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#3 体育祭(前編)

 十月の頭、後一週遇間もすれば、体育祭が始まる。何だか慌ただしい気がする。

 体育祭では、クラスごとにブロックを組んだ三年までの対抗試合と合わせて、部活対抗のリレーが有る。この部対抗試合は来年の運動部の予算分けの対象にもなっていたため、どの部も本気に取り組んでいた。

 その事を見越して、この陸上部からも、既に八人が選出されていた。

 リレーとは100、200、400メーターを三、三、二の割合いで走る競技である。

 聖樹はもちろん100メーターを、そして何とか滑り込みで、葵が200を走る事になった。

 それから、アンカーは部長と決まっているために、400は忍と始めから決まっているのである。

 その上、総体の時期も重なるため、この時期、部活は忙しくなる。

「気を緩めるなよ!」

 それが部内の合い言葉となっていた。

 部活は、マネージャーと部長の意見を取り入れたきつい基礎練習メニューと、各種目別の練習が用意されていた。

 葵は、ハイジャンプをそのまま専攻させてもらい、他の人達より低い背をカバーするだけの跳躍力を発揮して、忍の次に配録を持つだけの選手になっていた。

「結構やるもんだな。さすがあれだけの事は言って退けるだけのことあるよ。あいつ」

 部内でも葵の実力は評価されていた。

 葵は持ち前の負けず嫌いと、穏やかな人当たりですぐに部に溶け込んだ。

 瑞樹は、そんな葵に練習メニューのアドバイスをしてくれるし、忍は直接的な指導を。聖樹は、部活を一緒に行く仲問。少しぎこちなくも有るが葵に接してくれた。

 そして何時しか、葵、瑞樹、聖樹、忍は行動を共にするようになっていたのである。


「瑞樹さん!ブロック対抗。一緒のブロックですね!」

 部活が終わって一息着いている時、葵は思わず語りかけていた。

「だよな!お互い頑張ろうぜ!……と言いたい所だけど、オレ、運動できないからな」

「あ……」

 そう言えば、心臓が悪いとか聞いた気がするのを思い出した。

「すみません」

「謝る事無いよ。その分、仮装の方ははりきってるから!見てくれよな!」

 いつでも笑ってるこの人が、何だか不思議に感じられる。

「仮装って何をするんですか?確か三年生だけの演目ですよね?」

 この学校は変わった趣向をするなと驚かされる。

「西遊記!オレ、三蔵法師の役やるんだぜ!シナリオも担当して書いてるから楽しみにしておいてくれよな!」

「シナリオまで手掛けてるんですか?凄いなあ……」

「忍のクラスは、封神演技だってよ。太公望やるんだっけかな?確か、聖樹が同じブロックだったような気もするけど……」

 ちらりと横を見る。

「瑞樹!あまりどのクラスがどの演目をやるかなんて言いふらすなよな?当日の楽しみがなくなるだろうが!」

 忍がギロリと睨み付けて来た。

「おお、怖〜い!」

 そこでドッと笑いが起こった。

「一年は、相変わらず騎馬戦だよな。あれ心臓に悪いよ、見てて!やってる方は命がけなんだろうけど」

 瑞樹は、やったことが無いから、客観的な意見でそう言い放った。

「疲れるだけだよな。特に下にいるやつは……」

 忍は思い出したくも無い記憶を持っているのかゲンナリしている。

「忍の騎馬、潰れたんだよな?確か!」

 大口開けて笑っている瑞樹は楽しそうだ。

「ボクも見たよ、上に乗ってた人がフラフラバランス悪そうだなって思ってたら、突然だったよね」

 滅多に語らない聖樹さえ、この話題について行っている。

 独リ取り残されてしまった気がした葵は、何だか寂しい気がした。そんな時、

「そうだな〜葵は、今年初めてだから、オレの分も体育祭の醍醐味を味わってくれたら嬉しいよ。きっと、東京にいた頃の体育祭とはまた違った感じがつかめると思うから……」

 瑞樹が葵の気持ちを察してか、そっと言い添える。何だかあったかい気持ちになる。

 でも、何故東京にいた事を知っているんだろうか?一度も会った事が無いのに。疑闘に思ったが、誰かに聞いたのかも知れないとそう解釈した。

 空には既に、冴え冴えとした月と星が瞬いていた。

「さて、そろそろ寮に帰るか。門限になる頃だし」

 ひとしきり、会話も弾んだ事だしと一同は、部置前のアスファルトの階段から立ち上がり夜道を歩き出した。

 

