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#4 体育祭(後編)

 速やかに、聖樹を乗せた救急車は、担任の先生を乗せてこの二子高校の正門を後にした。

 見送った生徒はその場を離れて駆け足で競技に戻る。

 すぐに、午後の部へと競技は開始したからである。

「と言う訳で、聖樹のパートは、瑞樹が入る事になった」

 忍の説明で、部員は感嘆の声をあげた。

「瑞樹!バトンの練習して無いけど、平気か?」

「さて……どうかな?一発勝負なんだしなんとも言えないけど……確か、葵にバトンを渡すんだったよね?」

 葵相手にまるでバトンを持っているかのような仕種をして、渡す風を見せる。

「身体が覚えてたら何とかなるっしょ」

 全く脳天気な人だとばかりに、葵は笑いを堪えた。

「ちゃんと、今日は薬飲んでるんだろうな?」

「はいはい、飲んでますよ。五月蝿く言う人にはかないませんからね〜」

 いい加減聞き飽きたとばかりにそっぽを向いてしまう瑞樹。

「時間も無い事だし、そろそろトラックに向かわないとな」

 八人は、一斉に移動を開始する。

 部活対抗のリレーはこの日、最高の盛リ上がりを見せていた。何処からか噂を耳にした生徒達は、トラックで始まる競技が何時始まるのかを期待して目が釘付けになっていた。

 18の体青会系の部を三等分にしてその内、上位ニチームを決勝にあてがう物であった。

 只でさえ、陸上部は走る事に秀でている部として、体力の有る部と当てられていた。

 そしてサッカー、水泳、ラグビー、バスケ、柔道のチームが当面の敵であった。

「遠藤!スタートよろしくな!」

「任せて下さいよ!」

 位置に着いた六人は今か今かと鉄砲の音を待った。

「位置に着いて、ヨーイ……」

 鳴り響くピストルの音と共に六人は一斉にスタートした。

 遠藤は、一位をキープしつつ次の佐々木にバトンを繋ぐ、そして、すんなりつなぎ終わった後、瑞樹にバトンは手渡された。

 一位と言う事もあったためか、瑞樹はまるで流しているかのようなペースで二位のバスケ部に少しつつ距離を離しながら走っていた。

「すげえ……あのバスケ部のやつ、確か11秒フラットのタイム持ってるんだぜ」

 隣のサッカー部のやつがそうこぼした。

 綺麗なフォームでこちらにやって来る瑞樹の表情は真剣と言うより楽しそうであった。

「へい!パス」

 リードしながら渡されたそのバトンは綺麗に葵に繋がった。葵はそのまま独走で、次の今井にバトンを繋げる。そして、アンカーの忍まで独走体勢のまま陸上部はゴールインした。

 予選は見事クリアーした。二位に入ったバスケ部も三位のサッカー部を何とか振り切って予選通過をもぎ取っていた。

 次の決勝に備え、体力を戻そうと休む部員達。

 程なく全ての予週は終わりを告げ、残った陸上、バスケ、野球、ハンド、自転車、バレー部の者達は再び対戦を余儀無くされていたのである。

 スターターの位置に用意する者達は真剣だった。この全てが来年に繋がると、そう考えるとよけいカみが出るのか、スタートを切った遠藤は、佐々木に上手くバトンを渡せず、一位から、一気に五位まで転落してしまったのである。

 しかし、その後の反撃は凄まじかった。三十メーターの差を一気に三位まで漕ぎつけたのだ。

 そしてバトンが手渡された後の瑞樹の走リはまさに、伝脱の風のランナーに相応しい走りで……見る者全てを魅了したのである。

 この場で、バトンを待っている葵には次から次に抜き去って来る瑞樹の姿を直視した。まるっきり無駄のない走りで、気持ち良く風を切って走る。この姿の何処に心臓に爆弾を抱えていると言うのであろうか?

 しかも、たった100メーターしか無いと言うのに、こんなにごぼう抜きに人を抜けるものであろうか?まるでここだけ、時問の流れが違うような気がする。

 そして、一気に一位まで独走して来た瑞樹はおまけとして二位との差をニメートルもつけてくれたのである。

「葵!任せた!」

 笑顔の瑞樹に答えるかのように、ここはなんとしても、後ニメーターは差を付けなければならない。そう思うと、プレッシャーを感じてしまう。しかし、そんな事を言っている暇は無い。一気に駆け抜けるのみ!

 いつもより、軽く感じられる身体は熱を持って前へ前へと気持ちが移る。

 走っていてこんなに気持ちのいいものだなんて、気付かなかった。あの瑞樹の笑顔が、今の自分を作ってくれている気がして…前向きな態度に出られる気がしていた。

 葵の勢いは止まらなかった。そのまま、二位との差を三メーターにして、今井へと繋ぐ。

 その先は、ダントツのトップでアンカーの忍まで続いた。

 結局、一位独占の陵上部に、来年の部費の割り当ての多くを得る事となったのである。

「凄いですよ!瑞樹さん。オレ、感動しちゃいました!」

 葵は頭一つ低い瑞樹に飛びついて、喜びを露にした。しかも、何故か解らないけど、涙が滲んで来る。

「まったく。変な奴だぁねえ……」

 ポンポンと頭を叩いて来る瑞樹。

「もう、走らないんですよね。これが最後なんですよね……」

 凄く勿体無い気がした。

「うん。風になれるのはこれで最後……」

「え?」

「さてと、三蔵法師、三蔵法師!」

 まるではぐらかされたかのような瑞樹の言葉で、葵は言いたい事をまとめ切れずにいた。


一風になりたい一


 葵の中で忘れられない思い出の子は…あの時、確かにそう言った?

