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フェランディスの問題処理係  作者: 雲居瑞香
第2章 異国の花祭り
6/43

【1】

今日から新章です。長いです。








 リノの知らせを受けた第二王子ベレンガリウスは、すぐさまデラロサを発った。共を十人ほどつれ、騎馬でまっすぐ王都ナバスクエスに戻った。その共の中にはリノと、さらに第三騎士団隊長アミルカルが含まれている。

 ならば、残された大半の第三騎士団はどうしたかと言うと、王の甥であり、ベレンガリウスの従兄でもあるフアニートに任されていた。まあ、言ってしまえばベレンガリウスは従兄にすべてを丸投げしたのである。それだけ、従兄を信用している、と言うことではある。なんだかんだ言ってこの二人、仲は良いのだ。

 行きは八日駆けて進んだ道のりを、五日で駆け抜けたベレンガリウス一行は、五日目の夕刻には宮殿に到着していた。


「あわただしい行軍でありましたね」


 そう言ってベレンガリウスたちを出迎えたのはヒセラであった。その隣にはディエゴがいて、泣きださんばかりである。


「殿下ぁぁあああっ。よくお戻りくださいました……!」


 もう宰相閣下と私では陛下をお止めすることもかなわず、とディエゴは訴えた。まあ、それはそうだろう。剛勇イバン王に意見できるものなど、限られている。よほどの命知らずだけだ。そして、それがベレンガリウスなのである。


 イバンとしても、そう簡単にベレンガリウスを廃せない理由がある。いくつか理由があるが、やはり、内政のほとんどをこの優秀な第二王子に頼り切っているところだろう。うっかり排除すれば、フェランディスはたちまち立ち行かなくなるに違いない。


 とはいえ、ほとんど休憩も取らずにデラロサから駆け戻ってきたベレンガリウスたちだ。疲れていたし、すでに夕刻だ。すべては次の日にしようと言うことで、とりあえずは休むことにした。


 そして翌日。昼までにはギジェン侯爵罷免事件は片付いていた。罷免を免れたギジェン侯爵はベレンガリウスに感謝し、言った。


「彼のお方がすべてを取り仕切ってくださればいいのに」


 イバン国王は気に入らなければ『殺せ』を地で行く人なので、文官にとっては恐ろしい存在なのである。その点、ベレンガリウスは武人で多少短気ではあるが、物の道理がわかっている。腹黒い策略家ではあるが、意味もなく人を殺したりはしなかった。

 ちなみに、ギジェン侯爵を巡ってはイバンとベレンガリウスの間でかなりすごい舌戦が繰り広げられた。まあ、舌戦に持ち込んだ時点でベレンガリウスの勝利は目に見えているのだが。不遜な第二王子は、国王相手だろうと容赦などしないのだ。


 うまくギジェン侯爵罷免事件を丸く収めたベレンガリウスであるが、彼の御仁の機嫌はかなり悪かった。ギジェン侯爵の件が最大の問題であったが、他にも問題は山積みだったのである。


 フェランディスは王国だ。つまり、そのヒエラルキーの頂点に国王が鎮座する。ほとんどのことは国王の許可がないと決行できない。

 だが、宮廷側がどんな案を出しても、国王はなかなか許可を出さない。教育や福祉、医療、文化などに関することは、余計に腰が重かった。こういったことに関する許可が欲しいとき、官僚たちはベレンガリウスに泣きついてくるのである。この人なら、国王の許可をもぎ取ってくる、と信じているのだ。


 ベレンガリウスもその政策の重要性がわかるので国王に直談判に行く。しかし、このままではだめだ、と言うこともわかっていた。少なくとも、国王には宰相の意見くらいは聞いてほしいものである。


 半ギレ状態になりながらもベレンガリウスが政務を片づけつづけ、ようやくゆとりができたころの早朝。ベレンガリウスの私室のドアがどんどんとたたかれた。


「殿下、殿下!」


 実際にベレンガリウスを叩き起こしたのはヒセラだった。寝台に身を起こしたベレンガリウスに、彼女は容赦なく言ったものだ。


「殿下。一緒に来て下さい」

「……」


 早朝からたたき起こされ、眠い第二王子は半眼になった。上半身を起こして額を押さえる。ボーっとしていた。三つ編みにして左肩にたらした金髪もぼさぼさだ。さらに揺さぶられる。


「何してるんですか、起きてください」

「今……何時……」

「午前四時です」

「まだ日も登ってないじゃないか……」


 そう言いながらベレンガリウスは起きだした。寝台からはい出て、靴を履き、ガウンを羽織ると立てかけてあった剣を手に取った。首の後ろをかきながら、ヒセラに問う。


「で、何があったんだ……」


 朝たたき起こされることは多いが、こんなに朝早いのははじめてである。ヒセラに続いて廊下を歩きながら問うと、こんな時間でもしゃきっとしている侍女は言った。


「アドラシオン様に夜這いがあったそうです」


 ベレンガリウスはへえ、とうなずいた。言葉が右から左に通り抜けている。しばらくしてから、「ん?」と声をあげた。


「今、アドラシオンって言った? マルセリナではなく?」

「ええ。言いました」


 時間も時間だし、はばかられる内容なのでヒセラの声は小さい。言われてみれば、宮殿の王女や側妃たちが暮らしている辺りに向かっていた。


 フェランディス国王イバンには正妃を含め三人の妃と八人の子供がいる。マルセリナは第四王女で現在十七歳。アドラシオンは第六王女で末っ子だ。まだ十歳である。ベレンガリウスが聞き返したくなるのも無理ないだろう。

