【4】
反逆罪と言う良くわからない罪状で捕まったベレンガリウスは、拘束されてはいなかった。謁見の間でクリストバルと向かい合っていた。ただ、クリストバルが王族らしい恰好であるのに対し、ベレンガリウスは武装解除されたままシャツにスラックスと言う格好だ。いつものゆったりした上着を着ていれば性別不詳で通るが、さすがにこの格好だと線の細さが目立つ。さらに編んでいた髪がほどかれて背中にかかっているので、さらに彼女が彼女であり、彼ではないのだと言うことを知らしめていた。
「まさかお前があっさりとやってくるとはな。領地に逃げるかと思った」
「まさか。自分の臣下を置いて逃げるわけないだろ」
両の腰に手を当ててベレンガリウスがそううそぶいた。クリストバルが相変わらずだな、と言わんばかりに呆れたため息をついた。
「お前、状況がわかっているのか?」
「わかっているつもりだけどね」
にっこり笑ったベレンガリウスにクリストバルが再びため息をついた。彼の背後に控えていた壮年の男性、つまりベギリスタイン公爵が声をあげた。
「殿下。この者は女でありながら政治に口出しし、あわや殿下の御立場を脅かしておるのですぞ! 立派な反逆罪です」
「……俺も納得がいかないが、ベレンガリアが第二王子位を賜っているのは事実だ。そうである以上、こいつが政治に口出しする権利はある。認めたくはないが、こいつは俺よりもよほど頭がいいからな」
「おほめに預かり光栄だよ」
ベレンガリウスが口をはさんだ。丸腰で圧倒的に不利であるのに、この飄々とした態度。ベギリスタイン公爵が腹を立てるのも仕方のない話かもしれない。
「し、しかし……それは明らかな反逆行為で」
震える声でベギリスタイン公爵が言った。ベレンガリウスは散らばっている髪を手櫛でまとめて右肩から前にながしながら言った。
「なあ。その反逆行為ってのは、誰に対する反逆なわけ?」
「は?」
再び口を挟んできたベレンガリウスに、ベギリスタイン公爵は苛立たしげな声を上げる。クリストバルの指摘には震えていたのに、変わり身の早いことだ。
「反逆ってのは、下の者が上の者にたてつくから反逆なんだよ。まあ、私は陛下と対立している自覚があるし、それが反逆罪だって言われたら言い逃れはできないけど。今ここにいるのは兄上だしね」
名目上、ベレンガリウスとクリストバルは同程度の存在である。第一王子であるクリストバルの方が有利であるのは確かだが、一応兄妹であるこの二人の間で『反逆』は成り立たない。
クリストバルがため息をつき、ベギリスタイン公爵に向かって言った。
「公爵。初めからうまく行くはずがなかったんだ。この女に論理的思考で勝てるわけがないのだからな」
あっさりと。クリストバルは義理の父を見捨てた。べギルスタイン公爵は青ざめる。
「お、お待ちくださいませ! 殿下! この者は必ず、殿下の行く手の邪魔となります!」
「あのさ」
懲りずに口をはさむベレンガリウスである。クリストバルが止めるのならやめようと思ったのだが、兄が止めることはなかったので言葉を続ける。
「私を引き摺り下ろそうとしている時点で、あんたは兄上を私より下だとみているんだよ。わかるか? 明らかな力関係がある場合、弱い方をはめる、という理論は成り立たない。だからあんたは、私と兄上を同程度、もしくは私の方が上だとみなしているんだよ」
このことのほうがよほどクリストバルを馬鹿にしているだろう。ベレンガリウスの言うことが理解できたらしいベギリスタイン公爵はついに震えだした。
「ですが……殿下。どうぞご慈悲を」
「安心しろ。ベレンガリアに引き合わせたことが、すでに慈悲だ。そうでなくば、俺はとっくにお前を切り捨てているだろうな」
脳筋と言うより、苛烈に過ぎる言葉だった。ベレンガリウスは思わず顔をしかめた。
謁見の間から引きずり出されるベギリスタイン公爵を眺めながら、ベレンガリウスは言った。
「なーんか、誰かに操られていたような気分」
と、クリストバルを見てみるが、ベレンガリウスは「違うな」と思った。目が合って確信したが、この台本はクリストバルが書いたものではない。
しかし、その台本はまだ終わっていないらしい。クリストバルが眼のあった妹に向かって言う。