 そして、体育祭当日がやって来る。

 地方からこの日の為に集まって来た、親御さんや、小中学生。はたまた、近くの高校生の連中がこの二子高校に集結して盛り上がった。

 A組からE組までのブロックで争われる全ての競技は、一年の騎馬戦に集中していた。

 ブロックごとに色分けされているはちまきが翻る中、応援旗がトラックの外でも風になびいている。

 第一団の騎馬は、A組が勝利を収めた。

 葵と、聖樹は第二団と、第三団に別れていた。

 砂埃が舞い上がる中、今、第二団の騎馬隊はB組とD組との一騎討ち。葵は、騎馬の先頭に立って近づいて来るD組の騎馬を蹴散らしながら猛然と指揮していた。

 上に乗っている、小柄な清水が上手く頭の上の紙風船をカバーしながらヒョイヒョイと敵を交わし、且つ敵の頭に有る紙風船を叩き潰している。

 敵があと一騎となったところで、終了の笛が鳴った。残りの数からして、D組の圧勝であった。辺りから歓声が沸き立つ。

 葵は気分が良かった。こんなに晴れ晴れした体青祭の競技を味わうなんて、初めてではなかろうか?そんな気がして来る。

 騎馬を崩し、所定の位置に着こうとした時、何故かDブロックの応擬団の中に瑞樹の姿を発見した。すると大きく手を振っている盗が目に入った。その姿に、ガッツポーズをして見せてみる。

 しかし、どう言う訳か瑞樹は大袈裟に吹き出していた。どうして吹き出したのか解らなかったが、背後から清水が、

「ズボン、ずり落ちてるぞ!」

 忠告を受けて、直ぐさまズボンを引き上げた。

 そんな事をしている間に、葵が気付いた時には、ピストルの音を合図に、第三団の騎馬隊が既に砂埃をあげていた。

 C組の聖樹の乗った騎馬隊を捜そうと、葵は目を見張っていた。本当なら自分のブロックを応援しないといけないはずなのに、気持ちは裏腹であったのだ。

 小柄で、華奢なナリをしているが、聖樹の負けず嫌いな所が目に見えて明らかである。

 だけど葵の目に映る、奮闘している聖樹の姿は何だか可愛く思えてしまう。

 しかし、E組の騎馬が後ろから近づいて来て聖樹の紙風船をひったくろうとしたのが災いしたのか、聖樹の身体が、大きくグラリと揺れた。

「あっ!」

 声を発する問も無く、聖樹の身体は落馬したのである。直接地面に放り出された形になった聖樹は立ち上がる事無く、地面に突っ伏していた。葵はすかさず、駆け出した。

 まだ他の騎馬が争っている中、中央の聖樹の側に駆けつけて行った時、それよりも先に、忍がその堀に駆け込んで来ていたのを目にした。

 蒼白な顔をした忍は、聖樹の身体を抱えると、救護隊のテントに運ぼうと辺りを見回す。

「部長!あっちです!」

 葵は駆け寄りながら、忍に救急処置のテントの場所を指し示した。

「サンキュー」

 それだけ言い残すと、一目散に駆け出した。その後を、C組の騎馬隊の一部と、葵はついて行った。

 救護隊のテントは、西側の木立の影に用意されていた。そのテントの簡易ベッドに聖樹は横になっていた。

「あの。聖樹の具合は?」

 医務の先生の渋い表情から察するに、そう良い具合とは言い切れなかった。

「脳震盪を起こしていますね。一度、近くの病院に運ばないとなんとも……」

 辺りの生徒からざわめきが起こった。心配しているのが手にとって解る。

「担任の先生を呼んで来てもらえますか?私が出て行ったら、この後の事が心配ですので……」

「はい!」

 C組の生徒の一人が直ぐさま行動に出た。が、

「オレが、付き添います!」

 突然、忍が真剣な顔で医務の先生に言い放った。

「しかし、君は、この後の競技が有るでしょう?ダメですよ。ここは担任の先生に任せておきなさい」

 忍は苦い顔をして黙りこくった。

「忍!ここは、先生に任せて!他の仲間に迷感かける訳には行かないだろ」

 何時の聞にやって来たのか、生徒の間を潜って瑞樹が、背後から現れた。

「……」

 黙って何かを考えている忍。

「あと、我が儘一つ聞いてくれたら嬉しいんだけど……部対抗のリレー、聖樹の代わりに、オレ出るから!」

 耳を疑ったのは葵だけでは無かった。忍そして、周りの生徒が一斉に瑞樹を見た。

「瑞樹!お前何言っているんだ!そんな無茶させる訳に行かないだろう」

 俄然とむきになっている忍に対し、瑞樹はこれ以上ない笑顔で、

「大丈夫!これ一度きりだって!最後くらい華持たせろよな!」

「瑞樹……」

 忍は、一度視線を地面に移したが、フッと吹っ切れたかのように、

「分かった。ただし、負ける事は許さないからな。絶対勝てよ」

 どよめきが起こった。葵にはこのどよめきが、何を意味するのかこの時には解らなかったが、後でハッキリと解るのであった。

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