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フェランディスの問題処理係  作者: 雲居瑞香
第1章 デラロサ攻防戦
4/43

【4】

今日から10月ですよ。








 四月も半ばを過ぎたころ、ついにベレンガリウスが出陣することになった。ロワリエ王国との国境、デラロサ城塞で指揮を執っていた第一王子クリストバルが重傷を負ったのである。一時的に指揮官がいなくなったデラロサの軍は現在、クリストバルの腹心であるインファンテ伯爵が預かっているらしいが、王子の負傷は軍に衝撃を与えた。


 別に国王が出征しても良かった。むしろ、その方がよかった。国王イバンが宮殿に残っていても、内政面に関してノータッチなのだから政務が滞る。だが、イバンはベレンガリウスが一人宮殿に残ると、宮廷を内側から制圧すると思っている。絶対にないとは言いきれないので、ベレンガリウスも強くは否定できない。


 ベレンガリウスは留守をディエゴ・モランテ侯爵に任せ、フアニートとアミルカル率いる国軍第三騎士団を連れてデラロサ城塞に急いでいた。

 地形や気象にもよるが、歩兵もいる場合、行軍速度と言うのはそれほど速くはない。多くの人員の移動には多くの物資が必要なのである。国軍第三騎士団は五万の兵士を抱えるが、今回ベレンガリウスが動員したのは一万人。デラロサ城塞に第一王子が率いる第二騎士団が残っているはずだからである。正確な人数はわからないが、第二騎士団は六万の兵力がある。そのうち二万五千を動員しているはずだから、二万人弱は残っているだろう。

 ただ駆けるだけなら五日ほどの距離を、八日ほどかけて進んだ。それでも速い方である。騎士たちには無理をさせてしまったが、状況は思ったより良くなかった。


「完全に国境を越えてきてるんだな……つーか、報告書くらい様式を統一しろよ!」


 早速怒りの声をあげたベレンガリウスであった。慣れているのでフアニートもアミルカルも軽くスルーした。

 さて。重症で意識のないクリストバルを見舞った後、ベレンガリウスは現状第二騎士団を預かっているインファンテ伯爵に会った。

 インファンテ伯爵は三十代半ばの偉丈夫である。ベレンガリウスに言わせれば『脳筋』であるのだが、一軍を率いるのには十分な才覚があった。


「第二王子殿下、よくいらしてくださいました」


 全くそう思っていないであろう口調で言われても困る。ベレンガリウスは上座につくと、軽く手を振ってインファンテ伯爵の口上をとめた。

「前置きはいい。状況はどうなっている? ロワリエ軍は? こちらの軍も、どれだけの規模を保っている」

 矢継ぎ早に質問を繰り出す。報告書が役に立たなかったので、現状を一番把握している人間に聞くしかない。絶たれていた補給経路はベレンガリウスが王都から敷きなおしたので、現在は復活している。

 歓迎していないだろうが、インファンテ伯爵にとって、この状況が主に出会ったのも確かだ。一軍を率いることはできても、この状況を立て直すほどの才覚はなかった。押し付けられるのなら押し付けてしまいたい。

「ロワリエ軍は国境を越えたガラン平野に陣を敷いています。把握できるだけで、軍の規模は五万」

「五万か。思ったより少ないな……こちらは?」

「……先の戦いでだいぶ被害が出ましたので、一万五千ほどの兵力です」

「そうか……」

 クリストバルは二万五千を率いて行ったのだから、約一万人が命を失ったことになる。ベレンガリウスが連れてきたのは一万。合わせても二万五千にしかならない。倍の兵力であれば、クリストバルが敗残した理由もわからなくは……ない。


「ベレンガリウス殿下。何故もっと騎士を連れてこなかったのですか」


 非難がましくインファンテ伯爵が言った。アミルカルがむっとした様子で口を開こうとしたが、ベレンガリウスは手をあげてそれを制した。


「速度を優先したものでな。第一騎士団に五万人を動かすように要請はしてある」


 ただ、その騎士団が戦に間に合うかは微妙なところである。五万人ともなると、かなり行軍速度が遅くなる。ベレンガリウスとしては短期決戦でかたをつけてしまいたいので彼らがたどりつく前に戦が終わっている可能性はないわけではなかった。

