【4】
ちょっと風邪気味です。鼻水出る……。
「ま、こうなる気はしたよ」
ベレンガリウスは結局、宮殿に残っていた。王都に残ったのがベレンガリウスとサルバドール、南へ行ったのはクリストバルだ。第二騎士団を率いていった。オルティス公爵アドリアンは、当初の予定通り北のロワリエを押さえに行っている。イバン王が残した第一騎士団を率いて。第一騎士団がしたがってくれるかが不安だったが、緊急事態だ。妙なことにはならないだろう。……たぶん。
「ああ~。不確定要素ばかりで気持ち悪い。ああ~。蕁麻疹が出る~」
ベレンガリウスが手の甲をかいた。その手をぺいっとヒセラが叩き落とした。
「かかない。赤くなるでしょう」
「ああ、はいはい。さて、しばらく寝られないねぇ」
ベレンガリウスはそう言って仮の法案に目を通していく。実のところ、クリストバルの判断は正しいのだ。クリストバルが中央に残っても政務が進まない。なら、初めから内政になれているベレンガリウスが残った方が良い。
「クリス兄上は勝てるのですか?」
「いや、無理だろう」
「……兄上……」
サルバドールが非難するようにベレンガリウスを見る。思わず肩をすくめた。
「いや、おそらく私が行っても同じだっただろう。高確率で、兄上はサンティアゴの国王につかまる。ま、そう言う意味では女の私が捕まるより安全……なんだろうか?」
「……ある意味安全なのでは? 一応、国際法で捕虜の取り扱いは決まってるけど……」
と、サルバドール。彼もちゃんと勉強しているのだ。ベレンガリウスはそうだねぇとうなずく。
「でも、必ず守られるわけではない。拷問されるかもしれないし、乱暴されるかもしれない。でも、殺されることはないだろう」
「何故?」
「兄上が死ねば、その王位は確実に私が引き継ぐからだ。その逆もしかり」
ベレンガリウスはきっぱりと答えた。
もともと、言われていたではないか。フェランディスの次の国王は、第一王子クリストバルか、第二王子ベレンガリウスか、二つに一つ。
そのほかの可能性がないわけではない。しかし、確率は低い。
「もし兄上が死んで、私が国王となれば私の権限は一気に増えるからな。国王権限があれば、この半島すべてを支配下に治める自信があるぞ、私は」
まあやらないけどね、とベレンガリウス。話を聞いているサルバドールたちは引き気味である。
「冗談はともかく、兄上を殺した場合、サンティアゴはそのことを公表せざるを得ない。だが、そうなると、私が王となって攻めてくる。だから、兄上が殺されることはないってわけだ」
「……」
サルバドールが考え込むように沈黙した。それから口を開く。
「……でも、一応ベガ兄上とクリス兄上が連名で同権といっても、実際にはベガ兄上がほとんどの権限を持ってますよね。現状とさほど変わらないのでは?」
「いい質問だ、サラ」
サルバドールの疑問は当然のものだ。王がどちらか決まっていなくても、ベレンガリウスの方が強大な権力を持っていると、見ていればわかる。
「だけどね。そう言う問題ではないのだよ。今は、私か兄上かっていう状況だ。でも、これがどちらかひとつにまとまったら? もし、どちらか一方が殺されたら? 人々は残った方を持ち上げようとするだろう。自分たちの王子を殺したサンティアゴを憎むだろう。そうなったらまずいのは、サンティアゴの方だ。死兵は恐ろしいからね」
「……僕は今、兄上の方が恐ろしいです……」
背筋を震わせたサルバドールに、ベレンガリウスはニヤッと笑って見せた。
「……殿下、怒ってます?」
引き気味に尋ねたのはアミルカルだ。相変わらず見た目に寄らず小心者である。
「うん? ん? うーん。どうなんだろう。私は怒っているのかな?」
「……」
怒りが自分で自覚できないベレンガリウスである。それが逆に怖い。自分の感情をコントロールできていないと言うことだからだ。
「とにかく、決着がつくまで待つしかないな。兄上が捕らえられたという報告が来たら、私もすぐに発つ。その間はサラ。君が王都を守るんだよ」
「……え?」
聞いてない、と言わんばかりにサルバドールが眼を見開いた。ベレンガリウスは表面上はいつも通りの笑みを浮かべて言った。
「大丈夫だ。何もないよ。南は私が押さえるし、アドリアンも北を押さえてくれる。海側から攻め込まれることもないだろうし」
危険はそれだけではないが、とにかく、これ以上諸国が攻め込んでくることはないはずだ。サルバドールはこれまで通り、王都機能を守ればよい。
「アミル。フアンをたたき起こして派遣する騎士たちを選抜しておいて。それと、ばれないように歩兵たちも順次南に向かわせて。ヒセラ、手紙出したいからレターセットをお願い」
