【16】
魔女メデイアと名乗った女性は、雲のように消えてしまった。周囲を捜索したが、影も形もなかった。と、言うのはヴォルフガングの言だった。
「で、説明してもらおうか」
何故か皇帝と対面しているベレンガリウスである。まあ、あれだけのことがあれば気になるのはわかる。
「いや、説明と言われても良くわからないんですよね。むかーし、本当に小さいときに会った……と思うんですけど、そのころから容姿が全く変わってませんし」
「お前、今、二十六だったか」
「皇妃様と同い年ですよ」
残虐皇帝と向かい合って対等な立場ではないのに堂々と会話できるベレンガリウスは、やはり豪胆と言うより怖いもの知らずである。
「ということは、二十年以上は同じ姿と言うことか? お前の見間違いではなく?」
「小さかったので見間違えている可能性は否定できませんが」
ベレンガリウスはそう言って肩をすくめた。緩く結った金髪を背中に払いのけ、少し身を乗り出した。
「あの女、確かに不気味ですが対処の方法は今のところありません。ですが、私の妹が攫われかけたことはどうお考えですか?」
「……話を逸らしたな」
「逸らしたわけではありません。優先順位があるんです」
ベレンガリウスも万能ではないのでやることには優先順位を付ける。そして、あの予言女メデイアに関しては、かなり優先順位が低いとみていた。優先順位が高いのはむしろ、攫われかけたエミグディアの件である。
「まあ、宮殿の警備に問題があるとは思うが。あの女も、どこから入ったのか……」
「それはうちの宮殿でも同じですけどね……というか、宮殿は広大ですからね。手引きするものがいれば割と簡単に入れるんですよね」
「……一応、花祭りの間は警戒を強めていたんだが」
「まあ、世の中そう言うものです」
うっかり警備体制についての談義になりそうだったが、話を戻す。
「お前、実は怒っているか?」
「私、怒るとぶちぎれるんですが」
「そう言うやつは冷静にキレるんだぞ」
ヴォルフガングにつっこまれベレンガリウスはちょっと考えたが、すぐに首を左右に振った。
「まあ、確かに不自然ではあるな。何故エミグディア殿を狙ったんだろうか」
そこでヴォルフガングはベレンガリウスを見た。
「お前狙いか?」
ベレンガリウスは微笑んで首をかしげる。
「さあ、どうでしょう」
飄々としたベレンガリウスに、ヴォルフガングは舌打ちした。
「お前、食えないやつだな」
「良く言われます」
平然と言い返したベレンガリウスにヴォルフガングは呆れた表情になる。
「そこまで行くといっそ見事だ」
「……一応ほめられたと思っておきます」
絶対ほめられてはいないと思うが、ベレンガリウスはそう言った。笑って受け流すのも処世術の一つである。
「ところでお前、酒が飲めないそうだな」
「なんですか藪から棒に。飲めませんけどそれが何か」
ちょっと引き気味にベレンガリウスが答えた。話の流れが全く分からなかった。
「いや、土産に酒を送ろうかと思ったんだが、飲めないやつに渡すのはな」
「あ、いや、ください」
その後、話しているところにニコレットが突撃してくると言う事件もあったが、夜遅くなる前にベレンガリウスは就寝した。
△
翌日、ベレンガリウスは午後の早い時間に帝国を出立すべく荷物をまとめた。ここからデーニッツ港まで行き、そこから再び船に乗ってヤルナッハ海を渡る。そうしてフェランディスの港町バエサに戻る予定だ。
「もうちょっとゆっくりしていけばいいのに~」
などと言うのはニコレットだ。しかし、ベレンガリウスはこれから帰った時のことを思うとすでに胃が痛い。
「胃薬持って行った方がいいんじゃない?」
「いや、胃も痛いけど、むしろ酔い止めの方がいるだろ」
エミグディアにも心配されたが、仕事はやれば片付くし、胃痛も収まるが、乗り物酔いは自力では治せない。再び二日間船旅となるので、アミルカルが心配なのである。
「殿下、もう胃痛がしてるんですか」
「やっぱり体弱いんじゃないの」
ヒセラとギルバートにもツッコまれ、ベレンガリウスはさすがにちょっと落ち込んだ。
「そう言えば、わたくしをかどわかそうとした犯人、見つかったの?」
こそっと囁いてきたのはエミグディアである。ちょっと背伸びをしてささやいてくるのは可愛いが。
「お前、私に聞けば何でも分かると思ってるだろ。ここ、帝国だぞ」
フェランディス国内のことならベレンガリウスにもだいたいのことがわかるが、ここは帝国なので聞かれてもわからない。
だが、にっこり笑ったベレンガリウスはエミグディアの夫、ミカエルを手招きした。彼の肩に手を置き、少し首をかしげて真顔で言った。
「狙われたのは、ミカエル殿なのでは?」
エミグディアが攫われた時、真っ先に飛び出したのはベレンガリウスだった。だから、誰しもがこの御仁を中心に考えた。だが、実際は違うのかもしれない、とベレンガリウスは思ったわけだ。
