【6】
身体検査はされたが、武器を持っていないことを確認すると、結構あっさりと要塞の中に入ることができた。さて。ここからは敵陣だ。
当たり前だが、ここはトーレス領でありフェランディスの一部である。サンティアゴが占領しているだけだ。
「お前! やはり来たのか!!」
「あ、私が来ると思ってたの? 兄上の直感もいい線つくねぇ」
応接間に通されたベレンガリウスはそこで椅子に座らされ、背後に監視が立っている状態のクリストバルと再会した。よれたシャツにスラックスと言う格好だが、元気そうで何より。やつれてもいないし、それなりに丁重な扱いを受けたのだろう。
「相変わらず腹の立つ女だな!」
「一応助けに来たんだから、おとなしく助けられてよ」
相変わらず微妙に話がかみ合っていない。向こう側の交渉人はサンティアゴ国王ライムンド三世、それからトーレス公爵だ。
「……お久しゅうございますな、ベレンガリウス殿下」
「ああ。こんな形で会うことになるとは、非常に残念だ」
ベレンガリウスの酷薄な笑みを見て、トーレス公爵が震える。自分の子供ほどの年齢のベレンガリウスに、トーレス公爵は恐怖を覚えた。
「……先の戦い、見事だった。サンティアゴ国王ライムンドと申す」
「おほめに預かり光栄です。フェランディス第二王子ベレンガリウスと申します。以後お見知りおきを」
小首を傾げてあいさつするベレンガリウス。あざとい。
「いや、フェランディスの第二王子が女性だとは聞いていたが、こんなに美しい方だったとは」
そう言うライムンドの表情も引きつっている。ライムンド三世は三十代半ばの男性だ。年上の男性二人を前にしても、ベレンガリウスは不遜に笑っていた。
「私の要求は兄上を解放してもらうことと、君たちの国内退去。簡潔だと思いますけど?」
しれっと本題に入るベレンガリウスである。流れを持って行かれたライムンドはむっとするが、それを押し隠した。年下の女性にみっともないところを見せたくない、ということなのだろう。事前情報通りだ。
ライムンド三世は女好きだ。正確には、女好きというより、女に対して格好つけたい男であるらしい。ベレンガリウスが一応数人に確認を取ったところ、男性には女性にいいところを見せたい、と思うものなのだそうだ。ヒセラが、まあ、女性が男性に可愛く見られたい、というのと同じ心情だろうと言っていた。なるほど。
ならば、交渉相手となるベレンガリウスがそれを利用しない手はない。貴公子めいた優男風などと言われるベレンガリウスだが、ようは顔立ちが整っているのだ。実際、女性の恰好をすれば美女に見えたし、ベレンガリウスの作戦は一応は成功と見ていいだろう。
「……すでに、ここはサンティアゴの領土だ」
「なるほど」
ライムンドの言葉にベレンガリウスがうなずくと、クリストバルから「納得するのか!?」というツッコミが入った。
「トーレス領がすでにサンティアゴの領土だと言うのなら、私たちは不法侵入者と言うことか。しかし、私どもは先の野戦で勝利しているのですよ」
クリストバルが面白くなさそうな表情になる。彼もすでに、自分が捕らえられるところまでベレンガリウスの計画通りだったということに気付いているだろう。なら初めからお前がやれよ、という話である。
「……敵国の領土の中に丸腰で、たった三人。よくそんな不遜な態度でいられるな」
ライムンドが半分本気で感心したように言った。半分は呆れている。
「それはそちらも同じこと。自国の領土を主張していても、所詮、このトーレス領がフェランディスであることは変わりない。あなたの周囲は敵だらけということですよ、陛下」
肘掛けに頬杖をつき、ベレンガリウスはやはり不遜に言った。
「さすがは噂に名高いフェランディス第二王子殿下……やることがえげつない」
「そりゃどうも」
「ではこちらもえげつない手を取ろう」
ライムンドが手をたたくと、クリストバルの頭に銃口が向けられた。しかし、ここで騒ぐほどクリストバルも落ちてはいない。
「撃ちたきゃ撃てよ」
ベレンガリウスは姿勢を正しつつも、その言葉に続くように言った。
「その通り。撃ちたければ撃つがいいさ」
何なんだこの兄妹は、と言わんばかりにライムンドとトーレス公爵がベレンガリウスを見た。ベレンガリウスは小首を傾げて笑った。
「この場で兄上が死ねば、その権限はすべて、私に移譲される。この場では私が事実上のフェランディス王となると言うことだ。殺さない方がそちらのためだと思うがね」
ライムンドはぐっと黙り込んだ。トーレス公爵はため息をつく。
「陛下。無駄ですよ。ベレンガリウス殿下はフェランディスの頭脳です。何をしてもこの人は片づけてしまう」
