【3】
本日三話目。今日はこれまでです。この先はいつも通り、隔日投稿になります。
何かと忙しい……というか、問題解決係であるベレンガリウスであるが、休む時は休む。ストレスがたまってどうしようもなくなると、武芸の稽古をしたり、フラッと王都の街を探索に出たりする。今日は街に降りて市場をのぞいていた。
「ほお。ハインツェル帝国風の細工だな。なかなか美しい」
ベレンガリウスが眼に止めたのは露天商の装飾品だった。金色の細いブレスレッドで、宝玉なのはついていないが、彫られている紋様が見事である。ベレンガリウスは同行人を振り返った。
「ヒセラにあげたら喜ぶと思うか」
「……それよりも正直に謝った方がよいかと」
「……やっぱりそう思う?」
ベレンガリウスはため息をついた。ちなみに、ブレスレッドは購入した。
「というか、何が起こったらあんなにぼろぼろになるんですか。さすがに俺も驚きましたよ」
「いや……ちょっと取っ組み合いの喧嘩をね」
「子供ですか」
そうツッコまれては反論できないベレンガリウスであった。昨夜、フアニートと取っ組み合いの喧嘩をしたのである。二人とも酔っていたので、喧嘩の原因は覚えておらず、ただベレンガリウスの私室のソファとテーブルが犠牲となった。
今、放蕩貴族のような恰好をしたベレンガリウスの護衛についているのは、アミルカル・ウルティアという青年である。ウルティア公爵の次男であり、二十五歳なのでベレンガリウスよりひとつ年下になる。国軍第三騎士団、つまりこれがベレンガリウス直属の軍隊になるが、第三騎士団の隊長である。若いが優秀なのである。
一応お忍びなので、アミルカルも平服だ。平民男性の一般的な衣服をまとっているが、それでも気品が見られるのは彼が真の貴族であるからだろう。基本的に騎士服でいることの多い彼だが、貴族的な格好も良く似合うのである。栗毛に空色の瞳をした端正な顔立ちの青年だが、結構な苦労性で、顔立ちの割にはモテなかったりする。
フアニートと取っ組み合いの喧嘩をしたベレンガリウスはヒセラに怒られ部屋から叩き出された。部屋を片付けるのだそうだ。あまり怒らないヒセラだが、怒ると怖い。そのまま政務をおこなう気になれず、こうして街に出てきたのだ。一人で来るつもりだったが、城を抜け出す途中でアミルカルに発見されたので現在二人なのである。
金髪を緩く束ね、ゆったりとした衣服をまとうベレンガリウスはどこからどう見ても放蕩貴族だ。少なくとも、平民には見えない。武装はアミルカルと共に一振りの剣を腰に佩いているだけだ。
「まあ、せっかく街に降りてきたんだから、市場調査も行おう」
通常は部下に任せるのだが、自分の目で見えてくることもある。
戦争をしていても、ロワリエ王国の物品は入ってくる。ロワリエ王国の技術力はかなりのものなので、当然と言えば当然だが。
「人の営みと戦争とは関係ないと言うことか」
「まあ、ロワリエは敗残国ですし、手っ取り早く賠償金を払うには奪うのが一番ですからね。それより、俺たちはいつ出陣するのでしょう」
「う……っ。そこを突かれると痛いんだけどね。私には軍事決定権がないからね……」
そう。自分の軍を持っているのに、ベレンガリウスは自分で動かすことができないのだ。いや、王都内で動かすことは自由だ。だが、戦に出征すると言う国事行為を行う場合、どうしても軍事権を握る国王の許可が必要となる。
内政権はほぼベレンガリウスが掌握しているが、軍事権はそうはいかなかった、と言うことだ。
「陛下も、さっさと殿下を出征させるか、ご自分が行けばよろしいのに」
「陛下は私を置いては行かれないだろうな。私を一人残して行けば、私が王位を簒奪すると思っていらっしゃる」
ベレンガリウスのさらりとした、しかしとんでもない言葉にアミルカルは少し顔をしかめて尋ねた。
「……本当にそうなされますか?」
その問いかけに、ベレンガリウスは人の悪そうな笑みを浮かべた。
「さて。どうだろうな?」
「……」
沈黙したアミルカルに、ベレンガリウスはニコリと笑って見せた。
「その時にならんとわからんよ。ただ、父上は私を排除することもできない。繁栄の予言は、父上の二番目の子になされたのだから」
権力者と言うのは面白い。予言など信じないと言いつつ、それに伴った行動をするのだから。
父イバンはベレンガリウスと同じく現実主義者だ。そんな彼が即位時になされた予言が一つある。
『お前の二番目の子は、この国に繁栄をもたらす』
現実主義者であるイバンは、この予言を下した予言者を切り殺してしまった。
予言と言うのは、かつてこの世界にあった魔法の名残だと言われる。予言を下した予言者は吟遊詩人であり、父の即位を祝いに来ていたのだ。父は即位と言うめでたい時に一人の死者を出したことになる。
予言は下された。多くのものが聞いていた。現実主義者であるイバンであるが、全く予言の内容を気にしない、と言うわけにはいかなかったようだ。まったく無視はできず、こうして中途半端に予言を気にしている。
この予言の内容はともすれば、イバンの二番目の子が父親を追いやり王国を繁栄させる、と言う風にも聞こえる。だから、排除できず、かといって優遇もできないのだ。
