暗闇の中でー①
‥‥術が…解けた な、何故だ‥‥何故、術が解けたのだ
‥‥えっ!?
‥‥だ、誰?
私達以外の存在がいるとは思っていなかったので不意に感じた他人の意識にギョッとした。聴こえたセリフにギョギョギョッだ。
‥‥えええ!? 術って!? 術って言ったよね、今!!
呟いたセリフから、真打登場! なのはわかった。
姿はまだよく見えないが、この人が張本人で間違いないだろう。そう判断した私達は敵か味方か不明であっても接触を試みる。
くーちゃん曰く、術者に解いてもらわないと抜け出せない魔術が掛かっているのだからと、結構グイグイ押して行く。頼もしい。
だが、何度も問いかけたのに返事はなく、ただただ術が解けたと嘆くばかりで意志の交流は望めそうにないのだ、困る。
‥‥駄目だ、返事しない。
‥‥そうね、困ったわ。でも、フローレンスの世界はこの人の魔術で作ったようね。零した言葉が事実なら。
…‥一体、何の目的で作ったのかな?
…‥良い目的ではなさそうね。
‥‥くそっ! くそっ! 折角捕えた奴等が! くそー!
誰に向かうことなく吐き出される言葉は嘆きから怒りへと変化したようだ。これで確実にこの世界を作り出した人物だと特定できた。私は敵対心を芽生えさせ警戒するが、くーちゃんは敵愾心剥き出しだ。意外に挑戦的だなと思ったのは秘密にしておこう。それよりも‥‥
‥‥捕えた?
‥‥ねぇ、それってもしかして、私達の事?
‥‥違うみたいよ。私達に関心を示さないもの。
一応、敵認定をしたものの、この空間から出るにはこの人の手助け‥‥か、倒さなきゃならないのか、今のところ不明だけど無視はできない相手だ。私とくーちゃんは視線を合わせ攻略を考える。
先ずは歩み寄り?
有効打が思いつかないのは致し方ない。発想が貧弱なのは自他とも認めるのだから。取り敢えず、憤ってる相手の神経を逆なでしない‥‥これぐらいか。
そう思っても、くーちゃんの隠しきれない闘争心? に私がビビる。どうやら彼女は強気でいく派らしい。無表情な美形の顔って怖いのだと初めて知った。
‥‥ねえ、一体誰を捕らえたの? ねぇ、この世界を作ったのって、あなたでしょ? どうして作ったのかしら? 捕まえた人をここに閉じ込めるため? でも逃げられたのね?
あわわ、くーちゃん、煽ってる?
‥‥待って! 刺激しちゃダメだよ! 多分、その人、猟奇的な性質を持っているよ。だって、あのフローレンスの死を繰り返す世界を作った人でしょ? 絶対、人より特殊な思考回路の人だよ、関わっちゃ危ない人だって!
止める私を無視してくーちゃんの追求の手はやまない。怖い物知らずが只の蛮勇に見えてしまったのは秘密にしておこう。
しかし、一向に話が嚙み合わない‥‥と言うより話聞いてない? 二人とも。
いつまで経っても平行線だよね、何か興味を惹く話題‥‥そうか。
‥‥あっ、あなたはフローレンスの知り合いの人でしょ?
…‥‥‥‥フ、フロ‥‥レンス…‥
あっ、今まで無反応だったのに。彼女の名を聞いただけで動揺し始めた。やはりこの人は彼女の知り合いだ。
‥‥フローレンスを覚えてる?
‥‥フローレンス‥‥うぅぅ、フローレンス‥‥
あれ? 泣いたよこの人。
‥‥二人は知り合いの様ね。でも‥‥これじゃあ何があったのか聞き出せないわ。
‥‥うん、もう少し様子見る?
堰を切ったようにフローレンスの名を呟き続ける人を見て、余計に私達は混乱した。目の前の人が悪意を込めてあの世界を作ったとは思えない。だけど、結果を考えれば悪意以外の何物でもないだろう。矛盾している。
長い沈黙のあと、押し殺したような潜った声で後悔を吐露し出した相手はフローレンスに一方ならぬ想いを抱いていたらしく、叶わぬ想いどころか無念の死を遂げた彼女のことが忘れられず、死者の復活を試みたのだと‥‥うえっ! 想像以上のお方だった。
独白に近い独り言を述べるこのお方、自分に纏わる記憶を殆ど忘れていた。
思い出すのはフローレンスへの恋慕、彼女を苦しめた人達への怨讐、救う事が出来なかった後悔、そして彼女を生き返らしたい執念。
うひゃぁ…鳥肌立っちゃった(気分的に)
止めどなく語られる偏執。
この人と会話が成立するとは思えないが、語る話に耳を傾け僅かな手掛かりを掴むしかない。記憶の混濁が見受けられ欠けた部分が殆ど。酷いのは自分の名前も忘れる始末。覚えていたのは魔術に長け、大勢の人に教えていたとだけ。あとは、フローレンスへの並々ならぬ想い。報われなさが歪んだとんでもない偏執狂だった。
くーちゃんは『彼女に横恋慕したこの人の狂気の沙汰のなせる業』とすっぱり
あ~そうだよね。私も同意見かな‥‥
‥‥だったらどうして、私達、巻き込まれたのかな?
ポツリと零した私の疑問を、酷く歪んだ顔のくーちゃんが術が違うと。
えっ? 何か知ってるの?
‥‥くーちゃんの知識にある術と同じ物なら解き明かせるの?
‥‥今はまだ、わからないわ
話を整理して見えてきたのは、凶行に倒れた彼女を生き返らすために禁忌の魔術に手を出した。結果は見事に失敗、現実世界で生き返らすことは叶わず、この繰り返す世界を作り出した。
‥‥うーん、何かおかしくない? この世界、繰り返されるでしょ?
‥‥ええ、フローレンスの死をもってね。
‥‥そう、それが変じゃない? 生き返らす目的? だったよね、失敗しちゃったけど。それ、何度も繰り返す必要ってある?
‥‥! あ、そうだわ。
くーちゃんは何か閃いたのか、自分の考えに浸り始めた。