エミグディアはベレンガリウスの妹であるが、現在はミカエルの妻でもある。彼女がどちらに帰属するか考えた時、エミグディアはヴァルティアの王太子妃であると考えたほうが自然だ。人々もそう考えるだろう。
なので、エミグディアを攫おうとしたのは、ミカエルに恨みがあるものではないか、と思った。
正直、ベレンガリウスもいたるところで恨みを買っている自覚があるので、完全には言い切れないのだが、可能性は高い。
「ちょっとベガ。人の夫を誘惑しないでよ」
エミグディアがそう言ったのだが、なぜか顔が楽しそうなので説得力がない。
「ベガの場合は、一緒になる対象は男女どっちになるんだろう」
結構ひどいことを言ってのけたのはギルバートであるが、ベレンガリウスは相手にしないことにした。
「ベガ、また来てね」
「……はは。また難しいことをおっしゃる」
ニコレットの要求にベレンガリウスは苦笑を浮かべる。ベレンガリウスは基本的にお留守番要員で、今回帝国に来たのは他に人が居なかったからだ。フェランディスへ帰れば、外交を担う第三王子サルバドールも帰ってきているだろうし、ベレンガリウスが国外に出ることはあまりないだろう。
それでは、と馬車に乗りこもうとしたとき、また名を呼ばれた。
「ベガ! まだ出立していないな」
「ええ、まだここにいますからね」
「お前、俺に冷たくないか?」
「気のせいです」
ベレンガリウスを呼びとめたのはヴォルフガングだった。皇帝がこんなところで何をしているのか。彼が「ヴォルフ様!」とうれしげに声をあげた妻を抱きしめたところは見なかったことにする。
「昨日の犯人、捕まえたぞ」
「ええっ!?」
「仕事早っ」
悲鳴のように叫んだのは誰か。確かに仕事が早いが。
「エミグディア王太子妃を攫って、ヴァルティアを脅迫しようとしたそうだ」
「ああ、やっぱり」
ベレンガリウスはがあっさりと納得したので、ヴォルフガングは「気づいていたのか」と驚きの表情になった。
「いや、普通に考えたら気づきますよ。エミを攫ったってことは、フェランディスとヴァルティアの同盟関係を破たんさせたいということ。ってことは、エイデシュテットあたりですかね」
「おお、ベガ、すごーい」
ニコレットが素直に感心してくれるが、これくらいはふつうである。エイデシュテットはヴァルティアとバツィナ王国に挟まれた小国だ。特にフェランディスと敵対しているわけではないが、ヴァルティアの王太子妃はフェランディスの出身。フェランディスの王妃(ベレンガリウスの母)はバツィナ王国出身とくれば、何となく焦りを覚えるのかもしれない。
「まあ、私は帰るから、あとは頑張って」
とエミグディアとミカエルの肩をたたく。ミカエルの顔が引きつった。
「……ホントに帰るんですか?」
「当たり前でしょう。これ以上帝国にいたら、国が心配過ぎて胃に穴が空くわ」
「シャレになりませんよ、殿下」
ヒセラからつっこまれて、ベレンガリウスは肩をすくめた。それから、ヴォルフガングにフェランディス風の礼をする。
「それでは陛下。私はこれで」
「ああ。またいつでも来い」
「また皇妃様と同じことをおっしゃる」
また難しい要求をされて、ベレンガリウスは苦笑する。来たいのはやまやまだが、来られるかは別問題だ。
さすがにそろそろ出発しようと馬車に乗りこもうとしたベレンガリウスを、ヴォルフガングが呼びとめた。
「ベガ」
「……なんでしょうか」
馬車に乗るためにタラップに足をかけていたのだが、その足を降ろしてヴォルフガングを見る。彼は問うてきた。
「お前はいったい何者だ?」
「……」
あの時……メデイアにされたのと同じ質問。やはり、ベレンガリウスは答えられなかった。ヴォルフガングは精悍な顔に笑みを浮かべる。
「その答えがわかったなら、その時、俺はお前の力になれるだろう」
「……まるで陛下には私の正体がわかっているような言葉ですね」
ベレンガリウスがそう言うと、ヴォルフガングは「そうだな」と答える。
「お前の回答にもよるが」
「……そうですか」
ベレンガリウスはもう一礼すると、馬車に乗りこんだ。エミグディアが「お父様とお母様によろしくね」と思ってもいないことを叫んだ。
自分が何者であるか。動き出した馬車の中でベレンガリウスは二人の人物に尋ねられたことを考える。
フェランディス第二王子ベレンガリウス。
フェランディス第一王女ベレンガリア。
どちらもベレンガリウスの『肩書』である。ベレンガリウスと呼ばれることの方が多いが、生物学上は女に分類されるので、ベレンガリアの方が正しいのだろうか。
自分が何者であるのか。
改めて考えると、わからなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第2章も最終話です。帝国ともお別れですねー。
それにしても、ベレンガリウスと打ち過ぎてベレンガリアって打てない……。




