【5】
晩餐会には現在宮殿にいる直系王族、つまり、イバン王をはじめ、第一王子クリストバル、第二王子ベレンガリウス(第一王女ベレンガリア)、第三王子サルバドール、第四王女マルセリナ、第五王女デイフィリア、第六王女アドラシオン、さらに第二妃エリカ、第三妃レアンドラも一緒だ。正妃エカテリーナは相変わらず引きこもっていて不在。
総勢九名。イバン王が上座、いわゆるお誕生日席。その右手にクリストバル。向かい側にはベレンガリウス。クリストバルの隣にはサルバドール、デイフィリア、エリカの順。ベレンガリウスの隣にはマルセリナ、アドラシオン、レアンドラの順で並んでいる。
エカテリーナが入ると多少席順が変わってくるだろうが、今までそんな事例はない。
基本的にこのメンバーで食事をとると無言となるが、今回はそう言うわけにもいかない。
「それで父上、マリー。考えは変わりましたか」
昼間の騒動をぶった切ったのはベレンガリウスなので、ベレンガリウスが口火を切った。瞬間、二人の顔が強張る。
「何度も言っておろう。マルセリナはダリモアに嫁がせる」
「変わらないわ。わたくしはフィデルと一緒になりたい」
ベレンガリウス越しにイバンとマルセリナがにらみ合った。挟まれたベレンガリウスは腕を組んでため息をついた。
「先に言っておきますが、私はマルセリナをベルガンサ公爵家に嫁がせるつもりです」
「貴様、王にたてつく気か! 王女の嫁ぎ先は王である私が決める!」
「ではお聞きします。今マルセリナをダリモアに嫁がせることで、何の益がありますか」
「ダリモアに嫁げば、マルセリナは王太子妃となる。ゆくゆくは王妃だ」
「王妃になることが必ずしも国益になるとは限りません。特にダリモアとは現在、友好な関係を築けています。なので、特にマルセリナを送り込む必要はありません」
ベレンガリウスが冷静に指摘した。政略結婚は国同士の結びつきを強くするものだが、戦時ならともかく、平時である今、特にその結びつきは必要だとは思わない。
そもそも、婚姻による結びつきはもろい。平気で破棄される。嫁いだ以上、その娘は嫁ぎ先の家に帰属するものであるし、必ずしも生国のために働くとは限らないのだ。第二王女エミグディアなどは、フェランディスと嫁ぎ先のヴァルディアが戦争となったとき、迷わずにヴァルディアをとるだろう。
「陛下。二人の意見が対立し、その中間の策がない以上、どちらかが折れなければなりません。陛下の言うダリモアに嫁がせるという案に益が見られない以上、私はマルセリナをフィデルに嫁がせます」
「お兄様……」
マルセリナが感動したようにベレンガリウスを見つめた。いろいろと問題児である彼女だが、出来の悪い子ほどかわいいと言うのは本当なのかもしれないと失礼なことを考える。
「だが、一国の王女だ! ベルガンサ公爵家は、公爵とはいえ家格が低い! それこそ、お前の言う益がないではないか!」
「ええ。私は益だけを追求するなら南国の島国、ギャバンと縁を結びたいですね」
「……」
ギャバンは南の海に存在する小国だ。しかし、資源が豊かで、ベレンガリウスとしてはぜひ仲良くしておきたい国である。
だが、彼の国は共和制であり、基本的に『婚姻で縁を結ぶ』という策が使えないのである。
まあ、それはさておきだ。マルセリナの話である。
「陛下。マリーを国内に置くのは、決して無駄なことではありません。マリーは賢い。兄上やサルバドールに万が一があった時でもうまく対処できるでしょう」
隣のマルセリナが「自分のことは?」と言う風にベレンガリウスを見上げている気がしたが、ひとまずそれは無視する。
「そんなことは起こらぬ!」
「父上と言えども断言はできないはずです! 物事に関しては常に最悪な方向に考えておくべきです。そして、このまま父上がマリーとダリモアとの縁談を無理やり推し進めると、マリーが駆け落ちする可能性が高い!」
「……」
妹の駆け落ちを大声で叫んだら、みんなにどん引きされた。
「……マリーがベルガンサ公爵家に嫁ぐことより、駆け落ちされる方が損失が大きいでしょう?」
言い方は悪いが、貴族の女性は『道具』なのだ。より有利に政治を進めるための。マルセリナが駆け落ちなんてすれば、その『政治』が進めづらくなる。主にベレンガリウス側の事情だが、王家の権威が落ちるのも事実である。
そして、イバンがマルセリナとフィデルの結婚を認めないのであれば、ベレンガリウスは全力でマルセリナとフィデルの駆け落ちを支援するつもりだった。正確には、そう言うつもりだった。
「……好きにするがよいわ!」
ちらっとクリストバルを見たイバンであるが、彼はわれ関せずとばかりにサルバドールと話し込んでいたので、あきらめたようだ。というか、この二人……。
とりあえず、よし、勝った! という状況なのでベレンガリウスは気にしないことにした。
