9 頭を使え
「なんでこんな大切な日に魔法師の山賊なんて来るんだ!」
山賊に襲われたクレアの人々は護身用に持ち歩いていた手持ちの煙幕で不意を突き、持てるだけのランタンを持ってなんとか逃げ切った。
そして今は森の中で腰をおろして周りの様子を見ながら愚痴っていた。
「仕方ないさ、俺たちがあの賊にかなう保証はない。対抗手段がないんだから」
相手は魔法が使えるが、こちらは魔法が使えない。そして何より相手がどんな魔法を使うかなんて先程の一瞬だけじゃ正確には分からないし、仮に分かったとしても対抗策を考える時間も道具も何もかもがないのだった。
手元にあるのは手に持てる程度の数のランタン。
「こんな数じゃ祭りなんて出来やしない。どうすれば……」
一人の男が頭を抱える。祭りもできなければ自分の命も危ない。
「だから魔法師なんて嫌なんだ! なんで同じ人間なのにこんなに怯えて生きていかないといけないんだ! それともなんだ! 俺に魔法を発動させる才能がないからこんな目にあうのか!」
魔法は魔力を媒介にする。
魔力というのは人であれば誰しも持っている。むしろ生きていく上では命と同等で、なくなったら死んでしまう。しかし魔力を持っていても魔法を使えない人は一定数……むしろ魔法を使えない人の方が圧倒的に多く、魔法を使える人は人口の一割にも満たない。
使えない原因は魔力と遺伝子関係の先天的な原因という仮説が存在している。それを「才能」と呼んでしまえばそれまでだ。
「静かにしろ」
今まで静観していた男が落ち着いた声で言う。
「領主様! しかし!」
落ち着いた声の主は都市クレアの領主だ。
領主は白い髭を貯えた一見優しいご老人だったが、その目線は鋭いものだった。
「ここで騒いでいても何もならないとわからないのか」
冷たい声が響き渡る。しかし領主の言葉は正論だった。ここで騒いでも嘆いても状況は何一つ変わらない。そして何より今は山賊から逃げている最中だ。そんな中で大声をあげれば相手に気が付かれてしまい、最悪命の危険すら伴ってしまう。
「まずわしらがするべきことは自分自身の命を守ることだ。その為にもまずはクレアに帰る必要がある。防御システムがあるからな」
領主の言葉にまわりは静かに頷く。
「それにクレアへ助けに行った奴のことも気になる。おそらく今頃着いているはずだ。助けを呼びに行くことに成功したならば腕の立つ奴らがこちらに来ているはずだ。まずはそいつらと合流する必要がある」
クレアの人たちのほぼ全員は魔法が使えない一般人ばかりだ。その中でいくら腕が立つ人がいたとしても魔法師に勝てるかと言えば肯定的に捉えることができない。足止め程度にはなるだろうが撃退することは難しいだろう。
「合流って言っても助けが来ていると仮定してもどこにいるか……俺たちも当初のルートからかなり逸れてしまったから見つけてもらえるかどうか……」
先ほど嘆いた男は領主の言葉で落ち着きを取り戻したようだが、どうにもこの状況を打開する方法を思いつくことができないでいた。
「それを考えること。それが今わしらのするべきことだ。これは魔法とは関係ない。誰しもができることだ」
領主の鼓舞で町の男たちは冷静に考える。とはいっても時間はない。いつ見つかるかわからないからだ。
「だったら……これを使いませんか」
先ほど嘆いていた男が手に持っていた物を掲げる。それは収穫祭で使うランタンだった。
「これを空に上げれば、町の人間だったら気が付きさえすれば必ずわかります。ただし……問題もあります」
「そうだな。賊からも見つかる危険も伴う」
こくりと嘆いていた男は頷く。
助けに来る人たちが気付いてくれることを祈るが、気が付かない場合もある。そして何より山賊に見られればこちらの場所が分かってしまう、諸刃の剣のような作戦だった。
「この作戦はこのままでは危険が大きすぎます。だからこそこういうのはいかがでしょうか」