「しかし、ベレンガリア。ベギリスタイン公爵の言うことも事実だ。俺か、お前か。この場ではっきり決着をつけておくのはどうだ?」
「私は玉座なんぞに興味はないからね。兄上、好きにしなよ」
ベレンガリウスが相変わらず飄々と答えると、クリストバルは持っていた剣を一本、ベレンガリウスの足元に投げた。
「そう言っても、お前の周囲は納得すまい。それで一応のケリをつけないか」
ベレンガリウスは足元の剣をちらりと見た。
「……まあいいけど」
ベレンガリウスは目を細めて剣の柄を手に取った。手に取った剣は、ベレンガリウスがいつも使っている剣よりも重かった。男性用なのだろう。ベレンガリウスが使用する剣は、長さこそあるがやや細身で軽いのだ。
「その試合、ちょっと待った」
すっと手が上がった。みんなの視線がそちらに向く。とりあえず剣を持ち上げ鞘に入れたままの剣先を床に付けてベレンガリウスが言った。
「その試合は不公平だろう。クリスは確かに優れた剣士だし、ベガも有能な為政者だ。だが、ベガは女性だ。クリスと戦わせるのは不公平だろう」
「……は?」
多くの怪訝な声が上がった。名が挙がっているベレンガリウスとクリストバルも声をあげた。特に張本人であるベレンガリウスは何を言われているかわからないと言う様子で口を開いた。
「いやいや。何言ってんの君」
挙手したフアニートを指してベレンガリウスが戸惑い気味に言った。
「いや、普通に考えて男女の性差があってお前に不利だろ」
「そうだけど。確かにそうだけど!」
不利も何も、ベレンガリウスははじめから勝つ気がなかったのだ。だから不公平な試合だろうがどうでもよかった。
「だから、俺が代理だ」
「待て待て。勝手に決めんな」
待ったをかけるが、先にクリストバルが「俺は構わん」と許可を出す。というか、何故本人より先に言うのだ。フアニートがベレンガリウスから剣を取り上げた。何故か見世物の様相になってきている。
「いやいやいや。おかしいだろ、どう考えても」
「どう考えてもお前が不利だろ」
「そうだけど!」
微妙に納得いかないベレンガリウスであるが、サルバドールとオルティス公爵に腕を引っ張られて後ろに下げられた。男二人がかりで引っ張られれば、ベレンガリウスとて逆らえない。だが、何故か集まっている観衆のあたりまで下がったところで無理やり手を振り払った。
「なんでみんな納得するんだよふざけんなよ」
ベレンガリウスが低く悪態をつくが、暴れると思ったのだろうか。サルバドールががっちりベレンガリウスの肩をつかんでいる。
一方の本人であるはずのベレンガリウスが納得していないのに、その試合は始まった。ベレンガリウスは知らず口元を手で覆った。
この場合はどちらが勝つのだろう。フアニートも、クリストバルも、ベレンガリウスより強い。それはわかる。しかし、その強さの程度がベレンガリウスには推し量れないのだ。
剣戟の音が響く。重い音だ。ベレンガリウスがクリストバルと打ち合えば、こんなに重い音は響かないだろう。それどころか、三合も打ち合わずに負けてしまう。
ベレンガリウスは勝つ気がなかった。それが、フアニートにもわかったのだろう。だから、彼は代わるなどと言いだしたのだ。
打ち合いはかなり続いたが、長くは続かなかった。クリストバルが剣を振り上げたのを見て、ベレンガリウスは悲鳴をあげた。サルバドールとアドリアンがベレンガリウスの肩をつかみ、その体を支えた。
「俺の勝ちだな」
フアニートの右肩から左脇にかけて袈裟切りに斬り下ろしたクリストバルが膝をついたフアニートを見下ろして言った。
斬られるのはベレンガリウスのはずだった。負けたのはベレンガリウスだが、実際に傷ついたのはフアニートだった。膝から崩れ落ちなかったのは、サルバドールとアドリアンが支えていたからだ。
息が苦しい。過呼吸だ。喘ぐように息をする。緊張と不安とショックとうまく息ができていない。
「殿下」
「兄上。しっかり」
アドリアンとサルバドールの声が遠くに聞こえた。過呼吸で意識が遠のき、ベレンガリウスはそのまま意識を失った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
先走って失敗した感じ。ちょっとこの辺からシリアスな感じで(笑)