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フェランディスの問題処理係  作者: 雲居瑞香
第2章 異国の花祭り
20/43

【15】

どうでもよいですが、どうしても思い出せないことがあって初期設定集を確認したら、ベレンガリウスの名前が『ベガガリウス』になってた。何故だ。どうしてそうなった。









 翌日、花祭りが開催された。花祭りのメインイベントは帝都アーレンスの大通りを抜けるパレードだ。花の乙女、と呼ばれる帝都にすむ娘の中から選ばれた三人の乙女が、馬が牽くフロートから花弁をまくのである。その後ろを、皇帝と皇妃が馬車でついて行く。時に皇帝は馬に乗ることもあるらしいが、今回は二人とも馬車に乗っているそうだ。ちなみに、子供たちはまだ小さいので宮殿でお留守番であるらしい。

 その様子を、ベレンガリウスは来賓用の客席から見ていた。隣にはヒセラがいる。ベレンガリウスの今日の相棒である。いや、そう言う意味では護衛でアミルカルもいるのだが、来賓席には入れないので、少し離れている。

 同じくベレンガリウスの従者であるはずのヒセラがベレンガリウスの隣にいるのは先ほども言った通り、彼女がベレンガリウスの相棒だからだ。


 今日の彼女は美しく着飾っていた。黒髪をハーフアップに結い上げ、花祭りらしく花を飾る。紫色の瞳に合わせた淡い菫色のドレスを纏い、日よけとして同色の帽子をかぶっている。

 エキゾチックな美女は、着飾るとさらに美しかった。ベレンガリウスが隣にいるので誰も話しかけてこないが、一人だったら今頃口説かれていたかもしれない。

「これだけ花が集まると壮観ですね。さすがのわたくしもきれいだと思います」

「そうだな。だけど、ヒセラのほうがきれいだね」

 ベレンガリウスがそう言うと、ヒセラは呆れた表情になった。

「そんなことをおっしゃるから、貴族のお嬢様方にモテるんですよ」

「……エミにも似たようなことを言われたなぁ」

 ベレンガリウスは苦笑して答えた。ベレンガリウスとしては本心を言っただけなのだが、場合によっては口説き文句にも聞こえるのはわかっていた。


「しかし……これだけの規模の祭りを主催できるなど、帝国の財力には恐れ入るな」


 ベレンガリウスの言葉に、ヒセラが再び呆れた声をあげた。


「殿下……気になさるのはそこなのですね……」

「いや、大切だよ金と言うのは。あればあるほど良いと言うものでもないが、なければ国と言うのは立ち行かない」


 ベレンガリウスがこうして暮らしていけるのも、金があるからだ。フェランディスは特に裕福な国であるわけではないが、貧乏でもない。だが、金は無限にわいてくるわけではないので、ちゃんと管理しなければなくなってしまう。それを、イバンもクリストバルもわかっていないのだ。

「……わたくしにはあまり難しいことはわかりません。ですが、殿下がそうおっしゃるのなら、そうなのでしょうね」

 ヒセラは花弁をまく花の乙女たちに目をやりながら言った。ベレンガリウスに信頼を寄せてくれているのがわかる言葉だ。それがうれしく、少しこそばゆい。

「それはともかく。どうせなら殿下も華やかな格好をなさればよかったのでは?」

「一応正装だよ」

 ベレンガリウスが纏っているのはスラックスにシャツ、タイ、ジャケットと言う正装だ。色は深い緑で、こちらも瞳の色に合わせてある。

「そうではなくて、ドレスでもよかったのでは?」

「持ってきてないだろ。そもそも、もう二十年来着てないしね」

 ヒセラは冗談めいてそんなことを言うが、金髪にエメラルドの瞳をしたベレンガリウスは、男の正装でも十分華やかだった。着飾ったヒセラと並んでいるのでかなり目立っていた。


