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【2】










 ベレンガリウスの帰国から三日たったが、未だに執務室は片付かなかった。ベレンガリウスは書類に埋まりながらペンを動かしていた。本当に半分埋まっていて、入口から部屋の主の姿が見えない。


「殿下、追加です」


 どん、とソファの上に追加の書類を置いたのは新人の役人だ。

「はーい。ついでにそれ持っていって各省庁に配ってきてくれ」

「それってどれですか?」

 役人が尋ねた。書類が多すぎて、ベレンガリウスが示すものがわからないのだ。戸惑っている役人にリノが籠いっぱいの書類を差し出した。

「これをですか!?」

「うん。一応、配る省庁ごとに分けてあるから」

 量の多さに愕然とした役人だが、結局籠を受け取ってとぼとぼ戻っていった。あれだけの量を処理し終えても、まだ執務室いっぱいの書類が残っている。サインするだけではなくちゃんと中身を精査しているベレンガリウスは、いくら能力があっても仕事が進まない状況である。一応、優先順位の高いものから処理しているが、優先度の高いものは国王の御璽が必要なものも多く、許可をもらいに何度もベレンガリウスはイバンを追いまわしているのである。


「殿下。少し休憩にしましょう。おなかすいたでしょう」

「すいたー」


 ベレンガリウスが声をかけてきたヒセラに向かって両手をあげて言った。とっくに昼を過ぎているが、ベレンガリウスは驚くべき集中力でたまっている仕事を片づけているのである。


 とりあえずベレンガリウスの意識を昼食へそらすことに成功したヒセラであるが、食べる場所がない。備え付けのソファもローテーブルも書類に埋もれている。

「執務机空けるからこっち持ってきてー」

「いいんですか? 大事なもの避けました?」

「私がそんなミスすると思うか?」

「殿下は時々抜けているので信じられません」

 ヒセラのツッコミにベレンガリウスは苦笑を浮かべた。しかし、朝からたたき起こされたベレンガリウスは朝食もとっていないので、そろそろ燃料補給しなければ本気で倒れる。


「殿下、胃が弱いんですから一食抜くとすぐ胃が弱りますよ」


 というわけで出されたのは柔らかく煮込んだ野菜スープをパンだった。少なくとも王族に出す昼食ではない気がする。だが、ベレンガリウスは気にせずそれらを腹に入れた。

 食べると眠くなるのが難点だが、少し落ち着いた。ぐっと伸びをして食器を片づけるヒセラに問いかける。

「ヒセラ、インクを追加してきて。赤のもね。それと、ペンも二本くらい持ってきてね」

「わかりました」

 ヒセラはうなずき、食器を下げていく。ベレンガリウスはリノにあれこれ書類の内容を調べるための資料を持ってこさせながら仕事を続ける。

「リノ」

「はいはーい」

 精査を終え、ベレンガリウスのサインが書かれた書類を行先ごとにまとめていたリノは軽い調子で返事をする。ベレンガリウスはまとめた書類の束を彼に向かって差し出した。


「社会省経済部に行って私が赤を入れた部分の詳しい説明を聞いてきて。それと資料も」

「僕、官吏じゃなくて殿下の従者なんですが……わかりました」


 文句を言いかけたリノであるが、最終的にうなずいてベレンガリウスから書類を受け取って「行ってきまーす」と出て行った。

 一人になったベレンガリウスはしばらく無言でペンを動かしていたが、ふと、外がいい天気であることに気が付いた。


 気分転換に外に出ようと、ベレンガリウスは立ち上がった。朝早くからずっと座りっぱなしの引きこもりっぱなしでるので、さすがに気が滅入ってきたのだ。

 ヒセラかリノが戻ってきたときのために一応庭にいる、というメモを残し、ベレンガリウスは執務室を出た。

 庭にいると書いた以上、庭に行こうとベレンガリウスは廊下を歩き、庭に出た。青々とした草木が生い茂り、かすかに土の匂いがした。夏の心地である。ベレンガリウスはぐっと伸びをして、宮殿の外壁を背に座り込んだ。ぼんやりと庭園を眺める。

 どれくらいそうしていただろうか。突然、「ほら」という声と共に頭の上に何か置かれた。反射的にそれに触れると、冷たいグラスだった。


「果実水だ。こぼすなよ」

「ありがと」


 人の頭の上にグラスを置いたのはフアニートだった。彼は今日、朝から軍の式典に出ていたはずだ。ベレンガリウスは行かなかったけど。代理で弟のサルバドールを派遣した。

「式典、終わったのか」

「ああ。それで、お前に報告に行ってみれば『庭にいる』という書置きが」

「いやあ、天気良かったからねー」

 果実水をゆっくり飲みながらベレンガリウスは苦笑していった。自分でも自分の行動が意味不明である自覚はある。


「あんまり減ってなかったな、書類」

「それを言ってくれるな。やってもやっても次が来るんだよ! あと、どーしても陛下の許可がいるやつもあるし!!」


 そう言うものは、宰相たちではどうにもならないらしく、全てベレンガリウスの元に回ってくるのだ。おかげでベレンガリウスは毎回説得に苦労している。一度に付き三つ以上の許可はもらうようにしていた。

