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平凡な侯爵令嬢の平凡な恋

掲載日:2021/06/26



「おい、馬鹿姉。

 こんなところで何をしている」


 突然背後から声をかけられ、メリアはせき込む。

 肩下まで伸びた黒髪が大きく揺れた。


「けほっけほっ…………ちょっとアセト!

 何よ急に! びっくりしたじゃない!!」


「びっくりしたのは俺のセリフだ。

 こんな隅っこで何をしているんだあんたは?」


「何って、美味しいお菓子を美味しくいただいているんだけど?」


「………」


 アセトと呼ばれた少年が、特大のため息を吐く。


「あのな、今回ばかりは本当にヤバイからな。

 父上はなんだかんだ誤魔化せるだろうが、母上はそうもいかない。

 今日のパーティで何も成果がなかったら、どれほどの雷が落ちるかわからんぞ」


「ちょっとちょっと、脅かさないでよ、もー」


 メリアが苦笑しながらパタパタと手を振る。

 アセトはまったく無表情で告げた。


「脅しでもなんでもない、単なる事実だ」


「……えーっと、マジ?」


「だから言ってるだろう。

 で、本当に何も成果はないのか?」


「いや、私だってね、さすがに王太子殿下の婚約決定おめでとうございますパーティなんだから、急用で来られないお父様お母様の代理として侯爵家の娘として、ちゃーんとお祝いの言葉をお伝えして参りましたよ」


「で?」


「………………終わり」


 アセトが頭を抱える。

 アセトの隣で黙っていた赤毛の女が、ポンポンっとアセトの頭を撫でた。


「アセトは心配しすぎだよー。

 リアはいい子だから、いつかきっといい人が現れるよー。

 だから、そんながっつかなくても大丈夫」


 ほわほわとした雰囲気で女が言う。

 メリアは半泣きになって女に抱き着いた。


「シア~~~」


「エリンシア、そうやって甘やかした結果がこれだ」


 アセトがエリンシアの手を軽く払って、半眼になってメリアを指さす。


「あんた、もう16なんだぞ。

 今日は王太子殿下の婚約を正式に発表するパーティだ。

 どれだけの貴族が参加してると思ってるんだ。

 ここでまったく相手の目星がつけられないようでは、もはや自力で探すことなど不可能でしかないだろう。

 だというのに、あろうことか挨拶ひとつ済んだ直後に宴席の端っこに引きこもって延々と菓子を貪っているだと?

 少しは社交的にしろ、コネを作れ、交友関係を構築しろ!!」


「え~~、だって私政治の話なんてよくわからないし。

 流行りものもあんまり興味ないし。

 貴族の人とは、根本的に話合わないんだよね……」


「合わせろ。黙って笑ってればなんとかなる」


「そんなの気まずすぎて胃がグーーってなっちゃうよ。

 それよりもさ、アセトも食べなよ。

 このフィナンシェ、すっごく美味しいよ。中にドライフルーツが入ってるの。

 私の中で一番オススメ。今度作ってみよっかな」


 にぱーっと笑いながらメリアがフィナンシェを手に取る。

 アセトは、ぱしっとフィナンシェを奪い取った。


「もういい、行け。

 今行け」


「ちょ、ちょっと押さないでよ……」


「あんたは土壇場にならないと動かない性分だったな。

 試験しかり、長期休暇の課題しかり」


「な、なによ、この前徹夜で宿題手伝わせたの、まだ根に持ってるの!?」

 

「何も不可能なことをしろとは言わん。

 この後に楽団による演奏が始まる。

 一曲踊ってこい。相手が誰だろうと構わん。だが絶対に踊ってこい」


「そんなの急に言われても……」


「急でもなんでもない。いったいいくつ前のパーティから言われていると思ってる?

 そもそもあんたが自分で相手を見つけると言ったから、今まで父上も母上も口を挟まなかったんだ。

 ほれ、相手はいくらでもいるんだ、行け」


「お、女の私からダンスを誘うっていうのは、はしたないし……」


「いつの時代の話をしている。そんな慣習とっくに過去のものだ」


(うわっ、瞳孔が超小さくなってる……)


 アセトの目がマジのマジなのを痛感して、メリアはすごすごと中央の開けた場所へ向かって歩き出した。

 中央から壁際の部分で、楽団が演奏の準備を始めている。

 と言っても最初からスタンバっており、指揮者や演奏者が目くばせし2、3言話しているだけだ。

 いつ演奏が始まってもおかしくなかった。


(……どなたかお手すきの紳士はいらっしゃいませんか~)


 メリアがキョロキョロと周囲を見回す。

 しかしパーティはすでに終盤。

 大抵の者は初めからダンスのパートナーなど決まっているし、即席の相手としても歓談の間に目星はつけている。


(わ、わ、誰もぼっちの人なんていないじゃん!

 やっぱ無理じゃないこれ?)

 

 不安になってアセトの方を見ると、半眼で見返された。

 許される雰囲気はまったくなかった。


(……ちくしょー、ええい、ままよ!

 だれでもいいから声かけてしまえ!!)


 メリアは目をつむって、ヤケクソ気味に適当な方角を向いてあたりをつけ、手を差し出した。

 差し出した方向にいた人物にダンスを申し込むつもりだった。

 だが実際は、手を差し出そうとして、テーブルにがつんとぶつけた。


「いっ……」


 痛ーい! と大声を出しそうになったが、かろうじて我慢した。

 淑女的に、この場で大声はまずい。


 メリアは痛みを我慢して、ぶつけた部分をさすっていると、


「大丈夫ですか?」


「……え?」


 メリアが顔を上げると、そこには金髪金眼の男がいた。

 男と言っても幼さを残しており、青年とも少年とも言えた。


「手、痣になってないですか?」


 テーブルにぶつけた手を取られる。

 数秒間見られて、手を離された。


「これなら大丈夫でしょう。

 とはいえ、後でちゃんと治療をしてもらってくださいね」


 そう言って、男は懐からハンカチを取り出し、メリアの手に軽めに巻いて結んだ。


「あ、ありがとうございます……」


「いえ」


 男が淡く微笑んだ。

 メリアは今頃になって醜態を見られていたことが恥ずかしくなり、踵を返した。


(っと、待ったあああああ)


 返した踵をさらに返して360度回った。

 突然の一回転に男が面食らう。


(うわあ、ドン引きされてる…………けど、ままよ!!)


