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ボタンのかけちがいで、幸せを逃したローアンと、より幸せを掴んだグロリアの話。

掲載日:2021/05/19

片思いだったローアンと婚約したグロリア。でもボタンのかけちがいでローアンから婚約を白紙にする申し出があった。

タイミングが合わずに別々の道を歩む事になった二人のお話。

ざまぁは無しです。

辛い時は時間が経つのが遅い。




朝、目が覚めると、代わり映えのしない自分の部屋に居た。

ノロノロと起き上がり、レースのカーテンをまくり、窓を開けた。

外はうっすら明るくなり、薄紫の空が見えた。

鳥が目を覚ましたのか鳴きながら飛び立つ音がする。

もうすぐ雪の季節が来るためか、外の空気は冷え冷えとしていた。


窓を閉めてまたベッドに戻った。


早朝の屋敷の中は静かで、何もやる気が起きない私はその無音の中の空気に溶けていきそうな気持ちだった。


何もしたくない。

ここにも居たくない。








いつもなら寝ている時間なのでいつものように部屋に侍女が入ってきて暖炉に火をつけ、また出て行った。


侍女がいなくなると私はベッドから起き上がって、また外を眺めながら昨日の事を思い出した。






昨日、婚約者のローアン様とのお茶会の日だった。


ローアン様は、お茶会の準備が整っている温室に着くなり、

「グロリア・フェルプス嬢、婚約してからの君は何を話しかけても相槌しかしてくれなくて会話が成立しない。

意思疎通が図れない君との婚約ははっきり言って無理がある。

婚約してからの事を母に話して婚約解消をお願いした。

私ではなく君に合う婚約者を見つけるといい」

といい、そのまま席にもつかずに帰ってしまった。


その夜、バーグ伯爵家から婚約解消意向の連絡が来た。




私はローアン様が好きだった。本当に大好きだった。




子供の頃から大切にとっておいたローアン様からの手紙を昨日は何度も読んだ。

そして手紙に埋もれて泣きながら眠ってしまった。

その手紙を集めて暖炉の前に移動した。




ローアン様のお母様と私のお母様がお友達で小さい頃からよく一緒に遊んだ。

初めて会った時の事はもう覚えてないけど、ローアン様は海の底のような深い青い瞳と、ダークブラウンの髪をした綺麗な顔立ちの男の子だった。


7歳の頃から誕生日にプレゼントを贈りあった。

その時のメッセージカードは今でも大切にとってある。

7歳の時は熊のぬいぐるみをもらったなぁとか、8歳の時はチョコレートの詰め合わせだったなぁなんて思い返しながら…15歳まで続いたプレゼント交換のメッセージカードを、暖炉の火の中に入れた。