「いっそのこと、お前がすべてを采配すればいいだろ。ギジェン侯爵も言っていたが」

 フアニートはベレンガリウスの隣で立ったまま外壁に寄りかかった。ベレンガリウスは膝を抱えたまま言う。


「それはそれで越権行為だ」


 すべての権限が欲しいと思えば、ベレンガリウスは王になるしかない。だが、国の君主など、なりたいとは思わない。

「フアンはさぁ」

「なんだ?」

「王になりたいと思うか?」

「お前、さらっと問題発言」

 国王は健在だ。なのに『王になりたいか』などと言うのは反逆行為とみなされてもおかしくない。フアニートだから何も言わないが、ツッコミは一応は言った。

「……まあ、男として一度は夢見ることではあるよな。俺は継承権が低いから、本当にやろうと思ったらそれこそ謀反を起こすことになるけど」

 フアニートは呆れつつも答えた。生物学上は女であるベレンガリウスは「そんなものか」とグラスを持った手を伸ばし、うなだれた。

「……本来ならさ。私じゃなくて、フアンの方がさ……」

「はい、そこまで」

 フアニートがベレンガリウスの頭を手荒く撫でた。撫でながら言う。

「お前がなんと言おうと、お前はベガだよ。第一王女ベレンガリアで、第二王子ベレンガリウスだ」

「……お前は何者なのか、って聞かれたんだよね」

 フアニートの言葉で唐突に思い出してベレンガリウスは言った。魔女と名乗った女性と、ハインツェル帝国の皇帝と、二人に聞かれた。どちらも、ベレンガリウスは答えられなかった。


「……俺としては、お前はお前って言うことしか言えないけどな」


 唐突に変なことを言い出したベレンガリウスにツッコミを入れずに、フアニートは思いのほかまじめに答えてくれた。彼がベレンガリウスの隣に座りこむ。

「まあ、確かにお前、微妙な立場ではあるよな。本当にお前が男だったら、確実に王位争いが起こっていた」

 第二王子を名乗っていても、ベレンガリウスは『第一王女ベレンガリア』であると言うことだ。本当に男であれば、今頃第一王子クリストバルと血で血を洗う政戦をしていたかもしれない。たぶんベレンガリウスが勝つけど。

 だが、ベレンガリウスは生物学上女であるから、そこまでの事態に発展していない。ベレンガリウスは王になるつもりはないし、クリストバルは第一王子だ。多少能力に問題があっても、臣下しだいでどうにでもなる。


「俺はもう少し気楽な立場だし、お前に乗っかってる状況だから偉そうに言えた立場じゃないけど、お前、もう少し肩の力を抜けよ。すぐキレるのだって心の余裕が足りないからだろ」

「……うるさいな、余計なお世話だよ」

「そう言わずに。年上の言うことは素直に聞くもんだぞ」


 と、フアニートは視線をそらしたベレンガリウスの頬を引っ張る。伸ばされた頬をさすりながら、ベレンガリウスは言った。


「年上ったって、たった三か月の差だろう」


 ベレンガリウスは苦笑を浮かべてそうツッコんだ。生まれた年によって年齢を数えるので、『フアニートはベレンガリウスより一歳年長』と表現されることが多いが、フアニートは年末の生まれで、ベレンガリウスは翌年二月の生まれなのだ。よって、実際の年齢差は三か月しかない。

「三か月でも、一応年長者だ。敬え」

「……」

 ベレンガリウスが隣のフアニートを睨むと、彼はわざとらしく驚いた声をあげた。

「おいおい。今のところは『自分は王子(王女)だから敬え』って言うところだぞ」

「……そうだけど、素直にそう言えない自分がいる」

「お前、難儀な性格だな」

 フアニートはそう言ったっきり口を閉じた。気を使ってくれるが、一人にしてほしいときはこうして黙ってそばにいてくれる。不思議な人だと思う。


 本来なら……本来であれば。立場は、逆だったかもしれないのに。


「あ、あんなところにいた! 殿下!」

「ん?」

 頭上から声が聞こえて見上げると、上階の窓からディエゴが顔を突き出していた。どうやらベレンガリウスを探していたらしい。庭にいると書き置いてきたはずなのだが。

 ふと思って、ベレンガリウスはフアニートに尋ねた。

「そう言えばお前、私の伝言を読んだあと、どうした?」

「読んだあと? ……あ」

 とフアニートはポケットから折りたたんだ紙を取り出した。

「……持ったままだった」

「お前、ふざけんなよ」

 呆れた口調でベレンガリウスがツッコミを入れ、フアニートの肩を殴った。笑って「すまん」と言いながら、フアニートがベレンガリウスのグラスを回収した。


「ちょっと殿下! まだ仕事終わってないんですけど!」

「わかってるよ、今行く」


 ベレンガリウスはよいしょと立ち上がると、フアニートに言った。

「それじゃあ行くわ。付き合ってくれてありがと」

「ああ。頑張れよ。仕事が終わったら一緒に飲むか」

「それ、私にケンカ売ってんのか」

 相変わらず酒に強くないベレンガリウスは怒っているような声を作ってそう言った。だが、すぐに笑みを浮かべると「じゃあね~」と手を振った。

「殿下! はやく!」

「はいはい」

 せかすディエゴの声を聴きながら、ベレンガリウスは宮殿の中に入って行った。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ちなみにフェランディスでは直系男子が優先なので、実際のベレンガリウスの継承順位は第三位。フアニートは第十位でしょうか。

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