 メリアは思い切って手を差し出した。


「おど……って、いただけ、ますか……私と」


 思い切りはしたが、そのセリフは非常にたどたどしいものだった。




 ◇ ◇ ◇




「という具合に、その男性と優雅なダンスをしてきましたの、おほほほほ」


「そーかそーか、メリアは偉いなぁ。

 自分で結婚相手を探すと言われたときは、どうしたもんかなーと思ったものだが、これなら大丈夫か」


「えへへ。私、やればできる子ですから!

 結婚とか興味な……じゃなくて、いずれはしたいと思っています興味深々ですわ!!」


 うんうんと満足そうに頷くのはメリアの父、デビッド・ヴァルジー。

 ヴァルジー侯爵家の夕食の場で、メリアは本日の成果を誇らしげに話していた。

 アセトが食事の手を止め、半眼になる。


「たかだかパーティで一度踊っただけで、よくもそんなに自慢気にできるものだな」


「ふふん、一度できたってことは二度三度も容易ということよ。

 ということは、その後もトントン拍子に上手くいくってことね」


「……どんだけ楽天家だ、まったく」


 ため息を吐きながらも、アセトの声に棘はなかった。


「それでメリア、その方はどなたなの?」


「はい、お母様。それはですね…………」


「……メリア?」


「あはっ」


 男慣れしていないメリアは踊るのが精一杯で、ダンス中もその後もロクに話せずに終わっていた。

 相手の名などわかろうはずもなかった。


 そうして、ヴァルジー侯爵家に憤怒の雷撃が落ちた。




「ねえ、アセト。

 お母様ったら、あんなに怒らなくてもよくない?

 まさか、あれから一時間もお説教されるとは思わなかったわ」


「そうだな。母上は、あんたに怒っても仕方がないことに気づくべきだ」


「だよね! ……うん?」


「あんた、どうせ結婚なんてする気ないんだろ?」


「まあ、ぶっちゃけ興味ないよね」


「ったく…………どうしたものか」




 ◇ ◇ ◇




 果たして、メリアのダンス相手の正体はあっさりと判明した。

 その後、ルクスフォン公爵家主催のパーティが開催されてメリアも参加したのだが、そこに件の男も参加していたのだ。

 メリアは端っこで目立たぬよう菓子を食べ続け、終盤になってどうしようかと不安になっていたところ、件の男を見つけて気合で話しかけ、どうにか自己紹介を終えていた。

 何度も礼を言ってハンカチを返す。


「あのときは本当に助かりました。

 ありがとうございました、ヨイズ様」


「いえ、メリア嬢に大事がなくてよかったです」


「それで……よろしければ、また踊っていただけますか?」

 

「喜んで」




 ◇ ◇ ◇




 それから3か月が経った。

 この間にメリアはパーティに2回参加していたが、2回ともヨイズを見つけてダンスに誘っていた。

 好意もあるにはあったが、このダンスは完全に両親への報告用である。

 両親も、メリアの結婚相手がヨイズになるとは思っていなかったが、この経験を通じてメリアが少しでも男に興味を持てば、いずれは自分たちで見合いの場でも設ければいいと考えていた。




 ここ、ベイルフィールド王国の貴族は、その多くが王立魔法学院に通う。

 貴族の子女は大抵の者が魔力を有している。

 王国は貴族を学院に通わせることで、優秀な魔法使いを王宮魔術師として囲いこめて、貴族は人脈を広げるのに都合がよかった。


 王立魔法学院は2年制であり、卒業時に王宮魔術師や王立魔法省へ推薦される。

 無論、推薦の有無は成績次第である。


 メリアは学院の2年生であった。

 メリアは教室へ行くため、同学年のエリンシアと2階の廊下を移動中、中庭の訓練場に見知った顔を見かけた。

 アセトである。

 1年男子は剣術の訓練中で、アセトを含め訓練用の剣を使用しての稽古に励んでいた。

 実戦とまでは行かないが、近い形で剣を打ち合っている。


「あ、アセトだ。お~~~~い」


 エリンシアがぶんぶんと窓から手を振る。

 それに気づいたアセトは、一瞬だけ目を向けて稽古に集中していた。


(へぇ)


 思わずメリアは感嘆した。

 アセトは、姉として見てもあらゆる面で優秀だった。

 勉学、運動、魔法、礼法、その他不得意と言えるものは何一つなかった。

 もちろん剣術にも精通している。


(噂だと、年上でも容赦なく叩き潰しているみたいだし。

 アセトだったら、大抵の人は相手にならないからなぁ)


 そんなアセトと、剣でまともに打ち合っている者がいたのだ。

 メリアは改めて訓練の様子を注視した。


(すごいなー、あの人。

 アセト相手でも軸がぶれてない。

 太刀筋も綺麗だよ)


 メリアは昔を思い出す。


(私は、確かアセトが10歳過ぎたあたりで勝てなくなっちゃったんだよね。

 体格が逆転して、技術的にも敵わなくなって。

 アセトったら、私に初めて勝ったときは、めずらしくはしゃいでたなぁ)


 メリアが懐かしく思ってると、いつの間にか訓練は終わっていた。

 未だに手を振っていたエリンシアに、アセトは仏頂面で軽く手を上げた。


「あはは。やっぱりアセトって、かわいいよね」

 

「あんの生意気弟にそんなこと言えるの、シアだけだよ……」


「えー、絶対かわいいと思うんだけどなぁ」

 

 首をかしげるエリンシアに、メリアは苦笑した。


(どう考えてもアセトに可愛さは無縁でしょ。

 それこそ何年も前ならともかく……って!?)


 メリアは目を丸くした。

 アセトと打ち合っていた相手が振り返ると、それはメリアのダンス相手、ヨイズであった。


(え、えー!? ウソ、年下だったの!? 見えなーい!!)

 

 メリアにとってヨイズは、落ち着いた柔らかい物腰の紳士だった。

 いつも文句ばかり言ってくる弟と同い年とは、どう考えても結びつかなかった。


 ヨイズもメリアに気づき、驚いた顔をした後に笑みを浮かべて手を上げた。


(お、おぅ……)


 メリアは何となくそわそわした気持ちで、小さく手を振り返した。

 それからすぐに、訓練をしていた一年生は移動していった。

 メリアとエリンシアも教室に向けて歩き出す。


「ね、リア。さっきの金髪の子って、リアがよくパーティで踊ってる子だよね?