また涙が溢れてきた…。



秋のカーニバルでは一緒にサーカスを見に行ったりもした。

毎年カーニバルが楽しみすぎてどこを回るか紙に書いて計画表を作っていた。

楽しかったなあ。11歳までカーニバルに一緒に行っていた。その時の計画表は私の手元にある。

カーニバルの計画表を暖炉の火の中に入れた。




私を励ますためにこまめに手紙を送ってくれた時期があった。

それは私が10歳の時に母が流行病で亡くなった時だ。

その手紙を読み返して、この頃は私を『兄妹』だと思ってだんだなとあの頃のローアン様と過ごした優しい日常を思い出して更に涙が込み上げてきた。

…思い出を忘れるために手紙を火の中に入れた。




ローアン様が12歳になった時、難関と言われるグラハム学院の試験を受けて見事合格をした。

その時に

「来年、グロリアも受験してよ?待っているからね!」

という手紙と、ローアン様の家庭教師をよかったら紹介するという手紙が届いた。

その手紙の家庭教師に勉強を習った。


ローアン様がグラハム学院に入学してからもたまに手紙が届いた。

他愛もない日常のことが書いてあり、手紙の最後には遠乗りのお誘いが書いてあった。

そうやってたまに顔を合わせていた事を思い出しながら、その手紙も読み返して暖炉の火の中に入れた。




最後に、グラハム学院に合格した時のお祝いの手紙が手元に残った。

この頃はお母様がいない生活が当たり前になり、軍の司令官であるお父様はもともとほとんど帰って来れないのでローアン様の手紙が支えだった。

この最後の手紙も火の中に入れた。





もう手元には手紙やメッセージカードは残っていない。




ローアン様を追いかける形でグラハム学院に入学したが、これは私にとって大切な出来事になった。



グラハム学院は6年制の学院で、授業毎に単位を取っていかないといけない。

進級するのに単位が足りないと留年というシステムなので入ってからもかなり勉強しなければならないが、王族も入学してくる由緒正しい学院で、王都には複数学校があるがその中でグラハム学院は格式が高く貴族の子供はこぞって受験する。

ローアン様がグラハム学院に入学して、私をそこに誘ってくれたのは本当に嬉しかった。

ローアン様へのこの気持ちをいつか忘れることができても、この学校に入れたことについては生涯ローアン様に感謝するだろう。



私がローアン様の前で上手く振る舞えなくなったのは一年半ほど前の事。

温室での授業に向かうために中庭を歩いていた。

温室に行く時は、ローアン様に偶然会える事を期待してローアン様のクラスの近くである中庭を通る事にしていた。


その日は初夏の日差しが気持ちのいい日で、中庭に面する教室を利用している沢山の生徒が日差しを浴びるために中庭にいた。

ローアン様達3年生の生徒も中庭に出ていた。


沢山の貴族の令息の中にいてもローアン様はすぐに見つけられる。

私はすぐにローアン様を見つけた。

ローアン様は私が見た事がない、なんだか嬉しそうな笑顔をしていた。



その理由にすぐに気づいた。

ローアン様の視線の先には、可愛らしいナタリー・バリガン伯爵令嬢がいたのだ。


ナタリー様はご令嬢たちに呼ばれてそちらに向かおうと一人で歩いていた。

ナタリー様は一際目立つストロベリーブロンドの髪と、透けるような白い肌をしており、佇まいはまるで天使だった。


その天使のようなナタリー様を見るローアン様の眼差しは優しくて、そして、盗み見るようにナタリー様をチラチラと見ながら、はにかむローアン様の笑顔が私の心臓に刺さった。



ローアン様はナタリー様が好きなんだ。

でもナタリー様は宰相様の息子であるヒューズ・ハウラー侯爵子息様と婚約していることは貴族の子供なら誰でも知っている事。

伯爵家でありなが莫大な資産を持つバリガン伯爵家の元に代々国の重鎮を輩出する由緒正しきハウラー侯爵家から婿入りが決まっているのである。

しかも、美男美女の二人は小さい頃からどこにいくのも一緒。

付け入る隙はないのだけど、そんなナタリー様に片思いしている事を知ってしまったらどうしようも無い。



ローアン様は馬で遠乗りに出かけたり、カーニバルに一緒に出かけたりする私よりも見ているだけのナタリー様が好きなんだ。

こんなに側にいるのにローアン様に異性としてみられていない事に気づいてしまい、その日は帰って泣いた。


女の子らしい事が苦手だった私は、いつも髪をショートにして細身の服装を好んで着ていたが、その日から見た目を少しでも女の子らしくしようと決め髪も伸ばす事にした。


侍女は「やっとオシャレに目覚めたんですね」といい、友人達は「一緒にショッピングに行きましょう!グロリアはそれまでオシャレに興味がなかったもの」と喜んだ。

あの日から私は中庭を通るのを極力避けて、ローアン様とあまり顔を合わせないように過ごした。

それでも年に数回は遠乗りに行ったりしていたが、その時はまるで兄妹のように振る舞っていた。

そんな関係に転機が訪れた。



亡くなった母と、ローアン様のお母様が『ローアン様が16歳でグロリアが15歳の時、お互いに婚約者がいなければ二人は許嫁になりましょう』

と約束していたようでその事を私が15歳になってすぐに、

「グロリア、お前のお母さんがずっと言っていた事だし、今でもお前達は仲がいいから仮に婚約を交わした。でもどちらか一方が解消を希望したら簡単に解消できる事にしてあるからこれに縛られる必要はない」

