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オジギソウ  作者: みきえ
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少し灯りを落とした室内で、ふわりとまたランプが揺らめいた。ここは旦那様の書斎である。


「最近の母上様の様子はどうですか?」


そうローズマリーに尋ねたこの方は、ビリセント公爵家の現当主である。ほんの数カ月前まで王宮に勤めており、宰相として陛下を、この国を、支えていた。

他国へも名を轟かすような有能な人物である。

元々さほどカエラ様と親子としてのつながりはそれほど深くはなかったらしいのだが。


最近は特にカエラ様の様子を心配され、一ヶ月に一度はこちらを訪ねてくる。

こちらでずっと過ごすにはまだ難しいらしい。


「なるべく穏やかに過ごせていただけていると…思います。」

「そうですか。…本当に皆よく仕えてくれていますね。」


ありがたいことです。呟きながら、カエラ様の様子を書き綴るノートに、ローズマリーの報告を書きつける。少し俯くローズマリーを見やりながら。


「稀にあるらしいのですよ。長く生きていると。」


元々美しい金糸のようだったらしい髪に、少し白髪が混じり始めた当主は、宙を見ながらそう言う。


「最近の様子で、特に気になることはありますか?」

「記憶は断片的です。最近は時間がよく分からなくなっているようです。少し歩かれてから、疲れたから休みたいとおっしゃったので、休んでいただいのですが。目を覚まされると、朝だと思われていたようで。」

「そうですか。昼にお茶をして休んでから、自分が寝ていたから起きたら朝だと。そう思われたということですね。」

「はい。」


「先日ひどく他の侍女を叱責した、とのことですが。」


当主は既にリフィルから様子を聞いているに違いない。


「旦那様、しかし大奥様とリフィルの双方に罪はないのです。大奥様は混乱されておいでです。あの取り乱された後に、そのことについて後悔もされていました。申し訳ないとの言葉も。リフィルにもそのことは伝えています。」


ふむと考えるように、当主様は顎に手を載せる。


「皆よく仕えてくれていますので、順番に休暇を取ってください。」


突然話が切り替わり、ローズマリーは困惑する。…報告の仕方が悪かったのだろうか?


「毎日向き合うと自覚はしていなくても、皆疲れた顔をしているんですよ。給料は出しますから、少し気晴らしに順番に休めばいいというだけで。…母上様の体には何も問題がなく元気なのですから、これからも長く"このまま"でしょうから。今よく仕えてくれている皆にはこれからも、お願いしたい。…私はまた王都に戻らなければなりませんし。」


なるほど、そういうことなのか。ローズマリーはほっと息をつく。今あの状態のカエラ様のそばを離れることは忍びないが。


でもカエラ様は恐らくずっと。あのままなのだろう。


「個々の希望が聞けなくて申し訳ないのですが、この通りに休めば恐らく問題ないでしょう。その代わりに少しくらい離れの清掃のためのメイドを本邸の清掃に割り当てて、優先してもらいますし。」


邸の業務も、大奥様のお世話もこれならば何も問題はないだろう。渡された紙を見ながら、ローズマリーは頭を下げた。






*************************






カエラは居室に戻ると、少しだけ眠った。最近すぐ疲れてしまうのが悩みだ。

もっと大きな心配事もあるのだけど。


心配なことがあると、日記を書く。







---------------------------------------------------------------------------


最近特に私、自分が変だということは分かっているのよ。

思い出せないことが増えてしまって。

取り乱すことも増えてしまったわ。

忘れてはいけないことも忘れてしまっているみたいで、侍女も私に手を焼いているのが分かるわ。

分からないことも増えるばかりだけれど、本当に皆よく仕えてくれていると思う。

分からないことが増えると、いつも怖いのだけれど。


ユリウスは元気かしら。最近ちっとも顔を見せてくれないわ。

ティオナさんも元気かしら?全く顔が良いばかりで、能面みたいなあの子と上手くやれているのかしら。




このまま私は何を忘れていくんでしょう?


あと何回、自分が忘れてしまうことに怯えて、また忘れてしまったと悲しめばよいのかしら。




ずっとこのままなのかしら?


分からないわ。多分こうやって思い悩むことさえも忘れてしまうのでしょうね。


救いはあるかしら。


分からないわね。分からないことを考えるのはやめた方が良いのかもしれないわ。


--------------------------------------------------------------------------------





「カエラ様、夕食のお時間ですよ。一緒に行きましょう。」

よく見る顔の侍女がノックと共に入ってくる。


「日記を書いていたのよ。」

「はい。」

「ねえ、私はこれからどうしたら良いのかしら。」

「…そうですね。明日は久しぶりにレースでも編んでみましょうか?」

「そういうことじゃないのよ。」


ほら、少し困った顔をまたさせてしまったわね。


「できるかしら?」

「できますよ。」


私はまた明日。息子が来ないと、嘆くんだろう。

先が見えないし、分からないけど。日々が満ち足りたものになるならば。

それでもいいかと思いたい。




思わせて欲しい。




まだ私は生きているのだから。








世界は同じですが、時は40年ほど流れている。

そんな感じでしょうか?

お付き合いいただき、ありがとうございました。

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