 ヨイズ様だっけ? カロアル伯のご子息の」


「うん、この学院の生徒だったんだね。

 びっくりした……っていうか、アセトの奴なんで黙ってたかなぁ!

 教えてくれてれば、あの日お母様に怒られなくて済んだのに!」


「んー、なんで黙ってたんだろね。

 でもそれよりもさ、リアってパーティの度、ダンスに誘っていたんでしょ?」


「うん」


「それも、パーティの締めのダンスのときだよね?」


「うん」


「それってなんか、恥じらう内気な侯爵令嬢が、気になる殿方に声をかけたいけどかけられなくって、最後の最後に勇気を出して思い切って声かけてるみたいじゃない?」


「……え゛」


 メリアから令嬢らしからぬ声が漏れる。


(そうか? そうかな? そうかぁ?

 ………………あれ、そうかも……)


 メリアはパーティのとき、とりあえず端っこで目立たなくするのがデフォである。貴族らしい話題を苦手としていて、話しかけられたくないので。

 そして退屈だからお茶と菓子を頬張りまくり、最後の最後で両親への報告用のダンス相手を求めて焦っていたところ、ヨイズを見つけて事なきを得る、という具合だった。

 経緯はどうあれ、エリンシアの言うことを否定できる要素はない。


「勘違いされてたら、なんか、申し訳ないな……。

 私に好かれても困るだろうし。

 自慢じゃないけど、私誰にも言い寄られたことないし。

 …………仮にも侯爵令嬢なのに、婚姻関係の話ってマジで皆無だからね」


 メリアの両親が政略結婚に意欲がないせいもあるが、だからと言って、だれからも婚約うんぬんの話が出ないということは、そういうことなのだろうとメリアは理解していた。

 

「そうだ、リア。

 結婚するのが嫌なら、ウチの侍女にならない?」

 

「公爵家の侍女かー。ありだなぁ。

 よし! 私、シア様についていきます!

 パーティで美味しいお菓子は食べまくってますので、お菓子方面については自信がありますっ!

 どうでしょう、私侍女になれますか!?」


「あははー、冗談だよ。

 さすがにウチでも侯爵令嬢は雇えないよ」


「ちぇー。シアのところなら安泰なんだけどなぁ」


 口を尖らせるメリアの腕に、エリンシアが抱きつくように手を取った。




 夕方、アセトがテラスに来ると、メリアがくつろいでいた。


「もらうぞ」


 返事の前に、アセトはすでにチーズタルトを口に運んでいた。


「アセト、勝手に食べないでよ。

 それ自信作で、侍女のみんなにも評判だったんだから」

 

「あんたは食いすぎなんだ。少しは自重しろ」


「もー、ああ言えばこう言う。いいけどさ」


 メリアが言ったときには、アセトはすでに二つ目を手にしていた。

 あ、とメリアが思い出す。


「そうだアセト、あなたなんで教えてくれなかったのよ、ヨイズ様のこと。

 級友だったなんて今日初めて知ったんだけど」


「聞かれなかったからな」


「そこは姉の事情を汲んでよ~」


 アセトが三つ目のタルトを手にする。


「ウチも大概だが、ヨイズの家も多少面倒だからな」


「ウチが面倒なのってアセトのせいじゃん」


「あんたが俺並みに優秀なら、何の問題もない」


「そんなの無理に決まってるじゃ~ん」


「俺は中央でやっていく。

 公爵家の領地には目が届いても、ウチの領地まで見る余裕はない」


「私に領地経営なんて無理だよぉ。

 はぁ。こうなったら本当に、シアの家に侍女として雇ってもらおうかな」


「あぁん? 何をふざけたことを言ってるんだあんたは……」




 ◇ ◇ ◇




 週末、ヴァルジー家の中庭にアセトとヨイズがいた。


「で、ヨイズ。結局お前どうする気だ?

 弟に家督を譲るのか?」


「……そうできたらって思ってるんだけどね。

 なんだか父も母も、俺が気を遣ってるんじゃないかって思ってるみたいなんだ。

 俺は全然そんなつもりはないんだけど」


「ならそれをはっきり伝えればいいだろ」


「言ってるつもりなんだけどな」


「お前の言い方はふにゃふにゃしてるからな。

 弟に遠慮してるようにも取れるんじゃないか?」


「ふにゃふにゃって」


「時には気合を入れろ。きっぱりと断言しろ。

 それか、とっとと行動に移すべきだな」


「……そうだね。

 でも今まで受けた教育の大半が無に帰すと思うと、やはり躊躇してしまう気持ちもあるよ。

 それに弟の希望も……」


「そんな考えが浮かぶこと自体が、無駄に遠慮してるように思われる要因だろうな」


「はは」


 ヨイズが自嘲するように笑う。

 アセトは用意したシフォンケーキをバクバクと食べると、ヨイズもつられて手を伸ばした。


「へぇ、美味しいねこれ。

 甘すぎず、舌触りもいい」

 

「あぁ、唯一の美点とも言える」


「美点?」


 アセトが顎を振って示す。

 と、メリアがバタバタと走ってきた。


「ちょっとアセト~~、あなた私のケーキ全部持ってったでしょ!!

 全部はないでしょ全部は~~。いくらなんでも怒るよ!!」 


「はしたないぞ馬鹿姉。

 まったく騒々しい、我が家の恥だな」

 

「こらこらこら、なんで渾身のケーキを取られたあげく罵倒されにゃならんのですか私は!

 アセト、あなた今日という今日はね、弟ととして……姉を…………敬う…………」


 近くまでやってきて、メリアの動きが緩慢になる。

 顔を引きつらせて、ヨイズを見ていた。


「ごきげんよう、メリア嬢。

 お邪魔しています」


「ヨイズ様? え、どうして……?」


「俺がこいつの級友だということを、あんたはもう忘れたのか?」


「あ、そ、そっか……そっか……そっかー。

 友達なら、家にも呼ぶよね~~。ど、どうも失礼いたしました~、ごゆっくりなさってください~~」


 下手な愛想笑いを浮かべ、メリアは回れ右をしてそそくさと立ち去った。


「………………本当にどうしたものか」


 アセトは、去っていくメリアと、動けないでいるヨイズとを見比べて、ため息を吐いた。




 ◇ ◇ ◇




 数日後、メリアは学院の裏庭にいた。


「ふっ、はっ、はっ」


 動きやすい服装で、何度も訓練用の剣を振るう。

 その動きは洗練されており、一目で素人ではないことがうかがえた。


「あ、メリア様だ~~」


「俺もやる、俺もやるー」


 と、10歳前後の子供たちがメリアを囲んだ。

 王立魔法学院の隣地にある、王立学園初等部の子どもたちである。

 本来、魔法学院には教師や生徒、その関係者以外入ることはできないのだが、学園初等部に通うのは貴族の子女であり、目こぼしされることが常であった。


 メリアは剣を鞘に戻し、子供たちをあやす。


(……うーん、妙に懐かれちゃってるんだよなぁ)