とお父様から事後報告を受けたのだ。





婚約してからのローアン様は、月に一度お茶会に誘ってくれた。

でも私は変化した関係についていけないのと、私に向ける眼差しが相変わらず妹以外の何者でもない事に気付いていた。

ローアン様の態度は子供の頃から変わらない。

読んでいる本の内容や勉強の事、あとたまに遠乗りにに誘ってくれるくらいだ。

他の友人達のように、植物園や美術館に婚約者であるローアン様と行ってみたいが、口に出せずに黙ってしまうことしか出来なかった。

誘って嫌がられたらどうしようとそんな事ばかり気にしていた。

程なくしてお茶会は義務のようになった。


うまく会話ができないまま時間が過ぎ、そして昨日婚約解消になったのだ。



ローアン様が好きだけど上手く振る舞えない私は何度かそっとローアン様を見にいった。

その度に見たことのない笑顔でクラスメイトのご令嬢に微笑むローアン様を見ると暗い気持ちになった。

昔から私には家族に向けるような笑顔しか向けてくれなかった。

やはり私は『妹』でしかなかったのだ。

異性として見られていない事実と『お前で妥協してやる』と言われているような気がして、ますますうまく笑ったり話したりできなくなってしまった。





ローアン様と過ごした日々をもう忘れたい。

そう思えば思うほど、思い出は私に迫ってくる。



私はある決意をして、身支度を整えると執事を呼んだ。



◇◇◇



グロリアとは昔からよく遊んだし、気心が知れた相手との婚約は悪い選択ではないと思った。

バーグ伯爵家の三男である私はいずれ婿入り先を探す事になるだろう。

それがフェルプス伯爵家で、自分と生涯を過ごすのは兄妹のようにして育ったグロリアなら、友達同士のように楽しく過ごせると思っていた。


でもいざ婚約してみると、グロリアとはあまり会話が続かず、月に一度のお茶会も義務のようで苦痛だった。


学院では学年が違うために交友関係にも接点がなかった。

だから、馬の遠乗りに出かけたりするのは子供の頃と変わらず楽しかったがお茶会となると会話が続かずに苦痛だった。

こんな苦痛なら結婚なんて無理だ。

そう思って母に何度となく、婚約解消の意向を伝えた。

初めは、グロリアが将来、自分の義娘になる事を楽しみにしていた母だが、最後は

「ローアンがそんな気持ちで結婚したとしてもグロリアちゃんは幸せになれないから解消するしかないわね」

と理解してくれて正式に婚約解消の運びとなった。



婚約者がいなくなった私は、友人達と一緒に未婚の男女が集まる夜会に幾度となく顔を出すようになった。

綺麗に着飾ったご令嬢と知り合う機会が増えて、何度かデートもした。

植物園や美術館に行ったり、オペラや音楽会に誘ったりもした。




そうこうしているうちに、私は6年生に進級した。




18歳で卒業した後の事を真剣に考えて結論を出さないといけない時期が迫っていたが、まだ決められなかった。

卒業後さらに高等教育を受けて、外交官や王族の側近を目指すか。

このまま卒業して官僚になるか。


この時、ふと数年前に思っていた『どこかに婿入りをする』事も視野に入れないといけないと思った。


そういえば…どの夜会に行ってもグロリア嬢に出会っていない事に気づいた。

16歳でデビュタントを終えたはずだから、どこかで見かけてもいいはずなのに。

という事は、私と婚約を解消してすぐに他の誰かと婚約したということか。

ならばあの苦痛なお茶会の説明もつく。


でも…王族主催の重要な夜会でも見かけない事を思い出した。

本当は来ていて、私とたまたま顔を合わせないだけではないだろうか。



私は、幼馴染として学業の事を相談する手紙を書いた。

グロリア嬢がどんなに変わってしまっていても、私と同じくらい勉強に対する情熱はあったから話だけは聞いてくれると思った。



そして手紙を出して数日後…手紙は宛所無しで戻ってきてしまった。

グロリア嬢が昔から住んでいたタウンハウスに送ったのに。


貴族のタウンハウスは代々所有している屋敷である場合がほとんどだから、住んでいなくても管理人はいる。

だから手紙が戻るなんておかしい。


何かあったのではないか?

