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フェランディスの問題処理係  作者: 雲居瑞香
第2章 異国の花祭り
12/43

【7】








 ベレンガリウスは、帝国に到着した翌日の午前中に、ハインツェル皇帝との謁見がかなった。ベレンガリウスはフェランディスの王族であるが、相手は皇帝。膝をつかなければならない。だが、その礼の方法はフェランディス式だった。


「お初御目文字仕ります。フェランディス王国から参りました、ベレンガリウス・グラシアン・フェランディスと申します。以後お見知りおきを」

「顔を上げろ」


 低い威厳のある声に命じられ、ベレンガリウスは顔をあげた。数段高くなっている玉座に、この国の皇帝がいた。

 光を反射する銀色の髪。鋭い青の瞳。精悍な顔立ちの、まだ四十路に届かない若い皇帝である。残虐皇帝とも呼ばれるヴォルフガング・ハインツェルその人だ。

 見る人によっては恐怖を覚えるだろうが、正直、フェランディス王イバンの方が強面である。ヴォルフガング帝は精悍だが、強面ではない。……と思う。どちらかというと、従兄のフアニートに近い顔立ちのような気がする。


「フェランディスの第二王子か。めったに国を出ないと聞いたが」

「ええ……まあ、今回は父もほかの兄弟も参列できませんので、代わりに」


 内政を預かっている以上、ベレンガリウスはなかなか国を出られない。ああ、思い出したら頭が痛くなってきた……。だが、父や兄たちを目の前にすると胃に来るので、頭が痛いだけならまだましか。

「なるほど。それはご愁傷様だな」

「……」

 何なのだろうか、この人は。思ったより気さくと言えばいいのか。


 無事に謁見を午前中で終えたベレンガリウスは午後のお茶会に参加した。親しいものには残念で通っているベレンガリウスだが、着飾って黙っていれば見目の良い貴公子で通る。野外会場、ガーデンパーティー的な様相で青空の下未婚の王族(貴族も混じっている)が楽しげに話している。

 すでにかなりの国の招待客が集まっているのでお茶会の会場はにぎやかだった。こういった他国での祭りは未婚の王族にとって出会いの場でもある。

「ベレンガリウス様はとても優秀だとお聞きしましたわ」

「わたくしの兄がベレンガリウス様にお会いしたのですが、気さくで優しく話の分かる方だと申していましたわ」

「ベレンガリウス様、御髪がきれいですわね。うらやましいですわ」

 当たり前と言えば当たり前だが、ベレンガリウスの周囲に集まってくるのは他国の姫君たちだった。ベレンガリウスは今二十六歳であるが、それより十歳近く年下の女の子たちに囲まれ、動揺する……かと思いきや、結構うまく対応していた。笑顔で丁寧に対応している。


「噂は噂にすぎません。本当の私は、もっと粗暴で気難しいかもしれませんよ」


 この自己評価はある意味間違ってはいない。ベレンガリウスと言う御仁は短気であるし、ある意味気難しい人間でもあった。


「それに、皆さんは髪どころか顔立ちもきれいでいらっしゃる。こんな素敵な女性たちに囲まれて、私は他の方にさぞ恨まれているでしょうね」

「まあ怖い」


 そう言って少女たちは頬を赤らめてくすくすと笑った。実際、若干ハーレム状態のベレンガリウスは男たちから白い目を向けられていた。よってきたのは姫君たちの自由であるが、言動が気障なのはベレンガリウスの責任である。


 ベレンガリウスの耳にピアノの旋律が響いてきた。野外にピアノが置いてあり(廂の下であるが)、誰かが弾いているようだ。楽器の演奏は高貴な女性のたしなみの一つであるので、一国の王女であればピアノを弾けても不思議ではない。

 何とはなしにピアノの方を見たベレンガリウスだが、そのそばでチェロを構えている少女が震えているのが見えた。確か、ヴェーベルの姫君だ。ヴェーベルはフェランディスのある半島の先端の小国である。フェランディスとも国境を接しているので、顔くらいは知っていた。

 助け舟を出してやるべきだろうか。だが、前後関係が良くわからないので手を出さない方がいい気もする。ベレンガリウスは手を伸ばしてポットを手に取り、姫君の空のティーカップに紅茶を注ぎ足した。その姫君が赤くなる。

「そんな、ベレンガリウス様がなされることでは……」

「ん? ああ……癖でね。自分でできることは自分でするようにしているから」

「そうなのですか……」

 給仕は通常、女官たちの仕事である。だが、もともとベレンガリウスには使用人が少ないため、お茶を淹れるくらいは自分ですることもあった。


「ベレンガリウス様がお注ぎくださったお茶を飲めるなんて、うれしいですわ」


 にこっと笑う姫君に、この娘は自分に気があるのだろうか、と考えるベレンガリウスである。チェロの音はいまだに聞こえてこない。

 ピアノ曲が切り替わる。今度は讃美歌であった。ハインツェル語の歌詞で、姫君たちが小さく口ずさむ。男性陣が姫君たちの合唱に拍手を送った。

 ただ一人、チェロの姫君……ヴェーベルのローシェだけが震えていた。さすがにベレンガリウスは立ち上がった。

「ローシェ姫。いかがなされた」

「あ……ベレンガリウス殿下」

 ローシェがベレンガリウスを見上げてつぶやいた。ローシェもベレンガリウスのことはわかるようだ。一応、隣国の王族の情報くらいは頭に入っているか。

「あなたの知らない曲だったかな。私はあなたのチェロの音を聞いたことがないが、妹はあなたのチェロの音は美しいと言っていた。ぜひ聞いてみたいのだが」

 笑みを浮かべてそう言うと、ローシェは震える。

「知らない……わけではないのですが」

 ローシェはそう言った。なら、ピアノの王女に遠慮しているのだろうか。ピアノを弾いている王女は北方にある王国の姫君だ。国名はわかるが、さすがに顔と名前が一致しなかった。ベレンガリウスはその王女にも微笑みかけた。


