【2】
王族会議を行う、と決めた一時間後には、すでにほとんどのメンバーがクリストバルの執務室に集まっていた。
部屋の主である第一王子クリストバル。現状内政を取り仕切っている第二王子ベレンガリウス(第一王女ベレンガリア)。最近結婚が決まった第四王女マルセリナに、ミーハーな第五王女デイフィリア。末っ子の第六王女アドラシオン。言われたとおり資料をかき集めてきた第三王子サルバドール。さらに、イバン王の第二妃エリカと、第三妃レアンドラ、第一王子妃アレハンドラもすでに集まっている。なお、現状マルセリナの婚約者であるフィデルは王族ではないとみなし、ここにはいない。
あとはアドリアンが王妃エカテリーナを連れてくるのを待つだけであるが、その前に別の人物がやってきた。一応、招待はしてある人物である。
「あ、もうみんな揃ってる? 会議室はこちらって言われたんだけど」
しれっとそんなことを言ったのはオルティス公爵子息でベレンガリウスたちのいとこにあたるフアニートだ。こいつはこの部屋の主クリストバルに斬られて休んでいたはずなのだが、杖をつきながらゆっくり歩いてやってきたようだ。
「……ここであっているが、お前、その顔どうした」
クリストバルが驚愕の表情で指摘したのは、フアニートの顔だ。左側の頬が腫れていた。湿布をしているが、それがまた間抜けである。
「クリストバル殿下の妹君に殴られたんだよ」
と、フアニートは扉付近に立っていたベレンガリウスをちらっと見た。『クリストバルの妹君』にあたるこの人物は、面白くなさそうに顔をそむけた。すねているともいう。それを見てベレンガリウスがぶん殴ったとわかったのだろう。兄弟たちが白い目でベレンガリウスを見た。
「お兄様。一言くらい謝った方がいいのでは」
マルセリナが呆れてツッコミを入れるが、こちらにも言い分がある。
「先に手を出したのはフアンの方」
そう言いながら、ベレンガリウスはフアニートを支えてソファに座らせようとする。
「まあ、確かに手は出したけど」
そんなことを言うのでベレンガリウスはフアニートを支えていた腕をパッと放した。フアニートがしりもちをつくようにソファに腰かけた。
「ベレンガリア」
咎めるようにクリストバルが咎めるように呼んだ時、再び扉が開いた。そこには王妃エカテリーナが、アドリアンにエスコートされて入ってきた。視線が彼女に集まる。
注目を浴びても、エカテリーナは意に介さずアドリアンにエスコートされてさっさと一人がけのソファに腰かけた。
「アドリアン。ありがとう」
「いえ」
ベレンガリウスはアドリアンをねぎらいつつ、部屋の鍵をかけ、その扉に寄りかかった。全員集まったので、会議開始だ。
「みんな、聞いていると思うが、父上……イバン王が亡くなったと言う報告があった」
口火を切ったクリストバルに、全員がうなずいて見せた。なので、クリストバルは話を続ける。
「明日、父上の遺体が到着する。もちろん、虚偽の報告だと言う可能性がないわけではないが……とりあえず、今日中に必要な分は決めておきたい」
「必要な分とは?」
手をあげて尋ねたのはサルバドールである。クリストバルがベレンガリウスに向かって顎をしゃくる。最初に話しはじめたのなら最後までやればいいのに。
「……まあ、一番重要なのは次の王を決めることだけど、私たちで話し合っても答えが出ないんだよね。これで陛下が生きていれば、陛下に決めてもらえばいいけどさ……」
先ほど結論が出なかった議題をふってみるが、やはり結論は出なかった。
「はい、兄上のどちらかがやればいいと思います」
「賛成」
サルバドールの意見に妹たちやエリカたちも賛同の声を上げる。クリストバルが眉をひそめる。
「サルバドールは王になりたくないのか」
「むしろアドリアンがやると言う手もある」
クリストバルとベレンガリウスが部屋の奥と入り口から言うが、名前をあげられた二人は二人とも否定した。
「やだよ。僕は兄上の補佐をしたい」
「私も嫌ですよ。兄上の子がいるのに、どうして私が」
ベレンガリウスは眉をひそめた。ここまで否定されるとは思わなかった。
「……じゃあとばしてフアンは?」
「俺はおかしいだろ。父上が王になるわけでもないのに」
確かに。
「クリスお兄様かベガお兄様がやればいいでしょ。っていうか、行政関係はどうするの?」
相変わらず鋭いマルセリナにベレンガリウスが答える。
「一時的に私が内政関係を預かる。まあ、これは変わらないけど。代理決定は私と兄上の連名で行うから。異論は?」
「ありませーん」
同意が得られたので、ついでに議題二も終了した。
「で、最初の誰が王になるか、だけど。これはとりあえず保留で」