△
晩餐が終わると、最初にイバンが退出した。それからクリストバルが立ち上がる。ベレンガリウスはその彼を追って行った。
「ちょいと兄上」
「なんだ。なれなれしく呼ぶな」
どちらかというと整っているはずの顔が凶悪に見えた。赤みがかった金髪に新緑の瞳をした精悍な顔立ちの男性で、既婚者。子が二人いるフェランディスの第一王子クリストバル。ヒセラからの情報によると、何気に恐妻家であるらしい。
ベレンガリウスとはいわば政敵にあたる。ベレンガリウスはその政敵にあたる人間と並んで歩きながら着こんだジャケットを脱ぎ、タイを緩めた。
「クリストバル殿下、様子おかしくないか? 大けがで頭でもやられた?」
「相変わらず失礼な女だな」
クリストバルは自分もタイを緩めながら言った。
「貴様が言うのが俺が反論しなかったことなら、貴様に口で勝つのはあきらめただけだ」
「ああ、それは賢明な判断。えてして男は女に口で勝てないそうだよ。かくいう私もヒセラには舌戦で勝てない」
「俺達には勝てて侍女には負けるお前の性別は何なんだ。中間か」
これはクリストバル渾身のボケなのだろうか。よくわからないが。
「……まあとにかく、おかげでマリーとフィデルを一緒にできそうだ。礼を言う。ありがとう」
「……俺もそれなりには妹をかわいがっているつもりだ」
低い声で無愛想に言ってのけたクリストバルであるが、その声質とセリフのギャップに、ベレンガリウスは思わず噴き出した。
「あ、兄上っ。その顔と声で『かわいがっている』はないわ~!」
結構ひどいベレンガリウスである。しかも爆笑した。クリストバルが怒りの表情で兄弟の頭をつかんだ。
「貴様! ふざけるなよ……!」
「いだだだだっ」
頭を強い力でつかまれ、さすがにベレンガリウスも笑いをひっこめて悲鳴をあげた。
「……楽しそうね、お兄様たち」
呆れた声でツッコミが入った。件の妹、マルセリナだ。いい年した大人二人の子供っぽい喧嘩を目にしたマルセリナ(十七歳)は呆れ気味である。
しかし、ベレンガリウスもクリストバルもすぐに姿勢を戻したからか、それ以上はツッコんでくることはなく、代わりにスカートをつまんで最上級のお辞儀をした。
「お兄様、ありがとうございました。感謝いたします」
お兄様、というのはどちらを指すのか。思わずベレンガリウスはクリストバルを横目で見上げた。彼も見下ろしていたので、目が合う。すぐにそらした。
「……一応、礼は受け取っておこう。だがこちらとしては、お前に本当に逃げ出されでもしたら困る、というだけだよ」
結局、ベレンガリウスが答えた。妹の願いをかなえてやりたかった、というのも否定できないが、打算もかなり含んでいたのも事実である。
「その……ダリモアとの関係は……」
マルセリナが控えめに聞いた。ダリモアとは交易をおこなっているが。
「さほど影響はないだろう。まあ、いくつかあちらの要求をのまないといけないかもしれないけど、大したことはないな」
さらりと言ってのけたが、結構重要なことである。ついでに言うなら、答えているのはベレンガリウスだが、実際に交渉を行うのはサルバドールになるだろう。それで思い出した。
「マリー。フィデルをサラの下に付けようと思う」
「サラお兄様の?」
尋ね返してきたマルセリナに、ベレンガリウスは「うん」とうなずいて見せる。
「本当に君とフィデルが結婚するなら、彼は王女を娶ることになる。それなりに力をつけてもらわないとね」
まあ、簡単に言うと恩を返せ、ということである。それもあるが、どちらかというと、イバン王を説得する意味合いが強い。今のところ、サルバドールが外交を担っているが、それでもベレンガリウスが花祭りに行くことになったように欠員が出ることもある。
王族ではないが、王女の夫であれば十分だ。立場的に、ロワリエのラパラ公爵と同じになるか。まあ、フェランディスでは王女の夫は王族扱いにはならないのだが。
「わたくしからも話しておくわ」
「それがいいだろうね。正式な任命書はあとで渡そう」
さすがに人事権は持っていないベレンガリウスであるが、おそらく、許可が出るだろう。
もしも、これでフィデルがしり込みするようなら、それはベレンガリウスの知ったことではない。しかし、彼の語学力を活かそうと思うのなら、外交官としてサルバドールにつけるのが一番良い。サルバドールは巻き込まれる形になるが、まあ、そこは納得してほしい。
どうにかうまくまとまりそうなことにベレンガリウスはほっとした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
細かく別れていますが、次でこの章も完結です。
ベレンガリウスがさんざん脳筋だと言っていますが、クリストバルはベレンガリウスに対抗心があるだけでバカではありません。