 パレードの一行はそのまま聖堂に入って行く。来賓の客たちも遅れて聖堂のチャペルに入り、決められた貴賓席に座る。さすがにここにはヒセラも入れなかった。美しい彼女が心配であるが、アミルカルと一緒にいるはずなので、大丈夫だろうとベレンガリウスは席に着いた。

「お隣失礼、お兄様」

「ああ、エミ。ミカエル殿」

 ベレンガリウスは微笑んで隣席となった妹エミグディアとその夫ミカエルに会釈した。

「お兄様は式典が終わったらすぐに帰国するの?」

「いや、一応明日までいる予定だ」

 明日には帰国するけど。今から仕事がどれだけたまっているかと、戦々恐々している。


「そう。エリカ殿によろしく言っておいて」


 エミグディアも、生みの母ではなくエリカに育てられた意識があるらしい。いや、実際にベレンガリウスたちを育てたのは乳母であるが、礼儀作法などを叩き込んでくれたのはイバン王の第二妃エリカであった。


「ああ、お前にあったと、土産話にでもしよう……土産と言えば、エリカ殿に土産をと思うんだけど、何がいいと思う?」


 女性が喜ぶものってわからないよね、と笑うと、エミグディアに呆れた顔をされた。

 そこに、軽い笑い声が上がった。ミカエルだ。


「いや、すみません。でも、やっぱりエミとベレンガリウス殿下、似ておられますよね」


 笑顔でそんなことを言われ、ベレンガリウスとエミグディアは顔を見合わせた。

 似ている、と言われれば似ているかもしれない。兄弟であるのだし、髪と目の色も大枠では同じだ。ただ、顔立ちに関してはベレンガリウスは父方の祖母に、エミグディアに関しては母親に似ていると言われることが多かった。


「あ、始まるわよ」


 エミグディアがそう言って祭壇を見下ろした。大司教が祭壇に上がり、祈りをことほぐ。ベレンガリウスは目を閉じてその言葉を聞いていた。

 似ているから、疑われたことなどない。王子を名乗りながら女性だと公言しているから、まだ秘密があるだなんて、誰も思わない。


 『偽りの二番目だ』


 ああ。その通りだ。あの女官に化けていた女が言っていたことを思い出す。そう言えば、知っている人間はどれくらいいるのだろう、と今更ながらに思った。

 祈りの言葉が終わり、ベレンガリウスはそっと瞳を開いた。花の乙女たちが祭壇に上がり、それぞれ違う花束を神にささげた。これで、式典は終わりだ。

「なんかあっさりしてるのね」

 エミグディアがそう言うので、ベレンガリウスは苦笑で応えた。

「式典なんて、長ったらしいものだって言う意識があるしな。父上の戴冠式も長かったなぁ」

 イバン王は現実主義者であるが、合理主義者ではない。どちらかというとベレンガリウスは合理主義者であり、あの長ったらしい戴冠式の無駄を省けばいいのに、と幼心に思ったものだ。ちなみに、当時ベレンガリウスは五歳である。


「私のところも戴冠式は長かったですねぇ」


 ミカエルもそう言ってうなずいた。エミグディアが「結婚式も長かったものね」ととどめを刺す。例によって、エミグディアの結婚式に、ベレンガリウスは参列していない。あの時は、兄クリストバルが行ったはずだ。さすがの兄も、妹の結婚式で無作法なことはしなかったか、と安心した思い出がある。

 来賓席を立ち、宮殿に戻るために聖堂の外に出る。何となくエミグディア、ミカエルの夫妻と並んで歩いていたのだが、ふと気が付いた。

「あれ、ミカエル殿。エミは?」

「え? ああっ! いないっ!」

 手をつないでおくんだった! とミカエルが取り乱す。この様子から、エミグディアがいなくなるのは初めてではないんだな、と察した。婿殿には苦労をかけている。そう言えば、帝国で再会した時も、エミグディアは夫を『置いてきた』と言っていたか。