 事の発端は、メリアが同じように裏庭で剣を振るっていたとき、初等部の子供に、


「女が剣振ってるー、変なのー。意味ないのにー」


 と言われカチンときて、その場で勝負して数人相手に圧勝してしまったのだ。

 それ以来、メリアは憧憬の的とされている。

 男の子だけでなく、話を聞いた女の子もいつの間にか集まるようになっていた。


(あれは大人げなかったなぁ。

 そもそも私、ダイエット目的で身体動かしてるだけだし。

 お菓子作ってるとついつい食べ過ぎちゃうし、ちょっとは運動しないとなんだよねー)


 メリアにくっついていた子供たちは、満足したのかメリアから離れていく。

 整列し、メリアと同じように訓練剣を手にした。


(ま、いっか) 


 メリアは考えるのをやめ、訓練剣を振り始め、子供たちもそれを真似した。




 ヨイズがそれに気づいたのは偶然だった。

 アセトから雑務を半分押し付けられ、ようやく終わって帰ろうとしているところだった。

 アセトは実家から学院に通っており、ヨイズは寮生のため途中で別れた。


(あれは、メリア嬢?)


 半ば散歩のような気持ちで裏庭に来たところ、メリアが子供たちを率いて剣を振るっているのを目撃したのだ。


 振り始めてからある程度時間が経っていたのだろう、皆が額に汗を浮かべていた。

 それから間もなく、訓練は終了となった。

 メリアが持参したクッキーを振舞い、子供たちがどこに持っていたのかお茶の準備をする。

 子供たちに囲まれて満足そうにお茶を飲むメリアが、ようやく棒立ちのヨイズに気づいた。 


「ヨイズ様? そんなところでどうしたのですか?」


「……メリア嬢を見かけたので」


 そう言って、ヨイズは笑みを浮かべてメリアの下へ行く。

 周囲にいた子供たちが、なんだなんだと寄ってくる。


「なに、お前誰?」


「もう訓練は終わったんだぞ。さては、メリア様の菓子目当てだな?」


「美味しいもんね~」


 その勢いに、ヨイズは圧倒されかける。

 しかし、ヨイズはかがんで子供たちに視線を合わせた。


「俺はヨイズ。メリア嬢の弟の友だちだ。

 もちろんメリア嬢のことも知っているよ」


「げっ!? 弟!?」


「アセト様か!? うおおおお、やべーーーー!!!」


「アセト様来るの!?」


 男の子たちは阿鼻叫喚し、女の子はキャーキャーと黄色い声をあげる。

 それだけで、ヨイズはなんとなく察することができた。


「あいつ、子供相手にも容赦しないんだろうなぁ」


「よくわかってますね、アセトのこと」


「まぁ、それなりに付き合いはありますから」


 ヨイズの疲れたような表情に、メリアは同情した。




 子供たちは解散して、メリアとヨイズは二人で話していた。


「じゃあ、アセトに仕事を押し付けられてこんな時間になってしまったのですか?

 最悪ですね、あの男」


「そうなんですけど、一応あいつも最後まで付き合ってくれましたから。

 ……自分の分が終わったら、ずっと本読んでましたけど」


「もーーー、終わったら手伝えっての!

 ていうか、そもそもあんたの仕事でしょうがっ!!

 何してるのまったくーーー!!」


 メリアがぶんぶんと手を振ると、ヨイズがびっくりして少し身を引いた。


「あ、あー……おほほほほ」


 令嬢らしからぬ言動だと気づき、メリアは笑って誤魔化そうとする。誤魔化せるわけがなかった。

 しかし、ヨイズは空気を読んで話題を転換させた。


「そ、そういえば、メリア嬢はいつもここにいるのですか?」


「いえ、いつもはまっすぐ帰宅しています。

 たまにこうやって身体を動かしているんですよ。

 ちょっとは運動しないと太っ……健康によくないですからねっ」


「それは素晴らしい心がけです。

 しかし……」


「ヨイズ様?」


「メリア嬢の動き、とても洗練されたものでした。

 いつまで見ていても飽きるものではありません。

 子供たちが慕うのも、わかります」


「えっと…………それは、どうも、ありがとうございます」


 メリアは面食らった。

 剣術など、令嬢がするには褒められたものでないことくらいメリアも承知していた。

 幼いころならともかく、今家で母に見つかれば、小言をもらう可能性が極めて高いので学院の敷地で隠れるようにやっているのだ。


「そういえば、ヨイズ様も剣に心得があるのですよね?

 あのアセト相手に打ち合えるなんて、すごいです」


「これでも鍛錬してきた時間だけは長いですから。

 アセトの方がセンスはありますが、経験の差でどうにか互角に持ち込んでいます」


「ホント、我が弟ながら、全然かわいげがないくらい何でもできちゃいますからね。

 私もあれの半分でも才能をもらっておけば、悩まなくて済むんですけどねぇ」


「悩み、ですか?」


「ヨイズ様はアセトから聞いていますか?

 あいつ、シア……エリンシア・ルクスフォン公爵令嬢と婚約の約束をしてるんですよ。

 約束というか、もう決定事項みたいなものなんですけど」


「ええ。ちらっと報告のような感じで話はされました」


「ウチは侯爵で家格はシアの家の方が高いです。

 ルクスフォン家の子どもはシアだけなので、当然アセトは婿として公爵家に迎えられます。

 それで、どうせなら優秀なアセトがウチの家督も継いでくれればいいのに、あの子ったら中央で成り上がるのに忙しいから、ウチまで手は回らないって言うんですよ!

 私も両親も、家督はアセトが継ぐと思っていたのに、急に私にぶん投げてきて!