男の言葉を聞くように周りの男たちが輪になった。
***
「はははは! 魔法を使わない人間なんて相手にならないぜ。そもそも収穫祭ごときであの辺境の都市クレアに観光客が来て発展するっていうのもおかしなものだ!」
「違いない! なんで力なきあいつらが俺たちより豊かな生活をしているんだ」
山賊はクレアの人々を襲い、奪ったランタンを見る。
「そもそもこんなランタンなんてあるからいけないんだ。なければただの収穫祭。力なきものが明るい世界で生きていけるなんて思うなよ」
邪悪な笑みを浮かべながら山賊は大量のランタンをまとめて暴れる馬に括り付ける。そして馬を引っ張りながら移動した。
「これで収穫祭は大失敗。あの町の奴らに対抗手段はない。あいつらだけいい思いはさせないぜ」
しばらく馬を走らせるとそこは山賊のアジトの洞窟。
馬を紐で木に括り付け、ランタンを乱雑に置く。
一仕事終えた山賊の男は手の埃を払うようにパンパンと叩く。
「おい、あいつはどこ行ってる!」
後ろから声を掛けられ振り向くと、仲間の山賊が不機嫌そうに叫んでる。
「あ? またいないのかあいつ。あいつも俺らの仲間になって数年経つってのに分かってねえなあ。今日が一番の大仕事だっていうのに」
ニヤニヤしながら山賊の男は前を見る。
「あ? なにか浮かんでねえか?」
山賊の男は空を見る。
「お前いきなり何を……あれは……ランタンじゃねえか! なんであんなところに……拾い忘れか?」
「いや、今の風の流れからしてもさっきまで俺たちがいた場所からあがったとは考えにくい。つまり……」
「あの町の奴らか! あれじゃ自分たちを見つけてくださいって言っているもんだぜ!」
「だな。そういえばあいつら逃げるときにランタンの大袋持って行かれたよな」
山賊たちは思い出す。町の人間はあの時自分たちに怯えながらもランタンが入った大袋を持って逃げたのだ。
「ならばあの民を襲えばいい。俺たちの目的は町がたくさんの人で賑わう中ランタンがないことによる……つまり予想外の事態による町の混乱。そしてそれに乗じて町を襲うことなのだから。……人間の醜さに笑いがでてくるな」
低い声が山賊の男たちの背後から響き渡り、嬉しそうに振り向く。
「お頭!」
山賊の目的の鍵になるのはランタンが無いことによる町の混乱。大袋を持って逃げられた分は追いかけて奪えばいい。山賊の頭からの命令は至極単純なもの。
「逃げた人間を始末してこい。……………………あの町の金も食べ物も全部俺たちのものだ」
「……!」
山賊たちは主の迫力に息をのむ。
「俺は残りの奴らを連れてクレアへ向かう。お前たちはすべきことをしろ」
「はい!」
山賊の頭に強く返事をして下っ端の山賊は走り出す。
「おい」
頭と別れた山賊たちは知った声が聞こえ、足を止める。
先ほど話題にあがった『あいつ』がそこにいた。
「お前どこ行っていたんだよ! これから大仕事なんだ。お前も働いてもらわないと困るんだからな! ここでお前が食っていけるのも全部俺たちの『仕事』のおかげなんだから」
「わかっている。で、ランタンがあがった場所に行くんだろう? それはこっちじゃない。あっちだ」
「は?」
明らかに自分たちが見た方角じゃない場所を指さす『あいつ』
「あんたたちが見たのは確かにあっちかもしれない。でも俺は打ちあがった直後を見ていた。あっちの方面に飛んでいるように見えたが、あれは風で流されてあっちの方角で飛んでいるようにみえただけだ。つまり本当は……」
「あっちか!」
風の流れと先ほど『あいつ』が指さした方角を山賊の男たちは指さす。
「着いてきなよ。案内するから」
『あいつ』が走り出し、山賊たちはニヤニヤしながらも続いて走る。
「お前、腕っぷしは弱いけど頭だけはいいからな。目一杯利用させてもらうぜ」
「別にいいよ。ここの人たちには恩があるから」
「そうだよな! せめて俺たちの役に立って恩を返せよ。なあ…………メイソン」