表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェランディスの問題処理係  作者: 雲居瑞香
第4章 勝負の結果
30/43

【3】










 襲い来る様々な問題を解決しつつ、ベレンガリウスは父イバンが発つ日を迎えた。父が子どもたちだけ残して狩猟に行くなど、珍しい話である。いや、他の国ならばあり得るのかもしれないが、フェランディスに置いては珍しい話である。

 まあ、イバンがいなくなったからと言って、ベレンガリウスの仕事が変わるわけではない。南方のトーレス公爵の領地へ狩猟に出かけたイバンは、二週間以上は帰ってこないだろう。その間、ベレンガリウスは仕事が滞らないようにするだけだ。

 イバン王が狩猟に出かけて一週間ほどたったころ、ベレンガリウスは怪訝な声をあげた。


「はあ?」


 顔をあげたベレンガリウスは目の前のオルティス公爵アドリアンの顔を見上げた。彼は相変わらず胡散臭い笑みを浮かべて言う。


「ですから、夜会を開いてみてはいかがでしょう。陛下がいらっしゃいませんし、殿下とクリストバル殿下が主催と言うことで」

「やだよめんどくさい。もめる未来しか見えないよ」

「ですが、ベレンガリウス殿下かクリストバル殿下。どちらかが王位を継ぐことになりましょう。予行練習です」

「サラが継ぐ可能性もある」

「いいえ。ベレンガリウス殿下か、クリストバル殿下か。そのどちらかしかあり得ません」


 言い切ったアドリアンを、ベレンガリウスは静かに見上げた。持っていたペンを置き、組んだ脚に手を降ろした。

「公爵、あなた、私を女王にしたい?」

「それを望む人は多いでしょうな」

 はぐらかしたアドリアンを、ベレンガリウスは机に肘をつき、組んだ指に顎を乗せて上目づかいに見上げた。

「この国の第一王子はクリストバル殿下だ。私は第二王子を賜ってはいるが、実際には第一王女で、継承順位は第三位にあたる。……いや」

 ベレンガリウスは目を閉じ、椅子の背もたれに寄りかかった。


「真実を加味すれば、私の継承順位はもっと低い」


「ですが、王族ではある。そもそも、有能なものが王になるのに、血筋などいかほどの意味がありましょうか」

「人々はそれを気にするんだよ」

 たとえ実際に政治を動かしているのがベレンガリウスだったとしても、こればっかりはどうしようもない。ベレンガリウス自身のせいではないのだが。

「とにかく、私は女王になる気も夜会を主宰するつもりもない。やるならクリストバル殿下にやってもらえ。どうせ手配するのは私だけどな!」

 腹立たしげにそう言い捨てたベレンガリウスは書類仕事に戻った。アドリアンは苦笑を浮かべ、「失礼します」と一礼する。ヒセラがそれを見送ってから尋ねた。

「よろしいのですか?」

「何が?」

「オルティス公爵を追い返してしまって」

「……」

 ベレンガリウスは再びペンを置き、両肘を机について立っているヒセラを見上げた。


「あの御仁も食えない人だ。私がここでうなずけばよし。うなずかなければ更なる手を打ってくるだけだよ。そうなれば、また対処すればいい」

「……行き当たりばったりですね」

「まあ、公爵の動きが読みにくいからねぇ。それに、彼の言うとおり、私か、兄上か。選択肢が二つに一つなのもまた事実なのだから」


 二者一択。しかし、そのどちらかを選ばなければならないときは、おそらくまだ来ない。


 そう思っていたベレンガリウスの見通しは、珍しくも甘かった。
















 その翌日。久々に王都の街で市場調査をしていた。やや貴金属の値段が上がっている気がしたが、これは時によってかなり値段が上下するものなので、こんなものだろうと結論づける。


