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【4】











 結論は晩餐会で出すことにした。晩餐会なら他に人もいるので熱くなり過ぎないだろう、という判断だ。実際はどうなるかわからないが。

 それまでの間にベレンガリウスはたまっている業務を押しやり、フィデルとマルセリナについて調べた。ベレンガリウスが本気を出せば、二人が生まれてから今までの素行や交友歴などがほぼすべてわかる。


「兄上。報告書持ってきたんだけど」


 ノックもせずに執務室の扉を開けたのは第三王子サルバドールである。十八歳の彼は黒髪に空色の瞳をした優しげな青年である。第二妃の子で、つまりマルセリナの実兄にあたる。

「ちょうどいいところに来た。サラ、ちょっとこっち来い」

「……兄上にそんなこと言われると嫌な予感しかしないんだけど」

「お前、失礼なこと言うな」

 そう言いながらも面倒であることは事実だ。何しろ、現在対立しているのはこの国の頂点と彼の妹なのである。

「はい。これが帝国の外交官と話し合った内容」

「了解。お前、ちょっとそこ座れ」

「……やだって言ったら?」

「ヒセラ、確保」

「了解です」

 ベレンガリウスがまじめくさった表情でそんなことを言うと、ヒセラも真剣な表情でサルバドールの退路を塞いだ。本当に彼を確保しようとしたヒセラに、「わかったから触らないで!」などと言っている。


 サルバドールがソファに腰かけたところで、執務机に座ったままのベレンガリウスは口を開いた。少し前までこの部屋の主が見えないほど高く積まれていた書類が、今ではずいぶん減っている。

「お前、マリーのことは聞いているな」

「私が会談をしている間に陛下と対立したっていうのは聞いた。ついでに兄上もぶちぎれたって聞いたけど」

 正しいがどこか含むところがあるサルバドールの言葉に、ベレンガリウスは「お前それ、フアンから聞いたんだろ」と言った。思った通り、彼はうなずいた。


「あいつの言うことをなんでも鵜呑みにするな」

「兄上もキレるのは大概にしないとまた胃に穴が空くよ」

「余計なお世話だ」


 と言いながら、すでに胃がきりきりしているベレンガリウスである。まあ、それはさておきだ。

「……聞いてはいるけど、私に役に立てることがあるとは思えないんだけど」

 サルバドールが謙遜しているのか面倒くさいのかよくわからないが、そんなことを言った。立ち上がったベレンガリウスは乗り気でない彼の前にワインボトルを置いた。

「帝国産、シナー・ワインだ。花祭りに行ったときにもらったんだが、いるか?」

「いいの?」

「代わりに少し協力しろ」

 ベレンガリウスが容赦なく言うと、サルバドールは「……少しなら」と了承した。なので、ベレンガリウスは尋ねた。


「現在のダリモアとの関係は? 婚約を断ったら、破たんするようなものか?」

「それはない」


 即答だった。一応報告はベレンガリウスに上がってくるとはいえ、やはり現場にいる人間の方が状況がわかっている。

「フェランディスもダリモアも同規模の国だし、ダリモアはロワリエと仲が悪いから、大陸側の窓口となるフェランディスと敵対するとは思えない。それに、何か行動を起こそうってとき、やっぱり間に海を挟んでいるのは大きいよ」

「鋭い洞察力だ。さすが」

 ベレンガリウスは手放しにほめたが、サルバドールは不満げに「兄上に言われてもなぁ」とつぶやく。


「どうせわかってて私に言わせたんじゃないの」


 ベレンガリウスは肩をすくめる。

「さてな。確証が欲しかったのかもしれない」

「ほらぁ。それ、わかってることが前提じゃん」

 不毛な言い争いはともかく。

「兄上も会ったと思うけど、ギルバート王太子殿下は求婚を断ったからと言って怒るような人じゃないよ。エドワード王も、国王にしては珍しいくらい気性が穏やかだし。まあ、代わりに有利な交易条件をいくつか持って行かれるかもしれないけど、ロワリエみたいに問答無用に攻め入ってきたりはしないと思うよ」

「なるほど……譲歩できる条件をいくつか考えておこう」

 ベレンガリウスがそう答えると、サルバドールは意外そうな声音で、しかし、眼はやっぱりね、と言わんばかりの表情で言った。


「じゃあ、兄上はマリーをフィデルと一緒にさせるつもりなんだ?」

「……まあ、そう言うことだな」


 ベレンガリウスはフィデル・ベルガンサの経歴を思い出す。フェランディスの貴族子息はすべからく剣術の訓練を受けるが、フィデルは実技に関して成績はいまいちだった。おそらく、リノの方が強い。しかし、代わりのように学問に関しては優秀で、とくに語学に優れている様子が見られた。

 人当たりも良く成績も良い。悪い噂のない性格の良い少年だ。ここまで来ると裏があるような気がするが、まあそのあたりはわかった時はわかった時だ。今は目の前の問題を片づける。

