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フェランディスの問題処理係  作者: 雲居瑞香
第2章 異国の花祭り
16/43

【11】










 帝国で行われる花祭りに参加するために集まった他国の王侯貴族のために夜会が開かれることもある。その準備をしていたベレンガリウスは、ヒセラに顔をしかめられていた。


「たまには女装してみません?」

「女装って言ってる時点でもうだめだろ」


 ベレンガリウスが笑ってツッコミを入れた。笑われたヒセラは、梳いていたベレンガリウスの金髪を引っ張った。ベレンガリウスが「痛っ」と悲鳴をあげた。

「まあ無理にとは言いませんけど。殿下はドレスとか着たいと思ったりしないのかな、って思っただけですし」

「動きづらいだろ」

「慣れればそうでもありませんよ」

「そもそも持ってきてないしねー」

「それ以前に持ってませんね」

 と言うことで結論がでた。ヒセラはベレンガリウスの髪をつむじのあたりで一つにまとめると、ひもで縛った。普段はベレンガリウスが自分でやっているのだが、今日は夜会に出席するので、適当なのはさすがにまずいと思ったのである。


 夜会服のジャケットを着ればフェランディス出身の貴公子だ。もともと、『貴公子めいた優男風』などと言われるベレンガリウスだ。やや派手な格好でも似合うのである。まあ、夜会服は濃紺だけど。

「あのさ。やっぱりヒセラも一緒に行かない?」

 ベレンガリウスが誘うと、ヒセラは「嫌です」と即答した。

「一応、必要なものは持ってきていますけど、今からでは間に合いませんし。それに、わたくしが社交の場が苦手だとご存知でしょう」

「私だって苦手なのにさー」

「殿下は殿下なのですから、仕方がないでしょう。アミル様も一緒なのですから、つべこべ言わずに行ってらっしゃい!」

 と、ヒセラに追い出されたベレンガリウスとアミルカルである。アミルカルは一応護衛であり、フェランディスの軍服を着ている彼は違う意味で目立っていた。

 フェランディスでの夜会では、ベレンガリウスは政策の準備のために貴族に話しかけ、逆に貴族に囲まれることもある。だが、今回そんな必要はなく、挨拶には言ったが、ベレンガリウスはのんびりと構えていた。


「ベレンガリウス様」


 話しかけられ、ベレンガリウスは微笑んだ。ヴェーベル王国の王女ローシェだ。

「お茶会のときはありがとうございました」

 二日も前のことを持ち出され、ベレンガリウスは苦笑した。

「感謝されるようなことではないよ。ただの偽善だし」

 あっさりとそんなことを言ってしまうあたり、ベレンガリウスも頭がおかしい。そこは『どういたしまして』でいいだろう、とアミルカルは思ったかもしれない。

「変わりませんね、ベレンガリウス様。相変わらずひねくれていらっしゃる」

 ローシェは困ったように笑い、もう一度礼を言った。


「ありがとうございました。ベレンガリウス様がどう思っていても、わたくしは助けられたと感じましたから」


 ローシェは最後に爽やかな笑みを見せて人ごみの中に消えて行った。ベレンガリウスが何とも言えない表情をしていると、アミルカルが小さく笑い声をあげた。

「殿下。美貌が台無しですよ。まあ、ひねくれている殿下としては、ああも素直に礼を言われたら戸惑いますか」

「君さぁ。ヒセラやリノみたいなこと言うなよ」

 どちらかと言うと苦労性の印象が強いアミルカルにからかわれ、ベレンガリウスはため息をついて天井を見上げた。シャンデリアがホールを明るく照らしている。

 落ち着けると思ったが、離れたら離れたで気になるものだ。フェランディスに置いてきたリノたちはどうしているだろう。さすがにそろそろ外交に出ていた第三王子サルバドールも戻ってきているだろう。


「ベガ」


 また話しかけられた。この愛称で呼んでくる人間は限られる。まあ、自国の人間より他国の人間の方が愛称で呼ぶ者が多い、という妙な状況であるが。


「やあギル」


 ベレンガリウスが微笑んでみせると、彼はわざとらしく「凛々しいねぇ」などと言った。

「君、結構モテるでしょ」

「なんでそんなこと聞くのさ」

 ギルバートに妙なことを聞かれ、ベレンガリウスは苦笑を浮かべた。似たような会話を最近したような気もする。

「いや、立ち姿が様になってるしさ。めったに国を出ないフェランディスの第二王子が異国の社交界に出るってことで、結構注目を浴びてるよ」

 ほら、とギルバートが視線を淡い色合いのドレスを着た若い女性を目線で示した。ベレンガリウスもそちらを見ると、その女性はさっと目をそらした。

「……ギルを見てたんじゃない?」

「ベガを見てたんでしょ」

 ギルバートが軽く笑い声をあげた。

「結構ばれないもんなんだね。君が女性だって」

 あっさりと言われて、逆に言葉が頭を貫かなかった。少し間を置いてからベレンガリウスは尋ねた。

「……どこで気づいたんだ?」

「あ、否定しないんだ」

「別に隠してるわけじゃないからな」

 ベレンガリウスの容姿やふるまいから男と判断するものは多いが、別に性別を隠しているわけでもないし、ギルバートやニコレットのように最初から女である、と気づく人間もいないわけではない。ただ、ほとんど国外に出ないのであまり表面化しないだけである。