 目的地は第六王女アドラシオンの私室である。そこはひっそりとしていたが、多くの人が集まっていた。全員女性だ。


「ベレンガリウス殿下」


 一番身分の高そうな女性……つまりイバン王の第二妃がベレンガリウスに向かって頭を下げた。第二妃は王の妻であるが、その地位は宮殿内で王の子である王子王女たちより下になる。これが正妃だと話は変わってくるのだが、今ここに、ベレンガリウスの生母でもある正妃は居なかった。


「エリカ殿。一応ざっくりとした説明は聞いたが、何故私を頼る」


 ベレンガリウスが少々恨みがましく第二妃エリカに訴えると、四十を越えたばかりの彼女は「申し訳ありません」と悪びれなく微笑んだ。


「殿下なら問題なく解決してくださるので」


 思う、などと言う言葉も入らない確信だった。ベレンガリウスはため息をつく。


「私は問題処理係ではないんだがなぁ」


 そう言って空いている手で首を撫でつつ、アドラシオン付きの侍女に尋ねた。


「アドラは中か?」

「はい……その、ひどくショックを受けられていて」

「そりゃそうですね」


 と相槌を打ったのはヒセラである。ベレンガリウスは彼女を振り返り、「そんなもん?」と無神経に尋ねた。ヒセラが深くうなずく。


「そう言うものです。いいから、さっさと解決してきてください」

「はいはい……」


 自分の侍女にもせかされ、ベレンガリウスはアドラシオンの寝室に足を踏み入れた。ベッドの上には誰もいない。部屋の隅で丸くなっているのがアドラシオンだ。今から、ベレンガリウスはこの小さな妹を説得しなければならない。


「アドラ」


 名を呼ぶと、びくっと小さな肩が震えた。夜這いは未遂であったらしいが、犯人はすでに逃走済みだ。アドラシオンの侍女が異変に気付いたので割って入ったらしいが、この小さな妹はさぞ怖い思いをしただろう。犯人を見つけたら指を指して『幼女趣味ロリコン!』と罵倒してやろう。


「アドラ。そばに行くぞ」


 一応そう声をかけ、ベレンガリウスはアドラシオンの向かい側に胡坐をかいた。剣を床に置き、煩わし気に三つ編みを肩の後ろに放る。


「アドラ。よく聞け。今日起こったことは、全て『なかったこと』にする」


 顔を伏せていたアドラシオンはゆっくりと顔をあげた。大きな薄茶色の瞳がベレンガリウスを見つめ返してきた。


「王女を襲ったとなればそのものは重罪だが、同時にお前も非難されよう。悪いが、耐えてくれ」


 十歳の女の子には……と言うか、女性全体の反感を買いそうな言葉である。ベレンガリウスはそのまま泣き寝入りしろと言っているに等しい。


 第二妃エリカがベレンガリウスを叩き起こしたのは、この第二王子ならことを荒立てず、秘密裏にことを解決してくれると信じているからだ。そして、確かにベレンガリウスには可能なことだった。

 犯人を見つけ、秘密裏に制裁を加える。それが、ベレンガリウスがエリカに頼まれたこと。そのためには、アドラシオンの説得がどうしても必要だった。彼女が被害者であるからだ。


「陛下なら、きっと声高に犯人を問い立てて無理やり引きずり出して処刑するだろう」


 だが、そうなればアドラシオンが襲われかけた、という事実も表ざたになる。王女としても、また、単純に十歳の女の子としてもつらいはずだ。

 そうしないために、ベレンガリウスはアドラシオンに「なかったことにする」と言うのだ。


「わかるな?」


 幼い少女に残酷なことを言う。だからベレンガリウスは『非情! 悪魔! 冷血漢!』などと言われるのだが、行動は常に合理的なのである。


「もちろん、犯人を見つけて相応の罰は与えてやる」

「ほんと?」


 初めてアドラシオンが反応を見せた。ここぞとばかりにベレンガリウスは微笑み、力強くうなずいた。


「本当だ。私が嘘をついたことがあったか?」


 そう尋ねると、アドラシオンは鼻をすすりながら言った。


「私の誕生日……来てくれなかった……」


 ベレンガリウスはうっとうなった。そこを突かれると痛い。


 別に忘れていたわけではない。アドラシオンは最近誕生日を迎えたばかりなのだが、その誕生日会が開かれた日、招待客の一人であった第二王子はデラロサ城塞にいたのだ。つまり、そう言うことだ。


「それは……悪かった。すまん」


 潔く謝り、ベレンガリウスは話を戻した。


「とにかく、犯人の件は本当だ。だから、お前も、苦しかろうが『なかったこと』にしてくれ」

「……お兄様がそう言うなら、わかった」


 聞き分けの良いアドラシオンに、ベレンガリウスは微笑み頭を撫でた。


「いい子だね。何か欲しいものはある?」


 もので釣ろうとするあたり、ベレンガリウスも後ろ暗いのかもしれない。誕生日会に出席できなかった引け目もある。


「来年の誕生日は、ちゃんとお祝いに来て」

「……善処はするけど何気に難しいお願いだね……」


 アドラシオンのお願いは可愛らしいが、同時にベレンガリウスにとって難易度が高かった。この王子は急に王都を不在にすることも良くあるので。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


正直この辺はあまり関係ないんですよねー。

第二妃エリカは宮殿の裏の支配者(笑)


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