表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェランディスの問題処理係  作者: 雲居瑞香
第5章 その真実の名は
40/43

【8】










 ライムンドは約束を守った。まあ、トーレス領の返還はまだだが、トーレス領自体からは撤退していった。一応、ベレンガリウスも抑えとして一軍を残してあるが、おそらく、押さえ以上の意味はないだろう。

 ベレンガリウスは兄とトーレス公爵の遺体とともに王都へ帰還することになった。その間、ほとんど誰も口を利かなかった。


「クリス様!」


 ティヘリナ宮に戻ってきたとき、真っ先に飛び出してきたのはアレハンドラだった。先に伝令をやり、クリストバルが殺されたことを伝えてあったのである。

「遺体の確認を」

 ヒセラが従姉でもあるアレハンドラに、棺の蓋を開けて中を見せた。覗き込んだのはアレハンドラだけではなく、サルバドールと宰相のエフラインもだった。

「……え、何これ。何かのドッキリ?」

「さすがの私もそんな趣味の悪いことはしない」

 疑ってかかってくるサルバドールに、ベレンガリウスは平坦な声で答えた。サルバドールはいつも快活な第二王子の顔を見て、口をつぐんだ。


「あなたがクリス様を殺したんでしょう!?」


 アレハンドラが自分より背の高いベレンガリウスにつかみかかった。ベレンガリウスはされるがままだが、アレハンドラではベレンガリウスを締め上げることもできない。


「あなたが、あんたなんかに――――!」


 そう思われても仕方がない。クリストバルが死ぬ直前までベレンガリウスはそばにいて、そして、二人はどちらかが王になる、と言われていた。他方が他方を殺しても何も不思議ではない。

「義姉上! 兄上はそんなことしませんよ!」

 むしろサルバドールが怒ってアレハンドラを引き離した。アレハンドラはサラに何かをわめいていたが、途中で泣き声に変わった。

「……さて。クリストバル殿下が亡くなったと言うことは、ベレンガリウス殿下が国王となられると言うことでよろしいですな?」

 エフラインが尋ねた。彼の気持ちもわかる。早く国のトップを決めてしまいたいのだ。責任の所在を明らかにしたいのである。

「……サラ。お前が王になることもできる。むしろ、私が女であることを考えると、その方が自然だ」

 というか、本当のイバン王の子であるフアニートの方が継承順位が高いのかもしれないが、彼はイバン王の子として認められていないので省かざるを得ない。

 わかっていたことだが、サルバドールは首を左右に振った。


「いや。僕には務まらないよ。兄上……陛下の戴冠式が無事終わったら、僕はあなたの臣下になる。クリス兄上が王になっても、そうしようと考えてた」


 ベレンガリウスの即位後もサルバドールが王位継承権を持っているのは、後に争いの原因になる。それを危ぶんでの彼の言葉だろう。彼には、一切王になる気などないのだ。

 どちらにしろ、ベレンガリウスはクリストバルに生かされた。なら、その役目を全うしなければならない。

「待ちなさい! 私の子は!? 第一王子クリストバル様の子供よ!」

「兄上は確かにイバン王の長子だけど、王太子ではなかった。だから、その子供に王位継承権は発生しない」

「それに、義姉上の子は二人とも女の子でしょ。女性でも王位を継げると言うのなら、それこそベガ兄上が王になるべきだと僕は思う」

 サルバドールが冷静にツッコミを入れた。アレハンドラとクリストバルの子は女児だった。彼女らが王になるのを認めるのであれば、ベレンガリウスが王になるのを認めたも同然だ。順序的にはベレンガリウスの方が優先になる。


「……そうだな。サラに与える爵位を考えようか」


 ベレンガリウスは静かに言った。それはつまり、王位を継承すると言うことだ。すかさずエフラインが膝をついた。


「陛下」


 それにつられるように次々と周囲が膝をついていく。あのアレハンドラですら、膝を折った。

 責任がのしかかる。これからフェランディスに関して、ベレンガリウスはすべての責任を負わなければならない。イバン王が存命の時から政務を仕切っていたベレンガリウスだが、それとはまた違う。あの時は少なくとも、最終的な責任者はイバン王だった。

 ベレンガリウスが守らなければならない。この国を、人々を。ベレンガリウスはその場にくずおれた。

「ベガ?」

 一番近くにいたフアニートが心配そうに呼びかけた。ベレンガリウスはそれに返答することなく。


 吐いた。
















 その後、疲れているのだろうと部屋に放り込まれたベレンガリウスであるが、別に疲れているわけではなく、どちらかというとストレスで胃に穴が空いた気がする。血は吐かなかったけど。


「ごきげんよう」


 誰もいないはずの私室の中で女性の声が聞こえたが、ベレンガリウスは驚くことなくそちらを見た。

「……言ったよな? 次に私の前に現れたら息の根を止めると」

 黒髪の魔女、メデイアだ。神出鬼没の彼女は赤い目を細める。

「ふふっ。あなたに私を殺せるかしら?」

「……」

 ベレンガリウスは机に寄りかかり、彼女を見つめ返した。

「いくつかわかったことがある」

「あら。何かしら」

「お前が、過去の幻影であることだ」

 ベレンガリウスは短剣を鞘から抜くと、すかさずメデイアに向かって投げた。彼女は微動だにしなかったが、短剣はその頬をかすめて背後の壁に突き刺さった。


「かつて魔法が存在した時代でも、千年の長きにわたって生き続ける人間などいない。しかし、魔女メデイアの存在は、千年前のエルピスの琥珀姫エレクトラ、サフィラ姫の手記にはっきりと示されている」