 そもそも、ロワリエ王国もフェランディス王国もほぼ同規模の国だ。国土も人口も生産率もそれほど変わらない。だが、ロワリエには多額の賠償金が降りかかっている。

 ハインツェル五十年戦争の終結後、四年ほどたったころの話である。今から五年ほど前になるか。突然ロワリエ王国がハインツェル帝国に宣戦布告した。理由は良くわからないが、ハインツェル皇帝の皇妃が男児を生み、ロワリエ国王が自分の地位を脅かされるのでは、と感じたのが原因だと言われている。ハインツェル皇妃はロワリエの王女だった。


 結局、三か月ほどで雌雄を決し、ロワリエ王国は再び敗残国となった。この時の講和条約で、当時のロワリエ国王はその地位を息子に譲ることになった。さらに、多額の賠償金も求められたと言う。多額と言っても、講和条約の内容としては妥当な金額だった。

 とはいえ、ロワリエにとっては賠償金の上に賠償金を重ねることになった。おそらくこの五年、力を蓄えていたのだろう。ロワリエはこのロワリエ継承戦争と呼ばれる五年前の戦で、三十万人いた常備軍の約三分の一を失っている。さすがは『残虐皇帝』。容赦がない。まあ、戦争で容赦などすれば上げ足をとられるので、ハインツェル皇帝のやり方は正しいとベレンガリウスも思う。


 そして、力を蓄え終えた今、フェランディスに侵攻してきた。帝国に攻め込んでも無駄だと悟ったのだろう。『残虐皇帝』が生きている間、帝国を攻め滅ぼすことなどできはしない。

 なので、彼らは南に侵攻してきた。北へ行かなかったのは、単純に出兵した時期が冬の終わりで、北にはまだ雪が残っていたからだろう。


 なければ奪う。何度も言うが、それが手っ取り早い。だが、うまく行くとは思わないことだ。


 さて。現在のロワリエ王国の兵力は二十五、六万と言ったところだが、フェランディスはもう少し余裕があり、三十万強と言ったところだ。そのうち、第二騎士団が六万、第三騎士団が五万を抱える。残りは国王直属、第一騎士団に属し、約十九万の規模となる。

 普通に戦えば、まず負けない。だが、どうしてか後手に回っている。何故ならば初期動員数が少なく、なおかつクリストバルが負けたからだ。


「ロワリエ側の指揮官は誰だ? わかるか」


 さらに尋ねると、インファンテ伯爵は「さすがにそこまでは」と唇をかむ。しかし、すぐに「ですが」と言葉を続けた。

「ロワリエ王家の旗が上がっていました」

「ほお」

 と言うことは、王の血縁者が来ているのだ。国王自身が来たとは思えないので、王族の誰かだろう。もしくは、王女を娶った貴族と言う線もあるか。

 大体の状況を把握したベレンガリウスは考え込んだ。実はここに来るまで作戦を考えていなかった。現状を把握してから、と思っていたのだ。ベレンガリウスは目を閉じる。


「……よし」


 考えをまとめてからベレンガリウスは目を開いた。


 まず、ベレンガリウスはインファンテ伯爵から全軍の指揮権を預かる。二万五千の兵力を指揮下に置くことになる。一時的に、であるが。


「伯爵、アミル、それにフアン」


 インファンテ伯爵はクリストバルの臣下であるが、現在はベレンガリウスに従うことになる。分別はついている男なので、いくらベレンガリウスを快く思っていなくても、ロワリエを追い出すために彼はベレンガリウスに従わなければならないとわかっている。