そう思って、フェルプス伯爵家のタウンハウスの前を通ってみた。


建物はそのままで、軍服を着た軍人が多数出入りしており、若い軍人の寮になっていた。



次の日、軍人の家系のクラスメイトにそれとなく聞いてみた。

「ああ、フェルプス伯爵か?軍の最高司令官だからな。

私たち軍部を目指す者にとっては憧れの人だ。

司令官は何年も前から司令部の横の庁舎にお住まいだよ。機密情報の中にいるから基本的には家には帰れないし、家族にはあまり会えない生活みたいだな。」


そこで初めて、母親を亡くしたグロリアは使用人に囲まれて一人で住んでいた事を知った。

何年も側にいたのに知らなかった事実だった。


「じゃあ。娘のグロリア嬢も庁舎に住んでいるのか?」


「まさか!家族であっても庁舎の中は入れない。

国家機密が詰まった場所だからね」

と友人は笑っていた。


じゃあグロリアはどこに?


5年生の棟に行ってみたがグロリアは見かけなかった。

グロリアは綺麗なオレンジ色の髪をショートヘアーにしている子だ。

考えてみたら一年下の学年の棟に最後に来たのはグロリアが2年生、私が3年生の時だ。


そして、私が4年生の時婚約していただけだ。

その後の事は全く知らない。


誰かに聞いた事もなかった。



家に帰り母にグロリアの事について聞いた。

「グロリアちゃん、ローアンと婚約解消してからしばらくして、『長い間お世話になりありがとうごがいます。体調を崩したので休学して領地に戻る』って手紙が来たわ。」


そこで初めて、グロリアがそもそも王都にいない事を知った。


思い出すと、成績優秀者の張り出しにいつもグロリアの名前があったのにいつの頃からか無くなっていた。




子供の頃からいた親友とも言うべきグロリアが自分の世界から完全に消えてしまっていた事に気づいたが私にはどうしようもできない。

ただ、オレンジの短い髪を揺らして笑う幼いグロリアの顔を思い出しただけだった。




進路について悩んだが、爵位を継ぐ事がない私はさらに高い教育を受けて外交官になる事を目標に決めた。

そうして自分で自分の地位を高めないといけないと感じた。


でも、兄達からはグロリア嬢と婚約解消したんだから新たな相手をさがして将来安泰になる道を模索する様に言われていた。

「なんで婚約解消したんだよ。時間が経てばまたうまく行っていたと思うけど。お前は馬鹿だな」

と上の兄に言われたし

「グロリア嬢が他の誰かと婚約したと聞いて初めて彼女の価値を知るんじゃないのか?」

と下の兄にも言われた。




なんとなく誰かと付き合う気持ちも起きずに、私は学院の大学部に進学した。大学部は外交官となる基礎を学ぶ場所で2年後に外交官として省庁に入ることが約束される。



大学部に進学して半年が経った頃、第二王子主催の夜会の案内が届いた。

なんでも、隣国に極秘留学していたローズ王女の帰国のお披露目だそうだ。

隣国のサミュエル王子との婚約が決まり、王子と二人でグラハム学院の6年生として半年間過ごした後、卒業後に隣国で結婚式をあげる予定だそうだ。

夜会には隣国の貴族も複数参加するそうで、学園では隣国からから貴族の中に未婚の女性がいるのかどうなのかと話は盛り上がった。


今回の夜会は、伯爵家より爵位が上かならば出席は義務だ。

