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フェランディスの問題処理係  作者: 雲居瑞香
第5章 その真実の名は
37/43

【5】









 本人も認めるところであるが、ベレンガリウスは上に立つと言うよりも、どちらかというと裏から糸を引くいわゆる黒幕タイプである。その能力は危機に陥るほどはっきりと認識できるようになる。

 それが今だった。

 ヒセラをそばに控えさせ、ベレンガリウスは戦況を見ていた。挑発してうまく敵を誘い出したベレンガリウスは満足げにうなずいた。

「うん、うまく行ってるね」

「ここまでうまく行くと、アミル様ではありませんがちょっと殿下が怖くなってきますねぇ」

 ヒセラは平然とした様子で言った。さすがのベレンガリウスにも彼女が冗談で言っているのか本気で言っているのか判別がつかなかった。


「というか、挑発されたからと言ってすぐに出てくるなんて、サンティアゴの司令官は頭が弱いんでしょうか」


 ヒセラが容赦なく言った。彼女も大概毒舌である。ベレンガリウスも結構はっきりと言うたちだが、ヒセラほどではない。と思う。たぶん……。

「いや、そうではないだろう。上が指示を出さなくても下のやつらは飛び出して行ったりしちゃうからねぇ。野生の動物の習性を知っているかい? 群れを作る動物のことだ」

「動物の習性、ですか」

 ヒセラが若干きょとんとした表情で言った。ベレンガリウスがうなずく。

「ああ。例えば鳥。最初に一羽が飛び立ったらみんなついていくだろ? あれと一緒だよ。一人が飛び出して行けば、みんな『自分も!』ってついていくのさ」

「……」

 ヒセラがさすがに引いた顔になった。


「……殿下、黒いですね」

「今に始まったことじゃないだろ」


 開き直ったためか、ベレンガリウスはさらっとそんなことを言った。ヒセラがため息をつく。

「そのためにリノを潜入させていたのですね……っていうか、マルティン男爵家は優秀ですね!」

「教育がいいんだろうね。まあ、男爵も大概腹黒いけどね。今はそれで助かってるけどね!」

 声が高くなる二人である。理由は単純で、馬蹄音が近づいてきたからである。伝令だ。

「殿下。制圧、完了しました」

 サルバドールと同年代の少年から伝令を受け、ベレンガリウスはうん、とうなずく。

「さすがだね。では、このまま停戦に持ち込む。フアンとアミルに退却するように伝えてくれ。それと、停戦交渉は私がする。真正面から堂々と要塞に乗り込んでやろうじゃないか」

「そして、堂々と要塞を取り返すんですね……」

 ヒセラが納得しました、とばかりに言った。伝令の少年は「はいっ!」と敬礼し、ベレンガリウスの言葉を伝えに戦場の方へ戻っていく。ベレンガリウスは手綱を引き、ヒセラに言う。


「まあ、そう言うことだ。腕の見せ所だな」


 だんだん腹黒さが表に出てきているベレンガリウスはにやりと笑った。
















「疑問なんだが」

「ん?」

 フアニートに声をかけられ、ベレンガリウスは振り返った。


「何故サンティアゴはクリスを人質に取らなかったんだ?」

「意味ないからな」


 即答だった。ベレンガリウスは首に手をやり、首の調子を整えるように首を傾けた。

「人質にとっても、どうせ殺す事なんてできないからねぇ。たとえ殺したとしても、こちらの士気が上がるだけだ」

 もし、人質にとられているのがベレンガリウスであって、この人が殺されたのなら逆に士気が下がったかもしれない。事実上、フェランディスを支えているのは今も昔もベレンガリウスなのである。無理ない話だ。

 だが、現実として人質なのはクリストバルの方なので、この仮定は意味のないものだ。そして、サンディエゴを野戦で圧倒したベレンガリウス側にとって、停戦交渉は有利なものだ。さらに、ベレンガリウスは交渉事が結構得意である。


 腹の内を読ませない。表情が読めない、と言うべきか。いつもにこにこしていて、なんというか、怖い。

「で、ですが、やはり真正面から護衛もなしに乗り込むと言うのは……クリストバル殿下もベレンガリウス殿下も殺されてしまっては……」

「そうなったら、サラがフェランディスを守る。まあ、領土は少し削られるかもしれないけど」

 アミルカルの言葉に、ベレンガリウスはニコリと笑って言った。死後のことなんか知らん、と言っていた御仁であるが、一応、ちゃんと手は打ってある。


「まあ、あちらさんも今の私には手出しをしてこないだろうよ。丸腰の女を殺したとあっては、民衆の反感を買うだろうからねぇ」


 そう言ってベレンガリウスはスカートの裾をひるがえして見せる。ふわりと広がった裾が優雅に見える。そう、ベレンガリウスは女装していた。いや、生物学上は女性なので、これが正しい姿なのかもしれないが。

