16 愛ある拳
メイソンの過去を聞いたチャーリーは絶句する。
メイソンはゆっくり話を続ける。
「僕はずっとあの男を欺いていた。いつか来るチャンスの時まで。従順で、頭が回るメイソンを……演じ続けた。こいつを地獄に叩き落とすために」
「…………」
「それでも盗みとかは嫌だったから体が弱い設定にした。でも山賊たちに知恵を貸していたのは事実だ。つまり共犯だ」
自分を卑下するメイソン。
「それでも…………お前は騎士団や衛兵、魔法師団等様々な組織に事前密告していた。被害が最小限に済むように。警備を強化しろと」
今まで静観していたフリードがメイソンを見る。
「え……フリード、知っていたのですか?」
「ああ。俺がここにいる目的の一つでもある」
どうやらフリードはメイソンを事前に知っていたらしい。
「それでも…………罪は罪だよ。お兄さんがそこにいるのがその証拠なんでしょ」
困ったように笑うメイソン。
(メイソンさん…………)
アイリスは軽はずみに口をはさめなかった。
そんなアイリスの横をひとり、チャーリーが通りすぎる。
「メイソン!!」
男がメイソンを思いっきり殴る。
メイソンは地面に尻もちをつく。
「モニカさんが……俺らがどれだけ心配したと思っているんだ!!」
「!」
「…………モニカさんは毎日泣きはらしていたんだぞ。トーマスさんだけじゃない。お前まで失って今までどんな気持ちで生きてきたと思ってるんだ!」
チャーリーが怒鳴る。
その怒りはだれかを傷つけるものでも憎しみのあるものでもない。メイソンを、モニカを想っての怒りだった。
それが伝わっているからこそメイソンは涙目になっている。
「それでも…………」
座り込んでいるメイソンのもとに歩き、しゃがむ。
そしてメイソンをぎゅっと抱きしめる。
「無事でよかった」
「おじさん…………」
今まで冷静に対応していたメイソンがの瞳に涙が浮ぶ。
「話は聞かせてもらいました」
ゆっくりと歩いてくる特徴的なローブを纏った一人の男。
(この特徴的な服装……カールから聞いたことがある……この人……宮廷魔法師団だ)
宮廷魔法師団。その名の通り宮廷お抱えの魔法士団だ。魔法を用いて国を守ることや凶悪魔法犯罪を解決する仕事が主だが、昔は魔物を討伐することが主な仕事だったと言われている。
(そうか……この山賊さんは魔法を使うから……)
魔法犯罪者ということで宮廷魔法師団が来たらしい。
魔法を使う人が全員善人とは限らない。だからこそこうして取り締まる部署が必要なのである。
「この倒れている山賊の男たちはこちらで拘束させていただきます」
魔法師団の一人が倒れている山賊の方へ歩く。
「そしてそこの少年」
魔法師団の声にぴくりと肩を震わせるメイソン。
「君にも話を聞かなければいけません。ご同行を」
その意味を正しく理解したメイソンはゆっくり立ち上がる。
「メイソン!」
チャーリーは魔法師団のもとへ足を進めるメイソンに叫ぶ。しかしメイソンが振り返ることはない。
(私から言うのは筋違いだって分かってる。それでも……だからこそ今から私が言うことはちゃんと責任を持たなければいけない)
アイリスは大きく息を吸った。
「待ってください」
アイリスの透き通った声が響き渡る。
「これからメイソンさんを連行するのですよね? それでは一つ申し上げてもよろしいでしょうか」
魔法師団の男は無言ながらも否定することはない。
「この国には未成年には保護者による一定の保護の法律がありますよね」
この国には子どもが健全に成長するための法律が定められている。保護者による保護もその一環だ。そして保護と同時に責任も持つことになっている。
「まずはメイソンさんのお母様の元へお連れしたうえで話を聞くことが先なのではないでしょうか」
「母さんは関係ない!」
今まで冷静だったメイソンが声を荒げる。巻き込みたくないのだろう。
それを察したからこそ『モニカ』ではなく『お母様』と呼んだのだ。アイリスの言葉は下手したらメイソンだけではなく、モニカの立場すら危うくする可能性があったからだ。
「確かにそうかもしれません。それでもお母様は今でもずっと貴方の帰りを信じて待ってます」
「……!」
「実は家の中で迷子に……じゃなくて間違った部屋に入ってしまったことがありまして、そこは子ども部屋のような部屋でした。その部屋は、部屋の主がいないのに手入れが行き届いていました」
「…………」
「今思い出すと貴方とお父様の写真も部屋に立てかけられていました。これがどういうことか分かりますか?」
メイソンは俯く。
「ずっと……待っているんですよ。貴方たちを」
メイソンが表情を歪める。
「それに貴方は巻き込みたくないっておっしゃりましたが、今は巻き込まずともいつか何かの時に真実をお母様が知った時、きっと貴方は許されませんよ。お母様は怒って悲しんで……きっと傷つくことになる」