頭の隅で、もしかしたらグロリアも参加するのかもしれないと思った。

その時、昔のように声をかけてみようと思った。




夜会は土曜の夜だった。

この国で1番大きなホールでの夜会の開催は、本当に煌びやかで素晴らしいものだった。

ホールから外に出れば王妃様自慢のバラ園になっている。

今回バラ園には沢山のライトが置かれ、外でもダンスが楽しめるようになっていた。



帰国したローズ王女と隣国のサミュエル王子に挨拶をする長い列ができていた。

私もその列についた。

そして二人前に立っている見事なオレンジの髪のレディを見つけた。

「グロリア・フェルプス嬢」

声をかけたが返事がない。

聞こえていないのかと思い、肩を叩いた。

しかし、振り返ったのは全く違う人だった。


「申し訳ない。人違いをしてしまった」

そうオレンジの髪の女性に謝ると

「人違いは誰にでもある事ですわ」

と笑顔で許してくれた。


王族に挨拶を済ませて、いつも夜会で顔を合わせる友人たちの元に向かったら、話題はローズ王女の後ろに控える侍女の話題だった。

ローズ王女の後ろには6名ほどドレスを着た女性が控えていた。

「ドレスを着ているという事は、あの女性たちも貴族の子女という事だ。

婚約者がいないのなら私たちにもチャンスがあるのかな?」

「確かに、ダンスに誘えばわかるんじゃないのか?」

「本当に美人だらけだよな」

「ああ。あんなに美人揃いというのはすごいよな。」


この夜会に参加した若手の男性貴族は、皆ローズ王女の侍女をダンスに誘おうとしていた。




ダンスが始まった。

ローズ王女とサミュエル王子のダンスに続き、ローズ王女の侍女とサミュエル王子の側近がペアになってダンスをした。


一曲目が終わったところで、ダンスからホールに戻った侍女達に人だかりができていた。

侍女達を囲むのは我が国の女性貴族達だ。

皆、友人達との久しぶりの再会を楽しんでいるようだった。


会話の内容は聞こえなかったが、近くにいた友人達が女性貴族の話を立ち聞きしたのかこちらに来た。


「ローズ王女の侍女はこの国の貴族の子女らしいぞ。

なんでもブルネットの女性は侯爵令嬢で秘書で王女の2歳上。護衛の女性は二人いて、赤い髪の毛の女性は子爵令嬢、オレンジの髪の女性は伯爵令嬢で、護衛の二人は王女と同じ歳。

残りの3人はいずれもローズ女王の身の回りの世話をしていて、少しオレンジがかった金髪の女性は伯爵令嬢。金髪の女性は子爵令嬢、ダークブラウンの髪の女性は伯爵令嬢で、歳はよくわからなかったが王女より年上らしい。」

と教えてくれた。


「ローズ王女と護衛の2人は、サミュエル学院の6年生に編入するそうだ」


皆身分がしっかりしており、美人だから隣国でも交際の申し込みが絶えなかったらしい。



友人達は声をかける機会を伺っていたが結局、声をかけれずに夜会は終わってしまった。


私はグロリアを探していたが結局見つけられなかった。



屋敷に戻ると、先に戻っていた母が興奮気味に

「ねぇ、数年ぶりにグロリアちゃんを見たけどすごく美人になっていて驚いたわ。

思わず話しかけたのよ?」

と言うのでびっくりして

「グロリア嬢はどこにいたんですか?」

と聞くと

「あら!ローズ王女の護衛として後ろに控えていたじゃない!美人になって見違えたわ!」


ローズ王女の護衛?

