消えた幼子
俺と騎士団達は検証を終え、何の手掛かりも掴むことなく領館に戻ったのだが邸は騒然と慌しかった。
俺は何とも嫌な予感を胸に抱きつつ友の元へ向かう。
「おい、一体どうした?」
「あ、ラグザスか! す、すまぬ。幼子が居なくなったのだ」
「はっ?! それは?」
「私等も戻ったのは先程だ。ラウル魔導士が魔力の異変を感じたと途中で合流したのだ。異変のあった場所で小型の魔物が湧いて、その討伐を」
「それで、戻ったのが先程だと?」
「ああそうだ。幼子の部屋に向かうとベットの中は蛻の殻で、今邸の者に探させているのだ」
「そうか、わかった。‥…お前は怪我はないのか?」
「ん、ああ、大丈夫だ。魔物と言っても小型だ。誰も怪我など負っておらぬ。異変のあった結界の箇所は修復したし問題なかろう。だが‥‥すまぬ。お前に頼まれていたにも関わらずみすみす幼子を‥…」
「それは‥‥気にするな。俺も探そう。だがその前に件の魔導士は何処にいる?」
「ああ魔力感知を使って捜しに出ているぞ。おい、誰か! ラウル魔導士を呼んで参れ!」
皆で捜索を続けるがガキの居場所はトンと見つからず、魔導士も姿を現さないまま夕暮れになった。
俺達の焦燥は募るばかりで何の進展もない。夜を迎えるとガキの生存率が下がるではないだろうか。不安は尽きない。
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「ねぇ騒がしいわね。何をしているのかしら」
「‥…アデレード、来ていたのか」
執務室に向かう途中で出くわした着飾った女性と侍女。友の第二夫人であるアデレード夫人だ。邸に居たのか。
田舎の領地が嫌だと王都のタウンハウスに籠っていると聞いていたのだが、恐らく今日、領地に着いたのだろう。
「旦那様、お食事のお時間ですわ。ご友人もご一緒になさるのかしら?」
「アデレード‥‥」
「王都で美味しいお酒を買ってきましたの。ふふ、夕食に合うかと思いまして。宜しいでしょ? 旦那様」
「‥…わかった。では夕食の時に頂こう。それと今夜は彼も一緒だ」
「‥‥そう導師様もご一緒ですのね」
「ご無沙汰しております。アデレード夫人。相変わらずお美しい」
「まあ、ふふふ。さぁ導師様、御遠慮なさらずに」
俺達は連れ立って食堂に向かう。本当はこんな時間も無駄だと感じるのだがこの夫人はなまじ権力のある家の娘だ。無下には出来ない。
広い食堂に3人だけ。
何とも言い難い気不味い空気が漂う。
俺は別に一人部屋で食事でもいいのに‥‥巻き込んだ友を恨めしく思う。
「アデレード、今日着いたのか? 何故事前に連絡を寄越さないのだ」
「あら旦那様、突然来ては何か不味い事でも御有りでしたの?」
「‥‥何を言っているのだ。そんな事あるわけなかろう」
「ふん、どうかしら。夫人の目を盗む泥棒猫は何処にでもいるのよ。旦那様もわたくしの目がない所で何をなさっておいでか。怪しいものだわ」
「君は何を言っている? 君こそ領地に目を向けず好き放題しているだろう」
これである。
普段の彼等が偲ばれる。
美味しい食事も酒も‥…味がしない。
とうとう、夫人はご機嫌を損ね、デザートも食べず部屋に引っ込んだ。
「すまぬ。気分を害したであろう」
「いや、気にするな。どの道食事は喉を通らなんだし‥‥」
「ふ、その割には酒は進んだようで‥‥良かったよ。では後でな」
押かけ女房の第二夫人の機嫌を取らねばならない友が、哀れだ。
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コンコン
「導師様、騎士団長が至急お伝えしたい事があると言って外で待っております」
呼びに来たのは邸の侍従だった。
俺は何か進展があったのかと急ぎ騎士団長の元に向かうと既に友もいた。
騎士団長と部下だろう。まだ捜索は打ち切っていない筈なのにこの場で待機している。
「領主様、導師様、お呼びだで致しまして申し訳ございません。実はこの子供が「おじさん!」‥‥あ、こらっ! 領主様の御前だぞ、無礼者!」
「ああ、構わぬ。して、その子供は?」
「おじさん! た、助けてあげて!」
「お前は孤児院のボウズだな、助けてとは? 何か知っているのか!?」
騎士団長の横には坊主が。あの孤児院に居たクソガキと一緒に倒れた子供だ。一緒に連れて来ていたのだが、確かこの坊主は下働きとして引き取られた筈。
それがどうしてここに?
「お、おじさん! あの子が、あの子、つれてかれたんだ。黒いかっこうをした人に、ねむっているあの子、人のいないばしょで一人で‥‥おねがいおじさん、たすけてあげて!」
「おい、坊主、何処に連れて行かれたか知っているのか? 助けてやるから場所を教えろ! どこだ!」
「ば、ばしょは、」