 胸の中で、繰り返し鼓動が高鳴っている。あの時の子は、聖樹では無かったのか?


 まさか…


 疑問が渦を巻いていた。

「瑞樹さん!」

 そして、意を決したように振り返り突如叫ぶ葵。

「何?」

 いつもと変わらぬ微笑みを携えて、瑞樹は振り返った。

「雲は、何故あんな風に形を変えながら流れていくんだろうね?」

 あの時と一寸も変わらないセリフ。

「何故って、それは上空に風が吹いているからだよ」

 瑞樹は極上の微笑みで葵にそう言った。

 あの時のセリフと違わずにそう言った自分を思い出した。見付けた!あの子はここに居たんだ!葵は心の底から嬉しさを隠し切れずにいたのである。

 その後、仮装。ブロック対抗リレーなどが速やかに行われたあと。結果報告が行われた。

 結果は、Dブロックの優勝が決まった。

 ちなみに、二位はC組、三位はA組である。

 優勝旗は、Dブロックのブロック長が取り上げ優勝ブロックを大いに賑わせた。

 葵の心は、ブロック優勝と、瑞樹の事で一杯だった。この日は最高の日になった。

 しかし、祭りの後の静けさは何だか寂しい。

 各部活は、今日は一時中段。体育祭の後片付けで大忙しであった。

 作ったものを壊すのは何だか気が引ける。あの、瑞樹の三蔵法師姿は板についていて、夏目雅子も真っ青の美しい三蔵であった。

 あの衣装はどうするのであろうか?そんな事をふと考えてしまいつつも、片付けの手は忘れない。

 自分でシナリオを書いたって言ってたけど。そっちの方に進むつもりなのであろうか?葵は気になっていた。

「葵!この片づけ終わったらオレ、忍と一緒に聖樹の所に行くんだけど、お前も行くか?」

 廊下の角を横切って行く瑞樹が、葵の姿を見付けて問いかけて来た。

「あ。行きます!どうしましょうか?何時片づけ終わるか分からないから……」

 応援旗を背中にかるいながら、大声で叫ぶ葵。

「終わった方が、先に部室の方に行ってれば良いか!?」

「そうですね。分かりました!それじゃまた後で!」


 葵は約束をし、再び片づけを続けた。

 全ての片づけを終えた学生達は、疲れた身体を寮で休めようと、帰宅した。

 葵は、そんな中、部室へと急いだ。

 既に、瑞樹か忍が部室に来ているのであろうか?部の明かりが付いていたのである。

 ドアを密かに開け、瑞樹達を驚かせようと忍び足で中に入った。すると奥のロッカールームから話し声が聞こえて来た。

「瑞樹。身体の方は大丈夫なのか?オレ、何時倒れるか心配で、ヒヤヒヤしてたんだぜ……只でさえ、聖樹がこんな事になるし……」

 何だか深刻な話をしているようだった。

「いい加減、その心配性直さないと、お前禿げるぜ?……いつまでもあの時の事を気にしてるんだったら、大きなお世話だっての。それに、そんな態度取ってたら聖樹に勘違いされるしな」

 いつもより声のトーンが低い瑞樹の声が呟く。

「只でさえ、お前の気持ちを組んでるオレに矢が向けられてるんだ。しっかりしてくれよ。そんなんじゃ……オレ…」

 フッと言葉が途切れた。

「済まない…直にオレからちゃんとけじめつけるから……」

 何の事だ?

 葵は、頭を捻った。聞いてはいけない事を聞いてしまったのでは無いか?うすうす三人の間には何か有るとは思っていた。それに、瑞樹と、愚が公認のカップルだと言う噂は絶えない。しかし、現に二人の会話を聞いていると、全くの三角関係のように感じられる。

 出て行くタイミングを掴みきれなくて、どうしようかと悩んでみた。そこで、再びドアを開ける所からやり置そうと向きを変えた時、近くの部品に足を掛けてしまった。

 しまった!

「あれ?葵?」

 奥から瑞樹の声が聞こえて来た。バツが悪いが仕方ない。観念した気持ちで奥へと足を伸ばした。

「遅かったな。さあ、行こうか」

 忍は、気にしている様子は無かった。瑞樹に到っても、別段いつもと様子は変わらない。

 そんな二人を見て、安堵した葵は二人の後に着いて聖樹がいる病院へと向かったのである。

 行きのバスの中、普段と変わらない会話をしてみるものの、安堵はしたもののあの時の二人の会話が気になって、時々意職が外に吹き飛ぶ。

 その度に、気にかけて来る瑞樹に、疲れが出てるから…なんて言い訳をしながら、葵は何とか聖樹のいる病院まで辿り着く事が出来た。

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