グロリアが武術に優れているなんて知らなかった。


「グロリア嬢はローズ王女と帰国したと言う事は、一緒に留学してたって事?」


「そう言っていたわ。ローズ王女は身分を隠して留学していたそうじゃない?だからローズ王女付きとして海外に行くのは極秘任務になるわねぇ。

大変だったと思うけど、今は幸せだって言っていたから安心したわ。

グロリアちゃん、早くにお母様を亡くしているし、大変な事も多かっただろうけど、ちゃんと自分で幸せを掴んだのね。」


母は嬉しそうにしていた。ずっとグロリア嬢の事を心配していたようだ。




夜会は3日続けてある。

サミュエル王子は100人近くの側近や護衛を伴ってやってきたようで、2日目は交流会としての夜会が催される事になっており、25歳までの貴族に招待状が届いた。


昨日と同じようにローズ王女とサミュエル王子に挨拶をする列に並んだ時に、遠くから護衛の見た。

オレンジ色の髪を綺麗に結った美しい女性がいた。


思い出の中のグロリア嬢は短い髪に幼い顔だが、そこにいるのはグロリア嬢の面影が少しだけある手の届かないような美人だった。


グロリア嬢に気づかないふりをして挨拶を済ませ、ホールで昨日と同様に友人達と合流した。

友人達はサミュエル王子とともにこの国に来た女性貴族をダンスに誘い、見事成功してダンスホールに向かっていった。


一人になった私はバルコニーで風に当たっていた。



と、今日もライトアップされているローズガーデンの中を一組の男女が歩いていた。

私に気づかずに、バルコニー側のベンチに座った。


女性はグロリア嬢だった。



すぐ近くに座っているので会話の内容が全て聞こえてきた。


「グロリア嬢、ずっとダンスに誘いたかったんだ。

君をダンスに誘おうと決めてから実行に移すのに一年かかったよ?」


「まぁ!ウィンターズ様、そんな大袈裟な!」


「君の優先順位はいつもローズ王女だったからね。

君は、母国にとどまるのかい?それともローズ王女付きとしてまた戻ってきてくれるのかな?

私としては是非、戻ってきて欲しい。」


「そうですね、留学と違って永住になりますから。私、一人娘なので父と相談しないと…」


「そうか。せめてこの国にいる間、任務を忘れてどこかに出掛けてくれないだろうか?」


「喜んでお供しますわ。でも…私、この国の事、あまり知らないのです。デビュタント前にローズ王女について留学しましたし、留学前はタウンハウスと学院の往復で…」


「おや?サミュエル王子に、君には留学直前まで婚約者がいたと聞いたよ?もっとも相手から解消の希望が来たとも聞いたが。

こんな素敵な女性の手を離す馬鹿者は見てみたいけどね」


「サミュエル王子!そんな事までウィンターズ様にお話したんですか?もう!あの方は隠し事ができないんですかね。フフフ。

婚約者といっても幼馴染でしたから、婚約した後も、お茶会か馬の遠乗りしか行ったことありませんわ」


「他は一切?」


「ありませんわ。」


「君は以前、プレゼントもチョコレートや縫いぐるみしか貰ったことがないといっていたけど、プレゼントだけではなくデートのお誘いもたいしてなかったのかい?」


「二人とも子供でしたから」



二人の笑い声を聞いて、私はホールに戻った。

婚約者として過ごした日々が楽しくなかったのは、グロリア嬢との会話がうまくいかないせいだと思っていたけど、その半分は自分にもあった事に思い至らなかった。


婚約解消してから3年。

あの頃の自分がいかにグロリア嬢の事を子供だと思っていたのか思い知らされた。


贈り物は昔と変わらずにチョコレートだったし、デートの誘いも遠乗りくらいだった。


あの時はグロリア嬢が悪いと思っていたけど、自分に非があったのだと初めて気付いて、愕然とした。




◇◇◇


私はローアン様との婚約が白紙になった翌日、父に手紙を出した。

父は、軍部の大臣兼最高司令官として庁舎にいる。

父を通して王室から極秘にローズ王女の護衛を兼ねた留学を打診されていた。

「一緒に行きます」と返事を出してもらった。


私は子供の頃から、馬術、剣術、護身術などを父か父の部下に習っていた。

軍部の庁舎にいる父に会うために練習場で稽古をつけてもらうという名目で毎週軍に通った。

稽古の後に食堂で家族でご飯を食べるのが楽しみだった。


軍で稽古をつけてもらうのは、将来の結婚の時にどう影響するかわからないので父と母から誰にも言わないようにと釘を刺されていたし、たまに稽古をつけてくれる父の部下にも他言無用と言ってあったらしいので、この事は誰にも知られていないはずだった。


でも、王室には隠せなかったようで、ローズ王女が極秘留学をする時に声がかかった。

私はローズ王女と同じ歳だからどうしても帯同してほしいと何度も打診の案内が来た。

留学先では、ローズ王女は外国から来た一般の貴族として生活するので護衛が側にいたらおかしい。

だから護衛ができるおなじ年の女性貴族を探していたらしい。



留学先は隣国で、学院でも隣国の言語は必須授業だったので大丈夫だし、ローズ王女のお茶会に数年前から毎月呼ばれていたから、お支えするのも無理な方ではないと知っていた。