「……………………」
アイリスは断言する。モニカと一緒に過ごした時間は短いけどそれくらいは分かる。アイリスが分かるのだから、当然メイソンだって十分理解しているだろう。
「だって、今でもずっと貴方とお父様のことを大切に想っているのだから」
アイリスには家族の記憶が無い。だからこそ家族というものがどういうことかは分からない。その為『家族』ではなく、『モニカ』という一人の人間の言葉や仕草から判断したのだが、きっと間違いはないだろう。
メイソンはぽたぽたと大粒の涙を流す。
「僕……僕…………」
メイソンがしゃくりあげる中、次にアイリスは魔法師団の男をまっすぐ見つめる。
「と、いうことなのでまずはクレアに行くことが先なのではないのでしょうか。彼はきっと逃げませんよ。心配なら誓約書でも書かせればいい。保護者を含めて」
「……………………」
アイリスは冷めた口調で魔法師団の男に言う。
メイソンやモニカにとって酷なことを言っているのは分かっている。それでも二人は逃げないだろう。
(たとえ逃げることを選んだとしても誓約書があれば誓約は履行され、きっと逃げきれない。それはモニカさんもよくわかっているはず)
ただ、アイリスの今までの話はかなり苦しい内容だと自覚していた。なぜならモニカへの連絡は連行後でも問題ないはずだからだ。しかし保護者であるモニカとメイソンが会うことができるのか確証がなかった。魔法師団がどういう捜査をするのか、また、どういう扱いをするのか分からなかったからだ。アイリスは頭を必死に回転させる。
魔法師団の男は息を吐いた。
「いいでしょう。話を聞くのはそのあとで構わない」
「!!」
メイソンは力が抜けたようにしゃがみこんだ。
「よかったですね! メイソンさん」
「お姉さん…………ありがとう…………」
自分の指で拭っても拭いきれないほどの大粒の涙。
それを見たアイリスは優しい笑みでメイソンを見た。
「そもそも君たちは勘違いをしているようですので、ここで申し上げておきます」
魔法師団の男がアイリスたちを見る。
「そこの少年、メイソンは確かに共犯者で罪人ですが、山賊の手を取ったのはそれしか選択肢がなかったから。本来なら保護されるべき少年に対して、強要といっても差し支えなく、彼も被害者です。また、魔法師団や衛兵への密告、および被害を最小限にした行動についての調べはとうについています」
「え…………?」
メイソンは驚いたように魔法師団の男を見る。
「あなたには情状酌量の余地があるとみなしています。…………捜査終了次第、所定の手続きが終われば帰れますよ」
「!」
口元を手で押さえるメイソン。
「帰れる…………また…………あの町へ」
魔法師団の男は優しい顔でメイソンを見たのだった。
「本当」
アイリスの隣でフリードが声をあげる。
「え?」
アイリスが見上げようとすると頭をポンポンと撫でられる。
「こういうところなんだよな」
「フリード? あの、髪が悲惨なことになります!」
人に頭を撫でられたことのないアイリスはフリードへの対処に困惑する。
「いいじゃないか。俺たちは恋人なんだから」
「その設定まだ続けるんですか……」
反論すると以外にもあっさりと離れていった。
とりあえずメイソンを連れてクレアへ戻ろうと決めた時だった。
「おーい!」
後ろから三頭の馬に大きな荷物を括り付け、見たことある人たちが手を振ってくる。
「領主様!」
チャーリーが走り出す。
メイソンは目を見開いて驚きながらも動こうとはしない。
「行きましょう、メイソンさん」
「でも…………」
「さあ! フリードも!」
メイソンの腕を引っ張り、フリードを見る。
「いや、俺はこの男と少し話してる」
フリードは宮廷魔法師団の男を見る。
「話?」
「さすがに色々な状況説明が後になりすぎるからな」
「なら私も残ります」
「いや、君は」
ゆっくりフリードがメイソンを見る。
「やることが……あるだろう?」
メイソンはアイリスに腕を引かれているが、下を向いている。
勇気が出ないのだ。今まで死んだと思われていたのだから。少しでも裏切るようなことをしていたのだから。
「それとも俺と一緒にいたいと」
「ありがとうございます。フリード。行きましょう、メイソンさん」
フリードの軽口を相手にせずメイソンの手を引っ張る。
それをひらひらと手を振って見送るフリード。
そして振り返り、魔法師団の男を見た。
「あなたの放浪癖も相変わらずですね」
魔法師団の男はやれやれという様子でフリードに話しかける。
「悪かったって。…………もう、見つかったから」
「は?」
「いや」
フリードと魔法師団の男は領主に駆け寄るメイソンとアイリスを目で追いかける。
「悪かったって。…………さて、後処理頼んだからな。………………………………ユーリ」