 だからそれまで私は放任されてたのに、いきなり領地経営を任されることになりそうなんです。

 アセトめ、私がシアを紹介してあげたのに! 恩を仇で返してきて!! 許すまじです!!」


 メリアの愚痴は止まらない。


「もちろん、まだまだお父様は現役ですので、今すぐというわけではないですが、でもでも、いずれはって考えているんです。

 それまでに私が十分な知識と技能を身につけるか、さもなくばちゃんとした旦那様を迎えて跡取りとするかって感じなんです。

 ははは、ちゃんとした旦那さまって。今まで婚約の話が何にもなかった私に、どうしてそんな人が現れてくれるっていうんでしょう。

 よしんば来ても、我が家を乗っ取ることを考えるような人じゃないですか?

 そんな人来たら絶対殺されます。その人も、その人を選んだ私も、弟に!」


 怒涛の勢いで心情を吐露し、メリアは目を×にして頭を抱えた。


「ご、ご両親に相談して、よい人を迎えるというのは……?」


「それが一番現実的なのですが…………正直申し上げて、そんなまともな人とずっと暮らしていくなど、きっと私の胃が耐えきれません。

 このとおり、私はこんなですので。ストレスで死ねるでしょうね」


「そ、それは……困りましたね」


「そうなんです。すごく困っているんです」


 はぁぁぁぁっと、メリアは大きくため息を吐いた。

 がっくりと肩を落としている。

 ヨイズがなんと声をかけるか迷っていると、メリアが顔をあげた。


「なんて、ごめんなさい。

 馬鹿な話を聞かせてしまって」


「いえ、そんなことは……」


「ありがとうございます、ヨイズ様。

 聞いてもらえて、なんだかすごくすっきりしました」


 そう言って、メリアは微笑んだ。

 晴れ晴れとした、というものではないが、無理をしているわけでもない。

 現状は何も変わらないが、気が楽になったのは事実であった。


「そういえば、ヨイズ様の家も何かあるんですか?

 アセトが面倒だとか言っていたような……」


「私の家は、大したものではありません。

 どちらかと言えば私個人の問題です」


「そうなのですか?

 私の愚痴も聞いていただきましたし、よろしければヨイズ様もお話しください」


「そんな、私は……」


「私ができることなら力を貸しますから。

 ……って、私じゃそんなアレですけど……そう、アセトを使ってくれていいですし!

 場合によってはシアにもお願いしますから!」


「だ、大丈夫です、大丈夫です!

 私のは、本当に個人的なものですから!」


「そうですか?」


「はい。

 ……ですが、せっかくですので、私の愚痴も聞いていただけますか?」


「はい、喜んで!」


 メリアが満面の笑みを浮かべる。

 ヨイズは思わず目を逸らして、話し始めた。


「私の家は伯爵家でして。

 歴史はありますが、平凡とも言える取り立てて特徴のない家です。

 通常であれば、長男たる私が家督を継ぐのですが、私は…………家督など継がず、騎士になりたいと考えてしまったのです。

 ですがそんなことは誰にも言えず、ただ自分の中で悩むだけでした」


 ヨイズは、自嘲するように言う。


「過去、私には婚約の話が出た女性がおりました。

 私はその方に騎士になりたいことを伝えてしまい、それからすぐに婚約の話は立ち消えになりました。

 当然ですね、将来の伯爵夫人になると思っていたら、何も後ろ盾がない騎士の妻にされる可能性が出てきたのですから」


「ヨイズ様……」

 

「その時女性に話したことが、めぐりめぐって弟に伝わり、ならば私が家督を継ぎますと言ってくれたんだ」


「え? では、それで万事解決なのでは?」


「しかし、弟は以前から魔法省に入ることを希望していたんです。

 あの子は魔力が高く、他人よりずっと魔法の才能があるんです。

 だから、無理強いはしたくないんです」


「……なるほど」


「領地自体を他家に移譲することも考えたのですが、代々継いできたものを手放すなど、両親が賛成するはずもありません。

 はは、本当に愚痴にしかなりません」


「……ヨイズ様」


「でも、聞いてもらえて楽になりました。

 ありがとうございます、メリア嬢」


 ヨイズが微笑む。

 それは、少し前のメリアと同じような表情だった。


「あ、あの! ヨイズ様!!」


「はい?」


「話してみたらどうでしょう? 弟さんと」


「……えぇと?」


「ヨイズ様は優しいから、きっと自分がどれだけ騎士になりたいか、きちんと伝えていないのだと思います。

 だったら、ご両親もですけど、まずは弟さんとよく話した方がいいと思います。ヨイズ様と弟さんの本心まで。

 ヨイズ様が希望する騎士を貫くか、それとも家督を継ぐか、別の道を選ぶか、決めるのはそれからで良いのではないでしょうか?」


「………」


「私はこんなですから、アセトには本心まで隠さず伝えてます。

 アセトは……本心かどうかまではわからないですけど、少なくとも我慢するような子でないのは間違いありません。

 だから私は、現状を不満には思っていますが、本音で話した結果なので、しょうがないなぁとも思えるんです」


「……本音で」

 

「本音で話したら、もしかしたら大喧嘩になってしまうかもしれませんけど。

 でも、きっと今のまま決めたら後悔してしまう気がします。

 だから、がつんと行っちゃいましょう!

 大丈夫、ヨイズ様はお兄様ですから、お兄様権限で腹を割り合えばいいんです!」


 メリアは、ぐっと握りこぶしを作って、強気な笑みを浮かべる。


「……いいですね、お兄様権限」


「いいですよ! でも我が家にお姉様権限はありません。

 本当に困った弟ですよ」


 不満げなメリアを見て、ヨイズは相好を崩した。  

 



 ◇ ◇ ◇ 

 



 日々が過ぎ、王太子殿下主催のパーティが開催されていた。

 メリアは慣れた様子で隅っこに移動し、楚々とした目立たぬ仕草で菓子とお茶を堪能しまくっていた。

 しかしこの日、メリアはヨイズを探しても見つけられずにいた。


(おーぅ、これは困ったぞ。

 ダンスも何もしてきませんでしたー、お菓子は美味しかったです! なんてお母様には言えない……)


 ここ最近のパーティは完全にヨイズ頼りで、欠片も交友関係を広げようとしてこなかった。

 アセトとシアは、お偉方と話していて絶対にかかわり合いになりたくなかった。

 

 しかし、終わりの時は刻一刻と迫ってきていた。

 メリアがあわあわと挙動不審になり始めたころ、その者に声をかけられた。




(くそっ、ギリギリになってしまった!)


 ヨイズは全力で走っていた。

 噴き出す汗を拭いもせず、馬車から飛び降りた勢いのまま走り続けている。

 今日は騎士団内定の初顔合わせで、絶対に外せない行事であった。


 あれからヨイズは弟と話し、結局ヨイズは騎士になることを選んだ。


(メリア嬢、あなたには感謝してもしきれない!

