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【3】









 ベレンガリウスの執務室を陣取る書類が半分ばかりに減ったころ、一つの縁談が持ち上がった。当たり前であるが、ベレンガリウスの縁談ではなく、ツンデレ娘第四王女マルセリナの縁談である。その情報は相変わらず書類をさばいているベレンガリウスのもとにも届けられた。


「マルセリナが? 相手は……まさかのギルか」


 マルセリナの縁談相手を知り、思わずベレンガリウスはツッコミを入れてしまった。ヒセラがお茶を淹れる手を止める。

「ギルバート様ですか。まあ、お優しい方ですし、マルセリナ殿下も肩身の狭い思いをすることはないでしょうね。あと、殿下とより年齢が釣り合います」

「悪かったね、思ったより年取ってて」

 二十代も後半に差し掛かっているベレンガリウスはすねたように言ったが、実際はそのまま政務に戻っていたりする。

 政略結婚は身分の高いものの義務ともいえる。ベレンガリウスの母である王妃も政略結婚で北方の王国バツィナから嫁いできた。イバンは政略結婚の彼女を愛さなかったし、王妃の方も国王を愛さなかった。王妃はずっと、宮殿の端にある離宮にこもって出てこない。

 まあ、引きこもっている理由は国王を疎んでいることだけが理由ではないのだろうと思うが。

「殿下、きっとギルバート様からも『兄上』って呼ばれますよ」

「言いそうだねぇ。でも、そうそう会わないだろうから別にいい。それよりヒセラ、そこの資料とって。支出額と実際の使用量が合わないんだけど」

「わたくしに言われましても。これですね、どうぞ」

 ヒセラに渡された資料を見ながらひたすら検算を行うベレンガリウスである。午前中いっぱいを使って修正個所を発見した。


「別に殿下がしなくても良いのでは?」


 と、首をかしげてもっともなことを言ったのはリノである。リノの言うとおりである。さらりと傷跡をえぐるようなことをする彼であるが、言っていることは正しい。つまりは彼は天然なのである。


 午後、遅い昼食をとっているベレンガリウスの元に急報があった。いつものことだったのでベレンガリウスはリノに急報に来た官僚を入れるように言った。ベレンガリウスは水で口の中のものを流し込む。こういうことをするから胃が痛くなるのだ、とヒセラは呆れた。


「どうした」


 書類から解放されたソファで足を組んでベレンガリウスがその若い官僚に尋ねた。恰好だけ見ていれば威厳が見られるかもしれないが、実際は目の前に今日の昼食(食べかけ)が置いてあるのでそうでもない。