すぐに同意が得られた。これは、イバン王が亡くなっていた場合、葬儀までに決められればいい。ベレンガリウスはそう判断した。
「で、もう一つ」
ベレンガリウスが人差し指をあげたので、再び全員が耳を傾ける。
「ここにいる全員には、明日、陛下の遺体検分を行ってもらう」
「ええっ!?」
ベレンガリウスの言葉に初めて批判的な声が上がった。まあ、誰しも遺体を見るのは嫌だろう。それはわかるのだが。
「人の死に顔ってのは、家族でも見分けがつきにくいんだ。私と兄上だけでは無理がある。全員に見てもらう」
「わ、わたくしとアドラもですか!?」
と言ったのはデイフィリアだ。十三歳の彼女や十歳のアドラシオンに父親の死に顔を確認しろ、というのは確かに酷かもしれない。
「基本的に全員だ。よほど遺体の損傷が激しいときは考えるけど。人の死に顔ってのは家族でも見間違えるらしいからな。保険だ」
できるだけ大人数の意見が一致した方が良い、ということだ。民主的である。ちょっと違うか。
「とりあえず、これで大体直近のことは片付いた?」
「最大の問題が片付いてないけどな」
ベレンガリウスとクリストバルが相変わらず部屋の端と端で会話している。マルセリナが怪訝な表情で言った。
「なに。お兄様たち、仲良くなったの?」
「良くない」
二人の声が重なり、ベレンガリウスはクリストバルと目を見合わせた。
「全員、陛下のことは人に話すな。もっとも、もう広まっているだろうけど、だからと言って、話していい理由にはならない」
ベレンガリウスの言葉を、全員が真剣な面持ちで聞いていた。ベレンガリウスはそのまま話を続ける。
「明日、結果が出るまではっきりしたことは言うな」
みんながうなずいたのを確認し、ベレンガリウスもうなずいた。
「よし。兄上、他には?」
ベレンガリウスに話をふられ、クリストバルが少し間を置いて考えた。
「……詳しいことは、明日以降、追って知らせる」
再び全員がうなずいたのを確認し、王族会議は終了した。ベレンガリウスが扉を開けると、エリカやレアンドラがマルセリナやアレハンドラを連れて出ていく。人口が約半分になったところで、サルバドールが口を開いた。
「僕には、父上が落馬するとは思えないんだけど」
「ああ。俺もだ」
クリストバルがサルバドールに同意した。実を言うと、ベレンガリウスも同意である。
「誰かに無理やり落とされたとか」
「それこそ、兄上はその相手を切り捨てるでしょうな」
サルバドールの意見に、イバン王の実弟が反論した。そして、確かに、と思ってしまうので何とも言えない。ベレンガリウスは腕を組む。
「まあ、遺体を検死してみる価値はあるよね」
「……それ、誰がやるの?」
「いい質問だ、サラ」
エフラインに確認し、ベレンガリウス自身でも調べた結果、死した王の遺体を調べる事例など、過去にはないらしい。もし行うのなら、宰相決定や王子(一人は王女だが)の連名による許可では不可で、次の王、もしくは次期国王予定者の許可が必要になってくるのだと言う。つまりは勅令だ。
しかし、明日までに王を決めろ、というのが不可能だったから現状なわけで、つまり、検死許可は下りない。
だがこれは、宮廷医を含めた通常の医師の場合だ。一般の医師がダメなら。
「私だ」
ベレンガリウスは自分自身を指さしてにやりと笑った。沈黙が下りる。
「……え? 兄上?」
「ああ。ベレンガリアの方な」
クリストバルが訂正した。兄上、と呼ばれると相変わらず戸惑うらしい。彼はベレンガリアを『妹』として認識しているので。サルバドールがベレンガリウスを指さして言った。
「絶対無理なやつ!」
「お前、失礼だな!」
反射的に怒鳴り返したベレンガリウスであるが、確かに彼の御仁は医者ではない。
「ま、私も詳しくはないけど、死因くらいはわかるだろ」
「……不安しかないよ」
サルバドールの言葉に、全員がその通りだとばかりにうなずいた。みんなひどい。実はそんなに自信はないけど。でも、仕方がないではないか。下手に医者にやらせると、その医者の首が飛ぶ可能性がある。
「まあ、検死のことはわかったよ。それで、フアン兄さんはどうして兄……ベレンガリウス兄上に殴られたの? 気になるんだけど」
無邪気に尋ねたサルバドールに、フアニートは笑った。
「キスしたら殴られた」
ベレンガリウスはもう一発殴ってやろうかと、半ば本気で思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ベレンガリウスもクリストバルも押し付けあいです(笑)
ベレンガリウスは非情な判断も下せるので、こういうときばしばし指示を出します。お前、もう王になれよ……。