【9】
長期間国王不在と言うわけにもいかないので、ベレンガリウスの戴冠式はトーレス領での騒動から一か月後、初秋に行われた。聖堂で行われた戴冠式で王冠、王笏、宝珠の三つを渡され、正式に国家君主として認められたことになる。
ベレンガリウスの王としての呼び名は、少し揉めた。このままベレンガリウス王と名乗るか、ベレンガリア女王として名乗るかということである。最終的に本人の希望で、ベレンガリウスは『ベレンガリア女王』と名乗ることになった。ベレンガリアと言う女王はフェランディスでは二人目なので、『ベレンガリア二世』ということになる。
ベレンガリア二世の君主としての最初の仕事は、国葬であった。父イバン王と兄クリストバル王子の葬儀である。女王となったベレンガリウスが喪主を務めたのだ。
二人の遺体は、フェランディス王族の陵墓へと移された。この葬儀には多くの国民が献花をしたが、それが本当に王子と王を悼んでいたのか、新しい女王の尊顔を拝みに来たのかはよくわからない。
女王として即位した以上、当然であるが、ベレンガリウスの女王としての正装はドレスである。つまり、戴冠式でも葬儀の時でもベレンガリウスはドレス姿であったと言うことだが、普段は相変わらずの男装であった。
ベレンガリウスが女王になったほか、いくつか変わったことがある。宰相はエフラインのまま据え置き。第三王子サルバドールは、オルティス公爵を継いだ。本来の後継ぎであるフアニートは、女王として即位したベレンガリウスと結婚することになっていたためだ。そして、もともとのオルティス公爵であるアドリアンは隠棲する、と言って引っ込んでいったが、隠棲先は北部のデラロサ、つまり、ロワリエ王国との国境である。狙っているとしか思えない。
マルセリナとフィデルの結婚式はまだできていない。ベレンガリウスの戴冠式の方が早急の問題だったためだ。
イバン王の王妃エカテリーナはベレンガリウスの王子時代の領地であるアラーニャ地方に移った。第二妃エリカと第三妃レアンドラは、修道院に入ることになった。ベレンガリウスは止めたのだが、二人ともにっこり笑って「行ってきます」と言って出て行ってしまった。
幼い妹二人、デイフィリアとアドラシオンは、何の因果かベレンガリウスが養育することとなった。アレハンドラとその子供たちは、実家に帰ることとなった。
第一騎士団から第三騎士団は、全て女王預かり。ベレンガリウスとフアニートが正式に結婚すれば、騎士団の一部は王配に預けられることになるだろう。
さらに、葬儀から間もなくしてトーレス領が返還されてきた。もちろん、宣言通りフェランディスが買い上げた形であるが、サンティアゴ王ライムンド三世は、ベレンガリウスの即位祝いとして大量の宝飾品を送りつけてきたので、領地を買い戻してもむしろ益が出たという不思議な状況である。
となると、トーレス領を治める人間も必要になってくる。とはいえ、すぐには決まらないので、ベレンガリウスが引き上げてくるときに残してきたアミルカル率いる第二騎士団をそのまま残し、総督府を作り文官を派遣した。しばらくはこの状態が続くだろうが、ベレンガリウスは、マルティン男爵家の三兄弟のうちだれか一人をトーレス領にやろうとこっそり思っている。
それなりに忙しく、しかし今まで通り順調に政務を行っていたベレンガリウスの元に、客人が訪れた。帝国からの客人だ。
「即位おめでとう、ベレンガリア女王」
「……ありがとうございます。というか、お国を離れてよろしいので?」
礼を言いつつそんなことを気にしてしまうのは、ベレンガリウス自身も君主となったからだろうか。客人とは、ハインツェル皇帝夫妻だった。
「構わん。人質に宰相を残してきた」
「……はあ。それはフォーゲル公爵もお気の毒に」
思わず同情してしまうベレンガリウスだった。ちなみに、胃が弱いなどと言われ続けたベレンガリウスは、王子でも女王でも胃が痛いので、本当に胃が弱いのかもしれない。
「ベガ! おめでとう!」
いつでもぶれない帝国皇妃ニコレットはベレンガリウスの手を取って上下に振った。
「お手紙、読んだわよ。予言者の真実。なるほど~って思っちゃった」
「おや、妃殿下をうならせることができたのなら、気合を入れたかいがあったと言うものです」
などとさらりと言ってのけるベレンガリウスであるが、この御仁、今日はドレス姿である。ドレスを着ていても貴公子風、などと最近は言われている。余計なお世話だ。
なお、同い年であるはずのニコレットとベレンガリウスが並ぶと、ベレンガリウスの方がやや迫力がある。
「しかし、私の推察もおそらく、予言の一側面でしかないのでしょう」
「そうね……奥が深いわ」
神妙な表情になる女王と皇妃である。内容は深刻なように、微妙にあほらしい。
それからふと、ニコレットが言った。
「そう言えばベガ。実はちょっと元気ない?」
「……どうでしょうね?」
実は、臣下たちにも『テンションが低い』などと言われて心配される。そんなに普段のベレンガリウスはテンションが高かったのか?
