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フェランディスの問題処理係  作者: 雲居瑞香
第5章 その真実の名は
39/43

【7】










 勝手に領地の行く末を決められたトーレス公爵の方に、視線が集中した。


「それでは……私は」

「国外退去」


 ベレンガリウスはトーレス公爵の処遇をあっさりとライムンドに向かって投げつけた。当然、領地は取り上げ直轄地とするつもりだ。


「兄上が王になったら、私、トーレス領に住もうかなぁ」


 一応、ベレンガリウスはアラーニャ地方の領主であるが、一応王族であるのだ。もう一つくらい、領地があっても良いだろう。

「いや、俺が住む」

「なんでそうなるの」

 こんな状況でも、二人の王座の押し付け合いは続いていた。

「彼の処遇は私が決めろ、ということか」

「そうですね。よろしくお願いします」

 ベレンガリウスは本当にライムンドに投げた。トーレス公爵は呆然とした様子である。

「殿下!」

「あのさぁ。公爵、君、私に裁かれたい? 言っておくけど、フェランディスに戻ってきたら死刑だからね。国家反逆罪で。仕方ないからライムンド陛下にさばいてもらいなよ」

「な……!」

 ベレンガリウスの容赦ない言葉に、トーレス公爵は口をあんぐり開け、唇を震わせた。そして、突然叫んだ。


「クリストバル殿下! ご存知ですか!? ベレンガリウス殿下がイバン王陛下の子ではないことを!」

「はあ?」


 クリストバルが思いっきり怪訝な表情になった。トーレス公爵は続ける。


「あの予言だって、本来はベレンガリウス殿下のことを示しているわけではありません! 繁栄をもたらす二番目の子が『公式上』、女児であるベレンガリウス殿下だったから、この方は王子として育てられた。しかし、彼女はイバン王陛下の子ではありません! 当然、今ここで私をさばく権利などないはずです!」

「……わお」


 秘密を暴露されたベレンガリウスの反応は薄かった。そして、クリストバルの反応も薄かった。

「ならお前、俺に裁かれたいと? 本当にさばくぞ?」

 そのさばくじゃない。しかし、クリストバルなら本当にトーレス公爵を自分で切ってしまうかもしれなかった。トーレス公爵も押し黙るしかない。

「それに、ベレンガリアの方が俺より頭がいい。実際に国を取り仕切ってきたのはこいつだ。俺には正直、どうすればいいかわからん。だから、お前が決めろ、ベレンガリア」

「……」

 ベレンガリウスはクリストバルを見て、続いてトーレス公爵に視線を移した。その時。


「もうおしまい? もう少し面白いものを見せてくれると思ったのだけど」


 トーレス公爵が前のめりに倒れた。女性の悲鳴が聞こえた。ヒセラだった。クリストバルの背後に立っていたはずのサンティアゴの兵士がトーレス公爵を斬りつけていた。


「ベガ!」


 フアニートが背後からベレンガリウスの肩を引いた。だが、その前に横ざまに突き飛ばされる。こちらはクリストバルだ。

 たたらを踏んだが、フアニートが支えてくれたので倒れることはなかった。

 一瞬の間に部屋は惨状となった。二人の人間が床に倒れ、血を流していた。

「トーレス公爵!」

「クリストバル殿下」

 ライムンドとヒセラが声をあげた。ヒセラが二人に駆け寄ると同時に、ベレンガリウスは自分を狙ってきた兵士の手首を捕らえた。そのままひねりあげる。ドレス姿で大立ち周りを演じたため大胆にスカートが翻ったが、ベレンガリウスは気にしなかった。