 どうかそれを伝えさせてほしい!)


 ヨイズはその実力が知れ渡っており、騎士団の入団試験を免除され即内定が決まった。

 といっても、形式的な面接やら、入団にかかる書類やらがあり、ここ最近はまったく時間が取れずにいた。

 学院で会うことはできず、今日のパーティで時間を取れればと思っていたのだが。


(まさか馬車が故障するなど! まったく、ついてない!) 


 優雅に走る、などという余裕はなかった。

 それでも、どうにかヨイズは会場にたどり着き、肩で息をしながらも呼吸を整え、顔を上げた。

 そうして、ヨイズはメリアが踊るさまを見た。


 それは赤色の短髪の青年であった。

 意志の強い、しかし深みのある紅い瞳。

 ヨイズと同じくらいの体格だが、安定感がまるで違う。

 年は30くらい、年齢相応の余裕を感じさせる笑みで、メリアも安心した表情で踊っていた。


「………」


 ヨイズは立ち尽くして、見ていることしかできなかった。

 やがて曲が終わると、人がばらけて、出口へ向かう波ができた。

 メリアはその波に加わる様子はなく、青年と親しげに話していた。

 ヨイズは人の波にさらわれるように会場をあとにした。




 ◇ ◇ ◇




 パーティから数日後のこと。

 アセトが毒づいた。


「うじうじうじうじと、お前の周りだけ雨でも降っているのか」


 放課後。

 授業は終わり、周囲の生徒はとっくに教室から移動している。

 アセトとヨイズだけが残っていた。


「何か用か」


「それは俺のセリフだろう」


「………」


 何も言えず、ヨイズは目を逸らした。


「まったく情けない。

 大方予想はついているがな。

 王太子殿下主催のパーティで、終わる間際にお前が走り込んできたのはわかった」


 ぐっと、ヨイズは何かをこらえるように呻いた。


「お前、勘違いしているようだから言っておく。

 あいつはあれでも侯爵家の娘だ。

 相手など、高望みしなければいて当然だろう。

 俺や父母がその気になれば、いくらでも用意できる」


「……だろうな」


「エリンシアの伝手も使える。

 格上の、俺と同程度の能力を持った男をあてがうこともできるだろう」


「そうか」


「だから、お前があいつの心配をする必要は一切ない」


「俺は、心配などしていない」


 ヨイズは拳を握った。


「俺は、ただ礼を言いたかっただけだ。

 俺が騎士になる決意をできたのは、あの人のおかげだ。

 その感謝を、伝えたかっただけだ」


「そうか、ならば俺が言っておいてやる。

 よかったな、肩の荷が降りたろう」


 話は終わったとばかりに、アセトが席を立った。

 すぐにヨイズも席を立った。


「あれは誰だ?

 あのとき、メリア嬢と踊っていた……あれは誰だ?」


「それは何かお前に関係があるのか?」

 

「ある。

 その人は、メリア嬢を幸せにできるのか?」


「さぁな、それは俺にはわからん。

 誰もわからんだろう、未来のことなど」


 肩をすくめるアセトに、ヨイズは掴みかかった。


「あの人が幸せになれるなら、俺はそれでいい!

 答えろアセト、お前ならわかるだろう!!」


「知るか、馬鹿が」


 アセトがヨイズの腕をひねり上げる。

 完全に極まる前に、ヨイズは腕を無理矢理に引いた。


「あいつの幸せはあいつが決める。

 俺ができるのはせいぜい、その前段階を選別するくらいだな」


 アセトが衣服を正して、ヨイズを真正面から見据える。


「お前、以前シャノン男爵令嬢に袖にされていたな。

 突然騎士になりたいなどとのたまって、こっぴどく振られたんだったか」


「なんだよ急に」


「お前は令嬢を家督目的だと思っていただろうがな。

 あちらもお前が、令嬢に本気ではないことなど重々わかっていただろう。

 本気でない男に、どこの馬鹿がついていこうなどと思える。

 身ひとつのお前に、どれだけの価値があると思っている。

 大概にしておけよ馬鹿が」


「……俺は」


「あいつが幸せならそれでいい? 笑わせるなよ。

 あいつの幸せは俺が面倒を見る。最後までな。

 お前に心配される筋合いなど一切ない」


 アセトが教室を出ていく。


「お前はいつまでも、そうやって勝手に一人で完結していろ」


「ッ!!」 


 アセトを追って、ヨイズは走った。


「なんだ、ついてくるな根性なしが」 


「違う。ついて来るのはお前だ、アセト」


 ヨイズはまっすぐに前を見ていた。


「選別するんだろう、お前は」




 ◇ ◇ ◇




 翌日、メリアはエリンシアの実家、ルクスフォン家主催のパーティに出席していた。

 エリンシアとアセトの婚約が正式に決定したのだ。


「う、ウチが以前主催したパーティとは規模が違いすぎる……。

 シアの家って、ホントすごいんだなぁ」


 メリアはぽけーっと、中二階で手を振る豪奢なドレスに身を包んだエリンシアを見ていた。

 ふと、エリンシアの隣にいるアセトと目が合った。


「……はっ」


 アセトは、完全に馬鹿にしたように鼻で笑っていた。


(シアってば、本当にあんな弟のどこがいいのかな……。

 婚約破棄するならいつでも言っていいからね。私、超手伝うから!)


 アセトの不幸をお祈りしてから、メリアは隅っこへと移動した。デフォ位置である。


(そういえば、今日はどうしようかな、ダンス)


 前回の失敗を踏まえて、メリアはすでに周りを見ており、ヨイズがいないことには気づいていた。




 ◇ ◇ ◇




(くそっ、またギリギリか!!)


 ヨイズは走っていた。

 全力だった。

 歩いていたら、確実にパーティは終了してしまう。


(また馬車が壊れるなど、一体どこの業者だ!

 もう二度とそこの馬車は使わないぞ!!)