「要するに、私に勝負を挑んだのがあなたの敗因と言うことだ」
ベレンガリウスが自信満々に言った。ハッタリであるが、自信なさそうにするのは交渉の場において下策だ。
「では、あなたのことも殺してしまうのはどうだろうか」
と、ライムンドが短剣を向けたのはベレンガリウスだ。背後でフアニートとヒセラが反応するのがわかったが、手を出してくることはなかった。
「いいんじゃない? 兄上のことも私のことも殺してみなよ。私が何も手を打っていないと思うのならね」
その、ベレンガリウスのエメラルドグリーンの瞳の向こう。そこには挑発と、そして、冷静さをかかない静かさがあった。
しばし、ライムンドとベレンガリウスのにらみ合いが続く。結局、折れたのはライムンドの方だった。
「……ただの脅しだ。気を悪くしないでくれ」
「もちろんです」
引いたライムンドに、ベレンガリウスは笑って見せる。交渉ごとに関しては、ベレンガリウスの方がやや上手のようだ。
「そちらの要求は、第一王子クリストバル殿の解放と我々のトーレス領からの退去だったな」
「ええ。その通りです」
ようやく話し合いが進み始めた。だが、話し合いとなってもすぐに何もかもが決まるわけではない。
「一つ目は、構わない。しかし、二つ目は致しかねる」
「何故です? トーレス領はもともとフェランディスの国土。不法占拠しているものを返してほしい、と言っているだけなのですが」
ベレンガリウスはしれっとそんなことを言う。ライムンドはうろたえたように顔をしかめる。不法占拠は事実だからだ。
「立ち去るだけで良いのですよ?」
さらに追い打ちをかけるように言ってのけるが、ライムンドはうなずかなかった。一度手に入れたものだ。手放したくないだろう。サンティアゴ側も少なくない犠牲を払っているのだ。
「……そちらのトーレス公爵がサンティアゴに領地を組み込む、と言ってもか?」
「当然です。その領主の領地とは、国王から与えられたもの、つまりその所属は国となります」
「現在のフェランディスは国王が不在だと思ったが?」
「……そうですね」
こちらも痛いところを突かれた。ライムンドはトーレス領を手放したくないし、ベレンガリウスはできれば犠牲無くトーレス領を取り戻したい。二人の考えが真っ向から対立しているのだ。どちらかが譲歩しなければならない。
そして、この場合はベレンガリウスが譲歩するしかない。思わずため息をついた。
「わかりました。対価を支払いましょう。トーレス領を我らが買い取る」
「おい! ベレンガリア、お前……!」
クリストバルがあわてたように言った。彼の身柄解放は既に決まっているので、監視の目が緩んだ彼は勢いよく立ち上がり、椅子を蹴倒した。
「ちょっと兄上は黙ってて」
ベレンガリウスが無情に言うが、それで黙るクリストバルではなかった。
「買い取るだと!? もともとフェランディスの土地だぞ!?」
「わかってるよ。でも、そちらさんは手放す気がないようだ。こちらもそれなりの対価を提示しないと、話は平行線だ」
ベレンガリウスは冷静にそう言い返すが、クリストバルはさらに言い募る。
「だが、お前ならこう、もっと何とかできるだろう! 策略をめぐらせて!」
「兄上、私のことどんだけ腹黒だと思ってるの?」
何故か兄妹で漫才を始めた二人に、年長者二人は少し呆れたようだった。緊張感がない。
「……私が交渉しているのはベレンガリウス殿だ。彼女の提案を受け入れよう」
「それは何より。支払額については、後ほどゆっくりと」
無理やり話を戻したライムンドに、ベレンガリウスは即座に反応した。クリストバルが舌打ちするが、それ以上口を挟んでくることはなかった。基本的に、ベレンガリウスの行動が間違っていると言うことはないので。
「……ちなみに、私がトーレス領の売却に同意しなければどうしていた?」
ライムンドが参考までに、という調子で尋ねてきたので、ベレンガリウスは根を細め、言った。
「お聞きになりたいので?」
その酷薄な笑みを見て、ライムンドはあわてた様子で首を左右に振った。
もちろん、提案が断られれば、攻め込むつもりであった。トーレス領は、サンティアゴとの国境、天然の要害でもある。今、トーレス領を手放せばもう一度国境防衛線を作り直さなければならない。それを考えれば、トーレス領を買い戻す方が安い。
話がまとまった時、トーレス公爵が「お待ちください!」と声をあげた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
そろそろベレンガリウスだかベレンガリアだかわからなくなってきた。
こいつは交渉が決裂しても攻めこむでしょうね……。