「兄上、フアン兄さんも連れて行くんですか!?」
「仕方ないだろ。私じゃ前線に立てないんだから」
ベレンガリウスは己の力量はそれなりに正しく理解しているつもりだ。その理解度からして、ベレンガリウスが最前線に立つなど、戦う側に迷惑になる。
もちろん、場合によっては前線に立つが、本人的には後方支援の方が向いていると思っている。そして、それは当たっていた。
「それに、今回は戦うことがメインじゃないし」
ベレンガリウスはそう言いつつ仕事に戻っていく。その背を見つめながら、サルバドールは尋ねた。
「兄上には……もう、この戦いの結末が見えてるってこと?」
「さてね」
ベレンガリウスは顔を上げずに声だけで返した。
△
それから七日後。ベレンガリウスは馬上の人であった。サンティアゴ王国軍が占領したトーレス公爵領に向かって南下中である。兄クリストバルが捕まった、という報告が入ったのだ。
王都から出発した第三騎士団は、全て騎馬隊で構成されている。しかし、歩兵が皆無なわけではなくて、先に南方の街に行かせていた兵士たちを、進みながら拾っていく方法をとった。そして、彼らが集めてきた情報を集約し、ベレンガリウスが策を立てる。
「戦争で勝とうと思えば、どうしても正確な情報が必要だからねぇ」
というのがベレンガリウスの言である。王都を出発して三日目、ベレンガリウスは結論を下した。
「良し。やはり、トーレス領にいるサンティアゴ軍を一度退却させよう。城攻めだよ。滾るねぇ。初めてだ」
どこか楽しげに、しかしちょっと不安になる言葉を吐くベレンガリウスである。基本的に、攻城戦は難しい。フェランディス軍は先発した第二騎士団を吸収すれば、七万近い軍隊になるとはいえ、第二、第三騎士団では指揮系統が違う。そのため、うまく行く可能性は半々である。
少々、というかかなりベレンガリウスの精神状態に不安を感じるが、今のところ、この御仁に従うのが一番良い。そう思い、アミルカルやフアニートもついてきた。
「攻城戦と言っても、正確にはどうするのですか? 殿下のことですから、正攻法で攻めるとは思っていませんが」
と言ったのは軍隊の中でひときわ異彩を放つ女性、ヒセラだ。ベレンガリウスは今回、彼女を行軍に同行させていた。
「良い読みだねぇ、ヒセラ。もちろん、正攻法で行くわけないだろう? さっきも言ったけど、私は城攻めが初めてだからな」
ベレンガリウスの初陣は十七歳。基本的に国境の紛争に駆り出されている。他国に侵略することなどなかったので、攻城戦は初めてなのだ。おそらく、兄クリストバルもしたことがないだろう。
「今回攻めるのはもともとこちら側の城、要塞だ。取り返すのは簡単だよ。中には、第一騎士団が囚われているはずだからね」
第一騎士団は亡き国王イバンと共にトーレス公爵領に来ていた。ほとんどは第二騎士団を率いてきたクリストバルに吸収され、今はトーレス領にあるアマトリアン平原に展開しているはずだ。クリストバル本人はトーレス領の要塞に収容されているはずだが、兵たちが全員つかまっているわけではない。
「まあ、内部から反乱を起こさせることもできるけど、それはまあやり過ぎだろうからやめておくけど」
「……」
全員、こいつならやる、というような顔をしていた。
「城攻めができないなら、中の人間を引きずり出せばいいんだよね」
「……」
やっぱり、こいつならやる、というような顔をされている気がした。
「……殿下、えぐいですね」
「そして、お前はやると言ったらやるよな」
アミルカルとフアニートが引き気味に言った。一方、初めての行軍となるヒセラは平然としたものだった。
「でも、内部反乱を起こさせるためにリノたちを要塞に潜入させたのでは?」
マルティン男爵家の三兄弟は優秀だ。イバン王に仕えていた長男はイバンオウンお死後、トーレス公爵に拘束されたと聞いているが、しかし、彼ならうまく立ち回っているだろう。さらに、クリストバルに仕える次男はクリストバルと共に要塞にいることが確認されている。
そして、ベレンガリウスに仕える三男は、事前に情報収集、拡散係として要塞に侵入している。うまくやれば、兄たちと情報交換がなされているはずだ。
「ま、詳しいことは明日決めようか」
にこり、というよりにやり、というような感じでベレンガリウスが笑う。ベレンガリウスについて行軍したことがある者たちは、一様に嫌な予感がしたと言う。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
先が見えているようなベレンガリウスですが、実際は結構行き当たりばったりです。