 騎士団の訓練があり、ヨイズは真面目にこなしていた。

 友人の婚約発表パーティであったので、訓練担当教官からは早めに切り上げることを許されていたが、ヨイズは最後までしっかりと訓練内容をこなしていた。

 ただし、できうる限りのスピードでこなしていたため、結果として他の隊員よりもかなり早く終わっていたが。


 汗が目に入りそうになる。

 ヨイズは乱暴に袖でぬぐい、速度を上げた。

 幸い、前回よりは時間に余裕がある。

 だが、前回と同じでは、また先をこされるおそれがあった。


(いや違う、先をこされることは問題ではない。

 俺が、踏み出せるかどうかだけだ)


 果たして、ヨイズはパーティに間に合った。

 パーティ終盤の演奏は未だ始まる気配はないが、さりとてそれほど余裕があるわけでもなかった。


「どこ、どこにいますか……」


 ヨイズは会場内を、出来うる速さで歩きまわる。

 はたと気づき、真ん中を歩くのをやめて端から探した。


「あ、ヨイズ様。ごきげんよう、お久しぶりです」


 探し始めてすぐに、にっこりと笑うメリアに声をかけられた。

 テーブルに置かれた取り皿には、様々な種類の菓子が積まれていた。

 ヨイズは安堵し、


「ごきげ……ぼへっごほぇっけほっけほっ!!!」


「よ、ヨイズ様!?」


 とんでもなく咳き込んだ。




「ヨイズ様、大丈夫ですか?」


「あぁ、すみません。もう落ち着きました」


 呼吸も整い、ヨイズは苦笑した。

 メリアとヨイズは会場をあとにして庭へと来ていた。


 ルクスフォン家には絢爛な薔薇園がある。

 色ごとに区枠され、二人の前には赤色の薔薇が溢れていた。


「ご迷惑をおかしてしまい、申し訳ありません」


「いいですいいです。

 というか、むしろ助かっちゃいました。

 今日の主役のアセトの姉ってことで、ちょっと歩いたら、いろんな貴族様に話しかけられて困ってたんです。

 ダンスの相手には困りそうにありませんでしたが、誰が誰やら目が回りそうでした。

 端っこに避難できてなかったら、倒れちゃってたかもしれません」


「……それは、本当に急いでよかった」


 ヨイズは心底安堵した。


「そういえばヨイズ様、騎士になられたんですね。

 おめでとうございます」


「はい……っ」


 メリアの目を見て、思わずヨイズは泣きそうになった。

 自分が騎士になることを祝われたのが、ただ嬉しかった。


「正式にはまだ内定段階ですが、半年ほど後に学院をやめて騎士になります。

 今は訓練教養期間で、それが終わればいずれかの部隊に配属となります」


「ヨイズ様の腕なら、近衛騎士も可能性がありそうですね」


「どうでしょう。私は対魔獣部隊を希望していますが」


「ええ!? 一番危ないって聞きますよ!?」


「はい。ですが、私は魔法の素養もあります。

 強大な魔獣と戦うには、私のような魔法剣士が必須です」


「……でも、死んでしまう人も、毎年いるって」


「もちろん、そういった騎士もいます。

 ですが、誰かがやらなくてはならない。

 そうでなければ、いずれ魔獣は人の住む街まで降りてきてしまう」


「や、そうなんですけどね」


 メリアの歯切れが悪くなる。


「もしかして、以前婚約前提の付き合いがあった令嬢の方にも同じ話しました?

 騎士になって、対魔獣部隊を希望するって」


「ええ。あのときは、嘘をつくことに罪悪感がありましたので正直に話しました」


「……お、おバカですか!!!」

 

 メリアが思わず大声を上げた。


「そんなこといきなり聞かされて、反対されるに決まってるじゃないですか!!」


「……た、確かに、反対はされましたが、それは家督を継がないからで」


「そうかもしれないですけど、もしもヨイズ様を想っているなら心配で仕方ないですよ!!

 死ぬかもしれない隊を希望するなんて、止めるに決まってます!!」


「そ、そうでしょうか……」


「そうです!!」


 きっぱりと断言されて、ヨイズは口をつぐむ。

 メリアは、はっとして、大声をあげたことを恥じて目を逸らした。


「……なんだか、私も祝いたくなくなってきました」


「そ、それは……」


 ヨイズが何か言っているが、もごもごとして言葉にならない。

 メリアはいじめているように思えて、ため息を吐いた。


「ごめんなさい、変なことを言いました。

 大丈夫です、私も心配なだけで、祝う気持ちがなくなったわけではありません」


「本当ですか!? よかった」


 ヨイズの屈託のない笑顔に、メリアは安堵した。


「ところで、家督は弟さんが継ぐんですか?」


「ええ。弟に聞いたところ、魔法省に入るつもりだったのは、単に家を出て一人でやっていかないと思っていたからだったようです。

 別に思い入れもないし、俺が継がないならくれと言われました」


「おぅ……それは、本当に聞いてよかったですね」


「はい。ですが俺だけで考えていたら、それもできなかったかもしれません。

 ですので、メリア嬢には本当に感謝しています」


 頭を下げるヨイズに、メリアは恐縮した。


「あ、頭を上げてください!

 わかりました、わかりましたから!」


 メリアは強引にヨイズの姿勢を戻す。


「ヨイズ様、実直なのは美点ですが、職務でもないのに簡単に頭を下げてはいけません。

 言いたくありませんが、あの弟を見習うくらいで、ヨイズ様はちょうどいいと思います」


「アセトですか? ……あれを、見習えと」


「ごめんなさい、やっぱりやめてください。

 あんなのが二人に増えるとか、地獄でしかありません」


「……そうでもないと思います」


「ヨイズ様?」

 

 ヨイズが向き直る。

 メリアの正面に立ち、ぐっと下腹に力を込めた。


「メリア嬢。俺は騎士になります。

 ですので、領地経営にはあまり関われないかもしれませんが……」


(違う、言いたいのはそんなことではない)


 ヨイズは小さく首を振った。

 そうして、メリアの目をまっすぐに見た。


「前置きはなしにします。

 メリア嬢、俺はあなたが好きです。

 どうか、これからもあなたの傍にいさせて欲しい」


「え? あ、はい」


 メリアは反射的に、差し出されたヨイズの手を取った。

 あまりにもあっさりと了承され、ヨイズは戸惑った。


「……あ、あの、意味は伝わっていますか?」


「ええと、ヨイズ様が、私を好き?」


「はい」


「……おぅ」


 令嬢らしからぬ声を出すメリア。

 ヨイズの真剣な目を見て、さすがにこの好きがライクであるなどというボケは浮かばなかった。


「はー、はー、は~~~」


 意味もなく大きく息を吐く。

 メリアの脳内で、かつてないほど高速思考が展開されていた。


(そうか、私を好きだったのかヨイズ様。

 なんで? どこが? もっといい娘いっぱいいるよね?