 貴公子めいた優男風の顔立ち、などと言われるベレンガリウスであるが、ドレスを着て化粧をしてたたずんでいれば妙齢のご婦人に見える。この、『たたずんでいれば』と言うのがみそである。しゃべると途端に残念になるので。

 ドレスと言っても、外にいるので動きやすい、スカートのふくらみがほとんどないものだ。ベレンガリウスは背が高いので、逆にそれが似合っている。色は濃い青で、落ち着いた雰囲気である。ボレロを羽織り、スカート丈も足首までで、履いているのもブーツだ。

 髪はいつもと変わらず緩く結って右肩から前にたらしている。少し化粧もしているようだ。ただそれだけなのに、ベレンガリウスはちゃんと女性に見える。男物の衣装を着ているのを見慣れた者たちですら、似合っていることを認めざるを得ないできだ。プロデュースはもちろん、ヒセラである。むしろ、彼女はこのために連れてきたと言っていい。


「急ごしらえにしてはまあまあですね。夜会となればもう少し気合を入れるのですが」

「夜会じゃなくて、停戦交渉だからね」


 ヒセラの言葉に、ベレンガリウスが笑って返した。腕を組んだ仁王立ちで、目を細めてヒセラを見る。

「ま、とにかくありがとう。伝令は送った?」

「あ、はい」

 若い伝令係の騎士がうなずく。少し返事に間があったのはベレンガリウスに見とれてしまったからだろうか。

「ですが、本当に丸腰で行くのですか?」

「うん。ヒセラとフアンは連れて行くけどね」

 その二人も武装解除だ。ちなみに、ヒセラは戦場にいる間短剣と銃を持っていたが、それも置いていく。

「ヒセラは女性ですし、フアン様は怪我人ですよ」

 心配そうなのはアミルカルである。彼は心配性である。

「大丈夫だって。怪我をしてても、ベガとヒセラを守るくらいはできるさ」

 平然と言ってのけたのはフアニートである。そのあたり、確かにベレンガリウスは心配していない。


「むしろ私たちが怪我でもしたら、大々的に公表してほしいくらいだねぇ」


 物騒なことを言うベレンガリウスは、きれいな格好をしていても所詮ベレンガリウスだった。

「アミルはここで待機。臨時の指揮権を与えておくから、万が一のことがあったら手はず通りにね」

「……やっぱり私も一緒に」

「だーめ。一軍を指揮できる人間が残らないと。私は停戦交渉、フアンは怪我をしているからね。いざという時に不安だから連れて行く。だから、君しかいないのだよ」

「……殿下。言葉遣いが残念すぎます」

「こればっかりはどうにもならないねぇ」

 ヒセラのみならずアミルカルからも残念と言われるベレンガリウスであるが、これくらいで落ち込む人ではなかった。

「ま、あとは頼むよ。こっちは停戦交渉と、兄上を助けに行ってくるからさ」

「……わかりました。お気をつけて」

 いつでも、折れるのはアミルカルの方だ。基本的に、ベレンガリウスが考えることは間違っていないので。


「それじゃあまあ、さくっと行ってこようじゃないか」


 ベレンガリウスはそう言うと、ひらりとスカートの裾を大胆にたなびかせながら馬にまたがった。フアニートとヒセラも続く。このまま要塞に向かうのだ。

 ゆっくり馬を歩かせ、要塞にたどり着く。もともと、陣を張った場所はそこからあまり離れていなかった。


「こんにちはー」


 馬から降りたベレンガリウスはそんなのんきな声を出す。いかにも身分が高そうな女性が現れて、要塞を守るサンティアゴ兵が不審げな表情になった。

「先触れは出したと思うのだけど。フェランディス第二王子、ベレンガリウス・グラシアン・フェランディスだ。さて。うちの兄上を返してもらおうか」

 第二王子が来ると思ったら女が来たのでみんなびっくりである。本人であるのだが、やっぱりベレンガリウスは周辺諸国に男だと思われているのかもしれない。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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