「姫、すまないがもう一曲弾いてもらっていいだろうか。何か楽器があれば私も合奏しよう」


 そう言うと女官がいくつかの楽器を運んできた。ハープを見てあとでヒセラのハープを聞かせてもらおうと思いつつ、ヴァイオリンを選んだ。

 ピアノを弾く王女の合図に合わせて音楽を奏でる。帝国にいるから、帝国の最新のオーケストラ曲であった。まあ、さすがに本職の音楽家には負けるが、ベレンガリウスたちも楽譜を暗記しているのでかなりのものである。

 ベレンガリウスはチェロを弾くローシェを見て微笑んだ。視線に気づいたのか、顔をあげた彼女と目があい、ローシェは頬を染めて演奏に集中した。

 合奏が終わり、ベレンガリウスは一礼してヴァイオリンを女官に返した。その場から少し離れると、声をかけられた。


「さすがはベガ。見かねて助けに入るとは、紳士的」


 声をかけてきたのは、帝国に来る道中一緒になったダリモアの王太子、ギルバートだった。皮肉っているようには聞こえないが、茶化しているのはわかる。

「偽善である自覚はありますよ。ローシェとは何度か会ったことがありますが、引っ込み思案の子で、あの子自身の性格をどうにかしないと、どうにもならないでしょうね」

「それでも手を出すんですね、あなたは。と言うか、敬語なしで話さない? なんかまどろっこしい」

「構わないけど……また古風な言い回しを」

 ベレンガリウスが苦笑すると、ギルバートは笑った。

「それを言うなら、ベガも結構古めかしい口調だと思うけど」

「ええ? そう?」

 苦笑気味にベレンガリウスは応じた。ギルバートも笑う。一応他国の人間なのでどこまで心を開いていいか模索中であるが、少なくとも父や兄と接しているよりは楽だ。それもそれでどうなのかと言う話であるが、そうなのだから仕方がない。


 公開お見合いと言っていい場所で、ベレンガリウスはギルバートと顔を突きあわせていた。二人とも見目麗しいので姫君たちがちらちらと見てくるが、二人とも気づいていなかった。

「あなたと一緒にいると、この帝国での滞在が楽しくなりそうだ」

「それはどうも。私は穏やかに過ごせるならそれでいいんだが……」

「自国で穏やかに過ごせばいいじゃないか」

「それができないから言ってるんだよ……」


 フェランディスにいれば何かと呼び出される。朝日が昇る前にたたき起こされることなどざらで、ちょっと視察に出ようものなら宮廷から使者が来る。今だって、王都を離れてすでに十日近くが経過している。政務がどうなっているか……と思うと、急に胃が痛くなってきた。ベレンガリウスは胃のあたりを押さえる。

「どうした? 何か食べ物にでも当たったか?」

「いや……帰国したときの自分の執務がどうなっているかと考えたら胃痛が……」

 心配したギルバートがなんじゃそりゃ、と言わんばかりの表情になった。

「もしかしてベガって体弱い?」

「どうなんだろうな……ストレス性胃炎にはよくなるけど」

「一人でなんでもやり過ぎなんじゃないの」

 ギルバートが呆れ気味に言ったが、全くその通りである。そのうちベレンガリウスは復活して姿勢を正した。

「見苦しいところをお見せした」

「いや、別にいいけど、人は見かけによらないな」

 ストレスとかなさそうなのに、とギルバートは結構ひどい。父兄が関わらなければ結構寛容なベレンガリウスは頬杖をついて言った。


「さすがに私だって人間だからな。緊張してストレスを感じることだってある」

「完璧なのは見た目だけってことか。私の祖父もそう言う感じの人だったらしい」


 ギルバートが苦笑気味に言った。ギルバートの祖父と言えば。

「ニコラス王太子?」

「そ。後世の人はみんな、あの人を完璧超人だと思ってるってうちの国王陛下が言ってた」

 ダリモアの国王と言うとギルバートの父だ。当たり前だけど。ちなみに、エドワード王と言う。王になる前に亡くなったニコラス王太子の息子だ。ギルバートと……そして、この国の皇妃ニコレットは、ニコラス王太子の孫にあたるのだ。


「あ、もしかしてベガもうちの祖父を完璧超人だと思ってたくち?」

「そこまでは思ってないけど……尊敬はしている」

「その孫だよ。うらやましいだろ」


 からかうようにギルバートは言った。ベレンガリウスは憂鬱そうにため息をついた。その姿すら絵になる。

「私もダリモアに生まれたかったな……」

「ダリモアにあなたがいたら、私はあなたに王位を押し付けただろうなぁ」

「いらん」

 王位など、そんな面倒なものはいらない。だが、内政を担っていると、最高決定権が欲しい、と思うこともある。実に複雑なベレンガリウスの心境であった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


あの人のうち一人が出てきました。次はもう一人ですかねー。


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