 ここ最近何か私いいところ見せたっけ? ない気がする。うん、特にない。

 わからん、何がヒットしたのか。

 でも冗談じゃないことだけはわかる。ヨイズ様はそういうことするようには思えないし。

 じゃあ、本気なのか。そうか。そうかぁぁぁ)


 とりあえず納得して、メリアは改めてヨイズを見た。

 差し出された手を、今もメリアは握っている。

 それをメリアは単純に、心地よいと思った。


(ああ、そっか)


 唐突にすとんっと答えがわかり、メリアはヨイズの目を見た。


「私も、ヨイズ様が好きです。

 今わかっちゃいました。

 だから、魔獣部隊に配属されても、絶対に死なないでくださいね」


 メリアの言葉が終わると同時に、ヨイズはメリアを抱きしめた。




「話はついたようだな」


 アセトがため息を吐いた。

 薔薇園の陰で様子をうかがっていたが、とても愛を語る空気ではなかった。

 おいおい大丈夫かと思っていたが、最終的にはうまくいったらしい。


「よかったねー、二人とも」


 エリンシアの言葉に、アセトは小さくうなずいた。


「しかしヨイズめ、ルクスフォン公爵の顔がわからないとは、迂闊すぎるな」


「リアもすごいよね、お父様と踊りましたって胸張っておば様に報告するなんて」

 

「あれは何も言わない方がずっとマシだった。

 あいつ、ダンスをするのはあくまで結婚相手を探すためだって自覚なかったのか?」


「まぁまぁ。そういう天然なところ、リアのいいところでもあるし」


 エリンシアは、抱き合う二人を見て目を細めた。


「終わりよければ、すべてよしだよ」


「馬鹿言え、これが始まりだ」


 アセトがエリンシアの手を取って、会場へと歩き出す。


「そろそろ演奏が……っと、始まったか。

 急いで戻るぞ、さすがにダンスの時間に俺たちがいなくては騒ぎになる」


「えぇ、別にいいんじゃない?

 だって今日は、どうせダンスしないし」


「あぁん? 何を……」


「今日ずーっと左手使ってるよね。

 右腕、まだ痛いんでしょ?」


「………」


「選別だの見極めるだの覚悟を見せろだの言って、今までリアに言い寄ろうとしてきた人たち、勝負だって訓練剣でボッコボコにしてきたんでしょ。

 アセトが私と関係を持って、ヴァルジー侯爵の家督を継がないことに気づいて、それ目当てで来る人が多かったからね。

 ボコして正解だったよね」


「……気づいていたのか」


「アセトがやらなかったら、私が手を回していたから」


 エリンシアは、ふふふふ、と怪しく笑った。


「ね。わざと負けたの?」


「馬鹿言え。あいつはな、本気になれば俺よりもよほど強い。

 どれだけの時間、あいつが剣に費やしてきたと思ってやがる」


「わぁ、今日一いい顔してる」


 にこにこと笑うエリンシアに、アセトは呻くように言った。


「……お前との婚約が決まったからだ」


「アセトのお眼鏡にかなう人がいて、よかったねぇ」


 エリンシアがアセトの頭をなでる。

 アセトはそっぽを向いて、ふんっと鼻を鳴らし、されるがままにしていた。


 後ろでは、漏れ聞こえてくる音楽に合わせて踊る男女がいた。




 ◇ ◇ ◇




 ある日の放課後、メリアの教室にヨイズが来ていた。

 メリアが今日までの課題を終えてなくて、居残りになっていたのだ。


「お、終わったぁぁぁ」


 がくっと項垂れて、メリアが机に突っ伏する。


「お疲れ様、メリア」


「ヨイズもね。手伝ってくれてありがとう~」


 メリアが顔を横向けにして、へな~っと笑う。

 と、その顔が急にしかめっ面になった。


「それにしてもアセトめ、私の手伝いをしないどころか、シアまで連れてっちゃうなんて。

 本当にひどい奴だよ」


「デートの約束があったみたいだし、しょうがないと思うよ」

 

「なんだよー、ヨイズったら向こうの味方するの?

 冷たいー」


「残念でした。俺は俺の気持ちが一番だから」


 メリアの頭を撫でながら、ヨイズは笑った。


「せっかく二人っきりになれるチャンスだったしね」


「……お、おぅ」


 不意打ちをくらったかのように、メリアは呻いた。


「それに、メリアもいずれ侯爵領を継ぐのだから、学院での勉強も役に立つよ」


「そうだけどぉ。そうだけどさぁ。

 頑張るけどさぁ」


「家督を継いだ当初とか、大変な時は、俺も隊長に言って長期休暇をもらうから」


「対魔獣部隊って、そんな都合のいいことできるの?」


「そのくらい自由にさせてもらう程度には、貢献してくるよ。

 魔獣を討伐するのはもちろん大事だけど、俺が本当に守りたいのはメリアだからね」


「……お、おぅ」


 メリアは、がばっと身体を起こして、荷物をまとめる。

 照れくさくなって教室を出ていくメリア。ヨイズも荷物を持ってメリアを追いかけた。


「俺は、アセトに感謝しなくちゃいけないのかも」


「何? 急に」


「あの日、俺は今みたいに、あいつを追いかけたことがあったんだ。

 あいつがいなければ、俺は今でもメリアに気持ちを伝えられずにいたかもしれない」


 ヨイズの言葉に、メリアはうーんと唸った。


「困る」


「困るって?」


「だってそしたら、私もあの小生意気な弟に感謝しなくちゃいけないもの」


 そう言って、メリアは背伸びをして、ヨイズにキスをした。

 ヨイズが真っ赤になって、少しだけ目を逸らす。


「……やっぱり俺はあいつに感謝するよ」


 ヨイズが言うと、メリアは頬を赤らめながら笑った。

 


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

楽しんでいただけたら、幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 結婚したら自分は好きなことやるけど、妻にはやりたくないって愚痴ってた領地経営やってねってこと?プロポーズでそれ言っちゃう? 愛があれば頑張れるのかもしれないけど、そこら辺うまくフォローできた…
[一言] ……お、おぅ
[良い点] 家族思いな、ザ・少女漫画風が微笑ましいような懐かしいような ホッコリします 気になる点 ヨイズさんが実は真のヒロインに思えた。 アセトさん、なんだか、弟だけど、『ホタルノヒカリ』のドラマ版…
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