「船であった時にさぁ、ちょっと違和感があったんだよね。ほら、女の人が男装すると、実年齢より若く見えるんだよ」

「ああ……」


 何となく、納得してしまったベレンガリウスである。女性は男性に比べて骨格が細いので男装すると若く……というか、幼く見えるのである。実際に、ベレンガリウスも二十六歳であるが、二十代前半に見られることが多かった。

「で、ちゃんと調べてみたら、君が女の人だったとわかったってわけ」

「……ああ、調べたんだね」

 何故か脱力したベレンガリウスである。びっくりした。ニコレットのように見ただけで見破られたのかと思った。

 思えば、彼女はなぜ見ただけで分かったのだろう。普通、王族の女性が男装するなどと考えないはずだ。だからみんな、だまされる。なのに彼女は騙されなかった。

 男の恰好をしているから、男、という先入観が彼女にはなかったと言うことになる。ある意味恐ろしい人だ。

「君が女性の恰好をしていればダンスに誘ったんだけどなぁ」

「一応女性パートも習ったけど、踊れるかはわからないなぁ」

 はははは、と二人は笑う。この二人を見て、アミルカルがこいつらそっくりだ、と思ったのは仕方のない話かもしれない。

「女性パートもってことは、男性パートも踊れるんだ?」

「むしろそっちの方が得意だな」

 妹たちのダンスの練習相手は、ずっとベレンガリウスだった。王女にほかの男性をうかつに近づけられないし、長身のベレンガリウスは相手役にちょうどよかった。


 最近では異母弟のサルバドールが練習相手をしているが、それまでの長期間で、ベレンガリウスの男性パートの経験は培われていった。

 そもそもベレンガリウスの身長で女性パートを踊るのは結構厳しい。妹のエミグディアなども結構長身であるが、ベレンガリウスはそれよりもさらに四インチほど背が高いのだ。言うほど気にしていないが、これもベレンガリウスが男性に見える一因ではある。

「ああ……確かに、身長、僕とそんなに変わらないしね」

「いや、それは底上げしてるからだけど」

 と、ベレンガリウスは履いているブーツの底を見せる。確かに底上げされていた。実際にはギルバートより二インチほど背が低いだろう。


「何それ! いや、結構底上げしている人多いけどさ……」


 ギルバートが驚いたやら呆れたやら、微妙な表情で言った。


「あ、あの……」


 控えめな女性の声が聞こえ、二人はそちらに目をやった。反射的に笑みを浮かべる二人の王子である。

「こんばんは。おひとりかな」

 ベレンガリウスが声をかけると、おそらく帝国の貴族の娘だと思うが、彼女は頬を染めた。

「い、いえ……その」

 要領を得ない彼女に、弟妹達の面倒を見てきたベレンガリウスは思わず笑顔で話しかけてしまう。

「ご家族と一緒に来たの? それとも恋人と?」

「その……家族と」

「そうか」

 おそらく、少女は十代半ばほどだろうか。確実にベレンガリウスより十歳は年下だろう。なんとなく微笑ましくなりさらに口を開こうとしたベレンガリウスの頭に衝撃が走った。

「痛っ」

「あら、扇が折れちゃったわ」

 しれっと言ったのはいつの間にか背後に現れたエミグディアである。夫のミカエルも一緒だが、相変わらず影が薄い。

「何口説いてるのよ」

「話してただけだろ」

「勘違いさせるような言動だったでしょうが」

 エミグディアに言われてベレンガリウスは肩をすくめた。

「あの……」

 少女はエミグディアが気になるようだった。エミグディアは少女に笑いかける。


「ごめんなさいね。うちのお兄様、幼い弟妹の面倒を見ていたから放っておけなかったんだと思うの」

「あ……そうですか」


 少女はしょんぼりして「お邪魔しました」と行ってしまった。穏便に追い返したエミグディアには感謝だが、ちょっぴり罪悪感。

「妹を見てるようで気分悪いなぁ」

「って、本当にそうなんだ」

 ギルバートからもツッコミが入った。エミグディアが「誰?」と首をかしげる。

「ダリモアのギルバート王太子殿下だよ。ギル。私の妹でエミグディア、それに彼女の夫でヴァルティアのミカエル王太子」

 初対面だった三人がベレンガリウスに紹介されて挨拶を交わす。ニコニコしたギルバートを見てエミグディアが一言。


「……似てるわね」


 それに、アミルカルが猛然とうなずいた。ベレンガリウスとギルバートは目を見合わせ、前者は肩を竦め後者は笑みを浮かべた。

「お兄様。暇ならダンスの相手をして下さらない? ミカだと頼りなくって」

「ええ? まあいいけど」

 頼りないと言われた正真正銘の男性であるミカエルはやや情けない顔になった。エミグディアは、単純にベレンガリウスと踊り慣れているだけだろう。

「クリスお兄様だと、こうはいかないわね」

 もう一人の兄の名をあげて、エミグディアは鹿爪らしく言った。ベレンガリウスは名前を聞くだけでイラつく自分に気付き、悄然と肩を落としたのだった。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ベレンガリウスは身長5フィート9インチくらい。174~175㎝くらい。結構でかい。


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