「父上はどうやって説得するの?」

「理詰め」

「わお」

 サルバドールが面白そうな顔になった。武断の王であるイバンには、理詰めが最も利く。

「クリス兄上はなんと言いますかね」

「さてね……まあ、こちらは出方次第だ。先ほどは私に味方してくれたが、次はどうだろうな」

 しかし、ベレンガリウスはクリストバルがマルセリナとフィデルの婚姻に反対しないだろうと思っていた。根拠は特にないが。


「殿下。サルバドール様。そろそろ晩餐のご準備をされた方がよろしいかと」


 ヒセラが声をかけてきた。ベレンガリウスが「そうだね」とうなずく。サルバドールも立ち上がり、ベレンガリウスが賄賂に出したワインボトルをつかんだ。

「もらっていくよ」

「ああ。構わない。どうせ私は飲まないからな」

 飲む時間がないともいう。サルバドールは苦笑して「じゃあ遠慮なく」とワインを持って支度に行った。

 まあ、晩餐会と言っても、家族で集まるだけなのでそこまで堅苦しい恰好でなくても良いが、さすがにベレンガリウスのこのエスニック系の上着はダメだろう。そこで、ヒセラが差し出したのは。

「どうですか?」

「お前、それどこから持ってきたんだ?」

 会話が成り立っていないが、基本的にこの二人はこんな感じである。ヒセラが差し出してきたのは深紅のドレスだった。どこから持ち出してきたのかはさっぱりわからないが、通常より縦に長い気がするので、おそらくベレンガリウス仕様なのだと思う。

 ベレンガリウスの身長はフェランディスの成人男性の平均身長より高い。そのため、わざわざあつらえなければベレンガリウスが着られるドレスは存在しないのだが、そんな命令を出した覚えはない。

「エリカ様にお話ししてみましたら、面白がって作ってくださいました」

「……まあ着る機会なんてないだろうけど、一応とって置けば。うまく行けばサラに着せられるかも」

「それではサルバドール様が可愛そうではありませんか」

「私はいいのか」

「性別的に矛盾しておりませんから」

「なるほど」

 思わず納得してしまったベレンガリウスであるが、そう言う問題ではない気もした。


 とりあえずジャケットを着こみ、髪を編み直す。ドレスはヒセラがクローゼットにしまいこんでいた。

「どこからどう見ても優男風の貴公子です」

 とヒセラに太鼓判を押され、ベレンガリウスは部屋を出た。まっすぐ食堂に向かうのではなく、ある人の元へ向かった。


「まあ、これはベレンガリウス殿下。このたびは娘がご迷惑をおかけしております」


 第二妃エリカの元だ。落ち着いたグレーのドレスを着た彼女にベレンガリウスも笑いかける。

「いやいや。私の妹でもあるからな。それに、何も言わずにいなくなられるよりはいい」

 ベレンガリウスはそう言って微笑みながらエリカに腕を差し出した。食堂までエスコートするつもりなのだ。エリカも微笑んでベレンガリウスの腕をつかむ。

「お似合いですわよ、ベレンガリウス殿下」

「ありがとう」

 ベレンガリウスは苦笑してエリカに礼を言ったが、考えてみれば、エリカはベレンガリウスに赤いドレスをあつらえたのだ。少し聞いてみたくなったが、それは後でもいい。今はマルセリナのことである。

「エリカ殿はマリーとフィデルのことは気づいていた?」

「なんとなくは。はっきりと言われたことはないけれど、好いた人はいるんだろうなとは思っていましたわ」

「なるほど。さすがに母ともなれば察しが良いらしい」

「まあ、女の勘と言うやつですわね」

 根拠はない。しかし、結構あたる『女の勘』である。

「わたくしは、マルセリナを一国の王女として育ててきたつもりです。例え愛する相手がいるとしても、一緒になれる可能性は低い。王女は国のために婚姻を結ぶものだと教えてきたつもりなのですが」

「まあ、人の心と言うのはそう簡単に割り切れるものではないからね」

 そう答えたベレンガリウスにエリカは微笑みかけた。

「殿下はそのあたり、公私がはっきり分かれていますわよね」

「さて、どうだろう。私の政策にも、私情が大いに挟まれているよ。今回のこととかね」

 ベレンガリウスはそう言って片目を閉じた。ベレンガリウスの『マルセリナの願いをかなえたい』という思いが大いに反映されているのだ。


 エミグディアも、その下の妹も政略結婚で他国に嫁いだ。彼女らが嫁いだとき、ベレンガリウスの権勢は安定していなかった。だから、彼女らの意見を聞いてやることはできなかった。

 だが、今ならできる。何より、マルセリナの願いをかなえることは、フェランディスの為にもなる。

「それに、私はマリーがうらやましいのかもしれない。王女でありながら、自分の道を行こうとする彼女が」

 結局ベレンガリウスにはできなかったことだ。いや、ベレンガリウスも王女でありながら王子として権勢をふるっているが、これはそもそもイバンがベレンガリウスを『第二王子』としたことが起因している。


「……これは、年長者としての助言ですけれど」


 エリカがゆっくりと口を開いた。


「ベレンガリウス殿下も、行こうと思えばご自分で道を選ぶことができるのですよ」


 エリカの言葉にベレンガリウスは苦笑気味に「そうだね」と答えた。この時はあまり本気にしていなかった。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


自称現実主義者ですが、ベレンガリウスも甘いんですよね。


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