「はっ。もしかしてマリッジブルーと言うやつ? フアニートさん、かっこいい人だったじゃない。ヴォルフ様には負けるけど!」
「さらっとのろけないでください」
そんな暴走気味のニコレットを抱き寄せるヴォルフガングもヴォルフガングである。ため息をついたベレンガリウスに、ヴォルフガングが言った。
「君主同士、少し話をしないか?」
「……」
ヴォルフガングは笑って見えたが、本当に笑っているのかはさしものベレンガリウスにもわからなかった。
△
最近めっきり涼しくなった。秋薔薇も満開だ。ニコレットはマルセリナとヒセラを案内人に、庭を散策していた。ベレンガリウスは東屋でヴォルフガングと向き合っている。
「先ほども言ったが、即位おめでとう」
「……ありがとうございます」
改めての祝辞に、ベレンガリウスも改めて礼を言う。その表情を見て、ヴォルフガングは苦笑した。
「うれしくなさそうだな」
「……そう見えますか?」
尋ね返したベレンガリウスに、ヴォルフガングは「ああ」とうなずいた。
「お前が自分の正体に気付いたのなら、手を貸すと言ったが……まさか、自分が死んだら攻め込んでくれ、と言われるとは思わなかった」
ベレンガリウスがサンティエゴとまみえる前、帝国に手紙を出した。その手紙は、ハインツェル皇帝ヴォルフガングに宛てたものだった。
「私と兄上の両方が死んだら、です。片方が生きている場合は、そちらがフェランディスを統治する予定でした」
サンティアゴに中途半端な統治をされるくらいなら、帝国に飲みこまれた方がましだと思ったのだ。まあ、それは杞憂に終わったのだが。
「お前、兄を殺して王位を継承したそうだな」
ヴォルフガングが核心と思われるところをついてきた。ベレンガリウスは静かに答える。
「そうとられてもおかしくはないと理解しています」
「俺は、お前が初めからこの国の王になるだろうと思っていた」
ベレンガリウスは首をかしげた。ヴォルフガングはそれを見て微笑む。
「順当に行けば、お前の兄が王位を継いだはずだ。しかし、フェランディスの外側から見ると、お前の兄は、お前を王にしようと動いているように見えた。自分の評価を自分で下げているのではと」
「……そうだったのかも、しれません」
今ではもう確かめようはない。答えを知っているクリストバルは、もう死んでしまったのだから。
クリストバルは本来、ベレンガリウスなんかよりずっと愛情深い人間だったのかもしれない。これだけ対立していたベレンガリウスを『愛している』と言った。ベレンガリウスには、その思いに返す思いがない。
ただ、ベレンガリウスの今の立場は、クリストバルの命で賄われているのは確かだ。
「俺は、ニコラの前の妻を三人斬り殺した」
「……知っています」
ヴォルフガング帝が妻を斬り殺した、という話はあまりにも有名だ。
「俺の今の幸せも、その三人の上に成り立っている。まあ、三人がいたから俺はニコラに出会えたわけで」
「知ってます? 私今女王なんです。のろけるなら国外退去をお願いいたしますが」
どこかで聞いたようなセリフを吐きつつ、ベレンガリウスは言った。ヴォルフガングは謝りつつも言葉を続けた。
「お前も、とらわれ続けるのはよせ。ニコラによると、過去は話すことで思い出にかわるのだそうだ」
「……思い出」
「ああ。実際、俺はそうなった」
きっと、ヴォルフガングはニコレットに聞いてもらったのだろう。ベレンガリウスが話すとしたら、相手は一人しかいない。
「先輩君主としての俺からの助言だ。大丈夫。お前ならいい国王になれる」
「……はは。ありがとうございます」
事実としては、話すだけで終わるようなものではなく、もっとややこしいのだが、確かに話しあってみるのはいいかもしれない。
何より、ヴォルフガングが何気に心配してくれたとわかるので、むげにはできない。
「……陛下、たまにずれてるって言われません?」
「お前、女王になっても絶好調だな」
基本的に、君主同士の語らいはこんな調子である。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
あと一話です。まだ書いてる途中だけれども……。