「どうしましょう殿下!」

「いや、あなたも殿下でしょう。って、こんなことを言っている場合では――」

 とベレンガリウスがノリツッコミをしたとき、どこかから「お兄様ーっ」という声が聞こえた気がした。ベレンガリウスはそちらに向かって走る。


「ちょ、殿下、どこ行くんですか!?」


 途中、すれ違ったアミルカルが驚きの表情で言った。

「ごめん、アミル、ヒセラ! 適当にごまかしておいて!」

「ええっ? ちょっと!」

 アミルカルから悲鳴が上がるが、ベレンガリウスは取り合わずに悲鳴のした方へ走った。通用門から豪奢なドレスを着た女性を引きずり出そうと、数人の男性が彼女を引っ張っていた。しかし、その女性、つまりエミグディアはおとなしくついて行くような可愛げのある女性ではない。

「ちょっと放しなさいよ! わたくしをかどわかそうなんて、お兄様が黙ってないわよ!」

「なんで私!? せめて夫を頼れ!」

 思わずツッコミを入れてしまうベレンガリウスだった。


「エミ! のどを思いっきり殴ってこっちに来い!」


 ベレンガリウスの指示が聞こえたエミグディアの行動は早かった。本当に思いっきり自分を捕らえている男ののどを殴りつけたので、指示したベレンガリウスの方が引いたくらいだ。

「お前、容赦ないな」

「やれって言ったのはベガでしょ。っていうか、逃げてくわよ。いいの?」

 ベレンガリウスに駆け寄り抱き着いてきたエミグディアが振り切ってきた男たちを見ながら言った。ベレンガリウスも彼女を受け止めて言った。

「ここは私の国じゃないからなぁ」

 そんなことをのたまうベレンガリウスの頭を後ろからはたく者がいた。

「少しは協力しろ」

「痛ってぇ。いや、私としては妹の保護の方が先で。っていうか、誰だよ陛下呼んできたの」

「え、いや、すみません」

「……」

 いつの間にか背後に立っていたのはヴォルフガングで、あわてたように謝ってきたのはミカエルだった。たぶん、見とがめられたのだろう。置いてきたベレンガリウスが悪かった。


「偽りの二番目の子がもたらすのは二つに一つ。永遠なる繁栄か、永遠なる破滅か」


 唐突に声が聞こえた。女性の声だ。黒髪に、フードをかぶった女性。くつくつと笑いながら通用門の方から歩いてくる。

「誰だ?」

 低く問うたのはヴォルフガングだった。ベレンガリウスは身構えるが、そう言えば式典用の正装なので帯剣していない。力比べなら負ける自信があるベレンガリウスだった。

「これはまた、予言に深くかかわる人たちが集まっていること」

 女性の言葉に、ベレンガリウスとヴォルフガングが顔をしかめた。予言に関わりがあると言えば、ニコレット皇妃を連想するからだろう。

 すっと女性がフードを降ろした。異常なまでに白い顔。釣り上がり気味の目に、真っ赤な目と唇。その赤い唇が弧を描いた。赤い瞳はまっすぐにベレンガリウスを見つめていた。


「二番目の子は国に繁栄をもたらすだろう。だが、偽りの二番目の子を失えば、国は破滅へと向かうだろう」

「……試してみるか?」


 ベレンガリウスがそう返答すると、女性はおかしそうに笑った。

「まあ、言うようになったこと。お城の隅で小さくなって泣いていた娘とは思えない」





 ――――泣いている。少女が。まだ幼い、物心がついたばかりと思われる少女が泣いている。宮殿の片隅。誰もいない庭園で小さくなっていた。





 ベレンガリウスはぐっと手を握りこんだ。

「あなたは誰?」

 女性は赤い目を細める。

「わたくしは魔女メデイア。同じく問うわ。あなたは誰?」

 ベレンガリウスは、答えられなかった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


すでに初期テーマを覚えていませんが、今のところベレンガリウスの自分探しがメインです。


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