「その、実は、マルセリナ王女殿下がベルガンサ公爵子息フィデル殿と結婚すると、国王陛下に直談判していらっしゃいまして……」

「……」


 ベレンガリウスは無言で頭を抱えた。それで、と若い官僚は言葉を続ける。

「陛下がひどくお怒りでして……宰相閣下が殿下を連れてこい、と……」

「……エフライン……」

 ベレンガリウスは低い声で宰相の名をつぶやくと、勢いよく手を降ろした。若い官僚がびくっとした。

「エフラインにすぐに行くと伝えてくれ」

「は、はい」

 ベレンガリウスも恐ろしいが、怒っている国王も恐ろしいのだろう。若い官僚はびくびくしながら伝言を持ってエフラインの元に向かった。


「ベルガンサ公爵家のフィデル殿ですかぁ。マルセリナ姫様といい仲だって噂は本当だったんですね」


 と、暢気に言ったのはリノである。初耳であるベレンガリウスは「何それ」と、いつもの上着を脱ぎながらリノに説明を求める。

「本当に噂ですよ。僕、マルセリナ姫様と年齢が近いから、そう言う話、入ってくるんです。ちなみにフィデルは寄宿学校時代の同級生です」

「なるほど。それで? どれくらい信憑性があるんだ?」

「夜会でマルセリナ姫様とフィデルがよく話をしているのは事実ですね。ですが、それ以上の現場を押さえたことはありません」

 殿下はいつも政治の話をしているから気づかなかったんですね、とリノ。余計なお世話である。

「なるほど。よくわかった」

「殿下。こちらがフィデル殿の寄宿学校時代の成績、生活態度になります。それと、ジャケットです」

 と、ヒセラが書類とジャケットを差し出す。ベレンガリウスは「さすがはヒセラ。気が利く」と言ってそれらを受け取り、ジャケットを羽織った。

「それじゃあリノ、行こうか」

「え、僕ですか? ヒセラさんじゃなくて?」

「ヒセラは留守番。リノはフィデルを知ってるんだろ。なら、お前を連れて行く」

「……はぁい」

「そんな顔するな。私だって嫌だ。このくそ忙しいときに」

「殿下は言葉遣いを治したほうがいいと思うんです」

「余計なお世話だ」

 そう言いながらヒセラに見送られベレンガリウスはリノを連れて謁見の間に向かう。その間に、ヒセラに渡された成績に目を通す。


「成績は結構いいんだね。品行方正で頭もいい……ハンサム?」


 気になったので聞いてみた。いや、別にベレンガリウスが興味があるわけではなく、これで美形だったら完璧人間だな、と思っただけだ。

「顔立ちは結構普通ですね。不細工でもないですけど、性格美人な感じです」

「ああ、なるほどね」

 ベレンガリウスが何となく納得を示したころ、謁見の間の前についた。警備に立っていた騎士が何も聞かずに無言で扉を開ける。その瞬間、怒鳴り声が響いた。


「ならぬことはならぬ!」


 叫んでいるのは玉座にあるイバン王だ。その前にはマルセリナと、その隣にいるのが彼女の恋人のフィデルだろう。二人がひざまずいていた。

「お前はダリモアに嫁ぐ! すでに決定事項だ!」

「まだ縁談の段階です! わたくしはフィデルと一緒になりたいのです!」

「ベルガンサ家はただの貴族だぞ!? ダリモアに嫁げば、いずれ王妃となれる!」

「わたくしは王妃になるより、愛する人と結婚したい!」

 マルセリナが強い口調で言った。権力を持つことが、必ずしも幸せだとは限らない。


 舌戦を繰り広げる二人は、ベレンガリウスが入ってきたことにも気づかない様子である。王の隣には第一王子クリストバルも控えているが、父と異母妹の舌戦にちょっと引き気味である。

 仲の悪い兄からも、ベレンガリウスを呼んだ張本人であるエフラインからも視線を受け、仕方なしにベレンガリウスは口を開いた。


「陛下、マルセリナ、少しよろしいですか」


 穏やかに口をはさんだが二人とも聞いておらず、二人がクールダウンすることはない。イバンは「ダリモアに嫁げ」、マルセリナは「フィデルと結婚する」の一点張りである。


「ちょっと聞いてほしいんだけど」


 先ほどより大声を出すがやはり駄目だった。クリストバルに「いい加減にしろよ」と言うような目で見られたが、そう思うなら自分でやればいいのに、とも思う。

 ベレンガリウスは視線をめぐらすと、窓に近寄った。ステンドグラスだ。たぶん高価だろうなぁと、思いつつ、にっこり笑って第一騎士団の騎士から剣を鞘ごと奪い取った。それを振りかぶると、ステンドグラスにたたきつけた。ガラスの割れる音が高らかに響く。


「聞けっつってんだろ!」


 人々の意表をつく大音で意識を向けさせたベレンガリウスは怒鳴った。そのままぽい、と剣も投げ捨てる。

「……なんだお前は! 口をはさむでない!」

「お兄様に関係ないでしょ!」

 イバンとマルセリナが同時に怒鳴る。この気の強さは親子を感じさせる。だが、ベレンガリウスにも言い分はある。


「大有りだ! もめると苦情がすべて私のところに来るんだ! 何なら私がいない間にたまった嘆願書を見せてあげてもよろしいですが!?」


 本当に苦情が来るのは勘弁してほしい。ベレンガリウスは問題処理係ではない。

「そんな些末なこと、いちいち本気にするな!」

「どこが些末ですか! 下手すれば外交問題、政治問題でしょーが!」

「その口のきき方は何だ! 王に対して不敬であるぞ!」

「ならここで私を処刑してみますか!? 何なら自分で首を斬りますけど!?」

「はい、そこまで」

 落ち着いた男性の声が聞こえ、同時にベレンガリウスは背後から頭をはたかれた。ベレンガリウスに対してこんなことをするのは、フアニートかヒセラくらいだ。男性の声だったので、フアニートである。

「お前までキレてどうすんだ」

「それは失礼」

 ベレンガリウスは振り返らずに口だけで謝ると言い放った。


「とにかく、このまま言い合いをしていても話がつきません。私も含めていったん落ち着きましょう」

「……私の決定にそむくことは――――」

「許さないと? 強行してマルセリナが逃げたらどうするんですか」

「逃がしは――――」

「どこかの酔狂な人間が手を貸すかもしれませんね」

「貴様……っ」

「父上っ!」


 ベレンガリウスを怒鳴ろうとしたイバンをとめたのはクリストバルだった。父に似た精悍な顔立ちをしたベレンガリウスの兄は言った。


「私も一度間を置くべきだと思いますが」

「……」


 現在、フェランディス宮廷内は三つ巴状態だ。イバン王、ベレンガリウス、クリストバルの三人でけん制し合って均衡が保たれている状態だ。

 敵の敵は味方と言うか、イバン王はクリストバルが怒って自分に味方すると思ったのだろう。しかし、現実はベレンガリウスに味方した。ベレンガリウスにとってもクリストバルは敵の敵は味方ということだった。

 二対一で一度その場は解散した。内政に関してはベレンガリウスが何気に強い権限を持っているので、順当と言えば順当である。

 謁見の間を出たベレンガリウスは重いため息をついた。その後から出てきたクリストバルが脇をすり抜けていくの見てその背中に声をかけた。


「兄上」

「……」


 無言だったが振り返ったクリストバルにベレンガリウスは礼を言った。


「ありがとう」


 クリストバルはふんと鼻を鳴らすとそのまま去って行った。ベレンガリウスはフィデルと話しているリノを呼んだ。


「リノ~。行くよ~」


 リノは「はーい」と返事をすると駆け寄ってきて言った。

「殿下、疲れてます?」

 これで疲れていなかったらおかしいと思うのだが。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


リノとフィデルは同い年で16歳。マルセリナは17歳。ひとつ違いですね。ちなみに、ベレンガリウスは26歳。


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