13 十八番は背負い投げ
山賊たちは馬を走らせ、クレアの町へ向かっていた。
「お頭。ついにこの時が来ましたね」
「ああ。今のクレアには観光客もいる。そんな町をこのタイミングで支配することによって、世界中に俺たちの名が知れわたることだろう」
馬に乗りながら山賊の頭は自分の腰に下げている刀を見た後、自分の掌を見る。
それは自信に満ち溢れ、そして必ず成し遂げる確信を感じていた。
「お頭!」
仲間が叫び、何事かと前を見る。
そこには桜色の透き通った色の髪を風に揺らして立っている一人の少女がいた。
(なんだ…………これは…………)
山賊の頭は強い引っかかりを覚える。
目の前にただ立っているのは少女だ。
ただその立っているだけの様子にひどく不気味さを感じた。
(手練れ…………か? …………この俺が…………恐れている? そんなはずはない。あんな小娘に)
ぎゅっと馬の手綱を握る。
「おいお前ら。今すぐ馬を降りろ。そして殺せ。目の前の女を」
少女の目の前にたどり着き、各々が馬から降りるのだった。
***
「あなたたちですか? クレアを襲おうとしている山賊さんは」
アイリスはまっすぐ山賊を見る。
「だったらなんだ? お前もクレアの人間か。いいだろう。ここでこの女を殺して見せしめにすれば統治も容易くなる。恐怖こそが有効な手段だからな」
一際身なりがよく、大柄な男がいる。その男がおそらく山賊のトップだとアイリスは判断する。
下っ端の山賊たちは持っている武器を構える。
(大丈夫。ゆっくり深呼吸。敵は八人)
落ち着いて前を見るアイリス。
山賊たちはアイリスを囲んでいる。
「やれ」
その低い声が合図だった。山賊たちは各々の武器を振り回す。
それを躱して背負い投げをする。クレアの領主たちを助けたときと同じ動きだった。
(来る…………!)
飛ぶようにその場から退避したアイリス。そこには二つの魔法弾が飛んできていた。
「ほう……避けるか…………」
感心したようにそれでいて余裕の笑みを浮かべる山賊の頭。どうやらこの魔法はこの男が放ったものだろう。
(無属性の基礎攻撃魔法…………でも今までの人たちと違う……!)
先ほどの山賊とは違い、形が保たれている。そして何より避けて魔法が地面にあたった際、魔法の威力により地面にめり込んだ跡ができていた。
今までの魔法師とはレベルが段違いだ。
「ならばこれはどうだ」
山賊の頭が手を掲げると無数の魔法弾が山賊の頭の周りを浮遊する。
そして手を振り下ろせばそれは無数にアイリスに襲い掛かってきたのだ。
「魔力強化・硬化」
光を纏ったアイリスは無数の弾を避け、避けきれないものは拳で叩き落とす。
この魔法は一種の防御系統の身体強化魔法だ。この魔法のおかげで強い威力の魔法弾を叩き落としたとしても、自身のダメージはほぼなかった。
すべての魔法弾を捌ききったが、すぐに山賊たちが襲い掛かる。それを瞬時に避け、アイリスの十八番、背負い投げをした。
「強化魔法……お前、魔法師だな。はっはっは! やめておけ。いくらお前が魔法師だとしても俺に勝てるとは思わない方がいい」
「…………」
「何より強化魔法は初歩魔法。そんな魔法でこの俺に勝てるとでも?」
周りの山賊たちは目を回して地面に転がっている。そんな状況でもこの山賊の頭は余裕の様子を見せていた。
確かに強化魔法は初歩魔法だ。この余裕からも相手は初歩ではない魔法を持っているということなのだろう。
(この状況をなんとかしないと……)
「お嬢さん、危ない!」
いきなり聞こえた聞きなれた声。はっとすると同時に死角から山賊の男が襲って来た。
基礎攻撃魔法を放ったようなので後ろに跳躍する。そして着地して一歩踏み出そうとするが、足が地面に縫い付けられたように動かない。
「まさか…………無属性……粘着系の拘束魔法」
アイリスの足元に魔力の気配がしている。
先ほどアイリスを襲った魔法弾。アイリスが避けるために跳躍し、アイリスにぶつからず地面へ落下した魔法は液体のように弾け、それに気が付かず弾けた魔法の一部を足で踏んでしまい、魔法が靴の裏に付着。そして動けなくなってしまったのだった。
「残念だったな」
襲って来た男は薄ら笑いを浮かべゆっくりアイリスの目の前まで歩き、剣を振り上げる。
勢いよく降りてきたものをパシンと音を立て、両手で白刃取りをするアイリス。そして男の服の裾を思いっきり下に引っ張るとバランスを崩した男がこちらへ倒れてくる。そんな山賊の顎へ勢いよく頭突きをすると、山賊の男はうめき声をあげ、倒れた。
男が倒れると足が自由になる。術者が気絶したからだろう。しかし頭突きの反動で勢いがつきバランスを崩してしまう。
「おっとっと」
なんとか倒れずバランスをとったアイリス。しかし今までの比ではない魔力を感じ顔をあげる。
「ほう。足手まといを連れていたか。お前……見たことあるぞ……クレアの人間だな」
山賊の頭はアイリスではなく、別方向を見つめている。そこにはチャーリーがいた。どうやら追いついたらしく、アイリスに危険を知らせたのは彼だった。
にやりと笑う山賊の頭。
「お前から……仕留めてやる」
山賊の頭が再度手をかざす。しかし先ほどとは何かが違う。
(赤い…………光…………?)
赤い光を身に纏う山賊の頭。
「駄目!」
アイリスはチャーリーの方へ走り、庇うように前へ出る。
(四大元素魔法…………火属性!)
目の前に襲い掛かる大きな火の波。
(避けることは選べない…………それなら……受け止める!)
避けたら後ろにいるチャーリーへあたってしまう。
受け止めるように両手を前へ動かした時だった。
「彼女を傷つけようとするなんて俺が許すわけないだろう」