第8話(2)最速の球
「大事なお話があります。東校舎の空き教室まで来てください……っと」
美蘭がスマホを操作する。
(さて、来るかしらね……?)
「お待たせ!」
速人が空き教室に入ってくる。美蘭は大いに驚く。
「は、早っ!」
「たまたま近いところにいたからな」
「えっと……」
「なんだい?」
「廊下を思い切り走ってきたんじゃないの?」
「いやいや、そんなことはないさ」
「本当に?」
「本当さ。自分にとっては廊下なんてあってないようなもんだから」
「ど、どういうこと?」
「壁を走ってきたからな」
「か、壁を?」
「ああ」
速人が何故か胸を張る。
「ま、まあ、それはいいわ……」
「大事なお話ってのは?」
速人が尋ねる。
「……生徒会の広報活動にご協力をお願いしたくて……」
「広報活動?」
「ええ、ユーブロード配信よ」
「ああ、アイちゃんが出ているやつか。あんな美少女どこから見つけてきたんだ?」
「ちょっとしたコネで……」
首を傾げる速人を見て、美蘭は笑みを浮かべて答える。
「へえ、コネか……」
「まあ、それはともかく……配信する動画のバリエーションを増やしたいと思っていてね」
「ま、まさか……」
「そのまさかよ。文緑速人さん、貴方にチャンネル出演を依頼します」
「え~自分には向いてないと思うけどな~」
速人が後頭部をポリポリとかく。
「……貴方にピッタリの企画があるの」
「え?」
再度首を傾げる速人に対して美蘭はニヤリと笑う。
「見たか? 生徒会のユーブロードチャンネル?」
「見た見た!」
「凄い速さだよな」
「しかし、まさか『PTAの会議でRTA』動画が出るとはな……」
「会議が始まった途端に『連絡事項はまとめてRANEしておきましたので各自ご確認ください』だもんな。世界一速い会議だったんじゃねえか?」
「ギネス記録狙えるな。ギネスブックに載っているか知らんけど」
「……想定以上の反響ね……」
ワーワーと騒ぐ男子生徒たちを横目にしながら、美蘭が空き教室に入る。
「亜久野ちゃん!」
タンクトップに短パン姿の速人がそこにいた。
「今日もまた一段と速いわね、速人くん」
「今日は何をリアルタイムアタックすれば良い?」
「そうね、有名なゲームは大体やり尽くしたし……」
美蘭が顎に手を添えて考え込む。
「ゲームは確かにな……」
「まあ、ひとつ思いついたのだけど……」
「なにをだ?」
「……」
「………」
「…………」
「……………い、いや、焦らすなよ」
「……焦らされたいんじゃなかった?」
美蘭が悪戯っぽく微笑む。
「そ、それはそうだけれども……」
「……早口言葉よ」
「は、早口言葉⁉」
「The Sixth sick sheik’s sixth sheep’s sick……」
「は⁉」
「6番目の病気の長老の6番目の羊が病気です」
「い、いや、意味は聞いていない! 英語⁉」
「世界で最もポピュラーな早口言葉だそうよ」
「へ、へえ……」
「チャレンジしてみない?」
「い、いや、ハードル高いな……!」
ブザーが鳴り響く。
「サブグラウンドに悪の組織が侵入⁉」
「行ってくる!」
速人が空き教室を飛び出す。
「……二度あることは三度ある……この学院を制圧する!」
「ははっ! カマキリ怪人さま!」
再び蘇ったカマキリ怪人の号令に戦闘員たちが答える。
「待ちな!」
「うん? なんだ?」
「『セイバーチェンジ』!」
速人が左腕に着けた腕時計を操作すると、緑色の眩い光に包まれ、ヒーローの姿になる。
「き、貴様は⁉」
「『速やかに悪を片付ける!』 最速の戦士、グリーンセイバ―、早目に参上!」
「グ、グリーンセイバー⁉ ベストセイバーズは最近音沙汰なかったはずだが……」
「ど、どうしますか⁉ カマキリ怪人さま!」
「ええい、怖じ気づくな! やってしまえ!」
「はっ!」
戦闘員たちがグリーンセイバーに襲いかかる。
「喰らえ、『速の球』!」
「ぐわあっ!」
グリーンセイバーが球を投げて、群がる戦闘員たちを弾き飛ばす。
「何⁉ な、なんという速球だ! そんなに肩が強いとは思えないが……!」
「凄く速く腕を振れば、その分球も速くなるのさ!」
「む、無茶苦茶な理論だな!」
「隙有り!」
「はっ⁉」
「どりゃあ!」
グリーンセイバ―が剛速球をカマキリ怪人の体にぶつける。
「ぐわあっ!」
カマキリ怪人は爆散した。駆け付けた美蘭が声をかける。
「やったわね!」
「……ああ」
「どうしたの?」
「この技は球を自分で拾いに行かなきゃいけないのが難点なんだよ……」
「ああ、そういう地味な作業は速度上げてもやる気が起きないわよね……」
肩を落として心底面倒そうに、周囲に散らばった球を拾いに走るグリーンセイバーの姿を美蘭は目を細めて見つめる。
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