でも、私はローアン様と離れたくなかったのでずっとお断りしていた。

私が数年留学しても大丈夫なようにと、父はローアン様との婚約を昔の口約束を理由にして決めてきた。留学予定まで一年となった時だった。



しかし、婚約期間は一年持たなかった。

だから、私は、保留にしていた留学を決めた。


留学は極秘なので、周りには休学すると伝えた。

そして王都のタウンハウスから、王城へと移り住み、王女様と一緒に他国に行くメンバーとともに隣国へ行った後の事を学んだ。


その後、少数精鋭で、ローズ王女とともに隣国へ向かった。

受け入れ先の相手国では、王室に近い貴族だけが知る事実として受け入れてもらった。



留学してからは一切帰国しなかった。

例外としてローズ王女と護衛である私たちのデビュタントのみ帰国して参加した。


留学している間に、ローズ王女はサミュエル王子と恋に落ちて婚約をして、そして婚約の準備期間を自国で過ごすために帰国を決めた。




留学を決めた時や、留学した直後はローアン様のことをよく思い出したが、それも初めのうちで、日々色々な事があって忘れていった。


でも帰国してすぐの夜会で、ローズ王女とサミュエル王子に挨拶をしたローアン様を見た。

たった数年で背は伸び、顔も大人になって更に素敵になっていた。

でも、最後に顔を合わせた時の冷めた表情を思い出してやはり縁のない人だったんだと思った。




ローアン様は人気があるようで

同年代の女性達がダンスに誘ってもらいたくてローアン様に話しかけているのを見たが、私にはもう関係ない。



帰国直後3日間夜会が催された。

1日目の夜会では留学を隠していたので友人達に囲まれて色々な話をした。

2日目の夜会ではサミュエル王子の幼馴染であるウィンターズ様に誘われてバラ園を散策した。

3日目の夜会は政治的な意味合いが強く、ローズ王女の側にいた。



帰国してから夜会が終わるまでは王城に滞在していたけど、この国に戻って半年間の学生生活を送るために、父が用意した新しいタウンハウスに引っ越しをした。

ここは以前のタウンハウスより学院に近いし、温室もあって過ごしやすそうですぐに気に入った。

留学前まで使っていた王都のタウンハウスは今は利用できない。私が10歳の時にダンスホールを改装して柔術や剣術の訓練ができるようにしたため、父が若い軍人の寮として今は使っている。





学園に戻って1ヶ月ほど経った。

結局、サミュエル王子は「ローズ王女と一緒に学園生活を送りたい」と言って帰国を取りやめ、ウィンターズ様とともにこの国に残って一緒に学園生活を楽しんでいる。



知らなかった事だけど、私にはもともと沢山の縁談が来ていたようだ。

だから、自分の将来を半年かけて決めようと思う



◇◇◇


夢を見た。

子供の頃、グロリアとサーカスを見た事や、最後に遠乗りに行った16歳の頃の事。


あの頃のグロリアの笑顔は私だけに向いていた。



あの頃は何もかも楽しかった。今から考えると、ローズ王女の護衛の依頼がずっと前から来ていたんだと思う。でも誰にも相談できずに悩んでいただろうに、そんな様子は見せなかった。