「……やはりお前か。どうやってサンティアゴに侵入した」

「私の力があれば簡単なことよ」


 捕らえた相手は、帝国でも遭遇した魔女メデイアを名乗る女性だった。黒髪と赤い瞳をした妖艶な女性。ベレンガリウスはその手首をぎりぎりと占める。

「何のためにこんなことをした! お前は何なんだ!?」

「さあ?」

 にっこり笑ってメデイアは言った。ベレンガリウスは目を細める。ベレンガリウスは彼女の首を締め上げる。

「私を殺す? 意味ないわ。私は何度でもよみがえる」

「記録は読んだ。お前は、少なくとも千年前から存在しているようだな。いや。存在しているように見える、と言うべきか」

「何なんだと聞きながら、しっかりわかってるじゃない」

 メデイアがベレンガリウスを見て不遜に笑った。

「もう一度問うわ。あなたは誰?」

「私は」

 ベレンガリウスはメデイアを付き放し、言い放った。


「私はフェランディスのベレンガリア。それ以上でも、以下でもない。わかったならさっさと私の前から消え去れ! 次私の前に現れて見ろ! 必ずその息の根を止めてやる!」

「あらあら。勇ましいこと」

「待て!」


 メデイアをつかんだのはライムンドだ。ベレンガリウスはそれをスルーし、ヒセラの側に駆け寄った。

「トーレス公爵はダメです。もう息がありません。クリストバル殿下も、出血が多くて」

「兄上!」

 ベレンガリウスがクリストバルの頭を抱き上げる。クリストバルの口から血泡がこぼれた。

「兄上!」

「うるさい……声がでかい」

 クリストバルはこの状況でもクリストバルだった。

「兄上! 何故私をかばった?」

「女を斬りつけるのは外聞が悪いと言ったのはお前だ……」

「兄上。まじめに」

 さっきからずっと兄上しか言っていない気がする。何を言えばいいのかわからない。クリストバルの口から喘鳴が漏れる。クリストバルの手がベレンガリウスの頬に触れた。


「知っていた。お前が父上の子ではないことは」

「……」


 苦しい息の下、クリストバルが言ったのはそんな事だった。驚きであるが、今はそれに驚いている場合ではない。

「俺にはどうでもよいことだ……お前は、俺の妹だ」

「それはいい! 今……」

「……いいから聞け。俺がお前に残してやれるのはこれくらいだ。許せ」


 クリストバルかベレンガリウスか。フェランディスの王になるのは、二人に一人。


 クリストバルが王になるのなら、ベレンガリウスはその時死んでいるだろう。逆もしかり。


 だから、クリストバルがベレンガリウスに残すものとは。


「兄上!」

「うるさいといっているだろう……ああ、そうだ」

 クリストバルの手が強くベレンガリウスの頬をつかんだ。

「言い忘れていた……愛している、ベレンガリア」

 すっとクリストバルの手が滑り落ちた。ベレンガリウスの頬に血で掌の痕が残る。クリストバルの新緑の瞳が濁って見えた。

 この時のベレンガリウスは驚愕の表情をしていた。ヒセラがクリストバルの脈をとる。

「……亡くなっています」

 おそらく、すぐに処置しても助からなかった。同じだ。彼は。ベレンガリウスと。

 助かる気がなかったのだ。


 残すと言った。ベレンガリウスに。それは。


 それは、ベレンガリウスの命だ。ベレンガリウスが生きるには、王になるしかない。序列で行けば、ベレンガリウスが王になるには、クリストバルが邪魔だ。


 クリストバルはベレンガリウスを妹だと言った。愛していると。


「殿下」

 ヒセラがベレンガリウスに問いかけるように呼びかけた。クリストバルを看取った体勢のまま固まっていたベレンガリウスははっと我に返り、クリスト場の頭を床にそっと戻す。スカートにも血がついているが、気にしている場合ではない。

「……先ほどの女は?」

「……あ、すまん。逃がした」

 笑顔のポーカーフェイスから一変、表情が無くなったベレンガリウスにやや気圧されるライムンドである。一連の騒動で、捕らえたはずのメデイアを逃していたことをライムンドはやっと気づいたようだ。

「いえ。それは構いません。兄とトーレス公爵の遺体は引き取って行きます」

「……馬車を用意させよう」

「助かります」

 まるで何事もなかったかのようなベレンガリウスであるが、表情が無いため怖い。

「それでは、トーレス領を買い取る件、なくなってはいませんので」

「……ああ。もちろんだ」

 いま、この瞬間。この『約束』は国同士の『約束』になった。クリストバルが死んだことで、ベレンガリウスにフェランディスの全権が委譲されたことになるからだ。一国の権力全てを手に入れたベレンガリウスは、約束をたがえようものなら確実にサンティアゴに攻め込むだろう。今ならそれができる。

 クリストバルがベレンガリウスに残したもの。それは、ベレンガリウスの命であり、そして、フェランディスの全権だ。

 残されたからには守らなければならないだろう。ベレンガリウスはそう思った。


 イバン王の二番目の子は繁栄をもたらす。偽りの二番目の子が死ねば、国は亡ぶ。


 本当の二番目の子はフアニート。偽りの二番目の子はベレンガリウス。どちらの予言もまだ生きている。


 果たしてその予言は真実なのか。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


あと二話か三話くらいですかねー。


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