「でん……ベガ様!」


 いつも通り『殿下』と呼ぼうとして、愛称である『ベガ』に直して呼ばれた。街であるし、こんなところを第二王子がふらふらしていると知られるのはあまり良くない。


「おやぁ。リノじゃないか。君が急いでくるとよく無い知らせが来るような気がするのは私の気のせいかな」


 一息で言い切ったセリフがひどい。だが、リノがやってくるときはよく無い知らせが多いのは事実である。走ってきたらしいリノは息を切らしながら言った。


「大変です! 宮殿が占拠されました!」


 周囲をはばかり小声だったが、その言葉はさしものベレンガリウスをも凍りつかせた。

「占拠って、誰に?」

 ベレンガリウスの護衛についていたアミルカルが尋ねた。リノはアミルカルを見上げて言った。

「ベギリスタイン公爵です。今のところ、ヒセラはアレハンドラ様の部屋に軟禁、ディエゴ様は貴族牢に入れられています」

「……仕事が早いな。リノは良く抜けてこられたね」

 ベレンガリウスが言うと、リノは軽く笑って「兄が逃がしてくれました」と言った。


 リノは三人兄弟の末っ子だ。一番上はイバン王について現在トーレス公爵領、次兄はクリストバルの臣下だ。リノが言う兄とは、この次兄のことだろう。

「ってことは、兄上が計画したことではないんだな」

 ベレンガリウスはそう結論づけた。アミルカルとリノがベレンガリウスの指示を仰ぐ。

「いかがなさいますか?」

「侵入します?」

 ベレンガリウスは目を細めて微笑んだ。アミルカルとリノの背筋にぞくりと悪寒が走った。

 いつも飄々としていてつかみどころのないベレンガリウスであるが、必要とあれば冷酷な判断を下すこともある。

 だが、その冷徹なまなざしはすぐに和らいだ。


「まあ、正直このまま領地に帰ってもいいかなぁって思うんだけど」


 ヒセラたちを置いていくわけにはいかない。それに、これはクーデターだ。誰に対するものかは、ベギリスタイン公爵自身に聞いてみないとわからないが。

 ベギリスタイン公爵はクリストバルの妻アレハンドラの父にあたる。クリストバルから見て義理の父親だ。となれば、クリストバルを王にしたい、ということなのだろうけど。

 くしくもこの時、宮殿に一人になったクリストバル(陣営)が宮殿を占拠した。イバン王の懸念は事実になったのだ。

 まあ、ベレンガリウスに言わせればこの時に騒動を起こすなんて自殺行為に等しい。クリストバルも賛同していないのなら、ベギリスタイン公爵の独断専行であるだろうし。

「でも、そうだね。宮殿に戻ろうか」

「じゃあ、抜け道に案内しますよ」

 リノがほっとしたように言ったが、ベレンガリウスは「いや」と首を左右に振った。

「正面から堂々と行こう。もうすぐ迎えが来るよ」

 そう言うと、歩いていたベレンガリウスが唐突に立ち止った。アミルカルが剣の柄に手をかけて振り返る。リノがベレンガリウスの手を引いてかばうように前に出た。


「第二王子ベレンガリウス殿下」


 まだ人目のある市場の端だったので、何人かがその名にこちらを見た。注目を浴びているベレンガリウスは平然としたもので、ベレンガリウスが言うところの『迎え』である第二騎士団の騎士たちが逆に動揺した。

「反逆罪の容疑で拘束させていただく」

「へえ? 誰に対する反逆罪だい?」

 おそらく、そう言って連れて来いと言われていただけなのだろう。騎士たちが動揺した。ベレンガリウスは両手をあげて言った。

「まあいい。私を連れて行くんだろ? ほら、連れて行けよ」

 明らかに不利なはずなのに余裕すら感じさせるその態度に騎士たちは混乱した。とりあえず連れてこいとのお達しなので、ベレンガリウスの周囲を囲むように騎士たちが立つ。騎士がベレンガリウスの身体調査をしようとしたので、アミルカルがその騎士の手をつかむ。


「女性の体に断りもなく触れるとは何事だ」


 しばし騎士とアミルカルがにらみ合った。こんななりでも、確かにベレンガリウスは女性であるので。

 にらみ合った末に騎士の方が折れた。

「……申し訳ありませんが、姫。刃物などの確認をさせていただきます」

「ご自由に」

 姫と呼んだのは嫌味だろうか。だが、ベレンガリウスは平然とそう返し、自分から上着を脱いだ。さらに短剣や針に似た武器になるものもすべて騎士に手渡した。アミルカルとリノも武装解除されている。アミルカルに対するものはやや乱暴だった。

「さて。城内に連れて行ってもらおうか」

 身軽になったベレンガリウスはこうして、堂々と真正面から宮殿に入場することとなった。


「ああ。私の臣下に手荒な真似をしてみろ。例え私が拘束されていようとも、その喉笛をかき切ってやるからな」


 とは言ったものの、クリストバルがこの宮殿制圧に乗り気でない様子なので、ベレンガリウスの臣下、つまりアミルカルたちに手が及ぶことはないだろう。せいぜい牢に入れられるくらいだ。

 そして、ベレンガリウスは兄たるクリストバルと話をすればいい。今、ベレンガリウスを殺すことはできないだろう。なぜなら、今、彼の御仁がいなくなるとすべての業務がストップしてしまうので。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今回はクーデターではありません。あくまで制圧です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