を拭きながら真っ直ぐ頂上に向かって歩いている。
アイリスは大きな木の太い枝を足場にぴょんぴょん移動してこれ以上男を進ませないように回り込み、男の前に降りる。
「うわあああ! 人が降ってきた!」
大げさに驚き大声を出す男。
「この山は立ち入り禁止です。速やかに出て行ってください」
普段だったら男の背後に飛び降りそのまま気絶させるのだが、この男の優しそうな雰囲気もあり背後に立つことを躊躇して正面に立つ。そして忠告をする。戦闘態勢は崩さないまま。
「あ! 君がアイリス・セレスティアさん!?」
「!」
いきなり出された自分の名前に驚くアイリス。
そして同時に冷たいものが走る。アイリスはずっと山で過ごしていた。外の世界に出たことはほぼなく、知り合いも今まで様々なことを教えてくれたカールのみ。不安になりながらもアイリスは律儀に対応する。
「ア……アイリス・セレスティアです……」
困ったように名乗り、ぺこりとおじぎをする。カールに教えてもらった初対面の人への正しい接し方だ。
「律儀だ……ってああああああ! ごめんね、僕の名前を言っていなかったね! 僕はランスロット・バーナード。王立魔法学校の教師をしているんだよ」
「はあ」
いまいち事態が呑み込めず適当な返事をする。
あまりにもこのランスロットという大人が穏やかに話したからだ。
「今日は君に用事があったんだ! アイリス・セレスティアさん。王立魔法学校に入学しませんか?」