「ちょっと頼みがあるんだよ」


 ニコリ、というにはあくどい表情で笑んで見せたベレンガリウスにそれぞれ指揮権を預けられた三人は背筋に寒気を覚えたらしい。その割にはフアニートは泰然としていたけど。
















 ベレンガリウスはデラロサ城塞から少し離れた森に囲まれた平原に軍を展開していた。本人は鎧すら身に着けていない。

 これは作戦上の問題でもあるが、それよりも、ベレンガリウス自身があまり鎧は好きではないという事情がある。

 もちろん、鎧をしていた方が防御力が上がる。しかし、ダリモアのニコラス王太子が戦場での銃の活用方法を確立して以降、鎧は銃弾に関して意味をなさないものになっていた。銃弾は鉄の鎧を貫いてしまうのである。なので、銃で狙われた場合、鎧など役に立たないのだ。もし、剣で襲い掛かられても、返り討ちにするつもりだった。


 それに、指揮官が無防備である、と敵に思わせたいのもあった。要するにおとりである。


 戦いは、ほとんど唐突に始まった。インファンテ伯爵とフアニートがそれぞれ一万を率いてロワリエ軍に向かっていくのを、ベレンガリウスは少し離れたところから見ていた。

 ロワリエ軍の銃撃部隊が銃を構えていた。ベレンガリウスは右手をあげた。しばらく様子を見てから叫ぶ。


「放て!」


 耳をつんざく銃撃音が多数響いた。ベレンガリウスの側にいた五百の狙撃ルクレール銃が火を噴いたのである。いかな狙撃銃とはいえ、相手の銃撃部隊をすべて始末することはできなかったが、ひるませることはできた。


「よし、移動するぞ!」


 ベレンガリウスが声をかけると、狙撃兵たちは一糸乱れぬ動きでついてきた。そのまま森の中へ身を隠す。

 ロワリエの戦力は、こちらと比べて二倍以上。普通に戦えば勝てない。


 普通なら。


「殿下! 将軍と伯爵がこちらに向かってきます!」

「敵は!?」

「追ってきています!」

「よし! 予定通り、奥に入るぞ!」

 木に上って戦場の様子を見ていた斥候の言葉を聞き、ベレンガリウスも近づいてくる馬蹄音を認めた。そのまま指示をだし、自身が連れている五百人の騎士たちを奥に連れて行く。ひきつれていくのだ。

「ハビエル!」

「はっ!」

 ベレンガリウスが一人の騎士の名を呼んで左手を垂直にすると、その合図に従ってハビエルが二百の騎士と共に離れていく。ベレンガリウスは右に大きく回り、三百の騎士と共に回り込んだ。


「位置につけ」


 生い茂る木々や草に隠れ、騎士たちがルクレール銃を構える。最新式ではないが、狙撃銃としては優秀だ。木々があるので、狙いにくいが、戦いにくいのは白兵戦でも同じこと。

 やがて、目の前をインファンテ伯爵率いるフェランディス軍が通り過ぎて行った。続いて、ロワリエ軍。


「放て!」


 二度目の合図とともに、再び銃声。木にも当たり、いくつか跳弾したが、それでも敵戦力の一部はそぐことができた。このひるんでいる間に、インファンテ伯爵やフアニートが白兵戦を仕掛ける。

 ところで、おとりであるベレンガリウスは絹の服を着ているが、だからこそ逆に目立つ。素材がいいので、かなり身分が高いであろうと予想できる。だから、当然襲われた。


「その首、もらった!」


 ベレンガリウスは細身であるし、あまり自分から動かないので舐められたのだろう。槍を持ったロワリエ軍人が襲ってきた。ベレンガリウスは剣をひるがえし、槍先をおとすと、そのまま騎乗の軍人を切り捨てた。

「さあて。モイセス! ここの指揮は任せたからね!」

「了解です!」

 まだ若いがしっかり者のモイセスに任せ、ベレンガリウスはさらに森の奥へと入って行く。何人かが追ってくるのが見えた。そして、その奥に。

「おぉぉぉおいっ。お前なんでいんの!?」

 五騎ほどの騎馬の後ろに、フアニートの顔が見えた。彼は不敵に笑い、ベレンガリウスに合図して見せた。もう、なるようになれ!


 さすがに応戦するしかないか、と覚悟を決めた時。


 銃を改造した信号弾が上がった。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


何故かベレンガリウスは刀を持っているイメージがある。何ででしょう。金髪なのに。

ちなみに、さすがの主人公もいつもは鎧を身に付けています。



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