予言を一刀両断できないのには、まだ訳があるだろう。予言が全くでたらめだとは言い切れない事例がいくつかあるのだ。
世界を探せば、予言を受けた人間と言うのは幾人かいる。その中で最も有名なのは島国ダリモア王国のニコラス王太子だろう。ベレンガリウスが最も尊敬する人物でもある。
ニコラス王太子は今から半世紀ほど前の人物だ。王太子、と言われている通り、王にならずに死没している。
彼は世界変革の予言を授けられた人物で、実際にその通りになった。彼は様々な改革を行い、国を、戦争を、世界を変えていった。その生は四十年にずぎなかったが、半世紀にも及ばない時間で、彼は予言を現実のものとしてしまったのである。
以降、予言が実在するのではないか、と思う人物が多くなったそうだ。ベレンガリウスに言わせれば、予言などそれを聞いたものがその通りに行動するから実現したように見えるのであって、その人を縛るような力は何もないと思うのだが。
だが、言われれば人間気にするもの。仕方ない……と割り切ることは、巻き込まれた人間には思えない。
「殿下……もう帰りましょうよ……」
アミルカルが力なく言った。護衛である彼の立場からすれば、一応王族であるベレンガリウスを早く宮殿に戻したいのだろう。ついでにそろそろ仕事も溜まってきているはず。ディエゴ、泣いてないといいけど。
そう思うとなぜか罪悪感が。と言うか、何故自分はこんなに仕事のことばかり考えているのだろうかともの悲しい気持ちになってくるベレンガリウスだった。もう少し、人生に潤いが欲しい。
「……そうだね。帰ろうか……」
山積みになっているであろう書類を想像してしまい、ベレンガリウスの声音にも覇気がない。そうして宮殿への道をたどろうとしたとき、事件は起きた。
「……」
「……」
「……」
「……」
目があった。一応ベレンガリウスもアミルカルも気づいていたが、二人のあとをつけてきていた人物たちだ。彼らもまさか二人がここで振り返るとは思わなかったのだろう。下町の路地裏だ。そもそも、王族が共一人でこんなところにいることの方がおかしい。
刺客に襲われるのも初めてではない。だが、こんな出会い方は初めてだ。相手も間抜けだが、自分たちも間抜けすぎる。
先に動いたのは刺客たちだった。続いてアミルカル。刺客は三人いるが、まあ、アミルカルなら大丈夫だろうとベレンガリウスは見学を決め込んだ。
と、思ったのだが刺客も甘くはなかった。背後からさらに二人襲い掛かってきた。ベレンガリウスは金髪を揺らして振り返る。腰の剣を鞘から引き抜くと、その勢いのまま一人を切り捨てた。
さらにもう一人の剣は受け止め、足をあげて蹴りつけた。倒れた刺客を逆手に持ち直した剣で刺した。
「殿下。ご無事ですか」
「おうよ。アミルもさすがだな」
アミルカルが倒した三人の刺客も見やり、ベレンガリウスは言った。剣をふって血を払うと鞘に納める。
「まったく。こうなるから帰りましょうと言ったんです」
「悪いねぇ。私もまさか振り返ったとたんに遭遇するとは思わず」
ベレンガリウスは軽く笑いながら言った。五人分の遺体がそばにあるのに、笑えるのは、度胸と言うより既に狂っているのかもしれない。
ベレンガリウスが宮殿に帰ってまずしたことは、ヒセラに謝ることだった。
「すまない」
一思いに謝り頭を下げたベレンガリウスに対し、ヒセラはため息をついた。どう考えても主従的には間違っている気がするが、双方とも気にしたことはなかった。
「まあいつものことですし、言うほど怒ってません。でも、朝一であの惨状を見ると……。子供ですか」
「ははは……。ごもっとも」
ベレンガリウスは軽く笑って、それから購入したブレスレットを差し出した。ヒセラが怪訝そうに見る。
「なんですかこれ」
「いや、ブレスレットだね。君に似合うかと思って」
「要するに、物でわたくしを釣ろうとしたと」
「簡単に言うと、そう言うことだね」
悪びれないベレンガリウスに、ヒセラは再びため息をついた。
「ありがとうございます。うれしいです」
ヒセラはそう言って受け取った。早速手首に付ける。うれしい、と言う言葉通り、彼女は笑みを浮かべていた。ひそかにベレンガリウスはほっとする。女性に限らず、人に贈り物をするときは気を使う。
「ところで殿下。ディエゴ様からこういうものを預かっていますが」
そう言って差し出されたのは予算の決裁書だった。第一王子クリストバルが敗戦したのでその分の財政の修正を求められたのである。戦に出ようが出まいが、こういった処理はすべてベレンガリウスに回ってくる。
「――――っ! ふざけんじゃねぇぞ、面倒なことはすべて押しつけやがって!」
やはり、ベレンガリウスは短気であったが、この怒りも仕方がないのかもしれない、とアミルカルとヒセラは思ったそうな。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
あらすじにもありますが、予言シリーズであります。年代的には、一番後になります。
予言シリーズなので、小説タイトルを『二番目の子と予言の終焉』(ちょっとネタバレ)にしようか迷いました。でもネタバレなのでやめました。結局書いてますけど。