…それがあのお茶会の真相だったのかもしれない。




2番目の兄の言う通り、今になってグロリアの価値に気づいた。



あの頃の幼馴染としての関係にすら戻るのは難しいのはわかっている。

でも、もう一度、私にだけ見せる笑顔が見たいと思う。

でもどうすればいいかわからない。



今、グロリアがどこに住んでいるのか知らない。

学院の卒業生で大学部に在籍してはいるけど大学部はキャンパスが違うので学校で会うこともできない。


夜会に出かけてもグロリアと会う事はなかった。




にもかかわらず、友人の恋愛の揉め事に巻き込まれて女性と揉める事になった夜会に限って、グロリアに出くわすのだ。

もう、グロリアの印象は最悪だろう。





ある日、友人に誘われてパブで飲んだ時に、飲みすぎて酔っ払い、その時の後悔を友人に吐露してしまった。

普段酔うまで飲まないのに…。

それくらい私は気に病んでいた。





卒業が近づいてきた。

風の噂だと、ローズ王女の護衛として隣国に行ってしまうらしい。

もう…無理だろう。




私は昔よくグロリアと遠乗りに出かけた丘に一人で馬を走らせた。

林を抜けると見晴らしの良い開けた緑地に出る。

そこからは街の西側の景色が一望できる穴場だ。



馬を木にくくりつけて、草の上に座った。


何も考えずに街を眺めていた。

気がつくとゆっくりと空が茜色になりだした。


もう帰らないと…そう思ったら、馬の足音がした。

振り返るとそこにはオレンジの長い髪が空と同化したグロリアがいた。



私は勇気を振り絞って話しかけた。

「グロリア嬢、久しぶりだね」


するとグロリアは馬から降りて、こちらに向かって満面の笑みで

「ローアン様、お久しぶりです」

と言ってくれた。


「帰国してからたまに遠乗りに来ていたんですけど、ローアン様にお会いしたのは初めてですね」


「私は久しぶりに来たよ。」


「ここの見晴らしは昔と変わらないから、私はたまに来たくなりますね。特に夕方の街がオレンジに染まる様は最高に綺麗ですから」

グロリアはずっと街を眺めながら目を細めた。

その顔がすごく綺麗でドキドキした。


私は素知らぬ顔で

「グロリア嬢、もうすぐ卒業だね!おめでとう!

もう進路は決まったの?」

と聞いた。


「ええ。ローズ王女から護衛の打診が来ていたんですけど、それを受けると永遠にこの国に戻れませんし。父と相談して辞退を決めました。

卒業後は領地に戻りたいと思ってますので、今から領地経営を学ぶつもりです」


「確か領地はワイン作りが盛んだったよね?」


「ええ!そうなんです。私も領地に戻ってワインを作るつもりです。

小さい頃から、ワイン作りを見てきて自分でもやってみたかったんですよね。

この度ワイン作りで世界的に有名なアスタリア地方を領地に持つ、ネイト公爵家の次男のウォーレン様が婿養子に入ってくれる事になったので、これで我が家も安泰です。

ゆくゆくはウォーレン様のご実家のような有名なワインの産地にしていきたいです!」

とグロリアは夢を語ってくれた。



私は笑顔で

「それはよかったね!グロリア嬢の幸せを祈っているよ」

としか言えなかった。






グロリア嬢が帰国してからグロリア嬢の元に沢山の釣書が届いていると聞いていた。

誰かのものになってしまう前にもっと動けばよかった。


そもそも婚約した時に、もっと自分がリードしていれば…。

自分が婚約解消を言い出さなければ…。




壊れた関係は戻らないんだと悟った。






グロリア嬢は卒業してすぐにウォーレン・ネイト公爵令息と結婚した。

結婚式は盛大に行われ、ローズ王女とサミュエル王子も参列した。


アスタリア地方のワインは世界中に向けて輸出されており、この結婚でワインの輸出量の増加が見込まれる事になる。

輸出量増加は税収の増加につながるため国のバックアップが約束された。



貴族の間では、グロリア嬢は大きな幸せを掴んだと長らく話題に登った。

ローズ王女とサミュエル王子との交流に、格上の公爵家からの婿入り、その婿入りしたウォーレン殿は整った顔に鍛えられた体をしており女性人気が高い令息だった。

そしてワイン作りにおいて国のバックアップがある事。(これは護衛として働いたからが大きい)


私はその話を聞くたびに自分の間違いに気づくのが遅れた結果だと嘆いた。







一つの恋が終わると女性は気持ちの切り替えが早いけど、うじうじ引っ張るのは男性の方だと経験上感じているので、それをテーマにしてみました。

終わった恋は振り返らないものですよね?



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