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異世界の可能性

 


 寝室に引きこもることを決めた私は、しっかり鍵をかけてから服を着替え、化粧を落としてベッドへと横たわった。


 私のベッドじゃないみたいに知らない匂いがするのに、不思議と安心する。

 なんでだろ、同じ寝具だからかな?

 ……あ、枕二つあるや。


 どうしよう、一緒に寝なきゃいけないのかな。

 ……嫌だから、何か適当な理由をつけて別々に寝よう。


 それにしても、本当にどうしてこうなったんだろう。

 くどいようだけど、もう一度今日の日付と頭を打った痕跡や体に異変がないかをチェックし直した。



 そういえば、喉乾いたの忘れてたな。

 けどしばらく一人になりたいし……我慢するしかないか。


 そんなことを考えていると、ドアノブがガチャついた直後にガンガンと荒いノックをされた。


 恐怖に縮み上がっていると、ドア越しに荒々しく呼び掛けられる。



「柚子ォ! てめェまた鍵かけやがったな! ざけんなよマジで、ケンカしてもかけねェってこないだ約束したばっかだろォが!」


「ヒッ! す、すみません! 今開けます!」



 慌てて鍵を開けて謝ると、男は不機嫌そうに『次、鍵かけたらマジ罰ゲームな』と言いながら水の入ったコップを手渡してきた。



「え、水?」


「は? 喉乾いてねーの?」


「乾いてますけど……」


「じゃあ飲めば?」


「……そうですね。ありがとう」



 なんかもう、とっくの昔にキャパオーバーしすぎて、どうして分かったのか聞く気も起きないや。


 男は怪訝そうに首を捻ったものの、深く追求せずにキッチンへ去っていった。



 ……よし、とりあえず一旦水を飲んで、落ち着いてから混乱した頭を整理しよう。





 今朝、家を出るまでは何もかも普通だったはずだ。


 まず電車の中で変な現象が起こって、会社が少しおかしくなってて、帰宅したら知らない男がいた。


 これは私が何か頭の病気になってしまったのか、記憶障害なのか、それとも別の世界に紛れ込んでしまったのか。


 我ながら馬鹿げたことを、と思うけれど、個人的には別世界に来た説が有力だ。

 なので、ちょっと『別の世界』で検索してみた。


 アニメやゲームが殆どの検索結果に落胆しつつスクロールしていくと、異世界体験まとめ、とかいうのを見付けた。

 もしかすると、私のような人が他にもいるかもしれない。

 藁にもすがる思いで、私はそのリンクを叩いた。




 ▼△




 数分後。

 平行世界やパラレルワールドというのが高確率で存在するらしい事を知り、私は愕然としていた。


 平行世界、裏世界、異世界等と呼ばれている場所に行ったと言う人の体験談がオカルトな掲示板に書かれていたから幾つか読んでみたけど、概ね私の体験していることと同じだ。


 同じようで同じではない。

 知人の明らかな変化や、言い表しようのない違和感。


 これは、完全に平行世界に来てしまったってことで間違いないだろうと思う。


 ネットの……それも、オカルトの掲示板を鵜呑みにするなんて馬鹿馬鹿しい事だけど、今はそうしないととても精神を保てそうにない。


 それに、平行世界だって言うなら何もかもに説明がついてしまう。


 どうしたら元の世界に帰れるのかを調べてみたけれど、大体の人は数年経ってから、来たときと同じように前触れもなく戻れた……らしい。

 またある人は、違和感を感じてすぐにもとの道順を引き返したお陰で難を逃れていた。



「おい、柚子」



 私の場合は、きっと前者だ。

 偶発的にしか帰ることができない。


 数年もの間、こっちで生きなくてはならないのか。

 数年……佐藤先輩と深雪の結婚式にも出席しなきゃいけないだろうし、なにより悪い人じゃなさそうとはいえ、知らない男と一つ屋根の下なんてムリ。



「ユズ?」



 色々な体験談を読む限り、こっちの世界の私(便宜上、以降ワタシと呼ぶ)が、今まで私がいた世界に行ってるってことだよね……?


 あわよくば佐藤先輩との距離を縮めてくれたり……は、しないだろうな。

 あんなチンピラみたいな男と付き合ってる時点で。


 重くなるばかりの頭を抱えて大きな溜め息をつくと、背後から気まずそうな声が降ってきた。



「……なァ、お前誰だ?」



 心臓が口から飛び出るんじゃないかってくらい驚いて、それから自分の失敗を悔やんだ。

 集中しすぎて人の声に気付かなくなるのは私の悪い癖なのに、またやらかした。


 ていうか、それこっちの台詞だし。

 私、あなたが誰か知らないんですけど。



「お前、中原柚子だよな?」



 男の問いかけに、私は小さく頷く。

 私が中原柚子であることは、紛れもない事実だし。

 この人が知ってる中原柚子じゃないのかもしれないけど。



「なんで呼んでも返事しねーの」


「ごめんなさい、ちょっと考え事してて……」


「あと、帰ってきてから俺のこと一回も名前で呼んでねェけど、なんで?」



 早鐘を打つ胸に、お守りのようにスマホを押し当てる。


 どうしよう、ヤバい。

 もし、私がこっちの世界のワタシじゃないってことがバレたらどうなるんだろう。

 どうしよう、どうしよう。



「誰にそそのかされたか知らねェけど、その記憶喪失みたいに振る舞う冗談、笑えねーから。俺が笑ってるうちにやめろよ」



 手足の指先が冷えて、震える。

 心臓は忙しなく動いていて、頭はぐらぐらと揺れているような気さえした。


 こんなに不安と恐怖で頭が一杯になったのは生まれて初めてだ。

 頭の隅で他人事のように考えながら、手汗でじっとりした掌を丸める。



「ごめん、なさい……」



 震える唇からどうにか言葉を絞り出すと、男の怒気が緩んだ。



「あ、いや……悪ィ。俺も怒りすぎた。もう怒ってねェから、そんな顔すんなよ」



 ぎこちなく笑った男が隣に腰を下ろして、私の頭に手を伸ばしてくる。

 それを咄嗟に遮ってしまい、もう言い逃れは出来ないと思った。



「ご、ごめんなさい。違うんです。本当に分からないんです」


「は?」



 視線はずっと下に向いたまま。

 上げることなんて出来ない。



「私、たぶんだけど、平行世界から来たっぽくて……柚子だけど、あなたが知ってる柚子ではないというか」



 震える声で必死に説明しようとして、言葉に詰まる。

 こんな話、信じてもらえるわけがない。

 どうしよう。


 きつく目を閉じて、冷えきった指先を祈るように温めていたら、不意に熱くて大きい掌が私の背中を優しく擦った。



「とりあえず落ち着け。話、ちゃんと聞くから」



 あれだけ嫌悪して触れられることが怖かったのに、男に背中を擦られる度に不思議と震えが治まっていく。

 この男は、私が落ち着く方法でも熟知しているのだろうか。


 恐る恐る男を見上げると、心配そうに私を見つめる瞳と視線がぶつかった。

 自分でも意味不明な事を口走った自覚はある。

 私が同じことを友達に言われたら、きっと笑って「疲れてるんじゃないの」なんて流してしまうかもしれない。


 それなのに、この人は本気で話を聞こうとしてるんだ。


 私は、私の中に渦巻いていた警戒心がホロホロと解けていくのをぼんやりと、けれど確かに感じていた。

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