18 そんなに見つめられても困ります
「なんでって……わざわざ魔法を使ってまですることじゃないだろう? 節約だよ。力を抜くところは抜かないと」
「でも…………」
後ろから抱きこまれるようになり、いきなりフリードとの物理的距離が無くなったことからなぜか落ち着かなくなる。
「おや。もしかして意識しているか?」
「さて、行きましょう。頑張ってください、フリード」
「はいはい」
カールの駄目さをいつも見ていたおかげでフリードへのあしらい方は完璧だ。
フリード自身も分かっていたのか気に留める様子もなく、手綱を握ったのだった。
アイリスたちがクレアに戻ったのは日が既に落ちきってしばらくした頃だった。
「着きました……けど……なんだか騒がしい?」
「アイリス」
フリードが先に降り、アイリスに手を差し伸べる。
「……………………」
無言でその手を見つめるアイリス。
別に馬くらい一人で降りられる。
「ん?」
優しい笑顔で手を伸ばし続けるフリード。
月の光に照らされて、とてもきれいなもののように見える。
アイリスはその手に掴まるとふわりと地面に降ろされたのだった。
「ありがとう……ございます……」
「いいえ」
何とも言えない気持ちになりながらも町を見るとやはり騒がしい。
「行ってみるか?」
「はい!」
キングギデオンを近くの木に括り付け、お礼のニンジンを与えてから状況確認の為アイリスたちは走り出した。
「これは…………」
走って街に入ると、観光客含めてクレアの町全体が混乱していた。
観光客は「ランタンはどこで配布されているんだ」とか、「暗くて何も見えない」とか様々な声が聞こえた。
「人間は予定外のことに対して弱いからな」
「……………………」
どうやらモニカたちクレアの人々は観光客に山賊の襲撃を何も説明していないようだった。しかしそれもそのはずだ。もし山賊の存在をここで公表してしてしまえば混乱が更に広がり、収拾がつかなくなってしまうのは予想に難しくなかった。
少し後ろを馬で走っていたチャーリーもアイリスたちに追いつき、混乱している状況に驚いている。そして混乱を鎮めようと人の輪の中に入っていった。
「なんとかしなくちゃ……」
アイリスも足を進めようとしたら腕を掴まれる。
「やめておいた方がいい。一度こうなってしまえば収拾は難しい。むしろ下手すれば君が怪我をするだけだ」
「でも…………」
アイリスは町の混乱を見る。
(せっかく町の人が頑張って作った農作物の収穫祭なのに……こんなのって……本当に私にできることはないのかな? せめてここの人たちが落ち着いてくれたら…………)
しかし何も思いつかない。何も考えず無策で乗り込めばきっとフリードの言う通り怪我をするだけで、何も解決できないのだろう。
≪人の気持ちは伝染するものだよ≫
思い出すのはいつかの時のカールの言葉。
(そうだ。まずは自分が落ち着かないと。そして落ち着くよう周りに伝える方法を……!)
アイリスは深く深呼吸する。今からやることについて上手くいく確証はない。それでも今のアイリスにとってはこれしか思いつかないのだった。
「アイリス」
何かをしようとしているのが分かったのかフリードはアイリスの腕に再度緩く力をこめる。そこには心配の色が滲み出ていた。
「大丈夫です」
静かにフリードを見つめる。それが伝わったのかゆっくり腕を掴んでいた手から解放された。
それを確認したアイリスは胸の前で手をぎゅっと握り、目を閉じ、ゆっくり歌を歌い始める。
アイリスの澄んだ声があたりに広がる。アカペラで歌っていたはずが気がついたらお祭りで使っていたであろう楽器も加わっていく。
観光客も最初はアイリスに気がついていなかった。しかしアイリスの近くにいる人一人がアイリスを見て、それがどんどん広がっていく。楽器も加わり、そこにいた人ほぼ全ての人がアイリスの歌を聴いていた。
そして歌い終わる時に町の様々な場所からランタンが上がり、あたりを照らしたのだった。
その様子を観光客は黙って見ていた。
歌い終わってゆっくり目を開けると周りの観光客がアイリスを見ている。
「!?!?」
色々な人が無言でアイリスを見ているが、見られている当人は視線に耐えられない。
「あの……」
おそるおそる口を開いた時だった。
「素晴らしい!」
「すっごく上手!」
「ランタンもタイミングよく……すごく綺麗な演出ね」
「今の歌なんていうんだ?」
「お姉ちゃんもう一回歌って!」
拍手と共にたくさんの知らない人に詰め寄られ、話しかけられる。
「え? え?」
当然の如くあわあわと動転してしまうアイリス。
かけられた言葉一つ一つに返事をしようとするものの、たくさんの人に声をかけられ、誰に声をかけられたかすらわからない。
(なんかグルグルしてきた……)
挙句の果てには人酔いしそうにになってくる。その時背後から誰かの手がアイリスの手首に触れ、優しく握られた。
「こっち」
「…………!」
この声はフリードだ。
どうやら人と人の間から手を伸ばしたらしい。
「走れるか?」
「はい!」
アイリスはフリードに引っ張られながらたくさんの人がいる包囲網から脱出したのだった。
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