 彼の時代でも、メデイアは予言を言いふらしていたそうだ。

「だが、肉体的に人間が存在できるのは百二十年程度が限界だと言われている。魔法があった時代でもそれはさほど変わらないだろう。十世紀にわたって同じ人間が存在し続けるなど、できるはずがないんだ」

「なら、ここにある私の存在は一体どう説明するのかしら」

 にっこり笑って尋ねてきたメデイアに対し、ベレンガリウスは腕を組みつつ答えた。

「『記憶』だ」

「記憶?」

「要するに、お前は代々ずっと、同じ記憶を継承しているんだ。簡単に言うと転生と言うやつだな。だから、お前は肉体的には別の人間でも、記憶の上では同一人物なんだ。その千年前のメデイアと、今私の目の前にいるメデイアはな」

「……」

 今度はメデイアが黙り込んだ。つまり、ベレンガリウスの説明が核心をついていたか、もしくはまったくの大外れだったか、どちらかだろう。

 構わずに話を続ける。

「そう考えれば説明がつく。なにもあり得ない話ではないはずだ。文献を見れば、『聖人』と呼ばれたような人は、過去の記憶を持っていることが多い。民間信仰などでは、儀式によって『巫女』に先代の『巫女』の記憶を引き継がせていくようなこともあるそうだ。ちょうど、私が領主をしているアラーニャ地方のミレレス族などがそうだな」

 ベレンガリウスは小首を傾げ、わずかに微笑んだ。


「お前、ミレレス族の人間だろう? 本名はなんというの」


 その問いかけは、メデイアがベレンガリウスにした質問に似ていた。メデイアは細めた赤い瞳でベレンガリウスを睨み付けてくる。

「姿がほとんど変わらないのは謎だが、まあ、それは置いておこう。基本的に私は現実主義者だけど、魔法の残滓みたいなものが残っていても不思議ではないと思ってもいる。何より、そうでもないと、この状況に説明はつかないからな」

 それでもメデイアは何も答えない。

「ならまだ続けるが。お前が父に告げた予言は、私を滅ぼすものではなかった。私を女王にするための予言・・・・・・・・・だった。つまり、お前たちの策はうまく行ったと言うことだ。よかったな」

「……お見事、と言うべきかしら。現実主義者であればあるほど、私たちの正体には気づけないのに」

「さてね。お前はいろいろなヒントを私にくれたよ、メデイア」

 ベレンガリウスは彼女に歩み寄ると、壁に突き刺さった短剣を引き抜き、その細い首に押し当てた。

「お前は自分の予言が外れないと言ったな。つまりそれは、予言に関わる人々を思い通りに操っていると言うことだ。私の持論だが、情報は戦に置いて最も強力な武器だ。相手が知らない情報を握っていることは、それだけで有利になる。お前たちはそれを利用して立ち回っているんだ」

 彼女らは、自らが暮らす地方の領主となったベレンガリウスの情報を集め、それを元に行動を起こしていたのだ。先ほどベレンガリウスが言ったように、この人を王にするために。

「ハインツェル帝国皇妃ニコレット様の場合も私と同じだ。予言を与え、その予言通りになるようにお前たちは手をまわしたはずだな。ご苦労なことだ」

 ベレンガリウスは短剣を引き、鞘に納めた。それから言う。


「一つだけわからない。何故お前たちは私を女王にしようと考えた。私が女王になろうがなるまいが、関係ないだろう」


 二番目の子の予言が与えられたのは、イバン王の戴冠式の時。つまり、ベレンガリウスが五歳の時だ。その時点で、ベレンガリウスの何が見えたと言うのか。

「……あなたの予言を授けたのは、私の先代の魔女よ。あの人は、あなたを助けるように言った」

「何故?」

「知らないわ。私が魔女を継いだと言うことは、先代はもう死んだと言うことだもの」

 確かに。

「あなたが生きるには、女王になるしかないわ。わかっているでしょう?」

「……その代わりに、兄が死んだ」

「仕方がなかったわ。あなたを助けるためだもの」

 どこまでもかみ合わない会話。ベレンガリウスは一度納めた短剣を再び抜きたくなった。

「……行け。私がお前の息の根を止めないうちに」

「あら。殺されるのも覚悟で来たんだけれど?」

 メデイアが見慣れた妖艶な笑みを浮かべる。ベレンガリウスは「はっ」と軽く笑った。

「お前を殺しても、すぐに別の魔女が現れると言うことだろう?」

「……さあ。どうかしらね」

 メデイアは明言を避けた。そしてベレンガリウスが瞬きした一瞬の間に、彼女の姿は掻き消えた。この現象だけは本当に謎だ。


 おそらく、魔女メデイアとなった巫女たちは、自分の本当の名を覚えていないのだろう。そして、この魔力の薄まった世界で、次の魔女が現れるとは、到底思えなかった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


あと二話。果たして私はフラグを回収しきれるのか……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